いつでも僕の帰る場所

高穂もか

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第四章~新たな門出~

百九十九話 四月五日(零時二十分)ちょっぴり加筆しました!

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「いらっしゃいませー!」
 
 数日後――うさぎやでは、綾人の元気のいい声が響いていた。
 営業を再開したばかりの店内には、駆けつけてくれた常連さんたちで、賑わっている。
 
「杉田さん、お待たせいたしました。本日のランチですっ」
「ありがとう、成ちゃん!」
 
 品物をサーブすると、杉田さんは嬉しそうに手を擦り合わせた。――宏ちゃんのお店を待ち望んでくれていたとわかる、暖かい笑顔。有難くって、顔がほころんだ。
 
「いやあ、営業再開、嬉しいなあ。元気な新人さんも入って、ますますいい感じだね」
「ありがとうございます……! すごく頼れる仲間なんですよっ」
 
 杉田さんの視線を追って、お客さんの注文を取っている綾人を見る。
 飲食店でバイトしていた経験と、持ち前の明るさで、彼はもうすっかり馴染んでいた。楽しそうに働く様子に、安堵がこみ上げる。
 
 ――綾人、活き活きしてる。良かったなあ……
 
 ぼくは、あの夜……綾人が、履歴書を持って寝室に訪れた時のことを思い出した。
 
「――オレ、考えたんだけどさ。朝匡んとこ戻るにしても、初志貫徹はしてえんだ。でないと、なんか負けそうな感じがしてさ」
 
 真剣な顔で、綾人が訴えたのは……お兄さんに誕生日プレゼントを贈りたいということ。そして、その資金のために、うさぎやで働かせて貰えないかってことやったん。
 宏ちゃんは突然の提案に目を瞠りつつ、言った。
 
「店はそろそろ再開させるつもりだったし、手伝ってくれるのは有難いが……」
「お願いします! どうか、オレを働かせてください!」
 
 綾人の意志は固かった。
 なにか気兼ねしてへんかな、とか。無理してへんか、心配やってんけど――活き活きした様子を見れば、取り越し苦労やったんやってわかる。
 カウンターの向こうの宏ちゃんと、目が合う。嬉しそうな笑顔に、ぼくも笑い返した。
 
「店長、ナポリタンとオレンジジュース入りました!」
「了解ー」
 
 元気のいい声が、響いた。お店がますます活気付いていて、ぼくも頑張るぞ、って気合が入る。 
 コーヒーと、お食事の良い香り……お客さんたちの、楽しいお喋りの溢れる中、ぼく達はせっせと働いた。
 
 
 


「ありがとうございました!」
 
 最後のお客さんを見送って、本日の営業が終了した。
 ぼくは、お店の前を軽く掃除する。たった半日で、砂埃がたっぷり溜まってた。

「~♪」

 夏の夕方の仄明るい空に、鳥が群れて飛んで行く。真昼の焼けつくような暑さは薄れて、生温い風が吹いていた。

「よいしょっと」

 掃除道具を片して、軒先に置いてある「営業中」の看板を持ちあげた。これを持って入れば終わり――そう思ったとき。

 ……成己。

 ふと、誰かに呼ばれた気がした。少し掠れた、甘い声。

――……陽平?

 思わず、その場に釘付けになっていると……お店の中から、「成―」と宏ちゃんに呼ばれた。
 はっ、とわれに帰る。

「あ……はーい!」
「お疲れ。代わるよ」

 近づいて来た宏ちゃんが、ぼくの看板をひょいと奪う。「あっ」と思う間もなくて、過保護な夫に苦笑してしまう。ぼくは、ぺこりと頭を下げた。

「ありがとうございますっ、店長」
「なんの。働き通しで腹減ったろ。ホットケーキでも食べて、休憩しようか」
「わーいっ。ぼく、お茶入れるね!」

 疲れた時の甘いものは、最高やんね。ぼくは、軽い足取りで、お店に飛び込んだ。
 お皿を拭いてくれていた綾人は、聞こえていたみたい。すでに三枚のお皿をカウンターに置いていて。顔を見合わせて笑ってしまう。

「もう、綾人ってば」
「はっは。準備が良いと言いたまえ」
「ふふ、ほんまに可愛いんやから。ねえ……宏ちゃん?」

 笑いながら振り返って、目を丸くする。

「……」

 宏ちゃんが、じっと店の外を見ていた。――どうしたんやろう。少し不安に思っていると、宏ちゃんはドアを閉めた。
 穏やかな笑みが、振り返る。
 
「いや、何もないよ。ひと雨きそうだなって、思ってただけだ」

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