いつでも僕の帰る場所

高穂もか

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第四章~新たな門出~

二百十九話

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 わがまま……わがままかあ。
 ぼくは夕飯のお皿を洗いながら、悶々と考えていた。
 
――『家族になるっていう夢は、もう叶ったんだろ。じゃあ、次は?』
 
 
 綾人の真っ直ぐな問いが、甦る。
 ぼくは「うーん」と唸りつつ、お皿の泡を流していく。
 宏ちゃんにも言われたけど、ちょっとよくわからない。だってね、
 
「ぼくって、結構わがままやのになあ……」
 
 食い意地も、張ってるし。明日に残すつもりやったカレーを食べきってしまい、空っぽになったお鍋を洗う。
 
 ――自分のしたいこと、全部させてもらってきたもの。
 
 そりゃもう、小さな頃から……と、食器の水滴を拭いながら、過去に思いを馳せた。
 
 
 

 
――『成ちゃん、家族を作るために大事なお勉強しようか!』
 
 センターの先生たちは、ぼくの夢を全力で応援してくれてた。 
 とくに教育係の涼子先生は、すごく熱血で。ぼくが夢を叶えられるよう、いつも考えてくれたんよ。

――魅力的なオメガになって、素敵なアルファに見初めて貰えるように、って。

 良い赤ちゃんが産めるように、食事も生活習慣もすごく気をつけてくれて。
 お勉強だって、小さいころから、たくさんの講師の先生をつけて貰った。
 
『もーっ、成己くん。またこんな問題でミスして。これじゃお受験失敗しちゃうよ』
『は……はいっ! ごめんなさい先生』
『今日は、百点取るまでお休みしちゃダメだからね』
『はいっ……』
 
 ぼく、アホやから……すごくお手間やったと思う。最初の頃は、講師の先生を呆れさせちゃうことも多くて。
 一人で解けへん問題に向かってると、自分がくやしくて、泣けてくることもあったっけ。
 ……でも、居残りしてると、嬉しいこともあってね。
 
『成ちゃん、頑張ってるなあ』
『あ……おねえちゃん』

 涼子先生がいつも、あったかいココアを差し入れてくれたんよ。
 
『ほらあ、泣き止んで。いっつもニコニコして頑張り? そしたら、みーんな成ちゃんを好きになるんやで』
『……ほんま?』
『ほんまや! おねえちゃん、頑張ってる成ちゃん、大好きよ』
『おねえちゃん……!』
 
 いつも、頭を撫でて励ましてくれた。
 絵本で見た家族みたいで、くすぐったくて……もっと頑張ろうって力がどんどん湧いてきたんよ。
 
『先生! ぼく、頑張るね』
 
 ぼくが、アルファも通う名門に入学できたんは――辛抱強く教えてくれはった、先生たちのおかげ。
 語学が得意なのもね、そう。 

『がいこくご?』
『そうそう! 成ちゃんはこれから、アルファを旦那さまにするやろ? たくさんの人とお話できたほうが、ええからね。がんばってみる?』
『うん! ぼく、がんばるっ』

 センターでは、オメガの特性を見たうえで、様々なスキルの習得が推奨されてるんよ(優秀なオメガになれると、市場価値を上げられるんやって)。 
 実際、語学のお勉強は楽しかった。
 ぼく、人と話すの好きやし、先生たちに「向いてるよ」って、勧めて貰えてうれしくて。センターにいらっしゃるお客様とお話させて貰ってるうちに、なんだか出来るようになっていたん。
 でも……お見合いのために、習っていただけで。例えば外交官になりたいとか、ホテルに勤めたいとか、すごい夢があったのではなかった。
 やから、本当にわがままにのんびりやらせてもらって来たん。
 
 

 
 ――って、そのくせ……肝心のお見合いを失敗してばっかりで。不甲斐ないばかりです……
 
 たくさん手をかけて貰ったわりに、出来が悪くて、先生たちに心配ばかりかけてしまった。
 遠い目になって、ぼくは水滴を拭ったお皿を食器乾燥機に並べ終える。カチャン、と音を立てて蓋を閉めた。
 
「いや、でも! 色々あって今があるんよねっ。ぼく、宏ちゃんの側に居られて……すごく幸せやもん」
 
 紆余曲折を経て、宏ちゃんと家族になれたんやから。きっと、なにも間違ってなかったんよね。
 そう納得して、スイッチを押すと、作動音が台所に響く。
 
「……ふふ」

 ぼく、乾燥機とか洗濯器とか…掃除機もやけど。家電の音が好き。
 こうして、生活の音に耳を澄ませると、宏ちゃんの家の一部になった気がするんよ。そうすると、もう何処にも行かなくていいみたいで……安心する。

――宏ちゃんが、ぼくに与えてくれた。だから……宏ちゃんを大切にしていきたい。ずっと……

 ぼくに新しい夢があるとしたら……きっとそれなんやと思う。
 すると、台所のドアがキイと音を立てて開く。振り返って――目が真ん丸になった。
 
「……宏ちゃん!」
「おう、成」
 
 原稿の束を脇に抱えた宏ちゃんが、手を上げた。
 
 
 
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