いつでも僕の帰る場所

高穂もか

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第四章~新たな門出~

二百二十一話【SIDE:朝匡】

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「朝匡、お前に面会が来てるぞ」
 
 同僚のシウに声をかけられ、俺はモニターから顔を上げた。
 面会の予定なんか無かった筈だが――そう思考してから、ある面影が浮かぶ。
 
「誰だ?」
 
 食い気味に尋ねた俺に、シウは肩を竦める。
 
「彼だよ」
 
 そう言って、体を脇に逸らしたときに、ラボの入口にでかい人影が立っているのが見えた。
 
「!」
 
 想っていた相手ではない解り、知らず舌打ちが漏れる。
 あいつどころか――ウザく、厄介でしかない野郎。
 俺とよく似た顔立ちに、忌々しいほど暢気な笑顔を浮かべた弟に、米神が引き攣っちまう。
 
「帰れ! と伝えとけ」
 
 モニターに向き直ると、シウが呆れ声で言う。
 
「そんなわけに行くか。せっかく、弟が訪ねてきてくれたんだろ」
「ただの暇人だ」
「またそんな事を。いいから行けよ。そんで、ランチでもして一時間は帰って来るな。お前がずっと缶詰めなせいで、みんな気兼ねしてんだから」
「……」
 
 俺は、渋々席を立った。
 ゲートを出ると、宏章はへらへらと笑みを浮かべ、手を振っている。
 
「よう、兄貴。昨夜ぶりだな」
「宏章……何しに来た」
「チェさんに聞かなかったのか? 飯だよ」
 
 宏章は、片手に提げたランチバスケットを得意気に振った。
 
 
 
 
 
「あれ? 一階のダイニングじゃないのか。あそこの方が、いい景色なのに」
 
 空室のフリールームに案内すれば、宏章は不平を述べやがる。いちいち煩いやつだ。
 
「お前の格好のせいだ。だらしねえ服で、社内をうろつかれちゃ困るからな」
「へぇ。心配してくれてありがとな」
 
 せっかくの嫌味をスルーし、宏章はパイプ椅子に腰かける。
 ランチバスケットをデスクに置いて、中から色々と取り出し始めた。出るわ出るわ、山ほどのサンドイッチ、紙の器に入ったサラダ。それからコーヒー。店でもするつもりか、こいつは。
 
「おい……」
「兄貴も座れよ。話は食いながらでいいだろ?」
「俺はいらねえ。さっさと用件を話せ」
 
 苛々と、せっついてやった。仕事を中断させる弟なんぞと、メシを食う気分じゃない。
 
――綾人の話をしに来たに決まってるのに、何を勿体ぶってやがる? 
 
 と……宏章は、可哀想なものを見る目で、俺を見た。
 
「……これだから、兄貴は。そんな言葉、これを作った人が聞いたら、悲しむだろうな」
「え?」
 
 このランチバスケットは、宏章の私物のはずだ。てっきり、こいつが作ってきたのだと思ったが、違ったのか?
 淡い面影が候補に浮かび、動揺する。
 
「まさか、成己さんか。そりゃ、悪かっ……」
「はあ? なんで成の飯を、兄貴なんかに食わせないといけないんだよ。俺が作ってきたに決まってんだろ」
 
 こいつ、ぶん殴ったろか。
 体の脇で拳を固めていると、宏章の野郎は、手を合わせて食い始めた。
 
「食うのかよ!」
「俺も食ってないんだよ。で――話はしないのか? 食い終わったら帰るぞ、俺は」
「……チッ」
 
 椅子を引いて、ドカンとケツを下ろす。宏章はむかつく横目で見た後、二つ目のサンドイッチにかぶりつき、飲みこんでから言った。
 
「綾人くんだが……なかなか元気を取り戻してきた。メシも睡眠もとれてるそうだ。トレーニングと勉強にも、前向きに取り組んでる」
「……そうか」
 
 知らず、息を吐く。思い出されるのは、家で最後に見たやつれた横顔だった。
 ……少しは回復したのか。
 
「礼なら、成に言ってくれ。あの子が傍について、色々世話を焼いてくれてるから」
「……ふん。最初からそのつもりだ」
 
 優しげな義弟に感謝の念が湧く。里心がついている綾人には、いい癒しとなったに違いない。
 
「今夜、すぐに綾人を迎えに行く。世話になったな」
「はあ?」
 
 宏章は、片眉を跳ね上げた。
 
「兄貴さ、単細胞って言われないか?」
「あ?! てめえ、誰に向かって――」
「だって、考えてもみろよ。兄貴と離れて、綾人君は具合が良くなったんだぜ? 兄貴んとこ戻ったら、またくり返しじゃないか」
「ぐっ……」
「どうせ、自分の何が悪いかなんて、解ってないんだろ?」
 
 流れるような指摘の嵐に、ぐっと言葉に詰まる。
 
 ――くそ、この野郎。ちゃらんぽらんのくせに、言いたいこと言いやがって……
 
 しらっとした顔で、フォークにレタスを大量に突きさしている弟を睨む。
 大体、俺の何が悪いってんだ。 
 今、考えてみても――俺の言いつけを破り、こそこそと働いていた綾人に問題がある。酒を出すような店で、大したボディーガードも連れずに。あいつには、オメガとしての自覚が無さすぎだ。
 
 ――『どうしても欲しいものがあったんだよ!』
 
 ふと必死な顔で怒鳴りつけてきた、綾人を思い出す。
「俺に言えばいい」と、「なんでも買ってやる」と言ったのに、あいつは頑として首を縦に振らなかった。
 どうして、そんなに意固地になるのか。身を危険に曝す程の事なのか?
 
「俺は――あいつがホイホイと危険な目に遭うのが許せないだけだ。万一のこと、なんて考えるのも忌々しい。アルファなら、誰でもそうだろうが」
「まあ、解らんではないな」
 
 宏章は、ずずとコーヒーを啜る。こいつもアルファ……所詮は同じ穴の狢だ。
 オメガに惚れたが最後、欲しくて欲しくて、気が狂っちまいそうな――そんな病気にかかっている。
 
「けど、兄貴は極端すぎるんだよ。俺には考えらんないよ。可愛い恋人を束縛し過ぎて、泣かせるなんてさ」

 そのくせ、分別臭いことを言うからムカついた。

「黙れッ。お前の方こそ「山を買ってくれ」とか言ってただろうが」
 
 四年ほど前に……俺の家にふらっとやってきて、いきなりそう言ったのはどこの誰だ?
 ハイキングやソロキャンプの為か? なんて、聞くのも馬鹿馬鹿しいような面をしていやがったくせに。
 
「はは。あの時は、”美味しい松茸の生える”山をありがとな。今年は成と行くつもりだよ」
 
 宏章は、くっくっと喉を鳴らして笑う。
 くそ、すっかり対岸の火事みたいなツラしやがって。
 
 
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