いつでも僕の帰る場所

高穂もか

文字の大きさ
上 下
181 / 346
第三章~お披露目~

百八十話

しおりを挟む
「成……!」
 
 かき抱くように、背中に腕がまわって、キスされた。唇に、あたたかな体温が重なって、胸が切なく震える。
 
 ――宏兄……!
 
 ずっと、こうしてほしかった。
 宏兄の側にいて、話しながらずっと……。欲しいものが得られた喜びに、胸がはちきれそう。
 ぼくは必死に大きな背中に縋りつく。背伸びして、薄い唇に自分のそれをくっつけた。
 
「ひろにいっ……」
「……可愛い。もっとして、成」
 
 低く甘い声に、耳の奥から溶かされた。 
 宏兄は、ぼくの背をぎゅっと抱いて……好きにさせてくれる。不器用なお話に、優しい相槌を打つように、ぼくを甘やかしてくれた。
 ふわふわといい気分になって、立っていられなくなる。
 
「あ……」
「成。好きだよ」
 
 足がふにゃふにゃして、宏兄にしがみ付いていると……ふわりと抱き上げられた。
 驚いて、目をパチパチさせるぼくに、宏兄は優しく囁く。
 
「……行こうか」
「……!」
 
 どこに、なんて聞かなくてもよかった。
 宏兄の首にしがみ付き、頷くと――優しく抱かれたまま、歩み出される。
 燃えそうな頬を、ぼくは広い肩に押し付けた。
 
 
 
「んっ……」
 
 ベッドに下ろされた途端、唇が重なった。――ほんの少し、離れていたことも惜しむように。
 ぼくも、覆いかぶさる大きな体にしっかりとしがみついて……甘い感触に夢中になってしまう。
 
 ――きもちいい……
 
 宏兄の体から、シャワーのように森林の香りが浴びせられる。
 息が詰まるほどの、芳しい香り。――なんだかひどく切羽詰まって、泣きたくなってしまう。つま先が、布団の上をもじもじとさ迷った。
 
「成……」
 
 熱い声で呼ばれて、「あ」と口を開くと、舌が差し入れられた。
 どきどきしながら、待っていると――宏兄が、ちょんとぼくに触れる。その瞬間……甘いお菓子を食べたように、口の中が潤ってしまう。
 
 ――わっ、恥ずかしい……!
 
 かあ、と頬が熱った。広い肩にしがみ付けば、やわらかな動きが始まった。
 くちゅ、とくっついた口の狭間で、水音がする。
 宏兄の舌は、ぼくの口の中を味わうように探った。――ぼくが、甘い飴玉を隠し持ってるみたいに、丹念に。

――……あ……頭が、ぽうっとする……

 ぼくは、宏兄に口を明け渡す、甘い感覚にうっとりとする。「ひろにい」って呼ぶけれど、甘えた声しか出ない。
 言葉も、弾む吐息も……ぜんぶ宏兄に食べられちゃいそう。
 
「……成、かわいい」
 
 一瞬、唇が離れたときに、濡れた声が囁いた。――ぞく、と背筋が痺れて、からだに固く力がこもる。
 おなかの奥が、きゅんと甘く痛んだ。
 
「ひろにいっ」
 
 なんでか、切なくてたまらなくて、宏兄に体を寄せる。
 
 ――もっと、キスしてほしい。
 
 焦がれるような気持ちで、キスを求めた。
 宏兄に唇をくっつけると、背中を抱きしめる腕に、ぎゅっと力がこもる。……その熱さにも急き立てられて、ぼくは宏兄の唇に、はむりと噛みついてしまった。
 
「……っ」
 
 宏兄が、くすぐったそうに息を詰める。その声が色っぽくて、ぼくは顔が真っ赤になるのを感じた。
 もっと聞きたくて、もう一度仕掛ける。――かぷりと、薄いけれど、弾力のある唇を挟んだ。
 
「こら……成っ」
 
 すると――いたずらっ子だな、とでも言うように、宏兄がぼくの肩をぽんと撫でる。
 仄明るい寝室では、その目元が赤く染まっているのがわかっちゃう。
 
 ――宏兄、かわいいっ……
 
 ぎゅっと首に抱きつく。後頭部を優しく撫でられて、笑いが漏れた。
 子どもの頃――後ろから、おどかしたり。急に飛びついたり。
 構ってほしくていたずらをすると、宏兄はいつもこうして許してくれた。
 そんなふうにされると、ますます調子に乗っちゃうのに。ぼくは、にっこりして、宏兄の頬を包んだ。

「えへへ。宏兄……」
「おいおい……」

 はむはむと甘えるように、唇にじゃれていると――
 
「あっ」
 
 ちく、と唇になにか触れた。驚いて、声を上げると、宏兄が慌てたように顔を離す。
 
「悪い、成。痛かったか?」
「う、ううん。へいき。驚いただけで……」
 
 きょとんとしていると、宏兄がほっと息を漏らす。その唇の狭間を見て――ぼくは「ちくり」の正体を知った。
 宏兄の上の唇からは、長く鋭い牙が覗き、白く輝いていた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

そばにいてほしい。

15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。 そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。 ──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。 幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け 安心してください、ハピエンです。

王妃から夜伽を命じられたメイドのささやかな復讐

当麻月菜
恋愛
没落した貴族令嬢という過去を隠して、ロッタは王宮でメイドとして日々業務に勤しむ毎日。 でもある日、子宝に恵まれない王妃のマルガリータから国王との夜伽を命じられてしまう。 その理由は、ロッタとマルガリータの髪と目の色が同じという至極単純なもの。 ただし、夜伽を務めてもらうが側室として召し上げることは無い。所謂、使い捨ての世継ぎ製造機になれと言われたのだ。 馬鹿馬鹿しい話であるが、これは王命─── 断れば即、極刑。逃げても、極刑。 途方に暮れたロッタだけれど、そこに友人のアサギが現れて、この危機を切り抜けるとんでもない策を教えてくれるのだが……。

さよならの合図は、

15
BL
君の声。

婚約者の浮気相手が子を授かったので

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。 ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。 アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。 ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。 自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。 しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。 彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。 ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。 まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。 ※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。 ※完結しました

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

いっそあなたに憎まれたい

石河 翠
恋愛
主人公が愛した男には、すでに身分違いの平民の恋人がいた。 貴族の娘であり、正妻であるはずの彼女は、誰も来ない離れの窓から幸せそうな彼らを覗き見ることしかできない。 愛されることもなく、夫婦の営みすらない白い結婚。 三年が過ぎ、義両親からは石女(うまずめ)の烙印を押され、とうとう離縁されることになる。 そして彼女は結婚生活最後の日に、ひとりの神父と過ごすことを選ぶ。 誰にも言えなかった胸の内を、ひっそりと「彼」に明かすために。 これは婚約破棄もできず、悪役令嬢にもドアマットヒロインにもなれなかった、ひとりの愚かな女のお話。 この作品は小説家になろうにも投稿しております。 扉絵は、汐の音様に描いていただきました。ありがとうございます。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

もう、いいのです。

千 遊雲
恋愛
婚約者の王子殿下に、好かれていないと分かっていました。 けれど、嫌われていても構わない。そう思い、放置していた私が悪かったのでしょうか?

処理中です...