いつでも僕の帰る場所

高穂もか

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第四章~新たな門出~

二百二話【SIDE:陽平】

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 ――パソコンで、拾った画像を再加工していく。
 画像編集ソフトを使えば、加工された画像を元に戻すことは、簡単だった。
 俺は、写真の成己の顔に付いたシールを消し、色調を補正したりして、元の写真へと復元する。
 
「……!」
 
 やがて、成己の笑顔がパッと現れた。……目を細めて、心から楽しそうにほほ笑む顔。
 ほうと息を吐き、モニターに触れた。
 
「……成己」
 
 西野さんのSNSを遡ると、成己の写真は他にもあった。それらを吸い上げて、加工を外していく作業に没頭する。

「……」

 自分でも、何をしているかわからない。別れた相手の写真を、わざわざ集めるなんて。
 けれど、恥ずかしがっていたり、ニコニコ笑ってたり。そのどれもが記憶にあって、見慣れたものなのに、目が離せなかった。
 
 
 
 
 翌日――

「ふぁ……」

 欠伸を噛み殺しながら、家の片づけをする。
 昨夜は、作業に没頭し過ぎて寝不足だ。ゴミ袋にゴミを放り込んでしまうと、洗濯物をまとめていく。
 ベッドに置いておいたブランケットをとると、ふわりと花の香りが漂った。
 
 ――……このブランケットは、いいか。
 
 まだ、使うかもしれねえし。
 誰かに言い訳するように思い、畳みなおして、椅子に掛けた。
 
「おい。替えの布団カバーって、どこだよ……」
 
 不慣れなことをすると、とにかくとろい。
 うろうろと、あちこちの戸棚を引っ張り出す。今まで、成己が全て管理していたからわからない。勢いで色々洗ったが、早計だったかもしれねえ。
 
「ここは……流石にねえか」
 
 ダメもとで、自室のクローゼットを漁る。……俺の服ばかりで、それらしきものは見当たらない。ため息をついたとき、あるものが目に入った。
 
「これ……」
 
 スニーカーの箱の影に、隠すように置かれている袋。――その中に入れていたものの記憶が、唐突に甦ってきた。
 震える手を伸ばし、取り上げると……愛らしい、清楚なデザインのショッパーが出てくる。
 
 ――成己にやろうと思って、買っておいたやつ……
 
 七月八日の、あいつの誕生日。プレゼントのつもりで、ガラじゃない買い物をして……見つからねえように、隠しておいたんだった。
 色々あって、すっかり忘れていた。
 
「は。……今さら出てきても仕方ねえだろ、こんなもん」
 
 成己が好きだろうと思っただけで、ちっとも俺の趣味じゃない。
 いっそ、捨ててやろうか――苦々しい気分で、目の高さに持ち上げる。持ち主のないプレゼントなんて、空しいだけだろ。
 
 ――『ぼくの誕生日なんて、スルーしたくせに!』
 
 ふと、野江夫人の誕生会で、泣いていた成己が思い浮かぶ。
 思い返せば、あいつは誕生日を大切にする奴だった。「おめでとう」って言ってやるだけで、大層喜んでいた気がする。
 
 ――『ありがとう、陽平……!』
 
 戯れに、菓子の缶を贈ってやったら、ずっと嬉しそうに抱いていた。――頬をピンクに染めて、幸せそうに顔をほころばせて。
 子どもみてえな奴だって、呆れた。晶や母さんなら、駄目だしするような物に、なんてご機嫌な奴なんだって……
 
「……っ」
 
 あの時の、成己の笑顔が離れない。
 今年も、俺が祝ってやれば――あいつは喜んだのだろうか?
 
「…………あほくさ」
 
 俺は、はっと嘲笑った。――こんなこと、考えたって仕方がない。どうせ、渡すつもりなんか無いんだ。
 袋を元に場所に戻し、クローゼットを閉めた。馬鹿な考えが、ちらつかない様に――
 
 
 正午を過ぎるころ、やっとあらかたの掃除を終えた。ゴミを出しに外に出ると、数日ぶりに浴びた陽光が、じりじりと肌を焼く。
 
「あっつ……」
 
 しかし、そう悪い気分でもない。――冷え切った部屋の中ばかりに居たからかもしれない。
 ふらふらと、その辺を散歩する。
 五月蠅く鳴く、蝉の声がする。陽炎のたつアスファルトを歩いていると、現実感が消えるような奇妙な感覚が起きた。

――なんか、久しぶりだな……

 そう言えば、一回生のときは、成己とよく歩いた。
 駅前のコンビニに行くと言えば、「ぼくも行きたい」って付いて来て……何が楽しいのか、わからなかったけど。
 
――『陽平、陽平。アイスクリームのお店、出来るんやて』
 
 アイスクリーム店の前を通ったとき、そんな言葉が過る。
 ――春先のことだった。
 その店舗は、入れ代わり立ち代わり新しい店に転生して、俺たちが越して来たばかりは、うどん屋。つけ麺の店を経て、今度はアイスになるのかと、二人で驚いた。
 
 ――『また、開店したら行こうね』
 
 甘いものが好きなあいつは、楽しみにしていたっけ。散歩の度、「まだかなぁ」とがらんどうの店を覗いていた、気がする。
 
「……もう、出来てんじゃん」
 
 いつの間に開店したのか、目の前にある店は、すでに営業中らしい。店から陽気な音楽が漏れ聞こえ、大学生らしい客が数人、アイスを食って駄弁っている。
 
 ――そうか。あれから、一緒に散歩することがなくなったのか……
 
 晶と再会して……俺は、晶の側を離れたくなかった。だから、コンビニは学内のものを使うようにして。必然的に、成己と散歩には行かなくなった。
 
「……」
 
 賑わう店の前で、立ち尽くす。 
 成己は、この店のアイスをひとり、食べに来たんだろうか。……思いかけて、すぐに否定する。
 あいつのことだから、待っていたに違いない。――二人で、来る時を。
 
「成己……」
 
 知らず俯いたとき、後ろから強く、肩を掴まれた。
 驚いて、振り返り――息を飲む。
 
「陽平」
 
 険しい顔の晶が、立っていた。
 
 
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