いつでも僕の帰る場所

高穂もか

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第三章~お披露目~

百六十二話

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「……成、大丈夫か?」
 
 ぼくをソファに座らせて、宏兄が労わるように肩を撫でてくれた。
 叔父様とお話してる最中に、様子がおかしくなったぼくを気遣って、連れ出してくれたん。
 
「うん、もう平気……ごめんなさい、宏兄」
「謝らなくていい。俺の方こそ、気づけなくてごめんな」
 
 俯くぼくの頬を、大きな手が包んでくれた。優しい眼差しに、涙が出そうになる。 
 
「……ずっと挨拶ばっかで疲れたろう? 綾人くんと、ゆっくりごはん食べておいで」
 
 宏兄がほほ笑んで、提案してくれる。
 ぼくは、慌てて頭を振った。
 
「う、ううん、もう大丈夫。ぼくも、ご挨拶に……」
「学生時代の腐れ縁どもと話すだけだから。これから、いくらでも顔を会わす機会はあるさ」
 
 ぽん、と大きな手が頭に乗る。宏兄は、綾人にぼくを託し、また賑わいの中に戻って行った。
 
 ――行っちゃった……
 
 ずーん、と落ち込んでしまう。
 ……ぼくのアホ。ばか、おたんこなすっ。脳内の自分に、ぽかぽかとパンチを食らわせる。
 ちゃんとしようと思ってたのに。――陽平がいたことに、あんなに動揺してしまうなんて。野江家のパーティに、あいつが招かれてることくらい、わかるはずやったのに。

「……っ」
 
 陽平……蓑崎さんと、城山のお義母さんと……三人でいた。仲良さそうやった。
 
 よせばいいのに、寄り添う姿を思い出す。
 胸がきりきりと苦しくなるって、わかるのに……どれだけ、懲りないんやろう。
 蓑崎さんは……本格的に、婚約破棄をしたのかもしれない、とか。あの人は、お義母さんとも仲良しやから、きっとすべてが上手くいくんやろうな、とか。
 負けの思考に入ってしまって、嫌な考えが止まらない。
 
「……ううっ」
 
 ぱちん、と頬を叩く。
 でないと、泣きそうやった。
 
 ――結局は、ぼくが邪魔ものやったんや。陽平にとって、ぼくとのことは……やっぱりボランティアでしかなかったんや。 
 
 胸がグルグルして、気持ち悪い。
 陽平のことなんか、もう忘れてやったと思ったのに。――こんなことで、いちいち堪えたくない。
 ぼくはもう、宏兄の奥さんで。彼とずっと、一緒に生きていきたいんやから……。
 
「……成己、大丈夫か。なんかスッとするもん、持って来てやろうか?」
 
 綾人が、凛々しい眉を八の字にして、優しい声をかけてくれた。お兄さんと一緒に回っていたのに、心配してわざわざ来てくれたんよ。
 ぼくは、急激にわれに返って――申し訳なくなる。
 
「ありがとう、大丈夫だよ。ごめんね、綾人……」
「何言ってんだよー。緊張してっと、気持ち悪くなることってあるよ。全然気にすんな」
「……綾人~」
 
 優しさが胸にしみて、目が潤む。
 
 ――ありがとう……。
 
 両手を伸ばすと、ガシッと握りかえされた。心強い感触に、胸に火が点る気がする。
 ぼくは、きゅっとお腹に力を入れて、立ち上がった。
 
「よし。元気出てきたっ」
「無理すんなよ? ゆっくりしとけば……」
「ううん、もう平気。それに……安心したら、おなか減って来ちゃって」
 
 お腹を擦って言うと、綾人もニカッと笑ってくれた。
 
「よし、じゃあ、メシ食うか」
「うんっ!」
 
 
 


 
 
「成己~、エビのやつ食った? めっちゃ美味いんだけど!」
「ねっ、美味しいね! こっちの、冷たいスープも美味しいよ」 
 
 お食事用のテーブルで、ぼく達はうっとりと舌鼓を打っていた。 
 
――すごい。ごはん、本当に何を食べても美味しい……! 
 
 ビュッフェ形式でね、一流ホテルのシェフがこれでもかー! と粋をこらしたお料理がずらりと並んでて。しかも、どんどん補充されて、いつでも出来立てなん。
 ぼく達以外にも、お食事を楽しんでる人がいっぱいやった。
 
「あっ、この白見魚のパイ。宏兄、絶対好き」
 
 あとで、美味しかったよって話したいな。そんなことを考えて、頬張っていたせいで、にやついていたみたい。綾人にからかわれて、頬が熱くなった。
 
「もう、綾人ってば!」
「いやいや。仲が良くて何より」
 
 談笑していると、視線を感じた。振り返ると、近くのテーブルの人達に見られてて。ひそひそと何か話されてるみたいで、不思議に思う。

 ――ぼく、なにかおかしかったかな……パイ、割れちゃったから?

 ぼくは、慌てて姿勢を正した。


 
「成己、あっちにデザート系があるみたいだぞ」
「行ってみよっか!」
 
 お皿が空になって、ぼくと綾人は、もう一度列に並び直すことにした。
 お料理を見てるだけでも目が楽しい。見たことのないお料理について、綾人と談笑していると……「ねえ」と声をかけられた。
 
「はい?」
 
 振り返ると、さっき近くのテーブルで食べていた人たちやった。二人組の男の人で、同年代か少し上くらいに見える。
 
「ずっとお二人ですよね」
「僕らも二人で。良かったら、同じテーブルで話しませんか?」

 にこやかに話しかけられて、ぼくと綾人は顔を見合わせる。

 ――この人達、穏やかに見えるけど……なんか目の奥が嫌な感じがする。

 綾人も、同じ気持ちみたい。でも、お義母さんのパーティのお客さんに、失礼するわけにもいかへんし……そう思ってるんがわかる。

「なにかたべます? 僕がとってあげますよ」

 悩んでるうちに、ぴったりと横につかれてしまって、ぎょっとする。行きがけの駄賃とばかりに、腰に手を添えられ、慌てて身を躱した。

「ひえっ」
「あれ、嫌がるふり? それとも、そういう趣向なのかな」

 猫なで声で、わけのわからないことを言われて、鳥肌が立つ。
 恐る恐る隣を見れば、綾人の眉間の皺が深くなってる。
 どうしようっ。冷や汗をかいたとき――

「あの。――お困りなら、何かお手伝いしましょうか?」
 
 低い、落ち着いた声がその場に割って入った。

「さ、椹木さわらぎさん……!」

 その人は、上品なスーツを着た、長身の男性で――一目でアルファとわかる。穏やかな物腰なのに、鷹のような目に見下ろされ、若者二人は震えあがっていた。
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