いつでも僕の帰る場所

高穂もか

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第三章~お披露目~

百四十一話

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 ――チュン、チュン……
 
 鳥のさえずりが、聞こえる。
 瞼の裏が、明るい。ぼくは「うう」と呻いて、傍にある温かなものに顔を押し付けた。すると――低く笑う声が聞こえきて、ぱちりと目を開く。
 
「……ひゃ!?」
「おはよう、成」
 
 宏兄の顔が目に飛び込んできて、ぼくはぎょっとした。
 
「ひ、ひろにい?」
「おう」
 
 穏やかなほほ笑みを浮かべ、宏兄がぼくを見つめていた。ぼくは、宏兄の腕に抱きついて、眠り込んでいたみたい。
 かああ、と頬が熱くなって、慌てて身を離す。
 
「わあっ」
「離れちゃうのか? 可愛かったのに……」
「可愛くないですっ」
 
 残念そうな宏兄に構わず、ぼくは太い腕を擦る。長時間くっついてたせいで、きっと痺れてるから。大失態に、汗がふき出す思いやった。
 
 ――昨夜は……わあわあ泣いて。そのまま眠り込んでしもたんや……!
 
 思い出すと、羞恥心に身が焦げそうになる。
 勝手に迫って、泣いて……一人で眠ってしまったやなんて。ぼくときたら、めちゃくちゃ迷惑なやつやんか!
 
「ご、ごめんなさ……んっ」
 
 謝ろうとした唇に、長い指がぴたりと押し止めた。
 宏兄の優しい眼差しが、光のように降り注いでくる。
 
「謝らなくていい」
「で、でも。ぼく、結局……」
「俺は嬉しかった。お前の気持ちが聞けて――」
 
 優しく、頬を撫でられる。くすぐったくて、目を閉じると――額にキスされた。目尻や、鼻の頭にも。顔中をやわらかく啄まれて、ぽうっと熱ってしまう。
 
「あっ……宏兄」
「成、好きだよ」
「んん……っ」
 
 唇が、重なり合った。その温かさを受けていると、ぼくはもう、広い肩にしがみ付くしかない。――優しくて、甘い感覚。じわじわと、胸の奥をくすぐってくる。
 
「……ゃっ……」
 
 昨夜と同じように甘やかされて、瞼が熱を持つ。じんじんって、甘痒くなる胸の内が怖くて……ぎゅっと目を閉じると、宏兄は動きを止めた。
 ぼくは、ハッとして青褪める。
 
「あ。ご、ごめ……」
「わかってる」
「え……」
 
 滲む視界に、優しい顔が映る。そっと、愛しむような手つきで、唇に触れられた。
 
「昨日――お前が唇を許してくれたときに、わかってるよ」
「……!」
「ゆっくりでいいんだ。俺は一生かけて、成のことを愛するから……」
 
 そう言って宏兄は、ぼくを腕に囲う。
 大きな手に頭を撫でられて、泣きそうになった。
 
 ――宏兄。なんで、こんなに優しいの……?
 
 得難い人やと思った。
 ぼくなんか、自分でも嫌になるくらい面倒なやつやのに。どうして、こんなに優しくしてくれるんやろう?

「……っ」

 胸が、あつく震える。「ありがとう」じゃ到底足りなくて、ぼくは手を伸ばした。
 
「宏兄……」
「ん?」
 
 寝起きで下ろしたままの長い髪に、そっと触れる。
 宏兄は僅かに目を見開いたけれど、好きにさせてくれた。それをいいことに、さらさらの黒髪を耳にかけると……ぼくは、宏兄の首に抱きつく。
 
「成?」
「あのね。ぼく……がんばりたい。ちょっとずつでも、宏兄の奥さんになりたい」
「――うん」
「やから、また……」
 
 続きは、言葉にならなかった。
 宏兄の唇に飲みこまれてしまったから。――そして、それはぼくの望んでいたことだった。ぎゅっとしがみついて、優しいキスにうっとりと目を閉じた。
 
「成……かわいい。もっとキスさせて」
「宏兄……」
 
 たっぷりと甘やかされて、盛大に朝寝坊してしまったのは、言うまでもない。
 恥ずかしがってたら、「新婚らしくて良いじゃないか」って宏兄は、上機嫌やった。
 ぼくも……ほんまは嬉しかったのは、ひみつなんやけどね。
 

 
 その日から、ぼくと宏兄の「本当の新婚生活」が始まったん。
 二人でゆっくり、幸せな日々を積み重ねていくんやって。これ以上、大きな事件なんて起きないと――
 ぼくは、心から思ってた。
 
 
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