138 / 346
第三章~お披露目~
百三十七話【SIDE:陽平】 一月二十一日(零時八分)ちょっと加筆しました!
しおりを挟む
実家のリビングのソファで、俺は母さんと向き合っていた。大学に行こうとしたところ、呼び出されたのだ。
「陽平ちゃん、どうしたの? 浮かない顔して」
ティーカップを片手に、母さんが小首をかしげる。
出された茶に手もつけず、座り込んでいる俺が不思議なのだろう。
「……母さんこそ、急になんなんだよ。俺、講義あんだけど」
今朝、目が覚めて見りゃ、晶はいないし。追いかけようにも、玄関の惨憺たる有様を、放っておくわけにはいかず――ようやく、掃除を終えたところだったのに。
不満を述べると、母さんはくすくすと笑いを零す。
「いいじゃない。日数くらい、計算してるんでしょ」
「そうだけど……」
「ねえ、それより、晶ちゃんとは最近どうなの。仲良くやってるの?」
母さんは、「話は終わり」とばかりに手を叩き、身を乗り出す。昔から、なんでも自分の思い通りにする人だ。俺はため息をつき、応えを返す。
「別に、普通だよ」
「もう、なに照れてるのかしら。そろそろ、婚約とかしないの?」
「はあ?!」
とんでもない期待に、ぎょっとする。
「そんなわけないだろ! あいつは、婚約者がいるんだぞ」
「何言ってるの! 晶ちゃんの婚約者って、酷い奴なんだからね。私、よく相談されてるから知ってるのよ。仕事ばかりで、発情期くらいしかマメに帰ってこないし。プレゼントだって、趣味じゃないものばかりだって! 奪ってあげた方が、晶ちゃんも幸せに決まってるわよ」
拳を握り、力説する母さんに腰が引けてしまう。
つか、その理屈だと、母さんも父さんと離婚する羽目になるような気がするけど……
「俺はただ、晶を守りたいだけだ。奪おうとかじゃない。それに、あいつがどんなつもりかは……」
「陽平! あなたには、男の責任ってものがあるでしょう?」
叱咤され、ぐっと詰まる。
母さんは、勝ち誇ったように胸を張った。
「貴方たちが初めて結ばれたのは、どこだったか……。お父さんにバレないように、使用人に口留めしてあげてるのは、無責任なことをさせるためじゃないのよ」
「……う」
晶と初めて抱き合ったとき、この家だったのは痛恨の極みだ。
――あの夜は、成己のことでむしゃくしゃして、上手くフェロモンが制御できなくて……晶が偽発情を起こしちまったんだ。
抱きしめて、宥めているうちに、晶の唇が俺に触れていて……そこから先は、嵐のようで。朝まで、休みなく抱き合っていた俺たちは、起こしに来た使用人に見られてしまったのだ。
そうなると、母さんにバレるのは必然だった。
「いい? 晶ちゃんと結婚なさい。あなたは城山家のアルファよ。晶ちゃんみたいな良家のオメガが、あなたには合ってるんだから」
母さんは、熱を込めて言う。
晶との関係がバレて以来、しきりに結婚するようにとせっつかれている。母さんは、昔から晶を可愛がっているから、嬉しいのだろう。大きな損失を被ると解っていて、成己との婚約解消を認めてくれたのも、「晶が息子になる」という期待があったからかもしれない。
「わかってる……けど」
煮え切らない俺に、母さんの表情が険しくなる。
「もう、はっきりしなさい! なんのために、あの子と婚約破棄したのよ。晶ちゃんを守るためじゃないのっ!?」
「……!」
母さんは叫び、だん、と踵でローテーブルを蹴りつけた。ティーカップががしゃんと音を立て、茶がテーブルに赤く広がった。使用人が慌てて駆け寄ってきて、布巾で拭い始める。
「あなたはアルファでしょ! 大切なオメガを守るために、どーして戦うことができないのよぉ!」
母さんの唐突な不機嫌は、いつものことだ。……番である父さんがいなくて、不安があるのだと思う。
俺は、苛々と髪を掻きむしる母さんに駆け寄り、「ごめん」と謝った。
――プロポーズすれば、母さんが喜ぶのはわかってる。なのに……
俺はどうしても、「うん」と頷くことが、出来ないでいた。
胸の奥で、何かが「違う」とざわめくのだ。
「俺は……」
言いかけた時、廊下を進む荒々しい物音が聞こえてきた。
バタン! と壊れんばかりの勢いでドアが開き、誰かが中に飛び込んできた。
「――陽平ママ!」
晶だった。
晶は、俺と目が合うと――静謐な美貌をくしゃりと崩す。真黒い目から、ぼろぼろと涙をこぼした。
母さんは、俺を突き放すように立ち上がる。
「晶ちゃん、どうしたのっ?」
「俺、成己くんがわからないっ……!」
駆け寄った母さんが、泣いてる晶の背を擦った。
――成己? 成己がどうして……
じっと見守っていると――晶は切れ切れの息で、苦し気に言葉を紡いだ。
「成己くん、結婚したんだよ。野江さんと……!」
――え?
成己が、結婚?
「なんですって!? どうしてなのよ!」
「わからない……でも、本当なんだ。どうしよう、陽平……」
涙を流す晶の肩を、母さんが強く抱く。俺は、その光景を呆然と眺めていた。
脳裏に、成己の声が再生される。
――『ねえ、陽平――』
夕暮れの中、俺と成己の影が、伸びている。
そっぽを向く俺の手を、華奢な手が掴んだ。思いのほか、しっかりとした力に驚く。
「なんだよ?」
「ねえ、陽平。ぼく、頑張るからね」
「え……?」
はしばみ色の瞳が、じっと俺を見上げていた。しらず、息を飲むと、成己は懸命な様子で言葉を紡いでいる。
「陽平のお父さんとお母さんに、認めて貰えるように。陽平と、ずっと一緒にいたいから」
はにかんだ笑顔が、夕日に溶けていく……
――あのとき、俺はどう思ったんだ? 俺は……
晶の啜り泣きと、母さんの怒声の響くリビングで、俺は呆然と立ち尽くした。
「陽平ちゃん、どうしたの? 浮かない顔して」
ティーカップを片手に、母さんが小首をかしげる。
出された茶に手もつけず、座り込んでいる俺が不思議なのだろう。
「……母さんこそ、急になんなんだよ。俺、講義あんだけど」
今朝、目が覚めて見りゃ、晶はいないし。追いかけようにも、玄関の惨憺たる有様を、放っておくわけにはいかず――ようやく、掃除を終えたところだったのに。
不満を述べると、母さんはくすくすと笑いを零す。
「いいじゃない。日数くらい、計算してるんでしょ」
「そうだけど……」
「ねえ、それより、晶ちゃんとは最近どうなの。仲良くやってるの?」
母さんは、「話は終わり」とばかりに手を叩き、身を乗り出す。昔から、なんでも自分の思い通りにする人だ。俺はため息をつき、応えを返す。
「別に、普通だよ」
「もう、なに照れてるのかしら。そろそろ、婚約とかしないの?」
「はあ?!」
とんでもない期待に、ぎょっとする。
「そんなわけないだろ! あいつは、婚約者がいるんだぞ」
「何言ってるの! 晶ちゃんの婚約者って、酷い奴なんだからね。私、よく相談されてるから知ってるのよ。仕事ばかりで、発情期くらいしかマメに帰ってこないし。プレゼントだって、趣味じゃないものばかりだって! 奪ってあげた方が、晶ちゃんも幸せに決まってるわよ」
拳を握り、力説する母さんに腰が引けてしまう。
つか、その理屈だと、母さんも父さんと離婚する羽目になるような気がするけど……
「俺はただ、晶を守りたいだけだ。奪おうとかじゃない。それに、あいつがどんなつもりかは……」
「陽平! あなたには、男の責任ってものがあるでしょう?」
叱咤され、ぐっと詰まる。
母さんは、勝ち誇ったように胸を張った。
「貴方たちが初めて結ばれたのは、どこだったか……。お父さんにバレないように、使用人に口留めしてあげてるのは、無責任なことをさせるためじゃないのよ」
「……う」
晶と初めて抱き合ったとき、この家だったのは痛恨の極みだ。
――あの夜は、成己のことでむしゃくしゃして、上手くフェロモンが制御できなくて……晶が偽発情を起こしちまったんだ。
抱きしめて、宥めているうちに、晶の唇が俺に触れていて……そこから先は、嵐のようで。朝まで、休みなく抱き合っていた俺たちは、起こしに来た使用人に見られてしまったのだ。
そうなると、母さんにバレるのは必然だった。
「いい? 晶ちゃんと結婚なさい。あなたは城山家のアルファよ。晶ちゃんみたいな良家のオメガが、あなたには合ってるんだから」
母さんは、熱を込めて言う。
晶との関係がバレて以来、しきりに結婚するようにとせっつかれている。母さんは、昔から晶を可愛がっているから、嬉しいのだろう。大きな損失を被ると解っていて、成己との婚約解消を認めてくれたのも、「晶が息子になる」という期待があったからかもしれない。
「わかってる……けど」
煮え切らない俺に、母さんの表情が険しくなる。
「もう、はっきりしなさい! なんのために、あの子と婚約破棄したのよ。晶ちゃんを守るためじゃないのっ!?」
「……!」
母さんは叫び、だん、と踵でローテーブルを蹴りつけた。ティーカップががしゃんと音を立て、茶がテーブルに赤く広がった。使用人が慌てて駆け寄ってきて、布巾で拭い始める。
「あなたはアルファでしょ! 大切なオメガを守るために、どーして戦うことができないのよぉ!」
母さんの唐突な不機嫌は、いつものことだ。……番である父さんがいなくて、不安があるのだと思う。
俺は、苛々と髪を掻きむしる母さんに駆け寄り、「ごめん」と謝った。
――プロポーズすれば、母さんが喜ぶのはわかってる。なのに……
俺はどうしても、「うん」と頷くことが、出来ないでいた。
胸の奥で、何かが「違う」とざわめくのだ。
「俺は……」
言いかけた時、廊下を進む荒々しい物音が聞こえてきた。
バタン! と壊れんばかりの勢いでドアが開き、誰かが中に飛び込んできた。
「――陽平ママ!」
晶だった。
晶は、俺と目が合うと――静謐な美貌をくしゃりと崩す。真黒い目から、ぼろぼろと涙をこぼした。
母さんは、俺を突き放すように立ち上がる。
「晶ちゃん、どうしたのっ?」
「俺、成己くんがわからないっ……!」
駆け寄った母さんが、泣いてる晶の背を擦った。
――成己? 成己がどうして……
じっと見守っていると――晶は切れ切れの息で、苦し気に言葉を紡いだ。
「成己くん、結婚したんだよ。野江さんと……!」
――え?
成己が、結婚?
「なんですって!? どうしてなのよ!」
「わからない……でも、本当なんだ。どうしよう、陽平……」
涙を流す晶の肩を、母さんが強く抱く。俺は、その光景を呆然と眺めていた。
脳裏に、成己の声が再生される。
――『ねえ、陽平――』
夕暮れの中、俺と成己の影が、伸びている。
そっぽを向く俺の手を、華奢な手が掴んだ。思いのほか、しっかりとした力に驚く。
「なんだよ?」
「ねえ、陽平。ぼく、頑張るからね」
「え……?」
はしばみ色の瞳が、じっと俺を見上げていた。しらず、息を飲むと、成己は懸命な様子で言葉を紡いでいる。
「陽平のお父さんとお母さんに、認めて貰えるように。陽平と、ずっと一緒にいたいから」
はにかんだ笑顔が、夕日に溶けていく……
――あのとき、俺はどう思ったんだ? 俺は……
晶の啜り泣きと、母さんの怒声の響くリビングで、俺は呆然と立ち尽くした。
121
お気に入りに追加
1,401
あなたにおすすめの小説
そばにいてほしい。
15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。
そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。
──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。
幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け
安心してください、ハピエンです。
王妃から夜伽を命じられたメイドのささやかな復讐
当麻月菜
恋愛
没落した貴族令嬢という過去を隠して、ロッタは王宮でメイドとして日々業務に勤しむ毎日。
でもある日、子宝に恵まれない王妃のマルガリータから国王との夜伽を命じられてしまう。
その理由は、ロッタとマルガリータの髪と目の色が同じという至極単純なもの。
ただし、夜伽を務めてもらうが側室として召し上げることは無い。所謂、使い捨ての世継ぎ製造機になれと言われたのだ。
馬鹿馬鹿しい話であるが、これは王命─── 断れば即、極刑。逃げても、極刑。
途方に暮れたロッタだけれど、そこに友人のアサギが現れて、この危機を切り抜けるとんでもない策を教えてくれるのだが……。
Tally marks
あこ
BL
五回目の浮気を目撃したら別れる。
カイトが巽に宣言をしたその五回目が、とうとうやってきた。
「関心が無くなりました。別れます。さよなら」
✔︎ 攻めは体格良くて男前(コワモテ気味)の自己中浮気野郎。
✔︎ 受けはのんびりした話し方の美人も裸足で逃げる(かもしれない)長身美人。
✔︎ 本編中は『大学生×高校生』です。
✔︎ 受けのお姉ちゃんは超イケメンで強い(物理)、そして姉と婚約している彼氏は爽やか好青年。
✔︎ 『彼者誰時に溺れる』とリンクしています(あちらを読んでいなくても全く問題はありません)
🔺ATTENTION🔺
このお話は『浮気野郎を後悔させまくってボコボコにする予定』で書き始めたにも関わらず『どうしてか元サヤ』になってしまった連載です。
そして浮気野郎は元サヤ後、受け溺愛ヘタレ野郎に進化します。
そこだけ本当、ご留意ください。
また、タグにはない設定もあります。ごめんなさい。(10個しかタグが作れない…せめてあと2個作らせて欲しい)
➡︎ 作品や章タイトルの頭に『★』があるものは、個人サイトでリクエストしていただいたものです。こちらではリクエスト内容やお礼などの後書きを省略させていただいています。
➡︎ 『番外編:本編完結後』に区分されている小説については、完結後設定の番外編が小説の『更新順』に入っています。『時系列順』になっていません。
➡︎ ただし、『番外編:本編完結後』の中に入っている作品のうち、『カイトが巽に「愛してる」と言えるようになったころ』の作品に関してはタイトルの頭に『𝟞』がついています。
個人サイトでの連載開始は2016年7月です。
これを加筆修正しながら更新していきます。
ですので、作中に古いものが登場する事が多々あります。
婚約者の浮気相手が子を授かったので
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。
ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。
アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。
ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。
自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。
しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。
彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。
ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。
まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。
※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。
※完結しました
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
いっそあなたに憎まれたい
石河 翠
恋愛
主人公が愛した男には、すでに身分違いの平民の恋人がいた。
貴族の娘であり、正妻であるはずの彼女は、誰も来ない離れの窓から幸せそうな彼らを覗き見ることしかできない。
愛されることもなく、夫婦の営みすらない白い結婚。
三年が過ぎ、義両親からは石女(うまずめ)の烙印を押され、とうとう離縁されることになる。
そして彼女は結婚生活最後の日に、ひとりの神父と過ごすことを選ぶ。
誰にも言えなかった胸の内を、ひっそりと「彼」に明かすために。
これは婚約破棄もできず、悪役令嬢にもドアマットヒロインにもなれなかった、ひとりの愚かな女のお話。
この作品は小説家になろうにも投稿しております。
扉絵は、汐の音様に描いていただきました。ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる