いつでも僕の帰る場所

高穂もか

文字の大きさ
上 下
222 / 346
第四章~新たな門出~

二百二十一話【SIDE:朝匡】

しおりを挟む
「朝匡、お前に面会が来てるぞ」
 
 同僚のシウに声をかけられ、俺はモニターから顔を上げた。
 面会の予定なんか無かった筈だが――そう思考してから、ある面影が浮かぶ。
 
「誰だ?」
 
 食い気味に尋ねた俺に、シウは肩を竦める。
 
「彼だよ」
 
 そう言って、体を脇に逸らしたときに、ラボの入口にでかい人影が立っているのが見えた。
 
「!」
 
 想っていた相手ではない解り、知らず舌打ちが漏れる。
 あいつどころか――ウザく、厄介でしかない野郎。
 俺とよく似た顔立ちに、忌々しいほど暢気な笑顔を浮かべた弟に、米神が引き攣っちまう。
 
「帰れ! と伝えとけ」
 
 モニターに向き直ると、シウが呆れ声で言う。
 
「そんなわけに行くか。せっかく、弟が訪ねてきてくれたんだろ」
「ただの暇人だ」
「またそんな事を。いいから行けよ。そんで、ランチでもして一時間は帰って来るな。お前がずっと缶詰めなせいで、みんな気兼ねしてんだから」
「……」
 
 俺は、渋々席を立った。
 ゲートを出ると、宏章はへらへらと笑みを浮かべ、手を振っている。
 
「よう、兄貴。昨夜ぶりだな」
「宏章……何しに来た」
「チェさんに聞かなかったのか? 飯だよ」
 
 宏章は、片手に提げたランチバスケットを得意気に振った。
 
 
 
 
 
「あれ? 一階のダイニングじゃないのか。あそこの方が、いい景色なのに」
 
 空室のフリールームに案内すれば、宏章は不平を述べやがる。いちいち煩いやつだ。
 
「お前の格好のせいだ。だらしねえ服で、社内をうろつかれちゃ困るからな」
「へぇ。心配してくれてありがとな」
 
 せっかくの嫌味をスルーし、宏章はパイプ椅子に腰かける。
 ランチバスケットをデスクに置いて、中から色々と取り出し始めた。出るわ出るわ、山ほどのサンドイッチ、紙の器に入ったサラダ。それからコーヒー。店でもするつもりか、こいつは。
 
「おい……」
「兄貴も座れよ。話は食いながらでいいだろ?」
「俺はいらねえ。さっさと用件を話せ」
 
 苛々と、せっついてやった。仕事を中断させる弟なんぞと、メシを食う気分じゃない。
 
――綾人の話をしに来たに決まってるのに、何を勿体ぶってやがる? 
 
 と……宏章は、可哀想なものを見る目で、俺を見た。
 
「……これだから、兄貴は。そんな言葉、これを作った人が聞いたら、悲しむだろうな」
「え?」
 
 このランチバスケットは、宏章の私物のはずだ。てっきり、こいつが作ってきたのだと思ったが、違ったのか?
 淡い面影が候補に浮かび、動揺する。
 
「まさか、成己さんか。そりゃ、悪かっ……」
「はあ? なんで成の飯を、兄貴なんかに食わせないといけないんだよ。俺が作ってきたに決まってんだろ」
 
 こいつ、ぶん殴ったろか。
 体の脇で拳を固めていると、宏章の野郎は、手を合わせて食い始めた。
 
「食うのかよ!」
「俺も食ってないんだよ。で――話はしないのか? 食い終わったら帰るぞ、俺は」
「……チッ」
 
 椅子を引いて、ドカンとケツを下ろす。宏章はむかつく横目で見た後、二つ目のサンドイッチにかぶりつき、飲みこんでから言った。
 
「綾人くんだが……なかなか元気を取り戻してきた。メシも睡眠もとれてるそうだ。トレーニングと勉強にも、前向きに取り組んでる」
「……そうか」
 
 知らず、息を吐く。思い出されるのは、家で最後に見たやつれた横顔だった。
 ……少しは回復したのか。
 
「礼なら、成に言ってくれ。あの子が傍について、色々世話を焼いてくれてるから」
「……ふん。最初からそのつもりだ」
 
 優しげな義弟に感謝の念が湧く。里心がついている綾人には、いい癒しとなったに違いない。
 
「今夜、すぐに綾人を迎えに行く。世話になったな」
「はあ?」
 
 宏章は、片眉を跳ね上げた。
 
「兄貴さ、単細胞って言われないか?」
「あ?! てめえ、誰に向かって――」
「だって、考えてもみろよ。兄貴と離れて、綾人君は具合が良くなったんだぜ? 兄貴んとこ戻ったら、またくり返しじゃないか」
「ぐっ……」
「どうせ、自分の何が悪いかなんて、解ってないんだろ?」
 
 流れるような指摘の嵐に、ぐっと言葉に詰まる。
 
 ――くそ、この野郎。ちゃらんぽらんのくせに、言いたいこと言いやがって……
 
 しらっとした顔で、フォークにレタスを大量に突きさしている弟を睨む。
 大体、俺の何が悪いってんだ。 
 今、考えてみても――俺の言いつけを破り、こそこそと働いていた綾人に問題がある。酒を出すような店で、大したボディーガードも連れずに。あいつには、オメガとしての自覚が無さすぎだ。
 
 ――『どうしても欲しいものがあったんだよ!』
 
 ふと必死な顔で怒鳴りつけてきた、綾人を思い出す。
「俺に言えばいい」と、「なんでも買ってやる」と言ったのに、あいつは頑として首を縦に振らなかった。
 どうして、そんなに意固地になるのか。身を危険に曝す程の事なのか?
 
「俺は――あいつがホイホイと危険な目に遭うのが許せないだけだ。万一のこと、なんて考えるのも忌々しい。アルファなら、誰でもそうだろうが」
「まあ、解らんではないな」
 
 宏章は、ずずとコーヒーを啜る。こいつもアルファ……所詮は同じ穴の狢だ。
 オメガに惚れたが最後、欲しくて欲しくて、気が狂っちまいそうな――そんな病気にかかっている。
 
「けど、兄貴は極端すぎるんだよ。俺には考えらんないよ。可愛い恋人を束縛し過ぎて、泣かせるなんてさ」

 そのくせ、分別臭いことを言うからムカついた。

「黙れッ。お前の方こそ「山を買ってくれ」とか言ってただろうが」
 
 四年ほど前に……俺の家にふらっとやってきて、いきなりそう言ったのはどこの誰だ?
 ハイキングやソロキャンプの為か? なんて、聞くのも馬鹿馬鹿しいような面をしていやがったくせに。
 
「はは。あの時は、”美味しい松茸の生える”山をありがとな。今年は成と行くつもりだよ」
 
 宏章は、くっくっと喉を鳴らして笑う。
 くそ、すっかり対岸の火事みたいなツラしやがって。
 
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

そばにいてほしい。

15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。 そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。 ──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。 幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け 安心してください、ハピエンです。

さよならの合図は、

15
BL
君の声。

王妃から夜伽を命じられたメイドのささやかな復讐

当麻月菜
恋愛
没落した貴族令嬢という過去を隠して、ロッタは王宮でメイドとして日々業務に勤しむ毎日。 でもある日、子宝に恵まれない王妃のマルガリータから国王との夜伽を命じられてしまう。 その理由は、ロッタとマルガリータの髪と目の色が同じという至極単純なもの。 ただし、夜伽を務めてもらうが側室として召し上げることは無い。所謂、使い捨ての世継ぎ製造機になれと言われたのだ。 馬鹿馬鹿しい話であるが、これは王命─── 断れば即、極刑。逃げても、極刑。 途方に暮れたロッタだけれど、そこに友人のアサギが現れて、この危機を切り抜けるとんでもない策を教えてくれるのだが……。

Tally marks

あこ
BL
五回目の浮気を目撃したら別れる。 カイトが巽に宣言をしたその五回目が、とうとうやってきた。 「関心が無くなりました。別れます。さよなら」 ✔︎ 攻めは体格良くて男前(コワモテ気味)の自己中浮気野郎。 ✔︎ 受けはのんびりした話し方の美人も裸足で逃げる(かもしれない)長身美人。 ✔︎ 本編中は『大学生×高校生』です。 ✔︎ 受けのお姉ちゃんは超イケメンで強い(物理)、そして姉と婚約している彼氏は爽やか好青年。 ✔︎ 『彼者誰時に溺れる』とリンクしています(あちらを読んでいなくても全く問題はありません) 🔺ATTENTION🔺 このお話は『浮気野郎を後悔させまくってボコボコにする予定』で書き始めたにも関わらず『どうしてか元サヤ』になってしまった連載です。 そして浮気野郎は元サヤ後、受け溺愛ヘタレ野郎に進化します。 そこだけ本当、ご留意ください。 また、タグにはない設定もあります。ごめんなさい。(10個しかタグが作れない…せめてあと2個作らせて欲しい) ➡︎ 作品や章タイトルの頭に『★』があるものは、個人サイトでリクエストしていただいたものです。こちらではリクエスト内容やお礼などの後書きを省略させていただいています。 ➡︎ 『番外編:本編完結後』に区分されている小説については、完結後設定の番外編が小説の『更新順』に入っています。『時系列順』になっていません。 ➡︎ ただし、『番外編:本編完結後』の中に入っている作品のうち、『カイトが巽に「愛してる」と言えるようになったころ』の作品に関してはタイトルの頭に『𝟞』がついています。 個人サイトでの連載開始は2016年7月です。 これを加筆修正しながら更新していきます。 ですので、作中に古いものが登場する事が多々あります。

婚約者の浮気相手が子を授かったので

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。 ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。 アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。 ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。 自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。 しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。 彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。 ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。 まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。 ※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。 ※完結しました

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

いっそあなたに憎まれたい

石河 翠
恋愛
主人公が愛した男には、すでに身分違いの平民の恋人がいた。 貴族の娘であり、正妻であるはずの彼女は、誰も来ない離れの窓から幸せそうな彼らを覗き見ることしかできない。 愛されることもなく、夫婦の営みすらない白い結婚。 三年が過ぎ、義両親からは石女(うまずめ)の烙印を押され、とうとう離縁されることになる。 そして彼女は結婚生活最後の日に、ひとりの神父と過ごすことを選ぶ。 誰にも言えなかった胸の内を、ひっそりと「彼」に明かすために。 これは婚約破棄もできず、悪役令嬢にもドアマットヒロインにもなれなかった、ひとりの愚かな女のお話。 この作品は小説家になろうにも投稿しております。 扉絵は、汐の音様に描いていただきました。ありがとうございます。

処理中です...