152 / 410
第三章~お披露目~
百五十一話【SIDE:晶】
しおりを挟む
用意されていた昼食をとり、俺は一週間ぶりに家を出た。
「はあ、ねむ……」
欠伸を噛み殺す。日差しが黄色く、目を開けているのも辛い。
一週間、飲まず食わずでセックスしていた体は、休息を欲しがっているらしい。当然、出かけることを使用人は渋っていたけれど、押し切った。どっちみち、ヒート休暇の手続きをするために、大学に行かないといけない。
――それに……会わないといけない相手もいるからな。
送迎車の中で、スマホに溜まった一週間分の連絡に対応する。
「陽平と……父さんと。陽平ママからか」
前者は、安否を気遣う連絡だったので、さらりと返信しておく。わざわざヒートだったなんて、言いたくないし。
陽平ママのメッセージは「また会えないか」という事が、書かれていた。――ひょっとして、とスマホを握る手に力がこもる。
――成己くんの結婚のことで、調べてくれてるんだっけ。何かわかったのかもしれない。
どうして、脛かじりの次男がオメガの引受人になれたのか……「そこに弱みがないか、調べてみる」と、ママは言ってくれた。
「……よかった」
ほっと安堵の息を吐く。
陽平ママは……成己くんの性質をよくわかってくれている。あの儚げな容姿に騙されないで、ちゃんと陽平の味方で居てくれるから、心強かった。
成己くんのことを、追及するために――陽平ママの力は、絶対必要だ。
俺は期待に逸る心を押さえ、近いうちに城山邸に伺う旨を返信した。
大学の事務部で手続きを済ませると、すぐ帰路につくよう促される。
「でも。今日、講義があるんですけど……」
「大丈夫ですよ。また、臨時の補習を行ってもらえるよう、講師の方に調整してもらいますからね」
柔和な笑みを浮かべた職員に、諭すような声音で言われては、引き下がるほかなかった。
ヒート明けのオメガはトラブルを起こしやすいから、当然の措置だと分かっている。でも、どうして俺ばかりが我慢しなければならないのか……そんな気持ちで、くさくさした。
――まあ、いい。どうせ、今日は他に用があるし……
気持ちを切り替えて、棟外へ出る。
送迎車の待つ門と別の門から出て、監視の目を眩ませると……俺は、アプリで呼び出しておいたタクシーに乗り込んだ。
「――町の、うさぎやって喫茶店まで」
行先を告げると、滑るように車が走り出す。
――陽平ママの話を聞く前に……一度、ひとこと言ってやらないと気が済まない。
陽平ママは、あれで慎重な人だから。後々、言いがかりをつけられることを防ぐため、俺に成己くんと接触するなと言うかもしれない。でも、陽平のことを思うと……俺は、このままにしておけない。
結婚式で見た彼の笑顔を、思い出す。――何の曇りもない、幸せそうな笑顔。自分が誰かを傷つけていると、想像すらしていないのだろう。
「……許せねぇ」
ぎり、と拳を握りしめる。
陽平は、お前のことを想って……苦しんでいるのに。自分は被害者気取って、お綺麗な振りをして……他のアルファの腕に抱かれるつもりなのか?
二人の姿を思い浮かべると、胸の内に黒い炎が噴き出してくる。
――……って、馬鹿だな、俺。あんだけ雑に扱われても……陽平のこと、放っておけねえなんて。
は、と自嘲の笑みがこぼれる。
だけど、俺は……オメガである前に人間だから。陽平に、どれだけ不義理されても、情を捨てることなんて出来なかった。
「……成己くんの顔見たら、殴っちまうかもなー」
ぱん、と拳を手のひらでつつむ。
へらへらと無神経に笑ってても。いまだに、醜い嫉妬丸出しで睨んできても……どっちにしても、ムカつくし。ああいう手合いには、「誠実」の何たるかを、教えてやらないと気が済まねぇから。
けれど、たどり着いた喫茶店にはシャッターが下りていた。休業中だと、ご丁寧に張り紙までしてある。
「休業中って……平日に働いてねえのかよ。とんだ道楽野郎だなッ」
苛立って、ガン! とシャッターを蹴りつける。
――怠い体を押して来たってのにとんだ空振りだ。
むしゃくしゃしながら、踵を返そうとして、「待てよ」と感づいた。
あいつらは、あれでも新婚だ。本当は中にいて、イチャついていやがるのかもしれない……。その可能性を見過ごすことは出来ず、俺は裏手にある玄関に回った。
ピンポーン。
インターホンを押す。――応答はない。もう一度押してみても、同じだった。
「クソ……何だよ」
苛々しているせいか、体が熱っていた。汗が首筋を伝う不快感に、余計に腹が立つ。
「……ほんと、運が良いんだな」
危機察知能力が高いのは、悪人の典型例だよな。忌々しい気分で舌打ちしたとき、ぴりりと電子音が響く。――バッグの中のスマホからだった。
「……っ」
画面に表示された発信者は、あの人だった。――ひょっとすると、運転手から連絡がいったのだろうか? あの人の名を見るだけで、一週間抱かれ続けた記憶が甦り……ぞくりと下腹が疼いた。
羞恥に、カッとなる。
「くそ。俺には、自由は無いのかよ……!」
しかし――俺の思いに反し、どくんと心臓が鼓動してしまう。
――あ……!
まずい。
そう思ったときには、俺は立っていられなくなって……へなへなとその場に崩れ落ちる。
「あ……うう……」
やばい。ヒートの直後だから……簡単にぶり返しちまってる……。
砂利を掴んで、痛みでやり過ごそうとする。――でも、どんどん下腹の疼きは酷くなっていく。情けなさに涙が滲んだ。
――俺は義理を通すことも、出来ねぇのか……!
悔しくてたまらない。憎い奴らの家の前でも、こんな風になる自分が嫌だ。
「……はぁ、たすけて……」
俺は嗚咽を堪えながら……震える手で受話器を上げる。
意識を失う刹那――必死に俺を呼ぶ声を聴いた気がした。
「はあ、ねむ……」
欠伸を噛み殺す。日差しが黄色く、目を開けているのも辛い。
一週間、飲まず食わずでセックスしていた体は、休息を欲しがっているらしい。当然、出かけることを使用人は渋っていたけれど、押し切った。どっちみち、ヒート休暇の手続きをするために、大学に行かないといけない。
――それに……会わないといけない相手もいるからな。
送迎車の中で、スマホに溜まった一週間分の連絡に対応する。
「陽平と……父さんと。陽平ママからか」
前者は、安否を気遣う連絡だったので、さらりと返信しておく。わざわざヒートだったなんて、言いたくないし。
陽平ママのメッセージは「また会えないか」という事が、書かれていた。――ひょっとして、とスマホを握る手に力がこもる。
――成己くんの結婚のことで、調べてくれてるんだっけ。何かわかったのかもしれない。
どうして、脛かじりの次男がオメガの引受人になれたのか……「そこに弱みがないか、調べてみる」と、ママは言ってくれた。
「……よかった」
ほっと安堵の息を吐く。
陽平ママは……成己くんの性質をよくわかってくれている。あの儚げな容姿に騙されないで、ちゃんと陽平の味方で居てくれるから、心強かった。
成己くんのことを、追及するために――陽平ママの力は、絶対必要だ。
俺は期待に逸る心を押さえ、近いうちに城山邸に伺う旨を返信した。
大学の事務部で手続きを済ませると、すぐ帰路につくよう促される。
「でも。今日、講義があるんですけど……」
「大丈夫ですよ。また、臨時の補習を行ってもらえるよう、講師の方に調整してもらいますからね」
柔和な笑みを浮かべた職員に、諭すような声音で言われては、引き下がるほかなかった。
ヒート明けのオメガはトラブルを起こしやすいから、当然の措置だと分かっている。でも、どうして俺ばかりが我慢しなければならないのか……そんな気持ちで、くさくさした。
――まあ、いい。どうせ、今日は他に用があるし……
気持ちを切り替えて、棟外へ出る。
送迎車の待つ門と別の門から出て、監視の目を眩ませると……俺は、アプリで呼び出しておいたタクシーに乗り込んだ。
「――町の、うさぎやって喫茶店まで」
行先を告げると、滑るように車が走り出す。
――陽平ママの話を聞く前に……一度、ひとこと言ってやらないと気が済まない。
陽平ママは、あれで慎重な人だから。後々、言いがかりをつけられることを防ぐため、俺に成己くんと接触するなと言うかもしれない。でも、陽平のことを思うと……俺は、このままにしておけない。
結婚式で見た彼の笑顔を、思い出す。――何の曇りもない、幸せそうな笑顔。自分が誰かを傷つけていると、想像すらしていないのだろう。
「……許せねぇ」
ぎり、と拳を握りしめる。
陽平は、お前のことを想って……苦しんでいるのに。自分は被害者気取って、お綺麗な振りをして……他のアルファの腕に抱かれるつもりなのか?
二人の姿を思い浮かべると、胸の内に黒い炎が噴き出してくる。
――……って、馬鹿だな、俺。あんだけ雑に扱われても……陽平のこと、放っておけねえなんて。
は、と自嘲の笑みがこぼれる。
だけど、俺は……オメガである前に人間だから。陽平に、どれだけ不義理されても、情を捨てることなんて出来なかった。
「……成己くんの顔見たら、殴っちまうかもなー」
ぱん、と拳を手のひらでつつむ。
へらへらと無神経に笑ってても。いまだに、醜い嫉妬丸出しで睨んできても……どっちにしても、ムカつくし。ああいう手合いには、「誠実」の何たるかを、教えてやらないと気が済まねぇから。
けれど、たどり着いた喫茶店にはシャッターが下りていた。休業中だと、ご丁寧に張り紙までしてある。
「休業中って……平日に働いてねえのかよ。とんだ道楽野郎だなッ」
苛立って、ガン! とシャッターを蹴りつける。
――怠い体を押して来たってのにとんだ空振りだ。
むしゃくしゃしながら、踵を返そうとして、「待てよ」と感づいた。
あいつらは、あれでも新婚だ。本当は中にいて、イチャついていやがるのかもしれない……。その可能性を見過ごすことは出来ず、俺は裏手にある玄関に回った。
ピンポーン。
インターホンを押す。――応答はない。もう一度押してみても、同じだった。
「クソ……何だよ」
苛々しているせいか、体が熱っていた。汗が首筋を伝う不快感に、余計に腹が立つ。
「……ほんと、運が良いんだな」
危機察知能力が高いのは、悪人の典型例だよな。忌々しい気分で舌打ちしたとき、ぴりりと電子音が響く。――バッグの中のスマホからだった。
「……っ」
画面に表示された発信者は、あの人だった。――ひょっとすると、運転手から連絡がいったのだろうか? あの人の名を見るだけで、一週間抱かれ続けた記憶が甦り……ぞくりと下腹が疼いた。
羞恥に、カッとなる。
「くそ。俺には、自由は無いのかよ……!」
しかし――俺の思いに反し、どくんと心臓が鼓動してしまう。
――あ……!
まずい。
そう思ったときには、俺は立っていられなくなって……へなへなとその場に崩れ落ちる。
「あ……うう……」
やばい。ヒートの直後だから……簡単にぶり返しちまってる……。
砂利を掴んで、痛みでやり過ごそうとする。――でも、どんどん下腹の疼きは酷くなっていく。情けなさに涙が滲んだ。
――俺は義理を通すことも、出来ねぇのか……!
悔しくてたまらない。憎い奴らの家の前でも、こんな風になる自分が嫌だ。
「……はぁ、たすけて……」
俺は嗚咽を堪えながら……震える手で受話器を上げる。
意識を失う刹那――必死に俺を呼ぶ声を聴いた気がした。
111
お気に入りに追加
1,511
あなたにおすすめの小説

オメガの復讐
riiko
BL
幸せな結婚式、二人のこれからを祝福するかのように参列者からは祝いの声。
しかしこの結婚式にはとてつもない野望が隠されていた。
とっても短いお話ですが、物語お楽しみいただけたら幸いです☆

わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない
鈴宮(すずみや)
恋愛
孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。
しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。
その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?
私達、政略結婚ですから。
黎
恋愛
オルヒデーエは、来月ザイデルバスト王子との結婚を控えていた。しかし2年前に王宮に来て以来、王子とはろくに会わず話もしない。一方で1年前現れたレディ・トゥルペは、王子に指輪を贈られ、二人きりで会ってもいる。王子に自分達の関係性を問いただすも「政略結婚だが」と知らん顔、レディ・トゥルペも、オルヒデーエに向かって「政略結婚ですから」としたり顔。半年前からは、レディ・トゥルペに数々の嫌がらせをしたという噂まで流れていた。
それが罪状として読み上げられる中、オルヒデーエは王子との数少ない思い出を振り返り、その処断を待つ。
拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】
僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。
※他サイトでも投稿中

【完結】可愛いあの子は番にされて、もうオレの手は届かない
天田れおぽん
BL
劣性アルファであるオズワルドは、劣性オメガの幼馴染リアンを伴侶に娶りたいと考えていた。
ある日、仕えている王太子から名前も知らないオメガのうなじを噛んだと告白される。
運命の番と王太子の言う相手が落としていったという髪飾りに、オズワルドは見覚えがあった――――
※他サイトにも掲載中
★⌒*+*⌒★ ☆宣伝☆ ★⌒*+*⌒★
「婚約破棄された不遇令嬢ですが、イケオジ辺境伯と幸せになります!」
が、レジーナブックスさまより発売中です。
どうぞよろしくお願いいたします。m(_ _)m

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる