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第三章~お披露目~
百七十四話
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「――成!」
逃げるぼくの背中に、宏兄の声が追いかけてきた。
――恥ずかしい……消えたい……!
俯いて、必死にその声から遠ざかる。宏兄に……これ以上、見られてたくなくて。
賑やかなパーティ会場を離れ、ぼくは庭園に駆け込んだ。――眩しい陽射しに、一瞬目が眩む。
「……っ」
歓談の最中のためか、誰もいなかった。鮮やかな夏の花々が、押寄せるように咲く小路を、ふらふらと歩む。
――ああ、どうしよう……
咄嗟に、逃げてきてしまった。
冷えた頬を、手で押さえる。……宏兄は、どんな風に思ったんやろう。体調の悪い蓑崎さんを、睨みつけるぼくを見て。
……恐ろしい奴やって、思ったやろうか。
「……うぅ」
じわ、と瞼が熱を持った。
馬鹿。あほ。……なんで、我慢できなかったん。宏兄と一緒にいて幸せやのに、どうして……
――あんな醜い嫉妬を見せて……嫌われたら。
……怖い。
零れそうになった涙を、目を瞠って堪える。
胸がズキズキして、息が苦しい。宏兄は――
『成、いい子だな』
小さいときから、ずっとそう言って……頭を撫でてくれたん。お膝に乗せて、本を読んでくれて。
「……っ、どうしよう」
冷たい顔を、両手で覆う。
ぼくは、ほんまは良い子とちゃう。
欲張りやし、けっこう嘘もつくし。人のことを、ぶん殴ったろかって思うくらい、むかつくこともある。
今だって……もう関係ない蓑崎さんのこと、めちゃくちゃ憎い。
「ぼく、ずるい……」
でも、宏兄には良い子と思ってて欲しかったん。――優しくしてほしかったから。
花に隠れるように、しゃがみ込んだ。
お義母さんの貸してくださったお着物を汚さないよう、袖を抱き込む。すべらかな袖の白い花が、日光で清らかに光った。
ふわり、と木々の芳しい香りが鼻先を掠める。
「あ……」
ぼくは、目を見開く。
『――綺麗だ、成』
宏兄の笑顔が、浮かんできた。
お義母さんが貸してくれた、綺麗な着物を纏った、ぼくを見た時……宏兄は、目を見開いていた。
ぼくは、あの時――何て言ったらいいだろうって、考えてた。お義母さんの大切なお着物を貸して頂けて、嬉しい。でも、宏兄の選んでくれたお洋服、駄目にしちゃって……それは悲しくて。
――自分でも、わからへんかったん。どうしていいか……
でも、宏兄は。
『すごく綺麗だよ』
『あ……』
「どうしたんだ?」も、「何があった?」も言わなかった。
ただ、ぎゅって抱きしめて、褒めてくれた。
「宏兄……」
ぼくは、わが身を抱きしめた。
そうすると、あのときの温もりが戻ってくるみたいやった。
――ぼく……あのとき、宏兄に「大丈夫」って言われたと思ったん。
何も言わなくてもいいよ、って。ぼくの気持ちごと、抱きしめてくれた気がした。
「そうや……宏兄は、いつも」
ぼくの気持ちを、受け止めてくれた。――恥ずかしくて、陽平と蓑崎さんのことも、打ち明けられなくても。ぼくが苦しいことだけ、わかってくれた。
胸の奥が、ほんわりと熱を取り戻す。
「……戻らなきゃ……!」
すっくと立ちあがり、駆けだした。
ぼくは、いい子じゃないし。醜いけれど……それで、宏兄から逃げるのは絶対にちがう。
――ぜったい、心配かけてる……!
ごめんね、宏兄。
急いで、来た道を戻っていると……ざあ、と強い風が吹いた。瑞々しい花の香が、むせるほどに顔に吹き付けて、思わず目を閉じる。
風がやみ、そっと目を開けて……ぼくは、はっと息を飲む。
「――っ!?」
「成己」
目の前に、立っていたのは――思わぬ人物やった。不機嫌そうに顰められた眉の下、紅茶色の目がぼくを見据えている。
「陽、平……?」
静かな風にまじって、懐かしい、ばらの香りが匂った。
逃げるぼくの背中に、宏兄の声が追いかけてきた。
――恥ずかしい……消えたい……!
俯いて、必死にその声から遠ざかる。宏兄に……これ以上、見られてたくなくて。
賑やかなパーティ会場を離れ、ぼくは庭園に駆け込んだ。――眩しい陽射しに、一瞬目が眩む。
「……っ」
歓談の最中のためか、誰もいなかった。鮮やかな夏の花々が、押寄せるように咲く小路を、ふらふらと歩む。
――ああ、どうしよう……
咄嗟に、逃げてきてしまった。
冷えた頬を、手で押さえる。……宏兄は、どんな風に思ったんやろう。体調の悪い蓑崎さんを、睨みつけるぼくを見て。
……恐ろしい奴やって、思ったやろうか。
「……うぅ」
じわ、と瞼が熱を持った。
馬鹿。あほ。……なんで、我慢できなかったん。宏兄と一緒にいて幸せやのに、どうして……
――あんな醜い嫉妬を見せて……嫌われたら。
……怖い。
零れそうになった涙を、目を瞠って堪える。
胸がズキズキして、息が苦しい。宏兄は――
『成、いい子だな』
小さいときから、ずっとそう言って……頭を撫でてくれたん。お膝に乗せて、本を読んでくれて。
「……っ、どうしよう」
冷たい顔を、両手で覆う。
ぼくは、ほんまは良い子とちゃう。
欲張りやし、けっこう嘘もつくし。人のことを、ぶん殴ったろかって思うくらい、むかつくこともある。
今だって……もう関係ない蓑崎さんのこと、めちゃくちゃ憎い。
「ぼく、ずるい……」
でも、宏兄には良い子と思ってて欲しかったん。――優しくしてほしかったから。
花に隠れるように、しゃがみ込んだ。
お義母さんの貸してくださったお着物を汚さないよう、袖を抱き込む。すべらかな袖の白い花が、日光で清らかに光った。
ふわり、と木々の芳しい香りが鼻先を掠める。
「あ……」
ぼくは、目を見開く。
『――綺麗だ、成』
宏兄の笑顔が、浮かんできた。
お義母さんが貸してくれた、綺麗な着物を纏った、ぼくを見た時……宏兄は、目を見開いていた。
ぼくは、あの時――何て言ったらいいだろうって、考えてた。お義母さんの大切なお着物を貸して頂けて、嬉しい。でも、宏兄の選んでくれたお洋服、駄目にしちゃって……それは悲しくて。
――自分でも、わからへんかったん。どうしていいか……
でも、宏兄は。
『すごく綺麗だよ』
『あ……』
「どうしたんだ?」も、「何があった?」も言わなかった。
ただ、ぎゅって抱きしめて、褒めてくれた。
「宏兄……」
ぼくは、わが身を抱きしめた。
そうすると、あのときの温もりが戻ってくるみたいやった。
――ぼく……あのとき、宏兄に「大丈夫」って言われたと思ったん。
何も言わなくてもいいよ、って。ぼくの気持ちごと、抱きしめてくれた気がした。
「そうや……宏兄は、いつも」
ぼくの気持ちを、受け止めてくれた。――恥ずかしくて、陽平と蓑崎さんのことも、打ち明けられなくても。ぼくが苦しいことだけ、わかってくれた。
胸の奥が、ほんわりと熱を取り戻す。
「……戻らなきゃ……!」
すっくと立ちあがり、駆けだした。
ぼくは、いい子じゃないし。醜いけれど……それで、宏兄から逃げるのは絶対にちがう。
――ぜったい、心配かけてる……!
ごめんね、宏兄。
急いで、来た道を戻っていると……ざあ、と強い風が吹いた。瑞々しい花の香が、むせるほどに顔に吹き付けて、思わず目を閉じる。
風がやみ、そっと目を開けて……ぼくは、はっと息を飲む。
「――っ!?」
「成己」
目の前に、立っていたのは――思わぬ人物やった。不機嫌そうに顰められた眉の下、紅茶色の目がぼくを見据えている。
「陽、平……?」
静かな風にまじって、懐かしい、ばらの香りが匂った。
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