200 / 360
第四章~新たな門出~
百九十九話 四月五日(零時二十分)ちょっぴり加筆しました!
しおりを挟む
「いらっしゃいませー!」
数日後――うさぎやでは、綾人の元気のいい声が響いていた。
営業を再開したばかりの店内には、駆けつけてくれた常連さんたちで、賑わっている。
「杉田さん、お待たせいたしました。本日のランチですっ」
「ありがとう、成ちゃん!」
品物をサーブすると、杉田さんは嬉しそうに手を擦り合わせた。――宏ちゃんのお店を待ち望んでくれていたとわかる、暖かい笑顔。有難くって、顔がほころんだ。
「いやあ、営業再開、嬉しいなあ。元気な新人さんも入って、ますますいい感じだね」
「ありがとうございます……! すごく頼れる仲間なんですよっ」
杉田さんの視線を追って、お客さんの注文を取っている綾人を見る。
飲食店でバイトしていた経験と、持ち前の明るさで、彼はもうすっかり馴染んでいた。楽しそうに働く様子に、安堵がこみ上げる。
――綾人、活き活きしてる。良かったなあ……
ぼくは、あの夜……綾人が、履歴書を持って寝室に訪れた時のことを思い出した。
「――オレ、考えたんだけどさ。朝匡んとこ戻るにしても、初志貫徹はしてえんだ。でないと、なんか負けそうな感じがしてさ」
真剣な顔で、綾人が訴えたのは……お兄さんに誕生日プレゼントを贈りたいということ。そして、その資金のために、うさぎやで働かせて貰えないかってことやったん。
宏ちゃんは突然の提案に目を瞠りつつ、言った。
「店はそろそろ再開させるつもりだったし、手伝ってくれるのは有難いが……」
「お願いします! どうか、オレを働かせてください!」
綾人の意志は固かった。
なにか気兼ねしてへんかな、とか。無理してへんか、心配やってんけど――活き活きした様子を見れば、取り越し苦労やったんやってわかる。
カウンターの向こうの宏ちゃんと、目が合う。嬉しそうな笑顔に、ぼくも笑い返した。
「店長、ナポリタンとオレンジジュース入りました!」
「了解ー」
元気のいい声が、響いた。お店がますます活気付いていて、ぼくも頑張るぞ、って気合が入る。
コーヒーと、お食事の良い香り……お客さんたちの、楽しいお喋りの溢れる中、ぼく達はせっせと働いた。
「ありがとうございました!」
最後のお客さんを見送って、本日の営業が終了した。
ぼくは、お店の前を軽く掃除する。たった半日で、砂埃がたっぷり溜まってた。
「~♪」
夏の夕方の仄明るい空に、鳥が群れて飛んで行く。真昼の焼けつくような暑さは薄れて、生温い風が吹いていた。
「よいしょっと」
掃除道具を片して、軒先に置いてある「営業中」の看板を持ちあげた。これを持って入れば終わり――そう思ったとき。
……成己。
ふと、誰かに呼ばれた気がした。少し掠れた、甘い声。
――……陽平?
思わず、その場に釘付けになっていると……お店の中から、「成―」と宏ちゃんに呼ばれた。
はっ、とわれに帰る。
「あ……はーい!」
「お疲れ。代わるよ」
近づいて来た宏ちゃんが、ぼくの看板をひょいと奪う。「あっ」と思う間もなくて、過保護な夫に苦笑してしまう。ぼくは、ぺこりと頭を下げた。
「ありがとうございますっ、店長」
「なんの。働き通しで腹減ったろ。ホットケーキでも食べて、休憩しようか」
「わーいっ。ぼく、お茶入れるね!」
疲れた時の甘いものは、最高やんね。ぼくは、軽い足取りで、お店に飛び込んだ。
お皿を拭いてくれていた綾人は、聞こえていたみたい。すでに三枚のお皿をカウンターに置いていて。顔を見合わせて笑ってしまう。
「もう、綾人ってば」
「はっは。準備が良いと言いたまえ」
「ふふ、ほんまに可愛いんやから。ねえ……宏ちゃん?」
笑いながら振り返って、目を丸くする。
「……」
宏ちゃんが、じっと店の外を見ていた。――どうしたんやろう。少し不安に思っていると、宏ちゃんはドアを閉めた。
穏やかな笑みが、振り返る。
「いや、何もないよ。ひと雨きそうだなって、思ってただけだ」
数日後――うさぎやでは、綾人の元気のいい声が響いていた。
営業を再開したばかりの店内には、駆けつけてくれた常連さんたちで、賑わっている。
「杉田さん、お待たせいたしました。本日のランチですっ」
「ありがとう、成ちゃん!」
品物をサーブすると、杉田さんは嬉しそうに手を擦り合わせた。――宏ちゃんのお店を待ち望んでくれていたとわかる、暖かい笑顔。有難くって、顔がほころんだ。
「いやあ、営業再開、嬉しいなあ。元気な新人さんも入って、ますますいい感じだね」
「ありがとうございます……! すごく頼れる仲間なんですよっ」
杉田さんの視線を追って、お客さんの注文を取っている綾人を見る。
飲食店でバイトしていた経験と、持ち前の明るさで、彼はもうすっかり馴染んでいた。楽しそうに働く様子に、安堵がこみ上げる。
――綾人、活き活きしてる。良かったなあ……
ぼくは、あの夜……綾人が、履歴書を持って寝室に訪れた時のことを思い出した。
「――オレ、考えたんだけどさ。朝匡んとこ戻るにしても、初志貫徹はしてえんだ。でないと、なんか負けそうな感じがしてさ」
真剣な顔で、綾人が訴えたのは……お兄さんに誕生日プレゼントを贈りたいということ。そして、その資金のために、うさぎやで働かせて貰えないかってことやったん。
宏ちゃんは突然の提案に目を瞠りつつ、言った。
「店はそろそろ再開させるつもりだったし、手伝ってくれるのは有難いが……」
「お願いします! どうか、オレを働かせてください!」
綾人の意志は固かった。
なにか気兼ねしてへんかな、とか。無理してへんか、心配やってんけど――活き活きした様子を見れば、取り越し苦労やったんやってわかる。
カウンターの向こうの宏ちゃんと、目が合う。嬉しそうな笑顔に、ぼくも笑い返した。
「店長、ナポリタンとオレンジジュース入りました!」
「了解ー」
元気のいい声が、響いた。お店がますます活気付いていて、ぼくも頑張るぞ、って気合が入る。
コーヒーと、お食事の良い香り……お客さんたちの、楽しいお喋りの溢れる中、ぼく達はせっせと働いた。
「ありがとうございました!」
最後のお客さんを見送って、本日の営業が終了した。
ぼくは、お店の前を軽く掃除する。たった半日で、砂埃がたっぷり溜まってた。
「~♪」
夏の夕方の仄明るい空に、鳥が群れて飛んで行く。真昼の焼けつくような暑さは薄れて、生温い風が吹いていた。
「よいしょっと」
掃除道具を片して、軒先に置いてある「営業中」の看板を持ちあげた。これを持って入れば終わり――そう思ったとき。
……成己。
ふと、誰かに呼ばれた気がした。少し掠れた、甘い声。
――……陽平?
思わず、その場に釘付けになっていると……お店の中から、「成―」と宏ちゃんに呼ばれた。
はっ、とわれに帰る。
「あ……はーい!」
「お疲れ。代わるよ」
近づいて来た宏ちゃんが、ぼくの看板をひょいと奪う。「あっ」と思う間もなくて、過保護な夫に苦笑してしまう。ぼくは、ぺこりと頭を下げた。
「ありがとうございますっ、店長」
「なんの。働き通しで腹減ったろ。ホットケーキでも食べて、休憩しようか」
「わーいっ。ぼく、お茶入れるね!」
疲れた時の甘いものは、最高やんね。ぼくは、軽い足取りで、お店に飛び込んだ。
お皿を拭いてくれていた綾人は、聞こえていたみたい。すでに三枚のお皿をカウンターに置いていて。顔を見合わせて笑ってしまう。
「もう、綾人ってば」
「はっは。準備が良いと言いたまえ」
「ふふ、ほんまに可愛いんやから。ねえ……宏ちゃん?」
笑いながら振り返って、目を丸くする。
「……」
宏ちゃんが、じっと店の外を見ていた。――どうしたんやろう。少し不安に思っていると、宏ちゃんはドアを閉めた。
穏やかな笑みが、振り返る。
「いや、何もないよ。ひと雨きそうだなって、思ってただけだ」
164
お気に入りに追加
1,428
あなたにおすすめの小説
もう人気者とは付き合っていられません
花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。
モテるのは当然だ。でも――。
『たまには二人だけで過ごしたい』
そう願うのは、贅沢なのだろうか。
いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。
「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。
ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。
生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。
※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中
妹を侮辱した馬鹿の兄を嫁に貰います
ひづき
BL
妹のべルティシアが馬鹿王子ラグナルに婚約破棄を言い渡された。
フェルベードが怒りを露わにすると、馬鹿王子の兄アンセルが命を持って償うと言う。
「よし。お前が俺に嫁げ」
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
【書籍化進行中】契約婚ですが可愛い継子を溺愛します
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
前世の記憶がうっすら残る私が転生したのは、貧乏伯爵家の長女。父親に頼まれ、公爵家の圧力と財力に負けた我が家は私を売った。
悲壮感漂う状況のようだが、契約婚は悪くない。実家の借金を返し、可愛い継子を愛でながら、旦那様は元気で留守が最高! と日常を謳歌する。旦那様に放置された妻ですが、息子や使用人と快適ライフを追求する。
逞しく生きる私に、旦那様が距離を詰めてきて? 本気の恋愛や溺愛はお断りです!!
ハッピーエンド確定
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2024/09/07……カクヨム、恋愛週間 4位
2024/09/02……小説家になろう、総合連載 2位
2024/09/02……小説家になろう、週間恋愛 2位
2024/08/28……小説家になろう、日間恋愛連載 1位
2024/08/24……アルファポリス 女性向けHOT 8位
2024/08/16……エブリスタ 恋愛ファンタジー 1位
2024/08/14……連載開始
モブらしいので目立たないよう逃げ続けます
餅粉
BL
ある日目覚めると見慣れた天井に違和感を覚えた。そしてどうやら僕ばモブという存存在らしい。多分僕には前世の記憶らしきものがあると思う。
まぁ、モブはモブらしく目立たないようにしよう。
モブというものはあまりわからないがでも目立っていい存在ではないということだけはわかる。そう、目立たぬよう……目立たぬよう………。
「アルウィン、君が好きだ」
「え、お断りします」
「……王子命令だ、私と付き合えアルウィン」
目立たぬように過ごすつもりが何故か第二王子に執着されています。
ざまぁ要素あるかも………しれませんね
言い逃げしたら5年後捕まった件について。
なるせ
BL
「ずっと、好きだよ。」
…長年ずっと一緒にいた幼馴染に告白をした。
もちろん、アイツがオレをそういう目で見てないのは百も承知だし、返事なんて求めてない。
ただ、これからはもう一緒にいないから…想いを伝えるぐらい、許してくれ。
そう思って告白したのが高校三年生の最後の登校日。……あれから5年経ったんだけど…
なんでアイツに馬乗りにされてるわけ!?
ーーーーー
美形×平凡っていいですよね、、、、
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
花婿候補は冴えないαでした
一
BL
バース性がわからないまま育った凪咲は、20歳の年に待ちに待った判定を受けた。会社を経営する父の一人息子として育てられるなか結果はΩ。 父親を困らせることになってしまう。このまま親に従って、政略結婚を進めて行こうとするが、それでいいのかと自分の今後を考え始める。そして、偶然同じ部署にいた25歳の秘書の孝景と出会った。
本番なしなのもたまにはと思って書いてみました!
※pixivに同様の作品を掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる