いつでも僕の帰る場所

高穂もか

文字の大きさ
上 下
143 / 360
第三章~お披露目~

百四十二話【SIDE:陽平】

しおりを挟む
『――ぃ。陽平』
 
 柔らかな声に、名を呼ばれている。
 
「……成己?」
 
 ふと気づくと、成己が側に立っていた。
 小さな顔にあどけない笑みを浮かべて、俺を見上げている。
 
『陽平』
 
 成己が嬉しそうに、俺の手を取る。やわらかな髪が、ふわりと揺れて――鼻先を淡い香りが掠めた。朝露に濡れた花のような、瑞々しい香り。懐かしさを覚え、手を伸ばせば……
 
『あっ……』
「――!」
 
 指先が掠めた拍子に、成己のシャツが霧のように消えてしまう。
 一瞬のうちに、裸身をさらした成己は、恥じらうように両腕で身を隠した。華奢な肩や、細い手足……白く抜けるような肌に、俺は目を奪われる。

『……』

 成己は頬を火照らせて、恥ずかし気に目を伏せていた。
 かっ、と頭が熱くなった。喉がからからに渇く。俺は、衝動のままに、その体を抱こうとし――
 
「……成己っ?」
 
 触れる前に、成己がかき消えてしまう。
 暗闇が広がる、寒々しい場所に一人取り残されていた。すると――棒立ちになる俺の耳に、あえかな息づかいが聞こえてくる。
 
『……っ、ぁ……』
「……?!」
 
 弾かれたように振り返れば、黒い人影に抱かれる成己の姿があった。
 
『……はぁ……っ……』
 
 成己は、見知らぬ腕に抱かれ、せつなげに眉を寄せていた。一糸まとわぬ肌が、あざやかな桃色に染まり……快楽を感じているのだと、俺に知らせる。
 耐える様な息づかいは、かすかな甘さを含んでいた。 
 
「何を、してんだよ……成己!」
 
 俺は、胃が焼けきれそうな不快感に襲われた。
 けれど、成己は素知らぬ様子で、男を抱きしめている。俺に見せたことのない、陶然と艶めいた表情を浮かべて。
 
「成己ィッ!!」
 
 怒鳴りつけた瞬間だった。暗い影が歪み――野江の姿に変わる。
 いけ好かない男は、我が物顔に成己を抱きしめていた。
 
「お前……!」
『残念だな。成はもう、俺のものだ』 
 
 野江は、薄い唇を愉悦に歪め――ゆっくりと見せつけるように、成己の顎をすくった。 
 そして、愛おし気に顔を近づける。「待て」……そう叫ぶ間もなく、成己の小さな唇を、野江の唇が覆う!
 
「――――触るなあッッ!!!」
 
 触るな、触るな、触るなッ……!
 それは俺のだ。
 俺だけが、知っていていいんだ! 目の前が真っ赤になるほどの、狂騒的な怒りに支配される。喉から、獣のような声が漏れ、動かない四肢が痙攣する。
 
 ――動け、動け畜生……!
 
 あいつを殴らなきゃ、気が済まねえってのに! 歯噛みする俺の前で、野江は、あのやわらかな場所を、蹂躙し続ける。生々しい水音とかすかな喘ぎが、鼓膜に張り付いた。
 
「やめろ……ぉぉおおおッ!」
 
 咆哮が喉を裂き、四肢が破裂しそうに膨らんだ。
 ――ぐわん、と目の前の景色が揺らぐ。
 
 
 
 
「――ッッ!!」
 
 突如、眠りから覚醒した。
 
 ――夢……か……?
 
 夢の破れた反動で、飛び起きたらしい。暗い部屋に、マットが鋭く軋む音を立てた。
 見まわせば、眠りに落ちる前と、かわらない寝室の風景が広がっている。
 
「は……」
 
 荒い呼吸の漏れる口を、手で覆う。頬がぐっしょりと寝汗に濡れていた。Tシャツが背に張り付いて、不快だった。けれど、先までの不愉快さとは、比べ物にならない……
 暫し、呆然と息を吐いていると、隣で呻き声が聞こえた。
 
「んん……陽平?」
「……晶」
 
 眠りを遮られて不機嫌そうに、晶が眉を顰める。掛け布団がずり落ちて、裸の胸が露わになっていた。素肌に残った情交の痕から目を逸らすと、晶は気だるそうに欠伸をする。
 
「どうかしたわけ? ……眠ったばっかだろ」
「いや……」
 
 疑問に答えられずいると、晶が手を伸ばしてきた。頬に、しっとりした手が触れる。
 
「――成己くんの、こと?」
「……っ!」
 
 すり、と頬を慰撫される。
 俺は、カッとなって晶を押し倒した。
 
「あっ……」
「……クソッ……!」 
 
 肩をマットに押し付けると、晶の目が見開かれる。
 
 ――俺は、今どんな顔をしているのだろう?
 
 夢の残像を振り払うように、白い体に挑みかかった。
 
「……おい、陽平っ……ああっ!」
「……ッ、うるせえっ」
 
 白い肌を乱暴にまさぐれば、甘い呻き声が上がる。晶の首筋から、濃厚なフェロモンが香り、意識が酩酊する。俺は、獰猛な感情に支配され、晶の足を左右に開いた。
 先の行為の余韻を残したそこに、欲望を突き立てる。
 
「……あんッ!」
「ぐ……!」
 
 ぐい、と腰を押し込めば、晶はのけ反った。がくがくと痙攣する体が、快楽の極みに到達したことを知らせている。――たった一突きでか……唇が、皮肉に歪んだ。
 
 ――どいつも、こいつも……オメガがっ!
 
 俺は細い腰を掴み、幾度も打ち付ける。晶がシーツをかき回し、ベッドをずり上がっていく。許さず、馬乗りになり責め立てると、Oの字に開いた口から甲高い嬌声が迸った。
 
「だめっ、激しいぃ……!」
「うるさい! お前は、これが好きなんだろうが……!?」
「あぁあっ……!」
  
 今は、目の前のオメガを、追い込んでやることしかない。何も考えたくなかった。
 それに、すぐに――抗議の声が、歓喜の色を帯び始める。
 
「あんっ、あっ……もっと、突いてっ……!」

 誘うように充満するフェロモンに、舌打ちが漏れる。
 興奮で真っ赤な視界の中で、白い体が淫らにくねっていた。白い腕が伸びてきて、俺の体に絡みつく。
 
 ――『……宏兄』
 
 ふいに、夢の中の光景が、フラッシュバックする。
 成己の細い腕が、あの男を抱きしめていた――自らのアルファだというように。 
 だから何だ? あれはただの夢だ……
 
 ――『成己くん、結婚したんだよ……!』
 
 昼間の晶の声が俺に現実をもたらし、動きが止まる。
 そうだ――成己は、結婚したんだ。あの男と。あの男のオメガになり、俺にしたように……側に居るのか?
 
 ――近い将来……あの夢が……現実に、なるっていうのか?
 
「……うるさい!」
 
 俺はよくわからない感傷を振り切るよう、叫んだ。白い体をねじ伏せ、激しく責め苛む。
 オメガは、こうされたいんだ。誰だっていいんだろうが……!
 
「あ……ああ……もっと……!」
「クソ、クソッ……!」
 
 息も絶え絶えの白い体を押さえつけ、最奥に激情を解き放つ。
 腰を震わせると、汗がばたばたと雨のように散った。
 
「は……」
 
 荒い息を吐く。――暑さで、頭がぼうっとしていた。
 目に汗が入り、視界がかすむ。鬱陶しくて、目を閉じると――まぶたの裏に白い面影が浮かんだ。
 
『陽平』
 
 ……あどけない笑みを浮かべた、小さな顔。
 
「成己……」 
『嬉しい。陽平……』
 
 何故か……
 かつてキスしたときの、あいつのはにかんだ笑顔が浮かび――ぱちん、とはじけて消えていった。
 
 
しおりを挟む
感想 203

あなたにおすすめの小説

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

妹を侮辱した馬鹿の兄を嫁に貰います

ひづき
BL
妹のべルティシアが馬鹿王子ラグナルに婚約破棄を言い渡された。 フェルベードが怒りを露わにすると、馬鹿王子の兄アンセルが命を持って償うと言う。 「よし。お前が俺に嫁げ」

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【書籍化進行中】契約婚ですが可愛い継子を溺愛します

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ  前世の記憶がうっすら残る私が転生したのは、貧乏伯爵家の長女。父親に頼まれ、公爵家の圧力と財力に負けた我が家は私を売った。  悲壮感漂う状況のようだが、契約婚は悪くない。実家の借金を返し、可愛い継子を愛でながら、旦那様は元気で留守が最高! と日常を謳歌する。旦那様に放置された妻ですが、息子や使用人と快適ライフを追求する。  逞しく生きる私に、旦那様が距離を詰めてきて? 本気の恋愛や溺愛はお断りです!!  ハッピーエンド確定 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2024/09/07……カクヨム、恋愛週間 4位 2024/09/02……小説家になろう、総合連載 2位 2024/09/02……小説家になろう、週間恋愛 2位 2024/08/28……小説家になろう、日間恋愛連載 1位 2024/08/24……アルファポリス 女性向けHOT 8位 2024/08/16……エブリスタ 恋愛ファンタジー 1位 2024/08/14……連載開始

モブらしいので目立たないよう逃げ続けます

餅粉
BL
ある日目覚めると見慣れた天井に違和感を覚えた。そしてどうやら僕ばモブという存存在らしい。多分僕には前世の記憶らしきものがあると思う。 まぁ、モブはモブらしく目立たないようにしよう。 モブというものはあまりわからないがでも目立っていい存在ではないということだけはわかる。そう、目立たぬよう……目立たぬよう………。 「アルウィン、君が好きだ」 「え、お断りします」 「……王子命令だ、私と付き合えアルウィン」 目立たぬように過ごすつもりが何故か第二王子に執着されています。 ざまぁ要素あるかも………しれませんね

言い逃げしたら5年後捕まった件について。

なるせ
BL
 「ずっと、好きだよ。」 …長年ずっと一緒にいた幼馴染に告白をした。 もちろん、アイツがオレをそういう目で見てないのは百も承知だし、返事なんて求めてない。 ただ、これからはもう一緒にいないから…想いを伝えるぐらい、許してくれ。  そう思って告白したのが高校三年生の最後の登校日。……あれから5年経ったんだけど…  なんでアイツに馬乗りにされてるわけ!? ーーーーー 美形×平凡っていいですよね、、、、

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

花婿候補は冴えないαでした

BL
バース性がわからないまま育った凪咲は、20歳の年に待ちに待った判定を受けた。会社を経営する父の一人息子として育てられるなか結果はΩ。 父親を困らせることになってしまう。このまま親に従って、政略結婚を進めて行こうとするが、それでいいのかと自分の今後を考え始める。そして、偶然同じ部署にいた25歳の秘書の孝景と出会った。 本番なしなのもたまにはと思って書いてみました! ※pixivに同様の作品を掲載しています

処理中です...