いつでも僕の帰る場所

高穂もか

文字の大きさ
上 下
167 / 346
第三章~お披露目~

百六十六話【SIDE:晶】

しおりを挟む
「はぁ……はぁ……」
 
 走って、走って――人気のない通路に出ると、俺はやっと足を止めた。膝に手をついて、激しい呼吸を繰り返す。
 
「……うっ」
 
 頭の中が、真っ白だ。自分がどうやって、ここまで走って来たのかもわからない。――ぶつけられた酷い侮辱に、胸の中がかき回されていたから。
 
「はぁ……」
 
 壁に手をついて、ずるずるとしゃがみ込む。ああ――会場に戻らないといけない。誰にも何も、言わずに来たから……きっと、陽平ママは心配してる。
 
「……はあ。馬鹿だな、俺」
 
 大事なパーティの最中だってのに。
 パウダールームに向かう成己くんの姿を見て、後を追わずにはいられなかった。
 
 ――だって、そうだろ? あいつは陽平が来てることにも気づいてなかった。へらへら、パーティを楽しんでるんだぞ、他の男に贈られた服を着て……
 
 およそ、人の気持ちがわかる人間なら出来ない行動だ。
 陽平が、どれだけお前に想いをかけていたか、本当にわからないのか? それとも、愛され慣れた人間は、ああも鈍感なんだろうか。向けられた愛情に鈍感なのは、美徳じゃない。――ただの「傲慢」だと、彼を見ていると、思い知らされる。
 
 ――だから、どうしても一言いってやりたかった。なのに、あの野郎……
 
 ぎり、と奥歯を噛み締める。
 自分を棚に上げて、人の身体的事情を責めてきやがるなんて。
 
――『自分がやったことを、ぼくにもしてて欲しいんですよね?』
 
 取りすました声が、リフレインする。
 
「……くッそ……!」
 
 髪をぐしゃりと掻き回し、俺は呻いた。
 
 ――あの、くそオメガ……! よくも、オメガのくせに……俺を侮辱しやがったな……!
 
 この体の事情を、知っているくせに。――俺が、どんな辛い思いで陽平アルファとセックスしているか、わかろうともしないで。
 
「馬鹿だった……あんな奴を、いっときでも友達と思ったなんて……」
  
 あいつも所詮、アルファの為なら、友情もかなぐり捨てる汚いオメガだったんだ。陽平のパートナーだと言うだけで、自分の繊細な事情を話してしまったなんて。
 
「……はは」
 
 ふ、と憫笑が漏れた。 
 成己くんは……自分の非を認めない為なら、他人の弱点を抉ってもいいと思ってるんだろうな。
 なんて醜く、歪んだ生き方なんだろう。
 
「凄いよな……成己くんは。自分が幸せになるためなら、なんだってするんだ」
 
 ……羨ましいとは、思わない。
 あんな風に、人を傷つけていることも知らず、本能的に幸せになんかなりたくない。そんな浅ましい生き方をするくらいなら――この地獄でひとり、もがいていたいと思う。
 たとえ、どれだけ苦しくても…… 
 
「俺は、いらねぇ。アルファの愛なんか……」
 
 吐き捨てるように言い、わが身をきつく抱きしめる。――胸の奥が、凍てた風が吹き荒れるのに、気づかないふりをして。きつく肩を、背を、かきむしる。
 
――『……きみは、きみの好きに生きていいんですよ』
 
「……!」
 
 ふいに、穏やかな低い声が脳裏に過り……目を見開く。
 
「……っ、うるさい!」
 
――『……どうか、私を信じて下さい。君のことを守りたいんです』
 
「うるさい、うるさい……!」
 
 激しく頭を振り、声を振り払う。
 俺は、汚いオメガじゃない!
 手の甲に爪を立てて、甘えた心を律する。そうしないと、崩れてしまいそうだった。


 
 
 
 いくばくか、時がたち……
 ふと、絨毯を踏みしめる音が、近づいて来た。
 俺は肩を震わせ、壁に身を寄せる。――しかし、足音の主は声をかけてくる。
 
「――あの? 具合が悪いんですか?」
 
 上等な革靴を履いた足が、四本。声は若い。――ふわ、と甘い香りが香る。
 ……アルファだと、察しをつける。
 十中八九、野江のパーティの客だろう。社交の場を、見合い会場かなんかと勘違いしてる連中は多い。
 
「……っ。お構いなく」 
「いえ、そういうわけには。誰か呼んできましょうか」
 
 そっぽを向いて返事をするのに、相手はしつこい。介抱するつもりなのか、俺の肩を抱いた。
 
「ちょっと、離し……!?」
 
 あらがおうとした途端、ドクンと心臓が大きく跳ねる。
 体が熱くなり、呼吸が速くなる。
 
「あ……っ」
「……っ、これは」
 
 急激な発情に、俺は男の腕にしなだれてしまう。俺の意思じゃないのに――男は色めき立ち、抱きしめてきた。
 
「おい、発情してるぞ。この子」
「だったら、連れてこうか。さっきも、空振りだったしさ」
「やめ……」
 
 興奮しているらしい、男の犬のような息が顔にかかる。俺は、必死に押しのけようとするけれど……頬を撫でられると、吐息が震えた。
 
「あっ……!」
「おっ……もう準備万端じゃん」
「いやだ……!」
 
 腰を撫でられて、甘い吐息が漏れる。いやなのに……体の奥が、熱く潤みだす。人気がないのをいいことに、男たちは俺を腕に抱えた。どこかの部屋に連れ込む相談をしているのが聞こえる。
 
 ――まずい、このままじゃ……
 
 胸の内が、恐怖に満たされる。けれど……発情と、飲酒のせいか足に力が入らない。男たちに肩を抱かれ、引きずられて行ってしまう。
 
「助けて……!」
 
 きつく目を閉じて、叫んだときだった。
 慌ただしい足音が近づいて――後ろに引き寄せられる。清冽な白檀の香があたりに香った。
 どさり。なにか、重いものがふたつ倒れる音がして……俺は、温かい腕に抱かれているのを感じた。
 
「……あ」
「晶君。遅くなって、すみません」
 
 あの人の声が、聞こえる。
 心底安堵したような、深いため息の音も。俺は、とくりと胸が鼓動するのを感じた。

「……っ」

 顔を見なくても、わかってしまうのは、婚約者だからか……それとも。
 この危うい考えに、必死で頭を振った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

そばにいてほしい。

15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。 そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。 ──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。 幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け 安心してください、ハピエンです。

さよならの合図は、

15
BL
君の声。

もう、いいのです。

千 遊雲
恋愛
婚約者の王子殿下に、好かれていないと分かっていました。 けれど、嫌われていても構わない。そう思い、放置していた私が悪かったのでしょうか?

王妃から夜伽を命じられたメイドのささやかな復讐

当麻月菜
恋愛
没落した貴族令嬢という過去を隠して、ロッタは王宮でメイドとして日々業務に勤しむ毎日。 でもある日、子宝に恵まれない王妃のマルガリータから国王との夜伽を命じられてしまう。 その理由は、ロッタとマルガリータの髪と目の色が同じという至極単純なもの。 ただし、夜伽を務めてもらうが側室として召し上げることは無い。所謂、使い捨ての世継ぎ製造機になれと言われたのだ。 馬鹿馬鹿しい話であるが、これは王命─── 断れば即、極刑。逃げても、極刑。 途方に暮れたロッタだけれど、そこに友人のアサギが現れて、この危機を切り抜けるとんでもない策を教えてくれるのだが……。

Tally marks

あこ
BL
五回目の浮気を目撃したら別れる。 カイトが巽に宣言をしたその五回目が、とうとうやってきた。 「関心が無くなりました。別れます。さよなら」 ✔︎ 攻めは体格良くて男前(コワモテ気味)の自己中浮気野郎。 ✔︎ 受けはのんびりした話し方の美人も裸足で逃げる(かもしれない)長身美人。 ✔︎ 本編中は『大学生×高校生』です。 ✔︎ 受けのお姉ちゃんは超イケメンで強い(物理)、そして姉と婚約している彼氏は爽やか好青年。 ✔︎ 『彼者誰時に溺れる』とリンクしています(あちらを読んでいなくても全く問題はありません) 🔺ATTENTION🔺 このお話は『浮気野郎を後悔させまくってボコボコにする予定』で書き始めたにも関わらず『どうしてか元サヤ』になってしまった連載です。 そして浮気野郎は元サヤ後、受け溺愛ヘタレ野郎に進化します。 そこだけ本当、ご留意ください。 また、タグにはない設定もあります。ごめんなさい。(10個しかタグが作れない…せめてあと2個作らせて欲しい) ➡︎ 作品や章タイトルの頭に『★』があるものは、個人サイトでリクエストしていただいたものです。こちらではリクエスト内容やお礼などの後書きを省略させていただいています。 ➡︎ 『番外編:本編完結後』に区分されている小説については、完結後設定の番外編が小説の『更新順』に入っています。『時系列順』になっていません。 ➡︎ ただし、『番外編:本編完結後』の中に入っている作品のうち、『カイトが巽に「愛してる」と言えるようになったころ』の作品に関してはタイトルの頭に『𝟞』がついています。 個人サイトでの連載開始は2016年7月です。 これを加筆修正しながら更新していきます。 ですので、作中に古いものが登場する事が多々あります。

旦那様、愛人を作ってもいいですか?

ひろか
恋愛
私には前世の記憶があります。ニホンでの四六年という。 「君の役目は魔力を多く持つ子供を産むこと。その後で君も自由にすればいい」 これ、旦那様から、初夜での言葉です。 んん?美筋肉イケオジな愛人を持っても良いと? ’18/10/21…おまけ小話追加

婚約者の浮気相手が子を授かったので

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。 ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。 アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。 ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。 自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。 しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。 彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。 ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。 まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。 ※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。 ※完結しました

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

処理中です...