いつでも僕の帰る場所

高穂もか

文字の大きさ
上 下
206 / 346
第四章~新たな門出~

二百五話【SIDE:陽平】

しおりを挟む
『はぁ……婚約者に呼び出された。せっかく、飲み会だと思ったのに』
『あの人も父さんも、子を産むことしか期待してねぇから……』

 晶は、ときおり婚約者の愚痴をこぼすようになった。
 婚約者との間に、愛情はないこと。仕事を言い訳に、常に家を空けており、ヒートの時期にだけ帰ってくること。

『俺のこと、ダッチワイフにしか思ってねーんじゃん?』
『そんなことねぇよ。お前のこと、そんな風に思うやつなんて……』

 投げやりに呟いた、晶の肩を抱く。すると、小さく笑って、俺に身を寄せてきた。
 甘えるような仕草に、どきりとする。

『……サンキュ、陽平』
『べつに。当然だろ』

 晶が弱音を吐くのは、決まって俺の前だけ。それ以外ではおくびにも出さない。
 強気な蓑崎晶のイメージを、貫いていた。
 
――……俺だけが、本当の晶のことを知ってる。

 責任感と優越感が、胸をいっぱいに満たした。
 俺はついに、晶に頼られる男になったんだって。

――『くそアルファ! どっかに行けよ!』

 あの無力な自分から、脱却出来た気がしたんだ。
 いまや、晶は俺にだけ弱った姿を見せてくれる。その期待に、応えられる自分でいたかった。
 その気持ちが、ますます強くなった頃――体質のことを、打ち明けられた。



『俺、抑制剤が効かない体質なんだよな。フェロモンも、抑えらんねーし……ヒートも不規則で、いつ起こるかとわかんねぇの』

 晶のフェロモンに引き寄せられた馬鹿を、撃退したときだった。――ゼミ室で、乱れた着衣をかき合せ……晶は啜り泣き、話してくれた。

 たしかに、おかしいとは思っていた。

 昔の晶は、フェロモンを匂わせないよう、気を張っていた。なのに……再会した後の晶からは、常に艶美なフェロモンが漂っていたから。

『皆、俺が誘ったって。婚約者も、家に居た方が良いって言う……誰も、信じてくれない。俺が一番、こんな体を厭ってるのにさ。陽平……お前もどうせ』

 悲しげに目を伏せた晶に、頭がカッとなった。
 痩身を力いっぱい抱き寄せる。――味方だと、教えるように。

『馬鹿。何年、友達やってると思ってんだよ』
『陽平……』
『信じるに決まってる。お前はそんな奴じゃない』

 言いながら、俺は腹が立って仕方なかった。
 婚約者は――晶の体の事情を知りながら、放ったらかしなんだ。アルファの風上にも置けない、そう思った。

『俺が守る。いつも側に居て、危なくないように』
『……馬鹿だな。お前、成己くんになんて言うの? 他のオメガにべったりで、良い気しないって……』

 宣言してやれば、晶は泣き笑いの顔で言う。こんな時まで俺の心配をする晶が、可哀想だった。

『大丈夫だ。成己は、そんな事気にするやつじゃない』

 成己は良い奴だし、同じオメガなんだ。晶の気持ちを解ってくれるだろう。





 それから――俺は時間の許す限り、晶の側に居た。それは、想像以上に大変だった。
 フットワークが軽く、社交的な晶は一つの場所にじっとしている事が無い。勉強会でも飲みでも、誘われればどこにでも行ってしまう。

『お前だけだよ。俺に「あれするな、これするな」って言わねぇの』

 けど、晶の信頼を裏切りたくなかった。ただでさえ、体質のことで敵の多いあいつだから、俺だけは味方でいたかったんだ。

『帰りたくないな。どうせ一人だし……』
『だったら、うちに来いよ』

 他人の家に一人で居させるのが心配で、家に誘った。
 プライドの高いこいつが応じてくれるかと思ったが、晶は俺を頼ってくれた。
 次第に、うちに歯ブラシを、着替えを置くようになり……その度、心を許されていると誇らしくなる。

『あれー? 俺の服どこ!?』
『あっ、お洗濯してたんです。持ってきますね!』

 晶が声を上げると、成己が畳んだ衣服を持ってきた。

『え、俺の分もしてくれたんだ。なんかごめんねー』
『いえいえっ。これくらいなんでも』

 遠慮する晶に、成己がにこにこと笑う。
 成己は……全てではないが、晶の事情を話すと、協力してくれるようになった。
 一度、晶に嫉妬されたのは意外だったけど。事情を知れば、親身に頷いていた。
 やっぱり、成己は話せば解るやつだ。

『遅くなるから、お前は先に寝てろ』
『えっ、でも……』
『いいから。陽平のお守りはまかせて』

 酒が飲めない成己に付き合わせるのは可哀想だし、二人でないと出来ない話もある。
 それに、成己に世話を焼かれなくても、晶は料理が得意だ。
 成己を気遣い、さっと気の利いたツマミを用意してくれる。

――成己も、これくらい卒なく出来ればな……

 つい、成己と比較してしまうこともあった。
 成己は、飲まないせいか……センター育ちのせいか、そういう世事に疎い。
 先輩達を連れて帰ると、居た堪れない思いにさせられることもしばしばで。最初なんかは、生姜焼きだのけんちん汁だの、ババ臭い献立を出して、爆笑されていた。

『成己さんって、ダメダメな奥さんだな~』

 一緒になって、へらへらしてる成己が恥ずかしかった。

――あいつも、頑張ってるのはわかるけど……

 オメガとして見られたくない晶のほうが、できるのは何とも皮肉に感じた。

『成己くんさ、俺のこと気を悪くしてるんじゃね?』
『なんで。そんなことねえよ』
『馬鹿。成己くんは、お前だけだろ? 俺にくっついてないで、ちゃんと構ってやれよな』

 晶は、成己を常に気にしていた。ともすれば、鈍感なところもある俺より、余程。
 成己が、晶を疎んじる理由はない。
 そう思っていたからこそ……成己が、晶に牙を向いたのは予想外だった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

そばにいてほしい。

15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。 そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。 ──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。 幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け 安心してください、ハピエンです。

さよならの合図は、

15
BL
君の声。

王妃から夜伽を命じられたメイドのささやかな復讐

当麻月菜
恋愛
没落した貴族令嬢という過去を隠して、ロッタは王宮でメイドとして日々業務に勤しむ毎日。 でもある日、子宝に恵まれない王妃のマルガリータから国王との夜伽を命じられてしまう。 その理由は、ロッタとマルガリータの髪と目の色が同じという至極単純なもの。 ただし、夜伽を務めてもらうが側室として召し上げることは無い。所謂、使い捨ての世継ぎ製造機になれと言われたのだ。 馬鹿馬鹿しい話であるが、これは王命─── 断れば即、極刑。逃げても、極刑。 途方に暮れたロッタだけれど、そこに友人のアサギが現れて、この危機を切り抜けるとんでもない策を教えてくれるのだが……。

Tally marks

あこ
BL
五回目の浮気を目撃したら別れる。 カイトが巽に宣言をしたその五回目が、とうとうやってきた。 「関心が無くなりました。別れます。さよなら」 ✔︎ 攻めは体格良くて男前(コワモテ気味)の自己中浮気野郎。 ✔︎ 受けはのんびりした話し方の美人も裸足で逃げる(かもしれない)長身美人。 ✔︎ 本編中は『大学生×高校生』です。 ✔︎ 受けのお姉ちゃんは超イケメンで強い(物理)、そして姉と婚約している彼氏は爽やか好青年。 ✔︎ 『彼者誰時に溺れる』とリンクしています(あちらを読んでいなくても全く問題はありません) 🔺ATTENTION🔺 このお話は『浮気野郎を後悔させまくってボコボコにする予定』で書き始めたにも関わらず『どうしてか元サヤ』になってしまった連載です。 そして浮気野郎は元サヤ後、受け溺愛ヘタレ野郎に進化します。 そこだけ本当、ご留意ください。 また、タグにはない設定もあります。ごめんなさい。(10個しかタグが作れない…せめてあと2個作らせて欲しい) ➡︎ 作品や章タイトルの頭に『★』があるものは、個人サイトでリクエストしていただいたものです。こちらではリクエスト内容やお礼などの後書きを省略させていただいています。 ➡︎ 『番外編:本編完結後』に区分されている小説については、完結後設定の番外編が小説の『更新順』に入っています。『時系列順』になっていません。 ➡︎ ただし、『番外編:本編完結後』の中に入っている作品のうち、『カイトが巽に「愛してる」と言えるようになったころ』の作品に関してはタイトルの頭に『𝟞』がついています。 個人サイトでの連載開始は2016年7月です。 これを加筆修正しながら更新していきます。 ですので、作中に古いものが登場する事が多々あります。

婚約者の浮気相手が子を授かったので

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。 ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。 アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。 ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。 自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。 しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。 彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。 ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。 まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。 ※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。 ※完結しました

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

いっそあなたに憎まれたい

石河 翠
恋愛
主人公が愛した男には、すでに身分違いの平民の恋人がいた。 貴族の娘であり、正妻であるはずの彼女は、誰も来ない離れの窓から幸せそうな彼らを覗き見ることしかできない。 愛されることもなく、夫婦の営みすらない白い結婚。 三年が過ぎ、義両親からは石女(うまずめ)の烙印を押され、とうとう離縁されることになる。 そして彼女は結婚生活最後の日に、ひとりの神父と過ごすことを選ぶ。 誰にも言えなかった胸の内を、ひっそりと「彼」に明かすために。 これは婚約破棄もできず、悪役令嬢にもドアマットヒロインにもなれなかった、ひとりの愚かな女のお話。 この作品は小説家になろうにも投稿しております。 扉絵は、汐の音様に描いていただきました。ありがとうございます。

処理中です...