206 / 406
第四章~新たな門出~
二百五話【SIDE:陽平】
しおりを挟む
『はぁ……婚約者に呼び出された。せっかく、飲み会だと思ったのに』
『あの人も父さんも、子を産むことしか期待してねぇから……』
晶は、ときおり婚約者の愚痴をこぼすようになった。
婚約者との間に、愛情はないこと。仕事を言い訳に、常に家を空けており、ヒートの時期にだけ帰ってくること。
『俺のこと、ダッチワイフにしか思ってねーんじゃん?』
『そんなことねぇよ。お前のこと、そんな風に思うやつなんて……』
投げやりに呟いた、晶の肩を抱く。すると、小さく笑って、俺に身を寄せてきた。
甘えるような仕草に、どきりとする。
『……サンキュ、陽平』
『べつに。当然だろ』
晶が弱音を吐くのは、決まって俺の前だけ。それ以外ではおくびにも出さない。
強気な蓑崎晶のイメージを、貫いていた。
――……俺だけが、本当の晶のことを知ってる。
責任感と優越感が、胸をいっぱいに満たした。
俺はついに、晶に頼られる男になったんだって。
――『くそアルファ! どっかに行けよ!』
あの無力な自分から、脱却出来た気がしたんだ。
いまや、晶は俺にだけ弱った姿を見せてくれる。その期待に、応えられる自分でいたかった。
その気持ちが、ますます強くなった頃――体質のことを、打ち明けられた。
『俺、抑制剤が効かない体質なんだよな。フェロモンも、抑えらんねーし……ヒートも不規則で、いつ起こるかとわかんねぇの』
晶のフェロモンに引き寄せられた馬鹿を、撃退したときだった。――ゼミ室で、乱れた着衣をかき合せ……晶は啜り泣き、話してくれた。
たしかに、おかしいとは思っていた。
昔の晶は、フェロモンを匂わせないよう、気を張っていた。なのに……再会した後の晶からは、常に艶美なフェロモンが漂っていたから。
『皆、俺が誘ったって。婚約者も、家に居た方が良いって言う……誰も、信じてくれない。俺が一番、こんな体を厭ってるのにさ。陽平……お前もどうせ』
悲しげに目を伏せた晶に、頭がカッとなった。
痩身を力いっぱい抱き寄せる。――味方だと、教えるように。
『馬鹿。何年、友達やってると思ってんだよ』
『陽平……』
『信じるに決まってる。お前はそんな奴じゃない』
言いながら、俺は腹が立って仕方なかった。
婚約者は――晶の体の事情を知りながら、放ったらかしなんだ。アルファの風上にも置けない、そう思った。
『俺が守る。いつも側に居て、危なくないように』
『……馬鹿だな。お前、成己くんになんて言うの? 他のオメガにべったりで、良い気しないって……』
宣言してやれば、晶は泣き笑いの顔で言う。こんな時まで俺の心配をする晶が、可哀想だった。
『大丈夫だ。成己は、そんな事気にするやつじゃない』
成己は良い奴だし、同じオメガなんだ。晶の気持ちを解ってくれるだろう。
それから――俺は時間の許す限り、晶の側に居た。それは、想像以上に大変だった。
フットワークが軽く、社交的な晶は一つの場所にじっとしている事が無い。勉強会でも飲みでも、誘われればどこにでも行ってしまう。
『お前だけだよ。俺に「あれするな、これするな」って言わねぇの』
けど、晶の信頼を裏切りたくなかった。ただでさえ、体質のことで敵の多いあいつだから、俺だけは味方でいたかったんだ。
『帰りたくないな。どうせ一人だし……』
『だったら、うちに来いよ』
他人の家に一人で居させるのが心配で、家に誘った。
プライドの高いこいつが応じてくれるかと思ったが、晶は俺を頼ってくれた。
次第に、うちに歯ブラシを、着替えを置くようになり……その度、心を許されていると誇らしくなる。
『あれー? 俺の服どこ!?』
『あっ、お洗濯してたんです。持ってきますね!』
晶が声を上げると、成己が畳んだ衣服を持ってきた。
『え、俺の分もしてくれたんだ。なんかごめんねー』
『いえいえっ。これくらいなんでも』
遠慮する晶に、成己がにこにこと笑う。
成己は……全てではないが、晶の事情を話すと、協力してくれるようになった。
一度、晶に嫉妬されたのは意外だったけど。事情を知れば、親身に頷いていた。
やっぱり、成己は話せば解るやつだ。
『遅くなるから、お前は先に寝てろ』
『えっ、でも……』
『いいから。陽平のお守りはまかせて』
酒が飲めない成己に付き合わせるのは可哀想だし、二人でないと出来ない話もある。
それに、成己に世話を焼かれなくても、晶は料理が得意だ。
成己を気遣い、さっと気の利いたツマミを用意してくれる。
――成己も、これくらい卒なく出来ればな……
つい、成己と比較してしまうこともあった。
成己は、飲まないせいか……センター育ちのせいか、そういう世事に疎い。
先輩達を連れて帰ると、居た堪れない思いにさせられることもしばしばで。最初なんかは、生姜焼きだのけんちん汁だの、ババ臭い献立を出して、爆笑されていた。
『成己さんって、ダメダメな奥さんだな~』
一緒になって、へらへらしてる成己が恥ずかしかった。
――あいつも、頑張ってるのはわかるけど……
オメガとして見られたくない晶のほうが、できるのは何とも皮肉に感じた。
『成己くんさ、俺のこと気を悪くしてるんじゃね?』
『なんで。そんなことねえよ』
『馬鹿。成己くんは、お前だけだろ? 俺にくっついてないで、ちゃんと構ってやれよな』
晶は、成己を常に気にしていた。ともすれば、鈍感なところもある俺より、余程。
成己が、晶を疎んじる理由はない。
そう思っていたからこそ……成己が、晶に牙を向いたのは予想外だった。
『あの人も父さんも、子を産むことしか期待してねぇから……』
晶は、ときおり婚約者の愚痴をこぼすようになった。
婚約者との間に、愛情はないこと。仕事を言い訳に、常に家を空けており、ヒートの時期にだけ帰ってくること。
『俺のこと、ダッチワイフにしか思ってねーんじゃん?』
『そんなことねぇよ。お前のこと、そんな風に思うやつなんて……』
投げやりに呟いた、晶の肩を抱く。すると、小さく笑って、俺に身を寄せてきた。
甘えるような仕草に、どきりとする。
『……サンキュ、陽平』
『べつに。当然だろ』
晶が弱音を吐くのは、決まって俺の前だけ。それ以外ではおくびにも出さない。
強気な蓑崎晶のイメージを、貫いていた。
――……俺だけが、本当の晶のことを知ってる。
責任感と優越感が、胸をいっぱいに満たした。
俺はついに、晶に頼られる男になったんだって。
――『くそアルファ! どっかに行けよ!』
あの無力な自分から、脱却出来た気がしたんだ。
いまや、晶は俺にだけ弱った姿を見せてくれる。その期待に、応えられる自分でいたかった。
その気持ちが、ますます強くなった頃――体質のことを、打ち明けられた。
『俺、抑制剤が効かない体質なんだよな。フェロモンも、抑えらんねーし……ヒートも不規則で、いつ起こるかとわかんねぇの』
晶のフェロモンに引き寄せられた馬鹿を、撃退したときだった。――ゼミ室で、乱れた着衣をかき合せ……晶は啜り泣き、話してくれた。
たしかに、おかしいとは思っていた。
昔の晶は、フェロモンを匂わせないよう、気を張っていた。なのに……再会した後の晶からは、常に艶美なフェロモンが漂っていたから。
『皆、俺が誘ったって。婚約者も、家に居た方が良いって言う……誰も、信じてくれない。俺が一番、こんな体を厭ってるのにさ。陽平……お前もどうせ』
悲しげに目を伏せた晶に、頭がカッとなった。
痩身を力いっぱい抱き寄せる。――味方だと、教えるように。
『馬鹿。何年、友達やってると思ってんだよ』
『陽平……』
『信じるに決まってる。お前はそんな奴じゃない』
言いながら、俺は腹が立って仕方なかった。
婚約者は――晶の体の事情を知りながら、放ったらかしなんだ。アルファの風上にも置けない、そう思った。
『俺が守る。いつも側に居て、危なくないように』
『……馬鹿だな。お前、成己くんになんて言うの? 他のオメガにべったりで、良い気しないって……』
宣言してやれば、晶は泣き笑いの顔で言う。こんな時まで俺の心配をする晶が、可哀想だった。
『大丈夫だ。成己は、そんな事気にするやつじゃない』
成己は良い奴だし、同じオメガなんだ。晶の気持ちを解ってくれるだろう。
それから――俺は時間の許す限り、晶の側に居た。それは、想像以上に大変だった。
フットワークが軽く、社交的な晶は一つの場所にじっとしている事が無い。勉強会でも飲みでも、誘われればどこにでも行ってしまう。
『お前だけだよ。俺に「あれするな、これするな」って言わねぇの』
けど、晶の信頼を裏切りたくなかった。ただでさえ、体質のことで敵の多いあいつだから、俺だけは味方でいたかったんだ。
『帰りたくないな。どうせ一人だし……』
『だったら、うちに来いよ』
他人の家に一人で居させるのが心配で、家に誘った。
プライドの高いこいつが応じてくれるかと思ったが、晶は俺を頼ってくれた。
次第に、うちに歯ブラシを、着替えを置くようになり……その度、心を許されていると誇らしくなる。
『あれー? 俺の服どこ!?』
『あっ、お洗濯してたんです。持ってきますね!』
晶が声を上げると、成己が畳んだ衣服を持ってきた。
『え、俺の分もしてくれたんだ。なんかごめんねー』
『いえいえっ。これくらいなんでも』
遠慮する晶に、成己がにこにこと笑う。
成己は……全てではないが、晶の事情を話すと、協力してくれるようになった。
一度、晶に嫉妬されたのは意外だったけど。事情を知れば、親身に頷いていた。
やっぱり、成己は話せば解るやつだ。
『遅くなるから、お前は先に寝てろ』
『えっ、でも……』
『いいから。陽平のお守りはまかせて』
酒が飲めない成己に付き合わせるのは可哀想だし、二人でないと出来ない話もある。
それに、成己に世話を焼かれなくても、晶は料理が得意だ。
成己を気遣い、さっと気の利いたツマミを用意してくれる。
――成己も、これくらい卒なく出来ればな……
つい、成己と比較してしまうこともあった。
成己は、飲まないせいか……センター育ちのせいか、そういう世事に疎い。
先輩達を連れて帰ると、居た堪れない思いにさせられることもしばしばで。最初なんかは、生姜焼きだのけんちん汁だの、ババ臭い献立を出して、爆笑されていた。
『成己さんって、ダメダメな奥さんだな~』
一緒になって、へらへらしてる成己が恥ずかしかった。
――あいつも、頑張ってるのはわかるけど……
オメガとして見られたくない晶のほうが、できるのは何とも皮肉に感じた。
『成己くんさ、俺のこと気を悪くしてるんじゃね?』
『なんで。そんなことねえよ』
『馬鹿。成己くんは、お前だけだろ? 俺にくっついてないで、ちゃんと構ってやれよな』
晶は、成己を常に気にしていた。ともすれば、鈍感なところもある俺より、余程。
成己が、晶を疎んじる理由はない。
そう思っていたからこそ……成己が、晶に牙を向いたのは予想外だった。
349
お気に入りに追加
1,506
あなたにおすすめの小説


【完結】幼馴染と恋人は別だと言われました
迦陵 れん
恋愛
「幼馴染みは良いぞ。あんなに便利で使いやすいものはない」
大好きだった幼馴染の彼が、友人にそう言っているのを聞いてしまった。
毎日一緒に通学して、お弁当も欠かさず作ってあげていたのに。
幼馴染と恋人は別なのだとも言っていた。
そして、ある日突然、私は全てを奪われた。
幼馴染としての役割まで奪われたら、私はどうしたらいいの?
サクッと終わる短編を目指しました。
内容的に薄い部分があるかもしれませんが、短く纏めることを重視したので、物足りなかったらすみませんm(_ _)m

拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】
僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。
※他サイトでも投稿中
許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください>
私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

捨てられオメガの幸せは
ホロロン
BL
家族に愛されていると思っていたが実はそうではない事実を知ってもなお家族と仲良くしたいがためにずっと好きだった人と喧嘩別れしてしまった。
幸せになれると思ったのに…番になる前に捨てられて行き場をなくした時に会ったのは、あの大好きな彼だった。

運命の番なのに別れちゃったんですか?
雷尾
BL
いくら運命の番でも、相手に恋人やパートナーがいる人を奪うのは違うんじゃないですかね。と言う話。
途中美形の方がそうじゃなくなりますが、また美形に戻りますのでご容赦ください。
最後まで頑張って読んでもらえたら、それなりに救いはある話だと思います。
オメガの復讐
riiko
BL
幸せな結婚式、二人のこれからを祝福するかのように参列者からは祝いの声。
しかしこの結婚式にはとてつもない野望が隠されていた。
とっても短いお話ですが、物語お楽しみいただけたら幸いです☆
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる