142 / 407
第三章~お披露目~
百四十一話
しおりを挟む
――チュン、チュン……
鳥のさえずりが、聞こえる。
瞼の裏が、明るい。ぼくは「うう」と呻いて、傍にある温かなものに顔を押し付けた。すると――低く笑う声が聞こえきて、ぱちりと目を開く。
「……ひゃ!?」
「おはよう、成」
宏兄の顔が目に飛び込んできて、ぼくはぎょっとした。
「ひ、ひろにい?」
「おう」
穏やかなほほ笑みを浮かべ、宏兄がぼくを見つめていた。ぼくは、宏兄の腕に抱きついて、眠り込んでいたみたい。
かああ、と頬が熱くなって、慌てて身を離す。
「わあっ」
「離れちゃうのか? 可愛かったのに……」
「可愛くないですっ」
残念そうな宏兄に構わず、ぼくは太い腕を擦る。長時間くっついてたせいで、きっと痺れてるから。大失態に、汗がふき出す思いやった。
――昨夜は……わあわあ泣いて。そのまま眠り込んでしもたんや……!
思い出すと、羞恥心に身が焦げそうになる。
勝手に迫って、泣いて……一人で眠ってしまったやなんて。ぼくときたら、めちゃくちゃ迷惑なやつやんか!
「ご、ごめんなさ……んっ」
謝ろうとした唇に、長い指がぴたりと押し止めた。
宏兄の優しい眼差しが、光のように降り注いでくる。
「謝らなくていい」
「で、でも。ぼく、結局……」
「俺は嬉しかった。お前の気持ちが聞けて――」
優しく、頬を撫でられる。くすぐったくて、目を閉じると――額にキスされた。目尻や、鼻の頭にも。顔中をやわらかく啄まれて、ぽうっと熱ってしまう。
「あっ……宏兄」
「成、好きだよ」
「んん……っ」
唇が、重なり合った。その温かさを受けていると、ぼくはもう、広い肩にしがみ付くしかない。――優しくて、甘い感覚。じわじわと、胸の奥をくすぐってくる。
「……ゃっ……」
昨夜と同じように甘やかされて、瞼が熱を持つ。じんじんって、甘痒くなる胸の内が怖くて……ぎゅっと目を閉じると、宏兄は動きを止めた。
ぼくは、ハッとして青褪める。
「あ。ご、ごめ……」
「わかってる」
「え……」
滲む視界に、優しい顔が映る。そっと、愛しむような手つきで、唇に触れられた。
「昨日――お前が唇を許してくれたときに、わかってるよ」
「……!」
「ゆっくりでいいんだ。俺は一生かけて、成のことを愛するから……」
そう言って宏兄は、ぼくを腕に囲う。
大きな手に頭を撫でられて、泣きそうになった。
――宏兄。なんで、こんなに優しいの……?
得難い人やと思った。
ぼくなんか、自分でも嫌になるくらい面倒なやつやのに。どうして、こんなに優しくしてくれるんやろう?
「……っ」
胸が、あつく震える。「ありがとう」じゃ到底足りなくて、ぼくは手を伸ばした。
「宏兄……」
「ん?」
寝起きで下ろしたままの長い髪に、そっと触れる。
宏兄は僅かに目を見開いたけれど、好きにさせてくれた。それをいいことに、さらさらの黒髪を耳にかけると……ぼくは、宏兄の首に抱きつく。
「成?」
「あのね。ぼく……がんばりたい。ちょっとずつでも、宏兄の奥さんになりたい」
「――うん」
「やから、また……」
続きは、言葉にならなかった。
宏兄の唇に飲みこまれてしまったから。――そして、それはぼくの望んでいたことだった。ぎゅっとしがみついて、優しいキスにうっとりと目を閉じた。
「成……かわいい。もっとキスさせて」
「宏兄……」
たっぷりと甘やかされて、盛大に朝寝坊してしまったのは、言うまでもない。
恥ずかしがってたら、「新婚らしくて良いじゃないか」って宏兄は、上機嫌やった。
ぼくも……ほんまは嬉しかったのは、ひみつなんやけどね。
その日から、ぼくと宏兄の「本当の新婚生活」が始まったん。
二人でゆっくり、幸せな日々を積み重ねていくんやって。これ以上、大きな事件なんて起きないと――
ぼくは、心から思ってた。
鳥のさえずりが、聞こえる。
瞼の裏が、明るい。ぼくは「うう」と呻いて、傍にある温かなものに顔を押し付けた。すると――低く笑う声が聞こえきて、ぱちりと目を開く。
「……ひゃ!?」
「おはよう、成」
宏兄の顔が目に飛び込んできて、ぼくはぎょっとした。
「ひ、ひろにい?」
「おう」
穏やかなほほ笑みを浮かべ、宏兄がぼくを見つめていた。ぼくは、宏兄の腕に抱きついて、眠り込んでいたみたい。
かああ、と頬が熱くなって、慌てて身を離す。
「わあっ」
「離れちゃうのか? 可愛かったのに……」
「可愛くないですっ」
残念そうな宏兄に構わず、ぼくは太い腕を擦る。長時間くっついてたせいで、きっと痺れてるから。大失態に、汗がふき出す思いやった。
――昨夜は……わあわあ泣いて。そのまま眠り込んでしもたんや……!
思い出すと、羞恥心に身が焦げそうになる。
勝手に迫って、泣いて……一人で眠ってしまったやなんて。ぼくときたら、めちゃくちゃ迷惑なやつやんか!
「ご、ごめんなさ……んっ」
謝ろうとした唇に、長い指がぴたりと押し止めた。
宏兄の優しい眼差しが、光のように降り注いでくる。
「謝らなくていい」
「で、でも。ぼく、結局……」
「俺は嬉しかった。お前の気持ちが聞けて――」
優しく、頬を撫でられる。くすぐったくて、目を閉じると――額にキスされた。目尻や、鼻の頭にも。顔中をやわらかく啄まれて、ぽうっと熱ってしまう。
「あっ……宏兄」
「成、好きだよ」
「んん……っ」
唇が、重なり合った。その温かさを受けていると、ぼくはもう、広い肩にしがみ付くしかない。――優しくて、甘い感覚。じわじわと、胸の奥をくすぐってくる。
「……ゃっ……」
昨夜と同じように甘やかされて、瞼が熱を持つ。じんじんって、甘痒くなる胸の内が怖くて……ぎゅっと目を閉じると、宏兄は動きを止めた。
ぼくは、ハッとして青褪める。
「あ。ご、ごめ……」
「わかってる」
「え……」
滲む視界に、優しい顔が映る。そっと、愛しむような手つきで、唇に触れられた。
「昨日――お前が唇を許してくれたときに、わかってるよ」
「……!」
「ゆっくりでいいんだ。俺は一生かけて、成のことを愛するから……」
そう言って宏兄は、ぼくを腕に囲う。
大きな手に頭を撫でられて、泣きそうになった。
――宏兄。なんで、こんなに優しいの……?
得難い人やと思った。
ぼくなんか、自分でも嫌になるくらい面倒なやつやのに。どうして、こんなに優しくしてくれるんやろう?
「……っ」
胸が、あつく震える。「ありがとう」じゃ到底足りなくて、ぼくは手を伸ばした。
「宏兄……」
「ん?」
寝起きで下ろしたままの長い髪に、そっと触れる。
宏兄は僅かに目を見開いたけれど、好きにさせてくれた。それをいいことに、さらさらの黒髪を耳にかけると……ぼくは、宏兄の首に抱きつく。
「成?」
「あのね。ぼく……がんばりたい。ちょっとずつでも、宏兄の奥さんになりたい」
「――うん」
「やから、また……」
続きは、言葉にならなかった。
宏兄の唇に飲みこまれてしまったから。――そして、それはぼくの望んでいたことだった。ぎゅっとしがみついて、優しいキスにうっとりと目を閉じた。
「成……かわいい。もっとキスさせて」
「宏兄……」
たっぷりと甘やかされて、盛大に朝寝坊してしまったのは、言うまでもない。
恥ずかしがってたら、「新婚らしくて良いじゃないか」って宏兄は、上機嫌やった。
ぼくも……ほんまは嬉しかったのは、ひみつなんやけどね。
その日から、ぼくと宏兄の「本当の新婚生活」が始まったん。
二人でゆっくり、幸せな日々を積み重ねていくんやって。これ以上、大きな事件なんて起きないと――
ぼくは、心から思ってた。
134
関連作品
「いつでも僕の帰る場所」短編集
「いつでも僕の帰る場所」短編集
お気に入りに追加
1,506
あなたにおすすめの小説
私達、政略結婚ですから。
黎
恋愛
オルヒデーエは、来月ザイデルバスト王子との結婚を控えていた。しかし2年前に王宮に来て以来、王子とはろくに会わず話もしない。一方で1年前現れたレディ・トゥルペは、王子に指輪を贈られ、二人きりで会ってもいる。王子に自分達の関係性を問いただすも「政略結婚だが」と知らん顔、レディ・トゥルペも、オルヒデーエに向かって「政略結婚ですから」としたり顔。半年前からは、レディ・トゥルペに数々の嫌がらせをしたという噂まで流れていた。
それが罪状として読み上げられる中、オルヒデーエは王子との数少ない思い出を振り返り、その処断を待つ。

【完結】幼馴染と恋人は別だと言われました
迦陵 れん
恋愛
「幼馴染みは良いぞ。あんなに便利で使いやすいものはない」
大好きだった幼馴染の彼が、友人にそう言っているのを聞いてしまった。
毎日一緒に通学して、お弁当も欠かさず作ってあげていたのに。
幼馴染と恋人は別なのだとも言っていた。
そして、ある日突然、私は全てを奪われた。
幼馴染としての役割まで奪われたら、私はどうしたらいいの?
サクッと終わる短編を目指しました。
内容的に薄い部分があるかもしれませんが、短く纏めることを重視したので、物足りなかったらすみませんm(_ _)m

美形×平凡の子供の話
めちゅう
BL
美形公爵アーノルドとその妻で平凡顔のエーリンの間に生まれた双子はエリック、エラと名付けられた。エリックはアーノルドに似た美形、エラはエーリンに似た平凡顔。平凡なエラに幸せはあるのか?
──────────────────
お読みくださりありがとうございます。
お楽しみいただけましたら幸いです。
拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】
僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。
※他サイトでも投稿中
【完結】返してください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと我慢をしてきた。
私が愛されていない事は感じていた。
だけど、信じたくなかった。
いつかは私を見てくれると思っていた。
妹は私から全てを奪って行った。
なにもかも、、、、信じていたあの人まで、、、
母から信じられない事実を告げられ、遂に私は家から追い出された。
もういい。
もう諦めた。
貴方達は私の家族じゃない。
私が相応しくないとしても、大事な物を取り返したい。
だから、、、、
私に全てを、、、
返してください。

お前が結婚した日、俺も結婚した。
jun
BL
十年付き合った慎吾に、「子供が出来た」と告げられた俺は、翌日同棲していたマンションを出た。
新しい引っ越し先を見つける為に入った不動産屋は、やたらとフレンドリー。
年下の直人、中学の同級生で妻となった志帆、そして別れた恋人の慎吾と妻の美咲、絡まりまくった糸を解すことは出来るのか。そして本田 蓮こと俺が最後に選んだのは・・・。
*現代日本のようでも架空の世界のお話しです。気になる箇所が多々あると思いますが、さら〜っと読んで頂けると有り難いです。
*初回2話、本編書き終わるまでは1日1話、10時投稿となります。
王様の恥かきっ娘
青の雀
恋愛
恥かきっ子とは、親が年老いてから子供ができること。
本当は、元気でおめでたいことだけど、照れ隠しで、その年齢まで夫婦の営みがあったことを物語り世間様に向けての恥をいう。
孫と同い年の王女殿下が生まれたことで巻き起こる騒動を書きます
物語は、卒業記念パーティで婚約者から婚約破棄されたところから始まります
これもショートショートで書く予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる