いつでも僕の帰る場所

高穂もか

文字の大きさ
上 下
165 / 406
第三章~お披露目~

百六十四話

しおりを挟む
 ピンストライプのスーツを纏った彼は、ドアに軽く凭れるようにして、立っていた。鋭いまでに綺麗な顔に、人懐っこい笑みを浮かべ――長い指の間で、ワイングラスを揺らしている。
 久しぶりに見た蓑崎さんは、やっぱり凄く綺麗で……胸が潰されそうになる。
 
「久しぶり、成己くん。まさか、こんなところで会うとは思わなかったなぁ」
「……お久しぶりです」
 
 蓑崎さんは、ぼくらの間には不釣り合いに、朗らかな声音で話しかけてきた。
 
 ――ふつう、話しかけてくる……? どうなってるん、この人。
 
 ぼくは、ぐっと唇を噛み締める。 
 
「……成己。この人、知り合いか?」
 
 綾人がわずかに警戒の滲んだ声で、言う。ぼくの態度で、好ましくない人やと感じてくれているみたい。
 心配してくれる友だちの存在に、ぼくは平常心を取り戻した。
 
「うん。この人は、蓑崎さん。友達の友達で」
「ともだち!? へえー、そうなんだ」
 
 綾人に説明していると、素っ頓狂な声に遮られた。
 
「なんですか?」
 
 ぼくは、ムッとして、反射的に問い返す。蓑崎さんは、片頬をつり上げて笑うと、皮肉っぽい口調で言った。
 
「別に? 成己くんにとって、陽平って友達でしかなかったんだなあって、思っただけだよ。やっぱり、恋人は”別にいる”って認識だったんだね。可愛い顔して、怖いなあ」
「……はい?」
 
 ぴく、と米神が引き攣った。
 この男……わざわざ揚げ足取りして、何がしたいんよ。まるで意味が分からない。
 
――ていうか、なんでぼくが嫌味言われてるん? 言いたいことがあるのは、ぼくの方やけど。
 
 むかむかしてきて、ぼくは蓑崎さんをキッと睨みつけた。
 
「何なんですか? 言いたいことあるんやったら、はっきり言うたらどうですか」
「……ふうん? やっぱり太いねー、成己くんて。猫被ってるより、話しが速くていいけどさ」
 
 蓑崎さんは、すうと目を細めた。
 言うてることと裏腹に、「不快」――その感情が、顔一杯に浮かんでいる。
 
「じゃあ、言わせてもらう。成己くんさあ、自分が恥ずかしくないの? よくお綺麗ぶって、結婚なんか出来るよね」
「――あ?」
 
 綾人の目つきが、剣呑になる。ぼくは「大丈夫」と頷いて、蓑崎さんに向き直った。
 
「はい。少なくとも、あなたに恥じたりしません」
 
 ぼくと宏兄の結婚に、蓑崎さんは関係ないんやから――そういう気持ちを込めて、見返してやる。蓑崎さんは、一瞬鼻白んだようやったけど……すぐに、にっと唇が撓った。
 
「はは、凄いね。婚約者を隠れ蓑にして恋人を咥えこむには、それだけ鈍感じゃなくちゃってことか。陽平も可哀そうだよなあ」
「……っぼくは、陽平を隠れ蓑にしたことなんて、ありません。してもないことで、申し訳なく思ったりできませんから……!」
 
 酷い言いがかりに、腕をきつく握る。――引っ叩きそうになるのを、堪えるのに必死やった。
 この人は一応、お義母さんのお客さんや。それに……殴ったりしたら、陽平が怒ってくるかもしれへん。
 ぼくの不始末で、野江家に迷惑をかけたくなかった。
 
「えーっ、本当かなあ?」
 
 蓑崎さんは、顔を寄せてきた。――獲物を甚振る猫のような顔で、笑う。
 
「だったら、陽平の言う通り――成己くんって、結婚出来れば誰でもいいんだ! だって、陽平にしたように、あの人に甘えて。あの人の子どもだって、産めちゃうんだろ? いやー、凄い凄い。オメガの本能、丸出しだね!」
「てめえッ。黙って聞いてりゃ、いい加減にしろよ!」
 
 ぼくより先に、綾人が叫んだ。
 
「綾人……!」
 
 気色ばんで、蓑崎さんに掴みかかろうとするのを、ぼくは飛びついて止める。
 蓑崎さんは、余裕の笑みで見ていた。――わざと、挑発しているんや……そう気づいた瞬間、頭のどこかで「ぶちり」と音が鳴る。 
 
「……綾人、待って!」
「成己、でも――」 
「いいの。ぼくのためにありがとう……大丈夫やから」
 
 にっこりとほほ笑むと、綾人が目を丸くする。……「うん」と頷いてくれて、腕の中の体からこわばりが抜ける。
 ぼくは、蓑崎さんに向き直った。
 
「蓑崎さんこそ。腹割った途端に、意地悪ばっかり言いますね」
「……は?」
 
 蓑崎さんは怪訝そうに、片眉を跳ねさせる。
 ぼくは、にっこり笑う。
 考えてみれば、陽平と別れたいま――この人とぼくには、何も関係がない。だったら、言いたいこと言ってやるんやから!
 
「でも、してもいないことで責められても困ります。この際、はっきり言わせてもらいますけど、迷惑です」
「なっ……」
「ぼくを悪者にしたら、気持ちが楽になりますか? 本当は、悪いことしてる自覚があるんでしょう。だから、自分のやったことを、ぼくにもしてて欲しいんですよね?」
 
 婚約者がいながら。ただの友達だといいながら……陽平と関係を持っていたのは、どこの誰なん?
 言外に含ませると、蓑崎さんの白い頬がさっと紅潮する。わが身を庇うように抱きしめ、ぼくを射るように睨みつけてきた。
 
「……幸せな成己くんに、何がわかんだよ。いつでも、ぬくぬくと守られてるくせに……!」
「わかりません。でも……陽平が、貴方をどれだけ思っているかは知ってます」
  
 だって、陽平は……あなたを守るためにぼくと別れたんやもの。
 蓑崎さんの事情は、それは大変なものかもしれへん。それでも……ぼくに八つ当たりするなんて、お門違いにも程がある。
 キッ、と蓑崎さんを睨み返す。
 
「ぼくはもう、あなたと関係ありません。あなたの問題は、あなたが自分で解決してください!」
 
 ぼくは、ぴしゃりと宣言すると――綾人を振り返る。
 
「ごめんね、綾人。行こっか」
「お、おう!?」
 
 綾人は、ちょっと呆気に取られていたようで、慌てて頷いてくれた。
 もう、言いたいことは言ったから、蓑崎さんの横をすり抜けようとする。
 
「……っ、ふざけるなよ! お前の方が、汚いオメガのくせに……!」
「……えっ?」
 
 怒声に振り返れば――憤怒の表情で、蓑崎さんが持っていたグラスを振りかぶっていた。とっさに、綾人をどん! と押しのけて――
 
 ――ばしゃっ!
 
「成己!」
「あ……」
 
 髪から落ちる、赤紫の雫が床を汚す。
 鏡に映ったぼくは、酷い有様やった。頭からワインをかぶって……髪も、桜色のスーツも、赤紫に汚れてしまっていた。
 
 
しおりを挟む
感想 213

あなたにおすすめの小説

偽物の僕は本物にはなれない。

15
BL
「僕は君を好きだけど、君は僕じゃない人が好きなんだね」 ネガティブ主人公。最後は分岐ルート有りのハピエン。

【完結】幼馴染と恋人は別だと言われました

迦陵 れん
恋愛
「幼馴染みは良いぞ。あんなに便利で使いやすいものはない」  大好きだった幼馴染の彼が、友人にそう言っているのを聞いてしまった。  毎日一緒に通学して、お弁当も欠かさず作ってあげていたのに。  幼馴染と恋人は別なのだとも言っていた。  そして、ある日突然、私は全てを奪われた。  幼馴染としての役割まで奪われたら、私はどうしたらいいの?    サクッと終わる短編を目指しました。  内容的に薄い部分があるかもしれませんが、短く纏めることを重視したので、物足りなかったらすみませんm(_ _)m    

俺の彼氏は俺の親友の事が好きらしい

15
BL
「だから、もういいよ」 俺とお前の約束。

拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】 僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。 ※他サイトでも投稿中

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

運命の番なのに別れちゃったんですか?

雷尾
BL
いくら運命の番でも、相手に恋人やパートナーがいる人を奪うのは違うんじゃないですかね。と言う話。 途中美形の方がそうじゃなくなりますが、また美形に戻りますのでご容赦ください。 最後まで頑張って読んでもらえたら、それなりに救いはある話だと思います。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

捨てられオメガの幸せは

ホロロン
BL
家族に愛されていると思っていたが実はそうではない事実を知ってもなお家族と仲良くしたいがためにずっと好きだった人と喧嘩別れしてしまった。 幸せになれると思ったのに…番になる前に捨てられて行き場をなくした時に会ったのは、あの大好きな彼だった。

処理中です...