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第三章~お披露目~
百六十一話【SIDE:陽平】
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ホテル最上階のバンケットホールには、賑やかに談笑する声が響いていた。政治家に芸能人、一流企業の経営者など――客はそうそうたる顔ぶれだった。
――さすがは、野江ってことか……
あの男の姿が浮かび、ふんと鼻を鳴らす。
……野江夫人が催すパーティは、一流の社交場だと言われている。
会場を少し見ただけでも……豪華で気の利いた料理。彼方此方に洒脱に活けられた花や、涼しげで美しい氷の彫刻など、客を楽しませる趣向が凝らされていた。
城山の後継者である俺は、当然招かれていた。べつに、来たくはなかったが……社交の為には仕方ない。
「夫人の誕生日の為に、わざわざホテルの高層階を貸し切ってのパーティねえ。野江家も派手だよな」
晶が、ワイングラスを揺らしながら、片頬を持ち上げる。母さんが、笑いながら応じた。
「昔っから、自己顕示欲が強い一族なのよ。野江は誕生日に、これだけのお客を招けるんだぞーってね」
「へぇー。旧家っても、案外くだんないんだね?」
「やだあ、晶ちゃんたら」
晶の毒に、母さんがくすくすと笑い声を零す。二人に、客の惚けた視線が集まるのを、俺はさりげなくガードした。――上等なオメガは、こういう社交の場ではとかく注目されるからな。
「なんだよ、陽平。こそこそして」
「いいだろ別に。お前こそ、昼から飲むなよな」
「なんで? みんな飲んでるじゃん」
色の白い晶は、酒を飲むとますます人目を引く。もう少し、危機感を持ってくれりゃいいのに、自由なこいつが言う事を聞くはずもない。モヤモヤとしていると、母さんが浮き立った声で言う。
「ふふっ、陽平ちゃんたら。まるで晶ちゃんのナイトね」
「えーっ、俺守られるタマじゃないし! ママのナイトの方が良い」
「晶ちゃん! 嬉しいわっ」
「はあ……」
きゃっきゃっと燥ぐ二人に、半ば脱力する。まだ、あちこち挨拶回りに行かなきゃなんねえのに、既に疲れてんだけど。
「つーか、晶。お前婚約者と来たんだろ。ここに居ていいのかよ」
晶は、婚約者の同伴でここに来ている。――婚約者をほうっておいて、立場は大丈夫なのか?
そう尋ねると、晶はムッとしたようだった。
「いーんだよ。あの人だって、俺が必要になれば呼びに来るだろうし。基本、俺が何してようが興味ないから」
「……そうか」
どこかさみしげな声音に、ばつが悪くなる。
「なによ、陽平ちゃん! 私達だって、晶ちゃんがいた方が楽しいんだし。意地悪言わないの!」
母さんが、取りなすように声を張り上げた。
横目でじろりと睨まれて、ぐっと詰まる。――母さんは、昔から晶にめっぽう甘い。ともすれば、息子の俺よりも気に入ってるくらいだ。
――晶が俺の嫁なれば、息子になる。……それが一番、嬉しいのかもしれねえ。
俺はただ、晶を守りたいだけだった。
だからこそ、晶の婚約に進んで傷をつけるつもりはねえし。公の場で、晶の婚約者に疑われるような真似はしたくない。――俺なりに気遣ってるつもりなのに。
「……ふう」
苛々を堪えるように、息を吐く。
と――ふいに騒めきと共に、目の前の人並みが割れる。その奥に見えたものに、俺は目を見開いた。
――成己……!
数メートル先に、成己がいた。
客に挨拶をして回っているのか、野江の隣に寄り添うように立っている。……緊張した様子で、ぴしりと背を伸ばしている。相手は、その初々しい様が好ましいのか、相好を崩していた。
「……っ」
俺は知らず、固唾を飲む。
「ああ、成己くんじゃん。相変わらず慣れてないね。ママ、連れて歩いてたの?」
「無理よぉ。あの子、全然出来ないんだもの。私の友達になんて、恥ずかしくて会わせられなかったわ」
晶と母さんが何か話していたが、俺は殆ど注意を払えていなかった。
成己がいる――そのことに、意識の全てを奪われていた。
「……」
淡い桜色のスーツを纏ったあいつは、はっとするほど清楚だった。俺の元に居たときは、したことがない装いだと思う。……恐らく、野江の野郎の趣味なのだろう。アルファは、自分のオメガを着飾らせるのが好きだからな。
――そうだ。だから俺も、成己にスーツを見繕ってやった。
淡い色は、イメージ通りかも知れないが……あいつは色が白いから、濃い色がよく映える。華奢だから、細身のスーツにしてスタイルの良さを見せた方が良い。俺の装いに合わせて、服を贈ってやったんだ。
――『陽平……ありがとう。すごく嬉しい』
奢られ慣れてないのか、金を返すと言われたのは面食らったが。「恥をかかせるな」って言ってやったら、嬉しそうにはにかんで笑っていた。
――あの野郎にも、同じように笑ったのだろうか。
むら、と黒い憎悪が胸に湧きあがる。今すぐ近づいて行って、成己の纏う服をめちゃくちゃにしてやりたい衝動に駆られた。
そのとき――視線に気づいたのか。
成己が、こっちを振り返る。
「――ぁ!」
俺と目が合った瞬間、成己がさっと青ざめた。大きく見開かれた目は、傷ついたように揺れている。
俺は、そのあからさまな様子に息を飲んだ。
「陽平、どうしたんだよ?」
晶が、訝しそうに俺の腕を引いた。
すると、成己は「見ていられない」と言うように顔を逸らしてしまった。その固く強張った横顔に、どくんと心臓が鼓動する。
――まさか、動揺している? 成己が……
成己の隣にいる野江が、あいつに心配そうに声をかけてやっていた。客にことわって、成己の背を抱いて去って行く。
俺は、その背から目を離せないでいた――
――さすがは、野江ってことか……
あの男の姿が浮かび、ふんと鼻を鳴らす。
……野江夫人が催すパーティは、一流の社交場だと言われている。
会場を少し見ただけでも……豪華で気の利いた料理。彼方此方に洒脱に活けられた花や、涼しげで美しい氷の彫刻など、客を楽しませる趣向が凝らされていた。
城山の後継者である俺は、当然招かれていた。べつに、来たくはなかったが……社交の為には仕方ない。
「夫人の誕生日の為に、わざわざホテルの高層階を貸し切ってのパーティねえ。野江家も派手だよな」
晶が、ワイングラスを揺らしながら、片頬を持ち上げる。母さんが、笑いながら応じた。
「昔っから、自己顕示欲が強い一族なのよ。野江は誕生日に、これだけのお客を招けるんだぞーってね」
「へぇー。旧家っても、案外くだんないんだね?」
「やだあ、晶ちゃんたら」
晶の毒に、母さんがくすくすと笑い声を零す。二人に、客の惚けた視線が集まるのを、俺はさりげなくガードした。――上等なオメガは、こういう社交の場ではとかく注目されるからな。
「なんだよ、陽平。こそこそして」
「いいだろ別に。お前こそ、昼から飲むなよな」
「なんで? みんな飲んでるじゃん」
色の白い晶は、酒を飲むとますます人目を引く。もう少し、危機感を持ってくれりゃいいのに、自由なこいつが言う事を聞くはずもない。モヤモヤとしていると、母さんが浮き立った声で言う。
「ふふっ、陽平ちゃんたら。まるで晶ちゃんのナイトね」
「えーっ、俺守られるタマじゃないし! ママのナイトの方が良い」
「晶ちゃん! 嬉しいわっ」
「はあ……」
きゃっきゃっと燥ぐ二人に、半ば脱力する。まだ、あちこち挨拶回りに行かなきゃなんねえのに、既に疲れてんだけど。
「つーか、晶。お前婚約者と来たんだろ。ここに居ていいのかよ」
晶は、婚約者の同伴でここに来ている。――婚約者をほうっておいて、立場は大丈夫なのか?
そう尋ねると、晶はムッとしたようだった。
「いーんだよ。あの人だって、俺が必要になれば呼びに来るだろうし。基本、俺が何してようが興味ないから」
「……そうか」
どこかさみしげな声音に、ばつが悪くなる。
「なによ、陽平ちゃん! 私達だって、晶ちゃんがいた方が楽しいんだし。意地悪言わないの!」
母さんが、取りなすように声を張り上げた。
横目でじろりと睨まれて、ぐっと詰まる。――母さんは、昔から晶にめっぽう甘い。ともすれば、息子の俺よりも気に入ってるくらいだ。
――晶が俺の嫁なれば、息子になる。……それが一番、嬉しいのかもしれねえ。
俺はただ、晶を守りたいだけだった。
だからこそ、晶の婚約に進んで傷をつけるつもりはねえし。公の場で、晶の婚約者に疑われるような真似はしたくない。――俺なりに気遣ってるつもりなのに。
「……ふう」
苛々を堪えるように、息を吐く。
と――ふいに騒めきと共に、目の前の人並みが割れる。その奥に見えたものに、俺は目を見開いた。
――成己……!
数メートル先に、成己がいた。
客に挨拶をして回っているのか、野江の隣に寄り添うように立っている。……緊張した様子で、ぴしりと背を伸ばしている。相手は、その初々しい様が好ましいのか、相好を崩していた。
「……っ」
俺は知らず、固唾を飲む。
「ああ、成己くんじゃん。相変わらず慣れてないね。ママ、連れて歩いてたの?」
「無理よぉ。あの子、全然出来ないんだもの。私の友達になんて、恥ずかしくて会わせられなかったわ」
晶と母さんが何か話していたが、俺は殆ど注意を払えていなかった。
成己がいる――そのことに、意識の全てを奪われていた。
「……」
淡い桜色のスーツを纏ったあいつは、はっとするほど清楚だった。俺の元に居たときは、したことがない装いだと思う。……恐らく、野江の野郎の趣味なのだろう。アルファは、自分のオメガを着飾らせるのが好きだからな。
――そうだ。だから俺も、成己にスーツを見繕ってやった。
淡い色は、イメージ通りかも知れないが……あいつは色が白いから、濃い色がよく映える。華奢だから、細身のスーツにしてスタイルの良さを見せた方が良い。俺の装いに合わせて、服を贈ってやったんだ。
――『陽平……ありがとう。すごく嬉しい』
奢られ慣れてないのか、金を返すと言われたのは面食らったが。「恥をかかせるな」って言ってやったら、嬉しそうにはにかんで笑っていた。
――あの野郎にも、同じように笑ったのだろうか。
むら、と黒い憎悪が胸に湧きあがる。今すぐ近づいて行って、成己の纏う服をめちゃくちゃにしてやりたい衝動に駆られた。
そのとき――視線に気づいたのか。
成己が、こっちを振り返る。
「――ぁ!」
俺と目が合った瞬間、成己がさっと青ざめた。大きく見開かれた目は、傷ついたように揺れている。
俺は、そのあからさまな様子に息を飲んだ。
「陽平、どうしたんだよ?」
晶が、訝しそうに俺の腕を引いた。
すると、成己は「見ていられない」と言うように顔を逸らしてしまった。その固く強張った横顔に、どくんと心臓が鼓動する。
――まさか、動揺している? 成己が……
成己の隣にいる野江が、あいつに心配そうに声をかけてやっていた。客にことわって、成己の背を抱いて去って行く。
俺は、その背から目を離せないでいた――
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