いつでも僕の帰る場所

高穂もか

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第三章~お披露目~

百四十九話

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 そして、三日後の早朝。ぼくは、作家さんのお店のある某県に向けて、旅立つことになった。
 荷物をつめたリュックを背負い、靴を履く。
 
「成、気をつけてな。着いたら……いや、何はなくとも連絡してくれ」
「はいっ。宏兄も、お仕事頑張ってね!」
 
 心配そうな宏兄に、にっこりと笑って見せる。
 宏兄は、お店訪問の予約が取れてから、ずっと心配そう。外せない対談のお仕事があって、一緒に行けへんこと……すごく気にしてくれてるみたいなん。
  
「まかせて! ぼく、もうニ十歳やし。それに、綾人も来てくれるから、大丈夫」
「そうっすよ。オレに任せてください!」
 
 ぼくの隣の綾人が、ニカッと歯を見せて笑う。背中にリュックを背負って、体の動かしやすい運動着を着ていた。そして、彼の後ろの――スーツを着た青年も、頷いた。
 
「宏章様、お任せください。私が責任を持って、成己様をお守りします」
 
 生真面目に頭を下げたその人は、佐藤さんと仰って、綾人のボディガードさん。きっちりと髪を撫でつけて、とても真面目そうな人や。
 ぼくと宏兄はそろって、頭を下げた。
 
「綾人君、佐藤さん、ありがとう。今日は、成をよろしくお願いします」
「よろしくお願いしますっ」
「こちらこそ!」
 
 快活に笑う綾人に、生真面目に頷く佐藤さん。
 作家さんのお店は、県を一つ越えた山中にある。長旅になるのに快く引き受けてくれて、感謝しかなかった。
 
「行ってらっしゃい。成」
 
 宏兄はぼくを引き寄せて、ぎゅって抱きしめてくれた。――芳しい香りに包まれると、とても安心する。
 
「行ってきます、宏兄っ」
 
 ぼくは笑顔で手を振って、車に乗り込んだ。
 
「成己、それなんだ?」
 
 動き出した車の中で、綾人が不思議そうにぼくのトートを指す。
 
「これ、お弁当なん。宏兄が持たせてくれて……良かったら、みんなでお昼に食べてねって」
「うわ、ありがとう!」
 
 旅の道中にセンター認証店が少なかったので、宏兄が心配してお弁当作ってくれたん。綾人に説明しながら、お弁当を渡された時の驚きと、嬉しさが胸に甦ってきて、頬が熱くなる。
 
「さすが新婚。ラブラブだなあ」
「えへへ」
 
 からかうように肘で突かれて、ぼくは照れ笑いする。それから、体ごと向き直って、ぺこりと頭を下げた。
 
「綾人。今日は来てくれて、本当にありがとうね」
「何言ってんだよー。また遊びたいって言ったろ? 嬉しいのはオレの方だってば!」
「綾人……」
 
 綾人のからっとした笑顔は、本当に楽しみやと言ってくれていて。ぼくも、心がぱっと浮き立ってくる。
 
「綾人様。あまり羽目を外しすぎないようにしてくださいね」
「わかってるって! なっ、成己」
「ふふ、そうやねえ。佐藤さんも、ありがとうございます。本日はよろしくお願いします」
「いえいえ。こちらこそよろしくお願いいたします」
 
 ハンドルを握る佐藤さんが、生真面目に会釈する。
 カーステレオからは、綾人の好きなロックバンドの曲が流れていた。タイムリーに、旅立ちを祝う歌。
 
  ――久しぶりの遠出、楽しもう……!
 
 ぼくは、大きな声でハモリ出す綾人に合わせて、手を叩いた。
 
 
 
 
 夕方――
 
「よかったあ、買えて……!」
 
 ぼくは奇麗に梱包された焼き物を、大切に腕に抱える。
 車の後部座席には、みっちりとお土産が乗っかってた。――佐藤さんと綾人も、作品を気に入ってくれて、たくさん買い物してはったん。お付き合いしてもろたから、楽しんでもらえて良かったって思う。
 
「楽しかったなあ。もっと時間があったら、陶芸体験もしてみたかったぜ!」
「うんっ、ぼくも!」
 
 綾人に肩を抱かれ、ぼくも笑顔で頷いた。
 
 ――すごく素敵な工房やったあ……!
 
 作家さんのお店は、すごい山奥にあってね。普段は、お店の裏手の工房にこもって、創作活動を行われてるそうなん。作家さんは、杉田さんとどこか似た雰囲気の、柔和そうな男の人で……ゆっくりと店内と工房の案内をしてくれはったんよ。
 土へのこだわりや、陶芸の熱意に溢れたお話を聞きながら、自家製の湯飲みで頂くお茶は格別で――時間が許すなら、一日中でも居たいくらいやった。
 
「ああ、素敵やった。宏兄も、絶対来たかったやろうなあ……」
 
 ほう、と感嘆の息を吐くと、綾人が笑って頷く。
 
「宏章さん、残念だったな! まあ、でもさ。成己がいいお土産買ったし。次の楽しみってことで、いいじゃん」
「えへへ。そうやね!」
 
 じつは、お義母さんへのプレゼントだけやなくて、ぼくと宏兄のためのものも買っちゃったん。あんまり素敵やから、欲しくなって……。
 ぎゅ、と紙袋を抱く。
 
 ――宏兄、喜んでくれると良いな。
 
 ぼくは嬉しくなって、綾人の腕をぽむと叩いた。
 
「綾人も、かわいい箸置き買ってたやん! お兄さん、喜ぶよっ」
「ち、ちち違うし! オレが気に入ったからで。あいつのは、ペアだったから、仕方なく!」
「もう。素直とちゃうねんから~」
 
 綾人の買った箸置きはね、夫婦の猫がモチーフで、すっごく可愛いんよ。お兄さんには意地っ張りな綾人の、かわいい意思表示……お兄さん、絶対めちゃくちゃ喜ぶと思う!
 友人の恋路にわくわくしていると、綾人が赤い顔で話を逸らした。
 
「佐藤さん! いい時間だしさ。このまま、夕メシ食って帰ってもいい?」
「そうですね。朝匡様から、遅くなるとご連絡いただいていますし、構わないでしょう。――成己様は、よろしいですか?」
「あ――はいっ。大丈夫です! 宏章さんも、遅くなるそうなので」
「では、近くのセンター認証店を検索いたします」
 
 佐藤さんが、生真面目な口調で言わはる。お心遣いが有難くて、ぼくはほほ笑んで頭を下げる。
 あまり表情が変わらないけれど、とても親切な人なんやと解って来た。
 
「ありがとうございますっ」
「いえ」
 
 バックミラー越しに、佐藤さんが静かに目礼する。
 手元の液晶を操作して、お店を検索している彼に、綾人が質問した。
 
「佐藤さーん、ハンバーガーの店もある?」
「はい。ハンバーグならございます」
「おっ、やった。成己、ハンバーグ好きか?」
「うん!」
 
 行先が決まり、滑らかに車が進行方向を変える。佐藤さんの運転はとても静かで、ぐねぐねとカーブする山道を、ゆっくりと下っていく。山の景色が新鮮で、車窓を眺めていたぼくの目の前で、森がさっと開けた。
 
「……あっ」
「どうした?」
「すっごい大きい工場がある」
 
 真っ白い建物は、巨大なお豆腐みたいやった。堅牢そうな鉄格子に囲まれていて、広大な敷地がありそう。森の中にパッと現れた建物は、通り過ぎてからも不思議な余韻を残す。
 
 ――「SAWARAGI」? どこかで聞いたような……
 
 首をかしげていると、綾人が言う。
 
「オレ、あそこ知ってるぞ。オメガの抑制剤作ってるとこだ」
「あっ……!」
 
 そうやった、と手を叩く。
「SAWARAGI」と言えば――オメガの抑制剤の新薬開発をしてるところや。センターの職員さんが使ってるフェロモン遮断薬。あれも、「SAWARAGI」さんが作ってるって聞いたことがある。
 
「こんなところに工場があったやなんて」
「いつも世話になってっからな。オレ、礼しとこ!」
「あっ、ぼくも!」
 
 後ろを振り返り、敬礼する綾人にならう。
 オメガには、生命線とよべるものを開発してる工場。「ありがとう」をこめて、ぼくは頭を下げた。

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