いつでも僕の帰る場所

高穂もか

文字の大きさ
上 下
213 / 400
第四章~新たな門出~

二百十二話【SIDE:陽平】

しおりを挟む
 婚約破棄を言い渡した日のことだ。 
 
――『行き違いがあるのかもしれへんよ? 蓑崎さんも、結婚したいとまで、思った人なんやし……』
 
 成己は身投げでもするように、必死な顔で話していた。――どうか考え直して欲しい、晶のことは婚約者に任せるべきだと。
 当時は、自己保身にしか思えなくて、ただ煩かった。今さら何を言われても、俺は心を変えるつもりはなかったし。耳を貸さないことが、決意の表れだとさえ思っていたから。
 
「……あ」
 
 はっ、と目を見開いた。
 ……ひょっとして、成己は何か解っていたのだろうか。
 何か、オメガの勘で、俺に見抜けない晶の嘘を、感じ取っていたのか。
 思えば、成己はいつも、晶のことを気遣っていたじゃねえか。――泊まりに来ても、いつも嫌な顔ひとつしなかった。快く飯を作り、洗濯をして、大学に送り出してくれた。
 そんなあいつが、「晶を許せない」と言ったことを、もっと重く受け止めてやるべきだったんじゃないか。
 
 ――『陽平、考え直して。別れたくないよ……』
 
 ひたすらに悲しそうな顔が、甦ってくる。あの日成己は、晶と俺の関係を疑っていながら――必死に、俺に縋りついてきた。プライドを捨てても、俺を失いたくない、と。
 
「成己……」
 
 胸がぎゅっ、と締め付けられる。
 
 ――成己は、なにも変わっていなかったんだ。
 
 晶が嘘だったと分かった今、ねじ曲がっていた成己の像が、もう一度クリアになっていく。薄情に思えていたあいつの言葉が、真っすぐに胸に届いた。
 晶に騙されて、あいつのことを信じなかったことが、痛いほど悔やまれた。あいつは、きっと……晶の欺瞞に気づいて、俺のことを心配していたんだろうに。
 俺は、ノイズに振り回されて、信じなかった。
 
 ――そうだ、野江とのことを疑っていたから。お前こそ、自分を棚に上げて何言ってんだって……
 
 ごろ、と寝返りをうつ。膝を抱えて、呻いた。
 本当はもう、わかっている。
 あのとき成己は……野江に指一本、触れられていなかったって。
 
 ――『陽平、恥ずかしいよ……』
 
 羞恥に震え、今にも逃げ出したそうにしていた。あの日、俺の下で震えていた成己のカラダ――
 
「……っ」
 
 どこもかしこも綺麗で、触れられた痕なんて見当たらなかった。足を開かせて、丹念に確かめた秘所も……無垢そのもので。
 あの体が、他者の蹂躙を受けているはずがなかった。
 俺はアルファだ。どれだけ丹念に、痕跡を消しても――体内に他人を受け入れたかどうかくらい、簡単に嗅ぎ取ってしまうんだから。
 
「……俺は……」
 
 間接が白くなるほど、手を握りしめる。
 成己は怯えて、震えながら――従順に、俺に身を差し出していた。奥手でお堅いあいつが、どれだけ勇気を絞ったのか……今さらながらに、思い知る。 
 なのに俺は、怯えを拒絶だと思い、あいつを跳ねのけてしまった。
 
 ――……馬鹿だな、俺は……
 
 成己の泣き顔が浮かんで、胸が締め付けられる。
 野江と関係を持っていると、思いたかったのは……晶を信じたかったからかもしれない。成己が悪いと思わなければ、晶を信じ切ることは出来なかった。
 まして――成己を憎んで、突き放す事なんて出来なかったはずだ。
 
「……はは」
 
 今さら、気づいたって遅えよ。
 体から力が抜けていき、床にだらんと伸びた。
 成己はもう、野江と結婚しちまったんだ。
 
 ――そういや、センターに行ったほうがいいのかって、成己に泣かれたな……
 
 そんなことは、考えてなかった。成己に不幸になれなんて、思ってないけれど――あいつが、他の男のものになることが、耐えられなかっただけだ。
 
『陽平、おはよう』
 
 俺の隣で嬉しそうに目覚めるときの……笑顔。あれが、野江のものになるなんて、今でも信じられない。 
 ……手放すんじゃなかった。
 後悔で胸が苦しくなって、寝返りをうつ。すると――クローゼットが目に入った。
 成己への誕生日プレゼントがある。
 
――『ひどいよ、陽平……!』
 
 ぼろぼろと涙をこぼして、怒っていた成己を思い出す。
 あの時のあいつは。野江の妻らしく上品な絽を纏いながら……俺に必死に訴えていた気がする。――「どうして、わかってくれないんだ」って。
 野江の元に居て、なお……あいつの心には俺の影がある。
 
「……!」
 
 俺は、がばりと身を起こした。
 成己のプレゼントをつかみ取り、部屋を飛び出した。
 
 ――行かないと……!
 
 がむしゃらに走り、成己のもとへ向かう。
 ずっと、成己のことを誤解していた。今更、どうにもならねえかもしれねえけど……あいつに、きちんと想いを伝えたかった。
 俺だって、誕生日を楽しみにしていた。お前と、結婚するつもりで……伝えたい言葉があったことを――
 
「成己……!」
 

 あいつが野江の元にいるのは、解っていた。
 何度か連れて行ってもらった、あの男の店まで走り続け――着いた頃には、閑静な住宅街に夕焼けが差していた。

「あいつの店は……」

 道筋を辿ってゆくと、笑い声が聞こえてきた。

「じゃあ、また来るよ」
「ありがとうございますっ」

 はっと息を飲む。あの柔らかな声は………会いたかった奴の顔がすぐに浮かんだ。

――成己!

しおりを挟む
感想 213

あなたにおすすめの小説

朝起きたら幼なじみと番になってた。

オクラ粥
BL
寝ぼけてるのかと思った。目が覚めて起き上がると全身が痛い。 隣には昨晩一緒に飲みにいった幼なじみがすやすや寝ていた 思いつきの書き殴り オメガバースの設定をお借りしてます

僕の太客が義兄弟になるとか聞いてない

コプラ@貧乏令嬢〜コミカライズ12/26
BL
 没落名士の長男ノアゼットは日々困窮していく家族を支えるべく上級学校への進学を断念して仕送りのために王都で働き出す。しかし賢くても後見の無いノアゼットが仕送り出来るほど稼げはしなかった。  そんな時に声を掛けてきた高級娼家のマダムの引き抜きで、男娼のノアとして働き出したノアゼット。研究肌のノアはたちまち人気の男娼に躍り出る。懇意にしてくれる太客がついて仕送りは十分過ぎるほどだ。  そんな中、母親の再婚で仕送りの要らなくなったノアは、一念発起して自分の人生を始めようと決意する。順風満帆に滑り出した自分の生活に満ち足りていた頃、ノアは再婚相手の元に居る家族の元に二度目の帰省をする事になった。 そこで巻き起こる自分の過去との引き合わせに動揺するノア。ノアと太客の男との秘密の関係がまた動き出すのか?

僕の幸せは

春夏
BL
【完結しました】 恋人に捨てられた悠の心情。 話は別れから始まります。全編が悠の視点です。 1日2話ずつ投稿します。

義兄の愛が重すぎて、悪役令息できないのですが…!

ずー子
BL
戦争に負けた貴族の子息であるレイナードは、人質として異国のアドラー家に送り込まれる。彼の使命は内情を探り、敗戦国として奪われたものを取り返すこと。アドラー家が更なる力を付けないように監視を託されたレイナード。まずは好かれようと努力した結果は実を結び、新しい家族から絶大な信頼を得て、特に気難しいと言われている長男ヴィルヘルムからは「右腕」と言われるように。だけど、内心罪悪感が募る日々。正直「もう楽になりたい」と思っているのに。 「安心しろ。結婚なんかしない。僕が一番大切なのはお前だよ」 なんだか義兄の様子がおかしいのですが…? このままじゃ、スパイも悪役令息も出来そうにないよ! ファンタジーラブコメBLです。 平日毎日更新を目標に頑張ってます。応援や感想頂けると励みになります♡ 【登場人物】 攻→ヴィルヘルム 完璧超人。真面目で自信家。良き跡継ぎ、良き兄、良き息子であろうとし続ける、実直な男だが、興味関心がない相手にはどこまでも無関心で辛辣。当初は異国の使者だと思っていたレイナードを警戒していたが… 受→レイナード 和平交渉の一環で異国のアドラー家に人質として出された。主人公。立ち位置をよく理解しており、計算せずとも人から好かれる。常に兄を立てて陰で支える立場にいる。課せられた使命と現状に悩みつつある上に、義兄の様子もおかしくて、いろんな意味で気苦労の絶えない。

捨てられオメガの幸せは

ホロロン
BL
家族に愛されていると思っていたが実はそうではない事実を知ってもなお家族と仲良くしたいがためにずっと好きだった人と喧嘩別れしてしまった。 幸せになれると思ったのに…番になる前に捨てられて行き場をなくした時に会ったのは、あの大好きな彼だった。

【完結】可愛いあの子は番にされて、もうオレの手は届かない

天田れおぽん
BL
劣性アルファであるオズワルドは、劣性オメガの幼馴染リアンを伴侶に娶りたいと考えていた。 ある日、仕えている王太子から名前も知らないオメガのうなじを噛んだと告白される。 運命の番と王太子の言う相手が落としていったという髪飾りに、オズワルドは見覚えがあった―――― ※他サイトにも掲載中 ★⌒*+*⌒★ ☆宣伝☆ ★⌒*+*⌒★  「婚約破棄された不遇令嬢ですが、イケオジ辺境伯と幸せになります!」  が、レジーナブックスさまより発売中です。  どうぞよろしくお願いいたします。m(_ _)m

そばにいてほしい。

15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。 そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。 ──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。 幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け 安心してください、ハピエンです。

【本編完結】αに不倫されて離婚を突き付けられているけど別れたくない男Ωの話

雷尾
BL
本人が別れたくないって言うんなら仕方ないですよね。 一旦本編完結、気力があればその後か番外編を少しだけ書こうかと思ってます。

処理中です...