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第四章~新たな門出~
百九十二話【SIDE:陽平】
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「……っ、けほ」
起き抜けに喉が痛み、咳き込んだ。
「寒……」
身震いして、足に絡んでいた夏布団を、体に巻き付けた。エアコンがごうごうと音を立てて、室内の空気が冷え切っている。
そう言えば、昨夜はあまりに暑くて……やけくそで、リモコンを操作した気がする。
「……ちっ」
なんで、切っとかねえんだよ――内心で愚痴って、その無意味さに怠くなる。一人の家で、俺の他に誰がリモコンに触るって言うんだ?
『陽平、温度上げてもいい?』
脳裏に過った声を振り切るよう、乱暴に寝返りをうつ。――ズキ、と頭が痛んで、奥歯を噛み締める。
――くそ。せっかく、試験も終わって。ゆっくり寝れると思ったのに……
久しぶりにベッドで寝たのに、疲れが全く取れていない。むしろ、身体を横にしたことで、疲れが浮かびだしたみたいだった。
ガチガチに凝っている体を丸めると、インターホンが鳴り響いた。
「おっす、陽平」
「……」
玄関を開けると、すまし顔の晶が居て、米神が痛んだ。晶は、食材で膨らんだスーパーの袋を下げ、肩からはでかいバッグをかけている。
――嫌な予感……
しかし――「何だよ」と口にする前に、晶は荷物を振り、俺とドアとの隙間に体を割り込ませてきた。
「……っ、おい!」
「邪・魔! 重いんだから、とっととどけろよ」
バチン、と背を思いきり引っ叩かれ、頭痛が一際きつくなる。
「おい……!」
「うわ、埃だらけじゃん! 掃除もしてねーのかよ……スリッパは?」
「……」
勝手に上がっといて。
そう言いたいのを堪えて、戸棚から出したスリッパを渡した。晶は、手を使わずに足を突っ込んで、勝手知ったる様子で廊下を進んでいく。
その背を弾む旅行バッグを見て、焦燥に駆られる。
――まさか、泊まって行く気か?
俺は米神を揉みながら、声を上げた。
「おい、晶。何しに来たんだよ」
「決まってんだろー? 試験終わったし、サバイブ・パーティしようぜ。美味いもん作ってやっから、有難く思えよ」
「……っ。勝手に」
得意げに、買い物袋を掲げる晶に、絶句する。
――こないだ、不機嫌に帰ってってから……ずっと、無視してたくせに。
体調を尋ねるメッセージは、いまだに未読のままのはずだ。
それなのに、アポなしでやってきて、「パーティ」? もう、気まぐれってレベルじゃねえだろ。
「……ッ」
米神で痛みが拍動し、眉を寄せた。首の後ろから、這い上がるように悪寒がする。
本格的に、具合が悪い。これから、どんちゃん騒ぎなんて、とてもじゃないが無理だ。
俺は、鼻歌交じりに、食材を冷蔵庫に詰めている背に、声をかけた。
「なあ。悪いけど、今日はキツイ。疲れてっから……」
「は? ダルイこと言ってんなよ。アルファだろ?」
「関係ねーだろ……」
「とにかく、俺はもうやるって決めてんの。お前の意見とか、聞いてませーん」
振り返りもせず、ひとり楽しそうにしている。
俺の顔色なんてお構いなしの様子に、カッとなった。
「うるせえな。勝手なことばっか言うなよ!」
「……っ?」
晶は、弾かれたように振り返る。
「飲みてえなら、自分の家でやれ。アポもなしに……ひとの迷惑くらい、考えろよ」
「は……ウッザ。せっかく、来てやったのに」
「頼んでねえ」
吐き捨てるように言うと、晶の顔が紅潮する。きりきりと眉をつり上げて、睨みつけてきた。
「ああ、そうかよ! さすが、アルファ様は違うよな、自分勝手で、傲慢でっ……人の気持ちなんて考えないでさぁ!」
叫びながら、手に持っていたトマトを、投げつけてくる。
咄嗟に腕を払い、弾き飛ばすと、晶の胸に返って行く。――ぐしゃりと潰れた音がして、白いTシャツに拳大のシミが出来た。
「あ……」
思った以上の成果があって、俺は虚をつかれてしまう。
晶もまた、一瞬呆けたようになって……それから、黒い瞳を潤ませた。
「……っ、なんなんだよっ。俺は……俺ばっかり頑張って、バカみてえッ」
ぼろぼろと、白い頬を幾筋も涙が伝う。
「……」
「悪かったかな」と心のどこかで思っているのに、なぜか言葉にはできなかった。
すると、晶は頬を乱暴に拭い、俺を睨んだ。
「お前は、いいよな。いつでも誰かに想われて、愛されてさ。だから、死ぬほど鈍感でいられんだろ。何もしなくても、手に入るもんなぁ!?」
「……は?」
あんまりな言い様に、剣呑な声が出る。
――俺がどれだけ、お前のために。
晶は一瞬怯んだものの、意を決したように言葉を継ぐ。
「んだよ、その目……この前だって。俺が、お前の為にどんだけ辛い思いしたか……知りもしないで!」
「……何だってんだよ?」
セックスの相手が嫌だったとか……そんなことじゃねえの? お前から乗っかって来たくせに、と冷めた頭で考えた。
だが、晶が叫んだのは、全く思いがけないことだった。
「俺が、成己くんに言ってやったんだ。浮気したくせに、これみよがしに野江のスーツなんか着てるから……お前の気持ち、考えろってさ!」
「……え?」
「あいつにワイン掛けて、お前が二人の姿を見なくて済むようにしてやったんだぞ……野江のパーティで、俺が泥被る覚悟で……! 一緒に来てる婚約者に、責められるつもりで。お前を傷つける成己くんが、許せなかったから。だから、俺っ……!」
晶は叫び終えると、しゃくりあげている。
俺は、今言われたことを、呆然と精査した。
――ワイン? 晶が、成己に?
パーティの途中で、装いを変えて出てきた成己を思い出す。あの時は、派手好きな野江夫人の演出だと思っていたけれど――
「お前が?」
俺は、信じられない気持ちで、晶を見た。
そんな愚かな真似を……晶が?
「な……にしてんだよ、お前。そんなこと、誰が頼んだ! そんなやり方で、あいつに……」
桜色のスーツを纏った成己が、目に浮かぶ。――忌々しい、野江の贈ったスーツ。確かに、あれをぐちゃぐちゃにしたいとも思った。
――だけど、思っただけだ! 俺は、そんなこと望んでねえ!
「は……? お前のためにしてやったのに! ふざけんなよ!」
「だから、俺は望んでねえって言ってんだろ! お前が勝手にしたんだよ、俺は……」
激しい頭痛が襲い、言葉を失う。米神で、ドクンドクンと心臓の音がし、冷静になる余地が消えていく。
――なんで、そんな馬鹿な真似を。俺は、お前を守るために。なんの為に俺が。
ぐるぐると思考が回る。
先にブチ切れた晶が、掴みかかって来た。
「うるせえッ!! なんなんだよ! なんで、俺が責められてんだよッ! 成己くんが、お前を裏切ったんだぞ! お前、憎いだろうが!? 男のくせに、殴ってやりてえとか、思わねえのかよ!?」
激高するあまり、白目が充血している。――激したときの、母さんの顔そっくりだった。
……俺の話を聞く気もないときの顔。
ゾッとして、頭が真っ白になってしまう。
「違う! 俺は、成己を憎んでなんかねえ! ……お前の為に別れただけだ!」
そう――思いつくままに、叫んでいた。
起き抜けに喉が痛み、咳き込んだ。
「寒……」
身震いして、足に絡んでいた夏布団を、体に巻き付けた。エアコンがごうごうと音を立てて、室内の空気が冷え切っている。
そう言えば、昨夜はあまりに暑くて……やけくそで、リモコンを操作した気がする。
「……ちっ」
なんで、切っとかねえんだよ――内心で愚痴って、その無意味さに怠くなる。一人の家で、俺の他に誰がリモコンに触るって言うんだ?
『陽平、温度上げてもいい?』
脳裏に過った声を振り切るよう、乱暴に寝返りをうつ。――ズキ、と頭が痛んで、奥歯を噛み締める。
――くそ。せっかく、試験も終わって。ゆっくり寝れると思ったのに……
久しぶりにベッドで寝たのに、疲れが全く取れていない。むしろ、身体を横にしたことで、疲れが浮かびだしたみたいだった。
ガチガチに凝っている体を丸めると、インターホンが鳴り響いた。
「おっす、陽平」
「……」
玄関を開けると、すまし顔の晶が居て、米神が痛んだ。晶は、食材で膨らんだスーパーの袋を下げ、肩からはでかいバッグをかけている。
――嫌な予感……
しかし――「何だよ」と口にする前に、晶は荷物を振り、俺とドアとの隙間に体を割り込ませてきた。
「……っ、おい!」
「邪・魔! 重いんだから、とっととどけろよ」
バチン、と背を思いきり引っ叩かれ、頭痛が一際きつくなる。
「おい……!」
「うわ、埃だらけじゃん! 掃除もしてねーのかよ……スリッパは?」
「……」
勝手に上がっといて。
そう言いたいのを堪えて、戸棚から出したスリッパを渡した。晶は、手を使わずに足を突っ込んで、勝手知ったる様子で廊下を進んでいく。
その背を弾む旅行バッグを見て、焦燥に駆られる。
――まさか、泊まって行く気か?
俺は米神を揉みながら、声を上げた。
「おい、晶。何しに来たんだよ」
「決まってんだろー? 試験終わったし、サバイブ・パーティしようぜ。美味いもん作ってやっから、有難く思えよ」
「……っ。勝手に」
得意げに、買い物袋を掲げる晶に、絶句する。
――こないだ、不機嫌に帰ってってから……ずっと、無視してたくせに。
体調を尋ねるメッセージは、いまだに未読のままのはずだ。
それなのに、アポなしでやってきて、「パーティ」? もう、気まぐれってレベルじゃねえだろ。
「……ッ」
米神で痛みが拍動し、眉を寄せた。首の後ろから、這い上がるように悪寒がする。
本格的に、具合が悪い。これから、どんちゃん騒ぎなんて、とてもじゃないが無理だ。
俺は、鼻歌交じりに、食材を冷蔵庫に詰めている背に、声をかけた。
「なあ。悪いけど、今日はキツイ。疲れてっから……」
「は? ダルイこと言ってんなよ。アルファだろ?」
「関係ねーだろ……」
「とにかく、俺はもうやるって決めてんの。お前の意見とか、聞いてませーん」
振り返りもせず、ひとり楽しそうにしている。
俺の顔色なんてお構いなしの様子に、カッとなった。
「うるせえな。勝手なことばっか言うなよ!」
「……っ?」
晶は、弾かれたように振り返る。
「飲みてえなら、自分の家でやれ。アポもなしに……ひとの迷惑くらい、考えろよ」
「は……ウッザ。せっかく、来てやったのに」
「頼んでねえ」
吐き捨てるように言うと、晶の顔が紅潮する。きりきりと眉をつり上げて、睨みつけてきた。
「ああ、そうかよ! さすが、アルファ様は違うよな、自分勝手で、傲慢でっ……人の気持ちなんて考えないでさぁ!」
叫びながら、手に持っていたトマトを、投げつけてくる。
咄嗟に腕を払い、弾き飛ばすと、晶の胸に返って行く。――ぐしゃりと潰れた音がして、白いTシャツに拳大のシミが出来た。
「あ……」
思った以上の成果があって、俺は虚をつかれてしまう。
晶もまた、一瞬呆けたようになって……それから、黒い瞳を潤ませた。
「……っ、なんなんだよっ。俺は……俺ばっかり頑張って、バカみてえッ」
ぼろぼろと、白い頬を幾筋も涙が伝う。
「……」
「悪かったかな」と心のどこかで思っているのに、なぜか言葉にはできなかった。
すると、晶は頬を乱暴に拭い、俺を睨んだ。
「お前は、いいよな。いつでも誰かに想われて、愛されてさ。だから、死ぬほど鈍感でいられんだろ。何もしなくても、手に入るもんなぁ!?」
「……は?」
あんまりな言い様に、剣呑な声が出る。
――俺がどれだけ、お前のために。
晶は一瞬怯んだものの、意を決したように言葉を継ぐ。
「んだよ、その目……この前だって。俺が、お前の為にどんだけ辛い思いしたか……知りもしないで!」
「……何だってんだよ?」
セックスの相手が嫌だったとか……そんなことじゃねえの? お前から乗っかって来たくせに、と冷めた頭で考えた。
だが、晶が叫んだのは、全く思いがけないことだった。
「俺が、成己くんに言ってやったんだ。浮気したくせに、これみよがしに野江のスーツなんか着てるから……お前の気持ち、考えろってさ!」
「……え?」
「あいつにワイン掛けて、お前が二人の姿を見なくて済むようにしてやったんだぞ……野江のパーティで、俺が泥被る覚悟で……! 一緒に来てる婚約者に、責められるつもりで。お前を傷つける成己くんが、許せなかったから。だから、俺っ……!」
晶は叫び終えると、しゃくりあげている。
俺は、今言われたことを、呆然と精査した。
――ワイン? 晶が、成己に?
パーティの途中で、装いを変えて出てきた成己を思い出す。あの時は、派手好きな野江夫人の演出だと思っていたけれど――
「お前が?」
俺は、信じられない気持ちで、晶を見た。
そんな愚かな真似を……晶が?
「な……にしてんだよ、お前。そんなこと、誰が頼んだ! そんなやり方で、あいつに……」
桜色のスーツを纏った成己が、目に浮かぶ。――忌々しい、野江の贈ったスーツ。確かに、あれをぐちゃぐちゃにしたいとも思った。
――だけど、思っただけだ! 俺は、そんなこと望んでねえ!
「は……? お前のためにしてやったのに! ふざけんなよ!」
「だから、俺は望んでねえって言ってんだろ! お前が勝手にしたんだよ、俺は……」
激しい頭痛が襲い、言葉を失う。米神で、ドクンドクンと心臓の音がし、冷静になる余地が消えていく。
――なんで、そんな馬鹿な真似を。俺は、お前を守るために。なんの為に俺が。
ぐるぐると思考が回る。
先にブチ切れた晶が、掴みかかって来た。
「うるせえッ!! なんなんだよ! なんで、俺が責められてんだよッ! 成己くんが、お前を裏切ったんだぞ! お前、憎いだろうが!? 男のくせに、殴ってやりてえとか、思わねえのかよ!?」
激高するあまり、白目が充血している。――激したときの、母さんの顔そっくりだった。
……俺の話を聞く気もないときの顔。
ゾッとして、頭が真っ白になってしまう。
「違う! 俺は、成己を憎んでなんかねえ! ……お前の為に別れただけだ!」
そう――思いつくままに、叫んでいた。
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