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第四章~新たな門出~
二百十七話
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百井さんを見送ってからも、ぼくは一人で悶々としていた。
お夕飯のカレーの下ごしらえをしながら、つい居間のテーブルに置いてある全章・海外版を振り返ってしまう。百井さんに「献本なので」と頂いたもの。
「……よしっ」
あとはじっくり煮込むところまで来て、やっと本に向き合う。
きょろきょろと、辺りを見回したのは――ちょっとだけ、宏ちゃんに後ろめたかったからかもしれない。
宏ちゃんは、あの後すぐに書斎に入って、仕事を始めてる。ぼくも、後でお手伝いに行くつもりやけれど。
その前に、もう一度読んでみようと思ったん。
「……」
ページを、もくもくと繰って……半ばまで一息に読んでしまうと、ぼくは深い息を吐いた。
「すっごい……面白い……」
世界でも名を馳せている先生であるらしく、重厚でありながら、流れるように美しい筆致。
日本から西洋に舞台は変えながら、宏ちゃんの描いた推理の道筋や、トリックを大きく損なうことなく――全く違う物語が、作り上げられていた。
そう……こっちはこっちで、素晴らしい名作やと思う。
ただ、桜庭宏樹先生の物語と、思わなければ。
――『あれを、俺の小説とは呼べなくてな……』
宏ちゃんの、寂しそうな顔が過り、熱く目が潤む。
たしかに、これは……桜庭先生の物語じゃなかった。
小さなころから――幾度も、試行錯誤や修練を重ねて、作り上げた独特の筆致がない。
そして、文献を浴びるように読み、丹念に取材をしたうえで……宏ちゃんの生々しい感性で、織り上げている物語じゃ、ない。
「面白い……すっごく面白いけど、そうじゃないの……ぼくは、桜庭先生の物語を、たくさんの人に知って欲しいんよっ!」
読めば読むほど悲しくて、泣けてしまう。
ティッシュを引き寄せて、ちーんと鼻を噛んだ。
――さっき、悲しそうやった宏ちゃんの気持ちが、わかった。だって、宏ちゃんは……
執筆机に向かう宏ちゃんの真摯な背中を思う。宏ちゃんの右手の大きなペンダコを……いつも、くり返し推敲されて、真っ黒になっている原稿用紙を思った。
ぎゅ、と拳を握りしめて、立ち上がった。
「桜庭先生の小説が、最高やもん! あの、不思議なリズムの、変幻自在の文章。そりゃ、朗読泣かせとは言われるけど、大人も子供も好きって言うてるしっ! それに……唯一無二のユーモアセンス。ぼくが子どものときから、今までずーっと面白いんやから……! そ、そもそも、全章はお坊さんなのであって、エクソシストじゃないっ。かっこいいからたくさんの人にモテるけど、奥さんに一途で、あちこちに恋人をもったりしないしっ……」
名作家さんの本に向かって、おたく丸だしなことを叫びまくっていると、
「な、成己、どうした?」
「ひええっ!?」
突然、恐々と声をかけられて、飛び上がる。
――ウソ、いつの間に?!
慌てて振り返ると、目を丸くした綾人が立っていて。
「なんか、めっちゃ叫んでたけど」
「あうう」
ヒートアップしていたぼくは、茹でられたように熱くなった。
お夕飯のカレーの下ごしらえをしながら、つい居間のテーブルに置いてある全章・海外版を振り返ってしまう。百井さんに「献本なので」と頂いたもの。
「……よしっ」
あとはじっくり煮込むところまで来て、やっと本に向き合う。
きょろきょろと、辺りを見回したのは――ちょっとだけ、宏ちゃんに後ろめたかったからかもしれない。
宏ちゃんは、あの後すぐに書斎に入って、仕事を始めてる。ぼくも、後でお手伝いに行くつもりやけれど。
その前に、もう一度読んでみようと思ったん。
「……」
ページを、もくもくと繰って……半ばまで一息に読んでしまうと、ぼくは深い息を吐いた。
「すっごい……面白い……」
世界でも名を馳せている先生であるらしく、重厚でありながら、流れるように美しい筆致。
日本から西洋に舞台は変えながら、宏ちゃんの描いた推理の道筋や、トリックを大きく損なうことなく――全く違う物語が、作り上げられていた。
そう……こっちはこっちで、素晴らしい名作やと思う。
ただ、桜庭宏樹先生の物語と、思わなければ。
――『あれを、俺の小説とは呼べなくてな……』
宏ちゃんの、寂しそうな顔が過り、熱く目が潤む。
たしかに、これは……桜庭先生の物語じゃなかった。
小さなころから――幾度も、試行錯誤や修練を重ねて、作り上げた独特の筆致がない。
そして、文献を浴びるように読み、丹念に取材をしたうえで……宏ちゃんの生々しい感性で、織り上げている物語じゃ、ない。
「面白い……すっごく面白いけど、そうじゃないの……ぼくは、桜庭先生の物語を、たくさんの人に知って欲しいんよっ!」
読めば読むほど悲しくて、泣けてしまう。
ティッシュを引き寄せて、ちーんと鼻を噛んだ。
――さっき、悲しそうやった宏ちゃんの気持ちが、わかった。だって、宏ちゃんは……
執筆机に向かう宏ちゃんの真摯な背中を思う。宏ちゃんの右手の大きなペンダコを……いつも、くり返し推敲されて、真っ黒になっている原稿用紙を思った。
ぎゅ、と拳を握りしめて、立ち上がった。
「桜庭先生の小説が、最高やもん! あの、不思議なリズムの、変幻自在の文章。そりゃ、朗読泣かせとは言われるけど、大人も子供も好きって言うてるしっ! それに……唯一無二のユーモアセンス。ぼくが子どものときから、今までずーっと面白いんやから……! そ、そもそも、全章はお坊さんなのであって、エクソシストじゃないっ。かっこいいからたくさんの人にモテるけど、奥さんに一途で、あちこちに恋人をもったりしないしっ……」
名作家さんの本に向かって、おたく丸だしなことを叫びまくっていると、
「な、成己、どうした?」
「ひええっ!?」
突然、恐々と声をかけられて、飛び上がる。
――ウソ、いつの間に?!
慌てて振り返ると、目を丸くした綾人が立っていて。
「なんか、めっちゃ叫んでたけど」
「あうう」
ヒートアップしていたぼくは、茹でられたように熱くなった。
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