いつでも僕の帰る場所

高穂もか

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第四章~新たな門出~

二百六話【SIDE:陽平】

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 思えば、その片鱗が見えたのは――成己が「襲われかけた」と言った時だったかもしれない。
 
『本屋さんで、変な人に絡まれたん……偶然、居合わせた宏兄が助けてくれて、なんもなかってんけど。フェロモンのせいやないかなって、怖くて……』
 
 その日、ひどく不安そうな顔で、成己は訴えてきた。
 じっと俺を見上げる目には――「側に居て欲しい」という期待が見えるようで。その様子に、むらむらと怒りがこみ上げた。
 
 ――襲われたなんて、そんな簡単に言えることか? 晶は、誰にも言えずに悩んでいたのに。
 
 そもそも、開花前の成己のフェロモンは温和だ。
 俺でさえ、理性が揺るがされそうになる晶のフェロモンと、あまりに性質が違う。幼げな容姿と相まって、他人の欲情をそそったりしないはずだ。
 詳しく聞けば、やはり顔見知りの店員だったらしい。
 
 ――何やってんだよ……ほいほい勘違いさせやがって!
 
 成己は、不必要に愛想が良いところがある。誰にでも笑いかけて親切にしてやるせいで、勘違いされてしまうこともしばしばだった。出会ったときから、何度苛ついたか知れない。
 襲われない様に気をつけていても、怖い目に遭う奴がいるのに――成己の軽率さに、腹が立って仕方なかった。
 
『俺にどうしろって?』
『え……』
 
 きつい言葉をぶつけてやると、成己は目を見開いて、「信じられない」と言う顔をした。青褪めて、しどろもどろに弁明し始めるのが、後ろ暗いことがある証に思えて、苛立ちが治まらなかった。
 そもそも、「野江に助けられた」だなんて……他のアルファを引き合いに出すところも、あてつけがましい。
 
 ――お前は、俺のオメガだろうが。もっと自覚持てよ!
 
 俺の存在を軽んじられた気がして、めちゃくちゃ面白くなかった。
 その後、晶が成己に自己防衛の大切さを説いてくれなければ、もっと怒鳴っていたかもしれない。
 
『ごめんなさい』
『……っ』
 
 泣きそうに、小さくなっている成己を見たとき――少し罪悪感が湧いたけれど。厳しく言うのは、あいつの為でもあると思った。
 晶と一緒に居て、オメガがどれだけ危険と隣合わせが、初めて知った。
 成己と過ごす日々に、そんなことは感じなかった。だから――不注意で、身を危険に曝して、傷つくのは成己なんだ。
 
『陽平。成己くんって、世間知らずなところあるし……そう責めてやんなよ。世話になってるぶん、俺が色々教えてやるから、安心しろ』
『……サンキュ。頼む』
 
 晶の申し出が有り難かった。成己も、これでしっかりするだろうって。
 そう思ったのに、間違いだった。
 成己は、俺の心配も晶の気遣いも、全部ふいにし――あろうことか、野江を頼り始めた。
 

 
 
『なんで、野江の奴と……!』
 
 晶の付添いで行ったセンターで、野江と寄り添っている成己を見た時、愕然とした。
 
 ――あれ程、言ったのに。フリーのアルファの側に居るって、馬鹿なのか?!
 
 成己は悪びれるどころか、俺に反抗さえした。
「大切な用の付き添いを頼んだだけだ」、「陽平が無視するから悪い」と。
 確かにその日、俺は成己を無視した。だが……前夜、近藤に襲われた晶を庇いもせず、責めるような真似をしたあいつに、お灸を据える意図だった。
 
 ――『ひどいよ。ぼくのことは、怒るのに……』
 
 晶を悪者にした成己に失望しなかったのは、あいつへの友情のたまものだ。
 自分が未開花だからって、晶の苦労を解りもせず……俺を責めるなんて、馬鹿な真似だと。くだらない嫉妬は止めて、自らを省みて欲しかったのに。
 反省するどころか、野江を頼るなんて――俺が思っていたより、成己は余程したたかな奴だったらしい。
 
『俺の都合がつかなきゃ、他の男を頼るのかよ! 晶とは大違いだな』
 
 正直、裏切られた気分だった。
 成己は――裏表がない、良い奴。世間知らずの、純なお人よし。そう言う、自分の中の「評価」が覆るような感覚。
 息苦しいほどに腹が立って、成己に色々と言葉をぶつけたと思う。けれど、成己は傷ついた顔をしても、反抗し続けた。――野江を悪く言うのを止めろ、と。
 その頑なさに、ますます焦燥した。
 
 

 
『何よ、それ! 成己さんって、やっぱりセンターのオメガね。慎みがないったら』
 
 成己の顔を見たくなくて実家に帰れば、母さんが待ち構えていて。根掘り葉掘り聞かれる内に、事情をすべて話してしまっていた。
 アルファとして、叱責されるのかと思いきや、母さんは烈火のごとく成己に怒った。
 俺の方が狼狽えて、成己を庇うほどの勢いで。
 
『慎みが無いって。成己と野江は、幼馴染だし……さすがに、浮気なんて』
『甘いわよ、陽平ちゃん。オメガはねぇ、その気のないアルファと二人きりになんてならないの!』
 
 母さんは、きりきりと眉をつり上げていた。
 
『間違いが起きたに決まってる。だから、アルファの店でバイトなんて反対だったのに。お父さんが甘やかすからだわ』
 
 成己が野江の店で働きたいと言った時、母さんは猛反対していた。俺も嬉しくはなかった。ただ、父の言いつけで進学を諦めた成己に、それまで制限するのは流石に憚られて、口を噤んだ。
 その思いが――こんな形で、裏切られるとは思わなかった。
 
『許せないわ。晶ちゃんは、酷い婚約者で我慢してるのに。成己さんたら浮気して、うちの子をないがしろにするなんて』
 
 俺を気遣う母さんの言葉が、胸に刺さった。やはり、客観的に見ても、成己は俺に当て付けようとしているとわかって。
 
――あの成己が、俺に不満を持って、野江と浮気を……? 
 
 そんな奴じゃない。
 流石に、浮気なんて……成己は、そんな汚い奴じゃないはずだ。
 成己のことが、わからなくなりかけていた。
 
 
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