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第四章~新たな門出~
百八十六話【SIDE:陽平】
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繋がりをとくと、高く捧げられていた腰がベッドに崩れ落ちた。
「ぁん……っ」
「は……熱……」
二人分の荒い呼吸が、暗い寝室に響き渡る。汗に濡れた前髪をかき上げると、ぽたりと雫が落ちた。
冷房が効いているのに、忌々しいほど熱い。
「ん……陽平……」
緩慢な動作で振り返った晶が、しなやかな腕を伸ばす。目を閉じた顔が近づき、キスされた。……熱い吐息を口内に吹きこまれ、肩がぴくりと震える。
「……おい、っ……」
「んっ、ふ……」
頭をホールドされ、深く口づけられる。汗みずくの肌が、ぬるぬると擦れあい……不快とないまぜになった情欲が背筋を走り抜けた。じっとしていると、焦れたように晶が喉の奥で呻いた。
「……なあ、陽平」
晶のふくらはぎが、俺の腰をすりすりと撫でる。あからさまに煽る仕草は、このままもう一度……そういう意味だ。いつもなら、当たり前に乗る誘いだったけれど。
「……熱ぃな。なんか、飲もうぜ」
俺は身体を離し、晶に背を向ける。……なんとなく、今夜は気乗りしなかった。熱いせいだろうか。
脱ぎ捨てたTシャツを拾い、乱雑に体を拭う。
すると、ドカ、と肩を蹴りつけられた。
「……ってえ。んだよ?」
「みず……ミネラルウォーター。持って来い」
「は?」
ベッドに長く伸びた晶が、三白眼に俺を睨み上げてくる。
「誰かさんに乱暴にされて、腰が立たねえの」
「……」
「早く持って来いよ」
刺々しい口調は、不機嫌そのものだ。さっきまで、甘えていたくせに。――ひょっとして、二回目に応じなかったことが、不満なのだろうか?
――プライド高ぇやつ……やりたくねえって言ったり、やりてえって言ったり。
むら、と苛立ちが胸を焼く。言い返してやろうと思ったが……ぐっと堪えた。
ケンカをするには、気が滅入り過ぎている。
「……ちょっと待ってろ」
俺は軽く頭を振り、部屋を出た。
冷蔵庫から水のペットボトルを二本取り、一本をその場で開けた。口をつけると、冷たい水が喉を滑り落ちていく。気だるい体に清涼感が広がり、ようやく息を吐いた。
「……」
キッチンの調理台に凭れ、息を吐く。早く戻った方が良いのはわかるが、その気にならなかった。
――晶は、機嫌損ねると長ぇから……
ああなると、いくら機嫌を取っても、気が済むまであのままだ。なら、すぐに戻る気にはならねえだろ。
それに、一人になると、脳裏に過るのは――成己のことだった。
『陽平のばか。お前に、結婚したこと文句言われる筋合いないっ』
顔を真っ赤にして、怒鳴って来た。上品な絽を纏う姿は、儚げなオメガそのものだったのに……ああしていると、いつもの成己だった。
「そういえば……ああいう風に怒る奴だったっけ」
ここしばらく、まともに喧嘩していなかったから、忘れてた。
成己は、儚い見た目に似合わず、ガキっぽい怒り方をする奴だ。わあわあ怒鳴って、泣いて……しばらくすると、ケロッとしてる。
――『い、いくらなんでも、はっきり言いすぎやっ。陽平のアホ!』
――『うっせーな! 不味いんだから、仕方ねえだろ!』
ふと、初めて喧嘩したときのことを思い出した。たしか、あいつの作って来たメシにケチつけたら、すげぇ怒られたんだけど。
どういう経緯だったか。
……センターでメシを習ってるって言うから、どんなもんかと思って、弁当を作って来いって言ったんだ。
『陽平っ、おいしい?』
『すげー不味い』
別に、悪い出来じゃなかった。
ただ、すげぇわくわくした顔で、俺を見てる成己に気恥ずかしくなって……色々と、きつく言っちまったんだと思う。しまった、と思ったのは、真っ赤になった成己の顔を見てからだった。
『流石にひどすぎ! 陽平のアホっ』
泣くかと思ったら、眉をつり上げて成己は怒鳴った。俺は一瞬、あっけに取られて。――それから、売り言葉に買い言葉で、ずいぶん言い合った。
『さよならっ』
その日は初めて、そっぽを向いたまま、成己はセンターの送迎車に乗って帰って行った。連絡のこないスマホに、ばつの悪い思いをして……謝ってやるべきか、悶々としていた。
だから、翌朝、ふつうに挨拶されて驚いたんだ。
『おはよう、陽平』
『……はよ』
『昨日はごめんね。つい、むかついて、言い過ぎちゃった』
にっこり笑う成己が、異次元の生物のように思えた。――俺が悪かったのに、なんでお前が謝るんだって、意味が解んなかった。そう言う事は、一度きりじゃなかった。
『陽平』
喧嘩すると、成己は怒る。でも、いつもすぐにけろりとして、笑っていた。
そんなことは、初めてだった。
母さんも晶も、一度怒ると長いし、謝っても怒り続けるふしがある。父さんも、世間も……謝罪だけで俺の間違いを許さない。そのおかげで、俺は謝るって行為が無意味に感じて、とにかく苦手だ。
『なんでお前、いつも謝んの? ムカつかねえのかよ』
不思議すぎて、一度聞いたことがある。成己は、にっこり笑って言った。
『うーん。ぼくも、言いたいこと言ってるし。そしたら、陽平と喧嘩してるのが、寂しいなあって』
あんまり能天気な笑顔を見て、呆れた。なんて、ふわふわした考えの奴なんだろうって。
でも……悪い気はしなかった。
「……」
手の中のペットボトルが、みしりと軋む。
――あいつは、そう言う奴だった。甘えたで、お人よしで……
俺と一緒に居る時間が大事だから、喧嘩はしたくないって。
「……だったら、どうして」
今回は、怒り続けてたんだよ。俺が何回も、「晶はやましい関係じゃない」って説明してんのに、聞く耳も持たなくて。あまつさえ、あの男に頼ったりして……!
それは、お前が俺と居ることより、あいつを優先した証拠じゃねえのか。
「……っ、クソ!」
ダン、と調理台を殴る。
成己がわからなかった。俺に怒り散らし、あの男の腕で泣いていた――
――俺にどうしろって言うんだよ。
勝ち誇るように、成己を抱き去って行った男を思うと、気が狂いそうだった。
「ぁん……っ」
「は……熱……」
二人分の荒い呼吸が、暗い寝室に響き渡る。汗に濡れた前髪をかき上げると、ぽたりと雫が落ちた。
冷房が効いているのに、忌々しいほど熱い。
「ん……陽平……」
緩慢な動作で振り返った晶が、しなやかな腕を伸ばす。目を閉じた顔が近づき、キスされた。……熱い吐息を口内に吹きこまれ、肩がぴくりと震える。
「……おい、っ……」
「んっ、ふ……」
頭をホールドされ、深く口づけられる。汗みずくの肌が、ぬるぬると擦れあい……不快とないまぜになった情欲が背筋を走り抜けた。じっとしていると、焦れたように晶が喉の奥で呻いた。
「……なあ、陽平」
晶のふくらはぎが、俺の腰をすりすりと撫でる。あからさまに煽る仕草は、このままもう一度……そういう意味だ。いつもなら、当たり前に乗る誘いだったけれど。
「……熱ぃな。なんか、飲もうぜ」
俺は身体を離し、晶に背を向ける。……なんとなく、今夜は気乗りしなかった。熱いせいだろうか。
脱ぎ捨てたTシャツを拾い、乱雑に体を拭う。
すると、ドカ、と肩を蹴りつけられた。
「……ってえ。んだよ?」
「みず……ミネラルウォーター。持って来い」
「は?」
ベッドに長く伸びた晶が、三白眼に俺を睨み上げてくる。
「誰かさんに乱暴にされて、腰が立たねえの」
「……」
「早く持って来いよ」
刺々しい口調は、不機嫌そのものだ。さっきまで、甘えていたくせに。――ひょっとして、二回目に応じなかったことが、不満なのだろうか?
――プライド高ぇやつ……やりたくねえって言ったり、やりてえって言ったり。
むら、と苛立ちが胸を焼く。言い返してやろうと思ったが……ぐっと堪えた。
ケンカをするには、気が滅入り過ぎている。
「……ちょっと待ってろ」
俺は軽く頭を振り、部屋を出た。
冷蔵庫から水のペットボトルを二本取り、一本をその場で開けた。口をつけると、冷たい水が喉を滑り落ちていく。気だるい体に清涼感が広がり、ようやく息を吐いた。
「……」
キッチンの調理台に凭れ、息を吐く。早く戻った方が良いのはわかるが、その気にならなかった。
――晶は、機嫌損ねると長ぇから……
ああなると、いくら機嫌を取っても、気が済むまであのままだ。なら、すぐに戻る気にはならねえだろ。
それに、一人になると、脳裏に過るのは――成己のことだった。
『陽平のばか。お前に、結婚したこと文句言われる筋合いないっ』
顔を真っ赤にして、怒鳴って来た。上品な絽を纏う姿は、儚げなオメガそのものだったのに……ああしていると、いつもの成己だった。
「そういえば……ああいう風に怒る奴だったっけ」
ここしばらく、まともに喧嘩していなかったから、忘れてた。
成己は、儚い見た目に似合わず、ガキっぽい怒り方をする奴だ。わあわあ怒鳴って、泣いて……しばらくすると、ケロッとしてる。
――『い、いくらなんでも、はっきり言いすぎやっ。陽平のアホ!』
――『うっせーな! 不味いんだから、仕方ねえだろ!』
ふと、初めて喧嘩したときのことを思い出した。たしか、あいつの作って来たメシにケチつけたら、すげぇ怒られたんだけど。
どういう経緯だったか。
……センターでメシを習ってるって言うから、どんなもんかと思って、弁当を作って来いって言ったんだ。
『陽平っ、おいしい?』
『すげー不味い』
別に、悪い出来じゃなかった。
ただ、すげぇわくわくした顔で、俺を見てる成己に気恥ずかしくなって……色々と、きつく言っちまったんだと思う。しまった、と思ったのは、真っ赤になった成己の顔を見てからだった。
『流石にひどすぎ! 陽平のアホっ』
泣くかと思ったら、眉をつり上げて成己は怒鳴った。俺は一瞬、あっけに取られて。――それから、売り言葉に買い言葉で、ずいぶん言い合った。
『さよならっ』
その日は初めて、そっぽを向いたまま、成己はセンターの送迎車に乗って帰って行った。連絡のこないスマホに、ばつの悪い思いをして……謝ってやるべきか、悶々としていた。
だから、翌朝、ふつうに挨拶されて驚いたんだ。
『おはよう、陽平』
『……はよ』
『昨日はごめんね。つい、むかついて、言い過ぎちゃった』
にっこり笑う成己が、異次元の生物のように思えた。――俺が悪かったのに、なんでお前が謝るんだって、意味が解んなかった。そう言う事は、一度きりじゃなかった。
『陽平』
喧嘩すると、成己は怒る。でも、いつもすぐにけろりとして、笑っていた。
そんなことは、初めてだった。
母さんも晶も、一度怒ると長いし、謝っても怒り続けるふしがある。父さんも、世間も……謝罪だけで俺の間違いを許さない。そのおかげで、俺は謝るって行為が無意味に感じて、とにかく苦手だ。
『なんでお前、いつも謝んの? ムカつかねえのかよ』
不思議すぎて、一度聞いたことがある。成己は、にっこり笑って言った。
『うーん。ぼくも、言いたいこと言ってるし。そしたら、陽平と喧嘩してるのが、寂しいなあって』
あんまり能天気な笑顔を見て、呆れた。なんて、ふわふわした考えの奴なんだろうって。
でも……悪い気はしなかった。
「……」
手の中のペットボトルが、みしりと軋む。
――あいつは、そう言う奴だった。甘えたで、お人よしで……
俺と一緒に居る時間が大事だから、喧嘩はしたくないって。
「……だったら、どうして」
今回は、怒り続けてたんだよ。俺が何回も、「晶はやましい関係じゃない」って説明してんのに、聞く耳も持たなくて。あまつさえ、あの男に頼ったりして……!
それは、お前が俺と居ることより、あいつを優先した証拠じゃねえのか。
「……っ、クソ!」
ダン、と調理台を殴る。
成己がわからなかった。俺に怒り散らし、あの男の腕で泣いていた――
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勝ち誇るように、成己を抱き去って行った男を思うと、気が狂いそうだった。
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