いつでも僕の帰る場所

高穂もか

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第三章~お披露目~

百八十三話

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 日が、陰り始めるころ――寝室は、しっとりとした熱気を帯びていた。
 ぼくと宏兄は、寄り添ってベッドに寝そべっていて。素肌のまま、ぴったりとくっついて……抱きしめ合っている。
 
「成……少し落ち着いたか?」 
 
 大きな手に、やさしく背を撫でられて……吐息が漏れた。
 
「ううん……まだ、ちょっとだけ……」
 
 ぼくは甘えるように、逞しい胸にくっつく。
 まだ、からだ中が喜びに満たされてる。甘く疼くような波がおなかの奥に残っていて……身体に力がはいらへん。
 
「そっか……ゆっくりでいいよ」
「……あっ……」
 
 宏兄はぼくを抱き寄せて、労わるように撫でてくれた。甘い感覚に浸ったからだが、ぴくんと震えてしまうのを、優しい眼差しが見つめてる。
 
 ――宏兄、やさしい……
 
 宏兄にぎゅっと抱きついて、身体をぴったりくっつけた。でないと、胸の奥がきゅうって切なくて、いられへんかったん。
 こうして、抱きついているだけでも、思い出してしまう。 
 ぼくの上で躍動していた、宏兄の熱い体――
 

『成、すごく綺麗だ……』
  
 甘い、低い囁きに鼓膜を振るわされた。
 大きな手のひらに、秘めた場所を包まれると、何度も上りつめて。……はじめてのことだったのに、夢中になって宏兄にしがみついてしまった。
 
『宏兄……もう、だめ……』
『いいよ。また可愛いとこ、見せて……』
 
 体の奥に長い指を含まされたまま、高みに導かれたとき……もう、気を失いそうに気持ち良くて。

 
「……っ」
 
 思い出すだけで、お腹の奥がぞくぞくして、潤んでくるみたい。宏兄が与えてくれた余韻が駆け巡っていって……ちいさく体を丸める。
 
「どうしたんだ?」
 
 宏兄が、よしよしと子供をあやすように、頭を撫でてくれる。 
 あたたかな手が恋しくて、頬をすり寄せた。
 
「あのっ、宏兄……ごめんね」
「ん?」
 
 宏兄は、不思議そうに眉を開いた。ぼくは、じっと見上げて、もそもそと口にする。
 
「えと。最後まで、できひんくて……」
 
 ぼく達――最後までは、できなかったん。 
 と言うのも、ぼくが初めてだったので。宏兄を受け入れるには、たいへん無理があったといいますか……。
 宏兄は、無理強いせんくて。手と唇だけで、ぼくを抱いて……優しく高みに導いてくれたんよ。
 
 ――ぼくばっかり、よくて……
 
 しゅんとしていると、頭を撫でる手が、わしわしと髪をかき回した。
 
「ひゃっ!?」
「馬鹿だな。そんなこと気にするな」
「でも、宏兄は……」
 
 思わず、宏兄のそこを見つめると、「こら」と顎をすくわれてしまう。しっとりと唇が重なって、何も言えなくなっちゃう。
  
「焦んなくていいよ。時間は、たっぷりあるんだから」
「宏兄……」
「ゆっくり、二人で楽しんでいこう。――なっ」
 
 こつん、と額がくっつく。穏やかなほほ笑みが間近にあって、とくんと胸が震えた。
 また――ぼくに、期待してくれるんやね。
 
「宏兄、ありがとう……」
「成……?」
「すごく幸せ。ぼく……」
 
 言いながら、涙ぐんでしまう。
 ぼく、初めて知ったんよ。……大切な人にからだを触れられると、こんなに幸せな気持ちになるんやって。
 
「宏兄とこうなれて、幸せ」
 
 なんかね――からだが、生まれ変わったような気持ちなん。
 宏兄にいっぱい触れてもらって、とろとろに溶かされて……自信がなかった自分も、溶けだしていったみたい。
 不思議やんね。子どもっぽいのも、やせっぽちも、そのままやのに。
 宏兄は静かに頷いて、目尻に口づけてくれた。
 
「ああ。俺も幸せだ」
「……宏兄っ」
「ずっと、こうして……一緒に居ような」
「うんっ……」
 
 ぼくは、宏兄にしがみつく。すぐに抱き返されて、じんと胸が熱くなってしまう。
 当たり前に、未来を約束してくれることが、嬉しかった。
 
 ――ぼくも、ずっとこうしていたい……あなたと、一緒にいたい。
 
 優しく抱き寄せられて、指先で髪を梳かれた。広い胸に頬をくっつけて、熱い鼓動を聞く。そうしていると――やすらぎと、ときめきが体に染みわたってくるみたいやった。

「大好きだよ、成」
「ぼくも……!」

 頑張るねって、胸の中で誓う。――いつか、必ず……オメガとして、あなたのことも受けとめてみせるよ。
 だから、ずっと――ぼくに期待していてください。
 あなたのオメガとして、応えていくから。
 
「ん……?」
「どうした?」
 
 不思議そうな宏兄に、はにかんでしまう。「宏兄」って呼ぼうとして、違うなって思ったん。
 
 ――もう、「宏兄」じゃないよね。こんなこともしちゃったし……
 
 一人で納得すると、口の中で言葉を転がした。ずっと呼んできた名前だから、少し離れがたいけれど。これからは、あえて……違う形で呼んでみたいねん。
 
「んと……宏章さんは、他人行儀やし。ひろくん――宏ちゃん!」
「お?」 
「宏ちゃん。もうお兄ちゃんじゃないもん……ぼくの旦那様」 
 
 新しい呼び名に満足して、にっこり笑う。
 
「……成!」 
 
 感極まったように、宏兄……宏ちゃんが、ぼくに飛びついてくる。ぼく達は、二人でベッドに折り重なって、弾んだ。
 
「わあ、宏ちゃんっ。重いです!」
「成。もっと呼んでくれ」
「宏ちゃん。ひろ……んっ」
 
 呼べって言っておいて、キスで唇を塞がれる。情熱的な口づけに、息継ぎもままならない。「これじゃ呼べへんやん!」って、笑いがこみ上げた。
 
「宏ちゃ……ふふっ、くすぐったい」
「お前ってやつは、可愛すぎるぞ……もっと呼んで」
「はい。宏ちゃんっ」
 
 ぼくと宏ちゃんは、笑いながら抱きしめ合う。
 それから、ケーキが届く時間まで……二人で、ゆっくりとシーツに溺れた。
 
 
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