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第四章~新たな門出~
二百二十三話
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「……くしゅっ」
ふいに出たくしゃみを、手で押さえる。隣を歩く綾人が、目を丸くした。
「お、風邪か?」
「ううん。なんか、鼻がむず痒くて」
さっき歩いてきた、庭園の花粉かな。すんと鼻を啜ると、綾人が心配そうに眉をひそめた。
「無理すんなよー。今朝も、めずらしく寝坊してたろ?」
「あうっ」
ごめんなさいっ。
綾人の純粋な目が見られません。だって、朝寝坊の原因は昨夜、宏ちゃんと、その……
――宏ちゃんてば。望むところとは言ったけど、あんなに……
ぼわわ、と頬が熱る。
おかげで大寝坊して、お弁当も作らなくて……心のなかで自分をぽかぽか殴る。
しゃきっとしなくちゃ!
「大丈夫! ぜんぜん元気やで」
「そうか?」
「うんっ。行こう!」
ぼくは綾人の手を引いて、セキュリティゲートを通り抜けた。職員さんに、笑顔で挨拶をする。
「こんにちはっ、向さん」
「こんにちは、成ちゃん。いらっしゃいませ、野江様」
ちなみに、今日はセンターに来ています。
宏ちゃんが、お兄さんの様子を見に行ってくれていてね。その間、「家に二人になるのは心配だから」って、センターに送ってくれたん。
「オレ、ここのセンター来たの初めてだ。いつも、実家に近い方に行ってるから」
「そうなん? ぼくも、ずっとここやから……やっぱり違う?」
「うん。オレのとこは小さくて、もっと病院っぽいつーか。こんな明るい感じじゃないかも」
綾人が物珍しそうに、館内を見回している。
そう言えば、オメガセンターにも、それぞれの特色や方針があるんやっけ。どのようにすれば、オメガが良いパフォーマンスを発揮できるか――まだ国の方も手探りで、色々模索してはるんやって。同じなのは、セキュリティの堅固さくらい――
そこまで考えて、ふと疑問が湧きおこる。
――セキュリティって言うと……どうして、今日はセンターなんやろう?
うさぎやには、野江の強固なセキュリティが導入されてるん。宏ちゃんもそれを知ってるから、今までは普通にお留守番してたのに。
――宏ちゃん、何か心配事があるのかな。
いつか、お店の外を見てる宏ちゃんが、険しい雰囲気を纏っていたことを思い出す。
……もしかして。お兄さんが入れ違いに来て、綾人を連れ戻されないか心配してるのかも。
――すごくありえる……! ぼく、わかったよ、宏ちゃん!
宏ちゃんは、用事が終わったらセンターに迎えに来てくれるって、言ってた。それまで、ぼくが綾人を守るんだ。
固く胸に誓っていると、綾人に肩を引き寄せられる。
「成己、なんかいい匂いする!」
久しぶりの外出に、綾人は嬉しそうやった。
輝く笑顔を見ているうちに、ぼくも久しぶりの実家に気持ちが浮きたってきた。にっこりと笑い返す。
「あっちに食堂があるんよ。ちょうどお昼やし、食べてこっか!」
「賛成!」
ぼく達は、食堂で冷やしぶっかけうどんを頂いて、図書室に向かった。
センターの図書室は蔵書数が多くて、勉強するにはうってつけ。センター職員とオメガは身分証を見せれば、いつでも無料で利用できるんよ。
「はあ、腹いっぱいで眠くなって来た……」
「わかる~……」
長い廊下には、大きな窓から明るい日差しが差している。庭園の緑が光に透けて、白い廊下を染めていた。
満腹にはこたえられなくて、ふたりで欠伸をしながら歩いた。
「成ちゃん、久しぶり。眠そうだね」
「お久しぶりですっ。えへへ、ご飯食べて来て……今から、綾人さんと図書室に行くところなんです」
「そう、良かったねえ。野江様、御用があれば何なりとお申し付けくださいね」
「あっ、ありがとうございます!」
通りすがる職員さんたちと、軽く言葉を交わして見送る。みんな忙しく働いているのに、顔を見ると声をかけてくれてくすぐったかった。
綾人が、ニコニコと肩を突いてくる。
「ここって、良いとこだな! 飯も美味いし、あちこち綺麗だし。会う人みんな、親切でさ」
「えへへ。ありがとう!」
実家を褒めて貰えて、自分の事みたいに嬉しくなる。ぼくは俄然張り切って、綾人の手を引いた。
「今から行く図書室もね、お気に入りの場所やったん。綾人に見て欲しいな!」
「おう、楽しみ。なあ、そういや成己の部屋は? どこなん?」
「あ。ぼくの部屋は――」
綾人に応えを返そうとしたとき、廊下の向こうから足音が近づいて来た。
静かな話声は二種類あるみたいで、両方聞き覚えのあるもので。しばらくして、その主が姿を見せた途端、ぼくと綾人は同時に「あっ」と声を上げた。
「成己くん! と……野江様!?」
「中谷先生!」
向かいで目を丸くしているのは、中谷先生。そして、もう一人。
「椹木さん!」
「こんにちは、田島さん。宏章さんの奥様も。偶然ですね」
声を上げた綾人に、穏やかな物腰で会釈したのは、椹木さんやったんよ。
ふいに出たくしゃみを、手で押さえる。隣を歩く綾人が、目を丸くした。
「お、風邪か?」
「ううん。なんか、鼻がむず痒くて」
さっき歩いてきた、庭園の花粉かな。すんと鼻を啜ると、綾人が心配そうに眉をひそめた。
「無理すんなよー。今朝も、めずらしく寝坊してたろ?」
「あうっ」
ごめんなさいっ。
綾人の純粋な目が見られません。だって、朝寝坊の原因は昨夜、宏ちゃんと、その……
――宏ちゃんてば。望むところとは言ったけど、あんなに……
ぼわわ、と頬が熱る。
おかげで大寝坊して、お弁当も作らなくて……心のなかで自分をぽかぽか殴る。
しゃきっとしなくちゃ!
「大丈夫! ぜんぜん元気やで」
「そうか?」
「うんっ。行こう!」
ぼくは綾人の手を引いて、セキュリティゲートを通り抜けた。職員さんに、笑顔で挨拶をする。
「こんにちはっ、向さん」
「こんにちは、成ちゃん。いらっしゃいませ、野江様」
ちなみに、今日はセンターに来ています。
宏ちゃんが、お兄さんの様子を見に行ってくれていてね。その間、「家に二人になるのは心配だから」って、センターに送ってくれたん。
「オレ、ここのセンター来たの初めてだ。いつも、実家に近い方に行ってるから」
「そうなん? ぼくも、ずっとここやから……やっぱり違う?」
「うん。オレのとこは小さくて、もっと病院っぽいつーか。こんな明るい感じじゃないかも」
綾人が物珍しそうに、館内を見回している。
そう言えば、オメガセンターにも、それぞれの特色や方針があるんやっけ。どのようにすれば、オメガが良いパフォーマンスを発揮できるか――まだ国の方も手探りで、色々模索してはるんやって。同じなのは、セキュリティの堅固さくらい――
そこまで考えて、ふと疑問が湧きおこる。
――セキュリティって言うと……どうして、今日はセンターなんやろう?
うさぎやには、野江の強固なセキュリティが導入されてるん。宏ちゃんもそれを知ってるから、今までは普通にお留守番してたのに。
――宏ちゃん、何か心配事があるのかな。
いつか、お店の外を見てる宏ちゃんが、険しい雰囲気を纏っていたことを思い出す。
……もしかして。お兄さんが入れ違いに来て、綾人を連れ戻されないか心配してるのかも。
――すごくありえる……! ぼく、わかったよ、宏ちゃん!
宏ちゃんは、用事が終わったらセンターに迎えに来てくれるって、言ってた。それまで、ぼくが綾人を守るんだ。
固く胸に誓っていると、綾人に肩を引き寄せられる。
「成己、なんかいい匂いする!」
久しぶりの外出に、綾人は嬉しそうやった。
輝く笑顔を見ているうちに、ぼくも久しぶりの実家に気持ちが浮きたってきた。にっこりと笑い返す。
「あっちに食堂があるんよ。ちょうどお昼やし、食べてこっか!」
「賛成!」
ぼく達は、食堂で冷やしぶっかけうどんを頂いて、図書室に向かった。
センターの図書室は蔵書数が多くて、勉強するにはうってつけ。センター職員とオメガは身分証を見せれば、いつでも無料で利用できるんよ。
「はあ、腹いっぱいで眠くなって来た……」
「わかる~……」
長い廊下には、大きな窓から明るい日差しが差している。庭園の緑が光に透けて、白い廊下を染めていた。
満腹にはこたえられなくて、ふたりで欠伸をしながら歩いた。
「成ちゃん、久しぶり。眠そうだね」
「お久しぶりですっ。えへへ、ご飯食べて来て……今から、綾人さんと図書室に行くところなんです」
「そう、良かったねえ。野江様、御用があれば何なりとお申し付けくださいね」
「あっ、ありがとうございます!」
通りすがる職員さんたちと、軽く言葉を交わして見送る。みんな忙しく働いているのに、顔を見ると声をかけてくれてくすぐったかった。
綾人が、ニコニコと肩を突いてくる。
「ここって、良いとこだな! 飯も美味いし、あちこち綺麗だし。会う人みんな、親切でさ」
「えへへ。ありがとう!」
実家を褒めて貰えて、自分の事みたいに嬉しくなる。ぼくは俄然張り切って、綾人の手を引いた。
「今から行く図書室もね、お気に入りの場所やったん。綾人に見て欲しいな!」
「おう、楽しみ。なあ、そういや成己の部屋は? どこなん?」
「あ。ぼくの部屋は――」
綾人に応えを返そうとしたとき、廊下の向こうから足音が近づいて来た。
静かな話声は二種類あるみたいで、両方聞き覚えのあるもので。しばらくして、その主が姿を見せた途端、ぼくと綾人は同時に「あっ」と声を上げた。
「成己くん! と……野江様!?」
「中谷先生!」
向かいで目を丸くしているのは、中谷先生。そして、もう一人。
「椹木さん!」
「こんにちは、田島さん。宏章さんの奥様も。偶然ですね」
声を上げた綾人に、穏やかな物腰で会釈したのは、椹木さんやったんよ。
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