168 / 360
第三章~お披露目~
百六十七話【SIDE:晶】
しおりを挟む
「晶君……」
すり、と米神に頬を擦り寄せられる。愛情めいた仕草に、悔しいほど動揺してしまう。
「っ、やめてください。くすぐったい……」
「あ……すみません」
慌てたように、彼が離れていく。
気をそらすために、周囲を確認すると……二人組の男が床に昏倒していた。目立った外傷はない。恐らく、彼がフェロモンで威嚇したんだろう。
体の前に交差する逞しい腕に、かあと頬が熱る。
――もしかして、俺を、たすけにきたのか……? パーティを放りだしてまで?
淡い期待が胸に押し寄せて、体が火照っていく。
もしかして、俺がいないのを気にしてくれたんだろうか。思わず、彼の腕を抱き、ぎゅっと目を閉じた時――
「この男たちは、先ほども別の方々に狼藉を働こうとしていました。野江さんに報告しましょう」
「!」
側近と厳しい声で話す彼の言葉に、甘い期待は打ち砕かれる。
――そっか。そりゃそうだよな。この人は、可哀そうなオメガを放っておけないだけだ。
俺がオメガだから、助けただけ。
俺だからじゃない――そう思うと、一気に気が萎えた。
「晶君、大丈夫ですか。気分は……」
そっと、振り向かされる。心配そうに俺を見下ろす目から、顔を背けた。
「……平気です。お手間をおかけして、すみませんでした」
自分でも、硬く冷たい声だと思った。
けれど、相手は気にしなかったらしい。俺の頬を、大きく無骨な手が包んだ。
「……手間など。君は私の大切な人ですから」
「……!」
黙れ、と思った。
なのに……体が、俺の意に反して、熱く燃え上がる。腰の奥が甘く痺れ始めた。
「あぁっ……!」
かあ、と炙られるような下腹に耐えきれず、膝から力が抜ける。――すぐさま抱きとめられ、涙が溢れた。
「あっ……うう……」
熱い。こんなときなのに、体が……
「晶君……大丈夫です。私が何とかします」
体を包むように抱かれ、安堵感に満たされる。体は、この抱擁を焦がれるほど喜んでいた。
――いやだ、こんなのは……!
絶望にしゃくりあげると、唇が温かなものに包まれる。……優しく、慰撫するような口づけ。欲のかけらもない――
「んん……っ」
蕩けるような快楽に、俺の腕は勝手に逞しい背に縋りつく。
すると、子どものように抱きかかえられ、彼がどこかへ歩みだす気配がした。
「晶君。泣かないで……わかってますから」
「ううーっ……」
スーツの胸に顔を押し付けて、唸る。
――わかってるもんか、何も……アルファのくせに!
アルファは、生まれながらに勝ち組で……何でも手に入るんだろ。
傲慢で、勝手な男。
こっちの気持ちをお構いなしに、心を掻き回して。
どうせ、信じた途端、裏切るくせに。オメガの体を、利用したいだけのくせに。
父さんや、陽平のように……!
――嫌いだ。大嫌いだ、あんたなんか……!
内心で、強く叫ぶ。
それなのに、気まぐれに構われるたびに、腹の奥で「さみしい」と甘えた声がする。――「抱きしめて」、「俺を満たして」と、泣きわめく声がする。
「……っ」
どれだけ、あらがっても――自分がオメガだと、思い知らされる。
心底、無様だった。
「ん……っ」
優しく肌を拭われる感覚に、意識が戻って来る。俺は、うとうとしながら、目を開けた。
「……!」
「あ……晶君。目が覚めましたか?」
静かな声に尋ねられ、俺は正気に返る。がばりと身を起こすと、「ああ」と彼が慌てた。
「無理しないで。まだ、辛いでしょう?」
「……っ!」
彼の言葉に、先程の行為を思い出し、羞恥に頭が痛くなる。
こういう事もあろうかと、取っておいたという部屋に連れてこられ……ベッドに寝かされて。
それから……すぐに始まった。スーツを脱いで。パーティそっちのけで……
『……晶君、苦しくないですか?』
『いいから……もっとして……!』
いつも、負けたくないと気を張っている相手に……必死に強請ってしまった。
彼の膝の上に跨って、淫らに誘ったことを思い出すと、死にたくなる。
「うっ……」
息が詰まる。自尊心が、めちゃくちゃだった。発情の熱が冷めると、いつもそう……
「晶君?」
「なんでも、ありません……!」
心配そうな声に、ふいと顔を背ける。
――結局……俺は快楽に負けたんだ……
発情のたび、思い知らされる。必死に否定したところで……俺もオメガなんだって。成己くんと変わらない……
「ひっく……うっ……」
悔しくて啜り泣いていると、無骨な手が頭を撫でる。
「……泣かないで。すみません、私が自制するべきなのに。君が魅力的で、止まれませんでした」
「……っ」
悔やむような声に、頬が熱る。いつになく激しくされた腰の奥が、甘く疼くのを感じた。
――やめろ……心にもないことを言うな!
期待するような事を言って。オメガなら、誰でもいいくせに。頭で必死に否定するのに、心はときめいてしまう。
「晶君……」
「……んっ」
覆いかぶさってきた彼に、キスされる。――疲れた体を包むような、優しいキス。じん、と脳が痺れ、つい舌を伸ばすと、優しく迎えられた。
「ふあ……っ」
舌を絡め合っていると、重なった胸から、熱い鼓動が伝わってきた。
強くて、速い脈。……まるで、俺と「同じ」だと言うように。
――オメガだからだ。俺が、好きなわけじゃない!
そう百回は唱えて、俺は彼の胸を強く押しのけた。
「やめてください……!」
「……!」
体ごと顔を背け、濡れた唇を手の甲で拭う。甘い感傷も全部、拭い去るように。
「すみません」と、彼が呟いたのが聞こえた。どこか寂しげに聞こえて……ずきりと胸が痛む。
――くそ……被害者ヅラすんなよ。ほっとけなくなるだろ……
これ以上、アルファの気まぐれに振り回されたくない。
俺は、ベッドから下り、シャワールームへと向かう。
「……晶君?」
怪訝そうな声に、俺は冷静に言う。
「身支度を整えます。パーティはまだ、終わってませんよね」
「そうですが……いいのですよ。体も辛いでしょうし、休んでいてください。皆さんには、私が」
「いいえ。――これも、俺の務めですから」
あなたに飼われるオメガとしての――そこまでは、口にはしなかったけれど、伝わったらしい。
黙った彼を置いて、俺はシャワールームに籠もった。
体を洗いながら、涙が止まらなかった。
それから――やっとの思いで身支度を整えて、戻った会場で。
「……え?」
俺は、さらに最低の気分を味わうことになる。
すり、と米神に頬を擦り寄せられる。愛情めいた仕草に、悔しいほど動揺してしまう。
「っ、やめてください。くすぐったい……」
「あ……すみません」
慌てたように、彼が離れていく。
気をそらすために、周囲を確認すると……二人組の男が床に昏倒していた。目立った外傷はない。恐らく、彼がフェロモンで威嚇したんだろう。
体の前に交差する逞しい腕に、かあと頬が熱る。
――もしかして、俺を、たすけにきたのか……? パーティを放りだしてまで?
淡い期待が胸に押し寄せて、体が火照っていく。
もしかして、俺がいないのを気にしてくれたんだろうか。思わず、彼の腕を抱き、ぎゅっと目を閉じた時――
「この男たちは、先ほども別の方々に狼藉を働こうとしていました。野江さんに報告しましょう」
「!」
側近と厳しい声で話す彼の言葉に、甘い期待は打ち砕かれる。
――そっか。そりゃそうだよな。この人は、可哀そうなオメガを放っておけないだけだ。
俺がオメガだから、助けただけ。
俺だからじゃない――そう思うと、一気に気が萎えた。
「晶君、大丈夫ですか。気分は……」
そっと、振り向かされる。心配そうに俺を見下ろす目から、顔を背けた。
「……平気です。お手間をおかけして、すみませんでした」
自分でも、硬く冷たい声だと思った。
けれど、相手は気にしなかったらしい。俺の頬を、大きく無骨な手が包んだ。
「……手間など。君は私の大切な人ですから」
「……!」
黙れ、と思った。
なのに……体が、俺の意に反して、熱く燃え上がる。腰の奥が甘く痺れ始めた。
「あぁっ……!」
かあ、と炙られるような下腹に耐えきれず、膝から力が抜ける。――すぐさま抱きとめられ、涙が溢れた。
「あっ……うう……」
熱い。こんなときなのに、体が……
「晶君……大丈夫です。私が何とかします」
体を包むように抱かれ、安堵感に満たされる。体は、この抱擁を焦がれるほど喜んでいた。
――いやだ、こんなのは……!
絶望にしゃくりあげると、唇が温かなものに包まれる。……優しく、慰撫するような口づけ。欲のかけらもない――
「んん……っ」
蕩けるような快楽に、俺の腕は勝手に逞しい背に縋りつく。
すると、子どものように抱きかかえられ、彼がどこかへ歩みだす気配がした。
「晶君。泣かないで……わかってますから」
「ううーっ……」
スーツの胸に顔を押し付けて、唸る。
――わかってるもんか、何も……アルファのくせに!
アルファは、生まれながらに勝ち組で……何でも手に入るんだろ。
傲慢で、勝手な男。
こっちの気持ちをお構いなしに、心を掻き回して。
どうせ、信じた途端、裏切るくせに。オメガの体を、利用したいだけのくせに。
父さんや、陽平のように……!
――嫌いだ。大嫌いだ、あんたなんか……!
内心で、強く叫ぶ。
それなのに、気まぐれに構われるたびに、腹の奥で「さみしい」と甘えた声がする。――「抱きしめて」、「俺を満たして」と、泣きわめく声がする。
「……っ」
どれだけ、あらがっても――自分がオメガだと、思い知らされる。
心底、無様だった。
「ん……っ」
優しく肌を拭われる感覚に、意識が戻って来る。俺は、うとうとしながら、目を開けた。
「……!」
「あ……晶君。目が覚めましたか?」
静かな声に尋ねられ、俺は正気に返る。がばりと身を起こすと、「ああ」と彼が慌てた。
「無理しないで。まだ、辛いでしょう?」
「……っ!」
彼の言葉に、先程の行為を思い出し、羞恥に頭が痛くなる。
こういう事もあろうかと、取っておいたという部屋に連れてこられ……ベッドに寝かされて。
それから……すぐに始まった。スーツを脱いで。パーティそっちのけで……
『……晶君、苦しくないですか?』
『いいから……もっとして……!』
いつも、負けたくないと気を張っている相手に……必死に強請ってしまった。
彼の膝の上に跨って、淫らに誘ったことを思い出すと、死にたくなる。
「うっ……」
息が詰まる。自尊心が、めちゃくちゃだった。発情の熱が冷めると、いつもそう……
「晶君?」
「なんでも、ありません……!」
心配そうな声に、ふいと顔を背ける。
――結局……俺は快楽に負けたんだ……
発情のたび、思い知らされる。必死に否定したところで……俺もオメガなんだって。成己くんと変わらない……
「ひっく……うっ……」
悔しくて啜り泣いていると、無骨な手が頭を撫でる。
「……泣かないで。すみません、私が自制するべきなのに。君が魅力的で、止まれませんでした」
「……っ」
悔やむような声に、頬が熱る。いつになく激しくされた腰の奥が、甘く疼くのを感じた。
――やめろ……心にもないことを言うな!
期待するような事を言って。オメガなら、誰でもいいくせに。頭で必死に否定するのに、心はときめいてしまう。
「晶君……」
「……んっ」
覆いかぶさってきた彼に、キスされる。――疲れた体を包むような、優しいキス。じん、と脳が痺れ、つい舌を伸ばすと、優しく迎えられた。
「ふあ……っ」
舌を絡め合っていると、重なった胸から、熱い鼓動が伝わってきた。
強くて、速い脈。……まるで、俺と「同じ」だと言うように。
――オメガだからだ。俺が、好きなわけじゃない!
そう百回は唱えて、俺は彼の胸を強く押しのけた。
「やめてください……!」
「……!」
体ごと顔を背け、濡れた唇を手の甲で拭う。甘い感傷も全部、拭い去るように。
「すみません」と、彼が呟いたのが聞こえた。どこか寂しげに聞こえて……ずきりと胸が痛む。
――くそ……被害者ヅラすんなよ。ほっとけなくなるだろ……
これ以上、アルファの気まぐれに振り回されたくない。
俺は、ベッドから下り、シャワールームへと向かう。
「……晶君?」
怪訝そうな声に、俺は冷静に言う。
「身支度を整えます。パーティはまだ、終わってませんよね」
「そうですが……いいのですよ。体も辛いでしょうし、休んでいてください。皆さんには、私が」
「いいえ。――これも、俺の務めですから」
あなたに飼われるオメガとしての――そこまでは、口にはしなかったけれど、伝わったらしい。
黙った彼を置いて、俺はシャワールームに籠もった。
体を洗いながら、涙が止まらなかった。
それから――やっとの思いで身支度を整えて、戻った会場で。
「……え?」
俺は、さらに最低の気分を味わうことになる。
112
お気に入りに追加
1,428
あなたにおすすめの小説
もう人気者とは付き合っていられません
花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。
モテるのは当然だ。でも――。
『たまには二人だけで過ごしたい』
そう願うのは、贅沢なのだろうか。
いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。
「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。
ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。
生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。
※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中
【書籍化進行中】契約婚ですが可愛い継子を溺愛します
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
前世の記憶がうっすら残る私が転生したのは、貧乏伯爵家の長女。父親に頼まれ、公爵家の圧力と財力に負けた我が家は私を売った。
悲壮感漂う状況のようだが、契約婚は悪くない。実家の借金を返し、可愛い継子を愛でながら、旦那様は元気で留守が最高! と日常を謳歌する。旦那様に放置された妻ですが、息子や使用人と快適ライフを追求する。
逞しく生きる私に、旦那様が距離を詰めてきて? 本気の恋愛や溺愛はお断りです!!
ハッピーエンド確定
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2024/09/07……カクヨム、恋愛週間 4位
2024/09/02……小説家になろう、総合連載 2位
2024/09/02……小説家になろう、週間恋愛 2位
2024/08/28……小説家になろう、日間恋愛連載 1位
2024/08/24……アルファポリス 女性向けHOT 8位
2024/08/16……エブリスタ 恋愛ファンタジー 1位
2024/08/14……連載開始
妹を侮辱した馬鹿の兄を嫁に貰います
ひづき
BL
妹のべルティシアが馬鹿王子ラグナルに婚約破棄を言い渡された。
フェルベードが怒りを露わにすると、馬鹿王子の兄アンセルが命を持って償うと言う。
「よし。お前が俺に嫁げ」
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
モブらしいので目立たないよう逃げ続けます
餅粉
BL
ある日目覚めると見慣れた天井に違和感を覚えた。そしてどうやら僕ばモブという存存在らしい。多分僕には前世の記憶らしきものがあると思う。
まぁ、モブはモブらしく目立たないようにしよう。
モブというものはあまりわからないがでも目立っていい存在ではないということだけはわかる。そう、目立たぬよう……目立たぬよう………。
「アルウィン、君が好きだ」
「え、お断りします」
「……王子命令だ、私と付き合えアルウィン」
目立たぬように過ごすつもりが何故か第二王子に執着されています。
ざまぁ要素あるかも………しれませんね
花婿候補は冴えないαでした
一
BL
バース性がわからないまま育った凪咲は、20歳の年に待ちに待った判定を受けた。会社を経営する父の一人息子として育てられるなか結果はΩ。 父親を困らせることになってしまう。このまま親に従って、政略結婚を進めて行こうとするが、それでいいのかと自分の今後を考え始める。そして、偶然同じ部署にいた25歳の秘書の孝景と出会った。
本番なしなのもたまにはと思って書いてみました!
※pixivに同様の作品を掲載しています
【運命】に捨てられ捨てたΩ
諦念
BL
「拓海さん、ごめんなさい」
秀也は白磁の肌を青く染め、瞼に陰影をつけている。
「お前が決めたことだろう、こっちはそれに従うさ」
秀也の安堵する声を聞きたくなく、逃げるように拓海は音を立ててカップを置いた。
【運命】に翻弄された両親を持ち、【運命】なんて言葉を信じなくなった医大生の拓海。大学で入学式が行われた日、「一目惚れしました」と眉目秀麗、頭脳明晰なインテリ眼鏡風な新入生、秀也に突然告白された。
なんと、彼は有名な大病院の院長の一人息子でαだった。
右往左往ありながらも番を前提に恋人となった二人。卒業後、二人の前に、秀也の幼馴染で元婚約者であるαの女が突然現れて……。
前から拓海を狙っていた先輩は傷ついた拓海を慰め、ここぞとばかりに自分と同居することを提案する。
※オメガバース独自解釈です。合わない人は危険です。
縦読みを推奨します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる