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第三章~お披露目~
百五十一話【SIDE:晶】
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用意されていた昼食をとり、俺は一週間ぶりに家を出た。
「はあ、ねむ……」
欠伸を噛み殺す。日差しが黄色く、目を開けているのも辛い。
一週間、飲まず食わずでセックスしていた体は、休息を欲しがっているらしい。当然、出かけることを使用人は渋っていたけれど、押し切った。どっちみち、ヒート休暇の手続きをするために、大学に行かないといけない。
――それに……会わないといけない相手もいるからな。
送迎車の中で、スマホに溜まった一週間分の連絡に対応する。
「陽平と……父さんと。陽平ママからか」
前者は、安否を気遣う連絡だったので、さらりと返信しておく。わざわざヒートだったなんて、言いたくないし。
陽平ママのメッセージは「また会えないか」という事が、書かれていた。――ひょっとして、とスマホを握る手に力がこもる。
――成己くんの結婚のことで、調べてくれてるんだっけ。何かわかったのかもしれない。
どうして、脛かじりの次男がオメガの引受人になれたのか……「そこに弱みがないか、調べてみる」と、ママは言ってくれた。
「……よかった」
ほっと安堵の息を吐く。
陽平ママは……成己くんの性質をよくわかってくれている。あの儚げな容姿に騙されないで、ちゃんと陽平の味方で居てくれるから、心強かった。
成己くんのことを、追及するために――陽平ママの力は、絶対必要だ。
俺は期待に逸る心を押さえ、近いうちに城山邸に伺う旨を返信した。
大学の事務部で手続きを済ませると、すぐ帰路につくよう促される。
「でも。今日、講義があるんですけど……」
「大丈夫ですよ。また、臨時の補習を行ってもらえるよう、講師の方に調整してもらいますからね」
柔和な笑みを浮かべた職員に、諭すような声音で言われては、引き下がるほかなかった。
ヒート明けのオメガはトラブルを起こしやすいから、当然の措置だと分かっている。でも、どうして俺ばかりが我慢しなければならないのか……そんな気持ちで、くさくさした。
――まあ、いい。どうせ、今日は他に用があるし……
気持ちを切り替えて、棟外へ出る。
送迎車の待つ門と別の門から出て、監視の目を眩ませると……俺は、アプリで呼び出しておいたタクシーに乗り込んだ。
「――町の、うさぎやって喫茶店まで」
行先を告げると、滑るように車が走り出す。
――陽平ママの話を聞く前に……一度、ひとこと言ってやらないと気が済まない。
陽平ママは、あれで慎重な人だから。後々、言いがかりをつけられることを防ぐため、俺に成己くんと接触するなと言うかもしれない。でも、陽平のことを思うと……俺は、このままにしておけない。
結婚式で見た彼の笑顔を、思い出す。――何の曇りもない、幸せそうな笑顔。自分が誰かを傷つけていると、想像すらしていないのだろう。
「……許せねぇ」
ぎり、と拳を握りしめる。
陽平は、お前のことを想って……苦しんでいるのに。自分は被害者気取って、お綺麗な振りをして……他のアルファの腕に抱かれるつもりなのか?
二人の姿を思い浮かべると、胸の内に黒い炎が噴き出してくる。
――……って、馬鹿だな、俺。あんだけ雑に扱われても……陽平のこと、放っておけねえなんて。
は、と自嘲の笑みがこぼれる。
だけど、俺は……オメガである前に人間だから。陽平に、どれだけ不義理されても、情を捨てることなんて出来なかった。
「……成己くんの顔見たら、殴っちまうかもなー」
ぱん、と拳を手のひらでつつむ。
へらへらと無神経に笑ってても。いまだに、醜い嫉妬丸出しで睨んできても……どっちにしても、ムカつくし。ああいう手合いには、「誠実」の何たるかを、教えてやらないと気が済まねぇから。
けれど、たどり着いた喫茶店にはシャッターが下りていた。休業中だと、ご丁寧に張り紙までしてある。
「休業中って……平日に働いてねえのかよ。とんだ道楽野郎だなッ」
苛立って、ガン! とシャッターを蹴りつける。
――怠い体を押して来たってのにとんだ空振りだ。
むしゃくしゃしながら、踵を返そうとして、「待てよ」と感づいた。
あいつらは、あれでも新婚だ。本当は中にいて、イチャついていやがるのかもしれない……。その可能性を見過ごすことは出来ず、俺は裏手にある玄関に回った。
ピンポーン。
インターホンを押す。――応答はない。もう一度押してみても、同じだった。
「クソ……何だよ」
苛々しているせいか、体が熱っていた。汗が首筋を伝う不快感に、余計に腹が立つ。
「……ほんと、運が良いんだな」
危機察知能力が高いのは、悪人の典型例だよな。忌々しい気分で舌打ちしたとき、ぴりりと電子音が響く。――バッグの中のスマホからだった。
「……っ」
画面に表示された発信者は、あの人だった。――ひょっとすると、運転手から連絡がいったのだろうか? あの人の名を見るだけで、一週間抱かれ続けた記憶が甦り……ぞくりと下腹が疼いた。
羞恥に、カッとなる。
「くそ。俺には、自由は無いのかよ……!」
しかし――俺の思いに反し、どくんと心臓が鼓動してしまう。
――あ……!
まずい。
そう思ったときには、俺は立っていられなくなって……へなへなとその場に崩れ落ちる。
「あ……うう……」
やばい。ヒートの直後だから……簡単にぶり返しちまってる……。
砂利を掴んで、痛みでやり過ごそうとする。――でも、どんどん下腹の疼きは酷くなっていく。情けなさに涙が滲んだ。
――俺は義理を通すことも、出来ねぇのか……!
悔しくてたまらない。憎い奴らの家の前でも、こんな風になる自分が嫌だ。
「……はぁ、たすけて……」
俺は嗚咽を堪えながら……震える手で受話器を上げる。
意識を失う刹那――必死に俺を呼ぶ声を聴いた気がした。
「はあ、ねむ……」
欠伸を噛み殺す。日差しが黄色く、目を開けているのも辛い。
一週間、飲まず食わずでセックスしていた体は、休息を欲しがっているらしい。当然、出かけることを使用人は渋っていたけれど、押し切った。どっちみち、ヒート休暇の手続きをするために、大学に行かないといけない。
――それに……会わないといけない相手もいるからな。
送迎車の中で、スマホに溜まった一週間分の連絡に対応する。
「陽平と……父さんと。陽平ママからか」
前者は、安否を気遣う連絡だったので、さらりと返信しておく。わざわざヒートだったなんて、言いたくないし。
陽平ママのメッセージは「また会えないか」という事が、書かれていた。――ひょっとして、とスマホを握る手に力がこもる。
――成己くんの結婚のことで、調べてくれてるんだっけ。何かわかったのかもしれない。
どうして、脛かじりの次男がオメガの引受人になれたのか……「そこに弱みがないか、調べてみる」と、ママは言ってくれた。
「……よかった」
ほっと安堵の息を吐く。
陽平ママは……成己くんの性質をよくわかってくれている。あの儚げな容姿に騙されないで、ちゃんと陽平の味方で居てくれるから、心強かった。
成己くんのことを、追及するために――陽平ママの力は、絶対必要だ。
俺は期待に逸る心を押さえ、近いうちに城山邸に伺う旨を返信した。
大学の事務部で手続きを済ませると、すぐ帰路につくよう促される。
「でも。今日、講義があるんですけど……」
「大丈夫ですよ。また、臨時の補習を行ってもらえるよう、講師の方に調整してもらいますからね」
柔和な笑みを浮かべた職員に、諭すような声音で言われては、引き下がるほかなかった。
ヒート明けのオメガはトラブルを起こしやすいから、当然の措置だと分かっている。でも、どうして俺ばかりが我慢しなければならないのか……そんな気持ちで、くさくさした。
――まあ、いい。どうせ、今日は他に用があるし……
気持ちを切り替えて、棟外へ出る。
送迎車の待つ門と別の門から出て、監視の目を眩ませると……俺は、アプリで呼び出しておいたタクシーに乗り込んだ。
「――町の、うさぎやって喫茶店まで」
行先を告げると、滑るように車が走り出す。
――陽平ママの話を聞く前に……一度、ひとこと言ってやらないと気が済まない。
陽平ママは、あれで慎重な人だから。後々、言いがかりをつけられることを防ぐため、俺に成己くんと接触するなと言うかもしれない。でも、陽平のことを思うと……俺は、このままにしておけない。
結婚式で見た彼の笑顔を、思い出す。――何の曇りもない、幸せそうな笑顔。自分が誰かを傷つけていると、想像すらしていないのだろう。
「……許せねぇ」
ぎり、と拳を握りしめる。
陽平は、お前のことを想って……苦しんでいるのに。自分は被害者気取って、お綺麗な振りをして……他のアルファの腕に抱かれるつもりなのか?
二人の姿を思い浮かべると、胸の内に黒い炎が噴き出してくる。
――……って、馬鹿だな、俺。あんだけ雑に扱われても……陽平のこと、放っておけねえなんて。
は、と自嘲の笑みがこぼれる。
だけど、俺は……オメガである前に人間だから。陽平に、どれだけ不義理されても、情を捨てることなんて出来なかった。
「……成己くんの顔見たら、殴っちまうかもなー」
ぱん、と拳を手のひらでつつむ。
へらへらと無神経に笑ってても。いまだに、醜い嫉妬丸出しで睨んできても……どっちにしても、ムカつくし。ああいう手合いには、「誠実」の何たるかを、教えてやらないと気が済まねぇから。
けれど、たどり着いた喫茶店にはシャッターが下りていた。休業中だと、ご丁寧に張り紙までしてある。
「休業中って……平日に働いてねえのかよ。とんだ道楽野郎だなッ」
苛立って、ガン! とシャッターを蹴りつける。
――怠い体を押して来たってのにとんだ空振りだ。
むしゃくしゃしながら、踵を返そうとして、「待てよ」と感づいた。
あいつらは、あれでも新婚だ。本当は中にいて、イチャついていやがるのかもしれない……。その可能性を見過ごすことは出来ず、俺は裏手にある玄関に回った。
ピンポーン。
インターホンを押す。――応答はない。もう一度押してみても、同じだった。
「クソ……何だよ」
苛々しているせいか、体が熱っていた。汗が首筋を伝う不快感に、余計に腹が立つ。
「……ほんと、運が良いんだな」
危機察知能力が高いのは、悪人の典型例だよな。忌々しい気分で舌打ちしたとき、ぴりりと電子音が響く。――バッグの中のスマホからだった。
「……っ」
画面に表示された発信者は、あの人だった。――ひょっとすると、運転手から連絡がいったのだろうか? あの人の名を見るだけで、一週間抱かれ続けた記憶が甦り……ぞくりと下腹が疼いた。
羞恥に、カッとなる。
「くそ。俺には、自由は無いのかよ……!」
しかし――俺の思いに反し、どくんと心臓が鼓動してしまう。
――あ……!
まずい。
そう思ったときには、俺は立っていられなくなって……へなへなとその場に崩れ落ちる。
「あ……うう……」
やばい。ヒートの直後だから……簡単にぶり返しちまってる……。
砂利を掴んで、痛みでやり過ごそうとする。――でも、どんどん下腹の疼きは酷くなっていく。情けなさに涙が滲んだ。
――俺は義理を通すことも、出来ねぇのか……!
悔しくてたまらない。憎い奴らの家の前でも、こんな風になる自分が嫌だ。
「……はぁ、たすけて……」
俺は嗚咽を堪えながら……震える手で受話器を上げる。
意識を失う刹那――必死に俺を呼ぶ声を聴いた気がした。
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