いつでも僕の帰る場所

高穂もか

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第三章~お披露目~

百三十五話【SIDE:晶】

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 本当に、体質ってのは厄介だと思う。
 俺は重い体を引きずって大学に来て、なんとか二限までを終えた。

――あぁ、怠……。今すぐ寝たいけど……

 今日は、成己くんに会いに行くつもりだ。講義中くらいしか、陽平の目を盗めないから、背に腹は代えられないよな。 
 前の席に座っている後輩に、歩み寄った。

「あのさ。三限、同じ講義取ってたよな?」
「え……はい」
「俺、次出られないんだ。悪いけど、出席届出しといてくれない?」

 机に手をついて、笑いかける。 
 すると、相手は少し頬を赤らめ、遠慮がちに頷いた。

「わかりました。ええと……」
「三年の蓑崎晶。学籍番号は――」

 親切な後輩に、感謝だ。
 気分良く講義室を出ると、同じゼミの奴らが廊下に屯していた。

「……いつもいつも、よくやるよな」

 その中の一人――岩瀬が、軽蔑の眼差しを向けてきた。俺はムッとして、眉を顰めた。

――用事があるから、頼んだだけだっての。お前こそ、皆出席なんてないくせに。

 オメガだからって、いちいち色眼鏡で見やがって。
 ムカつくけど、構っている時間もない。無視して、横を通り過ぎてやると――

「奥さん……春日さんに、謝れよ」
「……は?」

 投げつけられた言葉に驚いて、振り返る。――岩瀬の目は、血走っているようだった。

「お前らが、ゼミ室で何してたか……俺ら皆、知ってんだからな!」
「――!」
「岩瀬、やめろ!……まずいって」

 激昂する岩瀬を、渡辺達が取り押さえる。引きずるようにして、その場を去っていくのを、俺は呆然と見送った。

「……っ」

 衝撃で、言葉が出なくてさ。
 だって、こんな衆目の場で、プライベートのことを言うなんて。どれだけ、人を辱めれば気が済むんだろう。
 酷い屈辱に、体がわなわなと震える。

――岩瀬の野郎……俺と陽平が抱き合ってるの見て、誤解してたから……

 抑制剤が効かず、やむを得ないことだったと。その場で説明したのに、信じていなかったらしい。
 それどころか、俺を男好きみたいに言いやがった。

「……っ、あーあ……」

 乾いた笑いが漏れる。
 なんで、こんな目に合わなきゃなんないんだろう? 俺だって、望まない生理現象だって言うのにさ。

――どいつもこいつも……そればっかりかよ。

 あいつらとは、それなりに上手く付き合って来たほうだ。けれど、こういう事があると、心底失望させられる。

――なにが、「成己くんに謝れ」だ。……何も知らないくせに。

 こっちは、岩瀬が成己くんに色目使ってた事くらい、解ってんだよ。オメガの色香に狂って、ばっかみてえ。

「ちっ……」

 本当に、忌々しい。
 道を踏みしめるようにして、何とか重い体を引きずって歩いた。




 それにしても……と俺は眉根を寄せた。
 陽平が、成己くんと婚約解消したことで、風向きが悪くなってるのを感じる。

『長年付き合った婚約者を捨て、浮気した男』

 なんて、事実無根の言い掛かりをつけられているくらいだし。
 俺は歯がゆい思いで、拳を握った。

「……このままに、しておけねぇ」

 オメガとの婚約を解消したことで、陽平の立場が悪くなってるのを、ひしひし感じていた。
 でなきゃ、城山の御曹司に文句を言うなんて、できるはすがない。

――陽平の馬鹿野郎。このご時世で、迂闊すぎるんだよ……!

 内心で悪態をつくものの、身が入らない。――誰のためにしたことかくらい、解っているから。

「やっぱり……俺が、なんとかしてやるしかないか」

 唇を、きりりと噛みしめる。
 社交界の方は、陽平ママが正しい情報を流してくれるはずだ。――なら、俺にできることは、本丸を攻めることだろう。

「成己くんに、会う」

 そして……陽平の元へ戻れるよう、手助けしてあげる。
 正直、彼にされた不義理を思うと、気が進まないけれど……

――成己くん……きっと、後悔してるだろうから。

 誰だって、センター送りなんてなりたくないんだ。頭を冷やして、自らを省みる気持ちになっているはずだろう。
 どれだけ、自分が残酷なことをしようとしたのか――

『婚約者さんは、知ってはるんですか……!?』

 嫉妬に歪んだ泣き顔を、思い浮かべる。
 俺は、彼を友達だと思ってたから、包み隠さず事情を話したのに――逆手に取って脅されるなんて、衝撃だった。
 結局、アルファの前には、オメガの友情なんて朽ち果てるらしい。

――それでも……陽平のために、成己くんを助けてやらなきゃ。

 それが出来ないとは、思わない。
 だって、彼がどう勘ぐろうと、俺と陽平の間に疚しい感情はないんだ。
 成己くんだって……陽平のことが好きで。嫉妬に狂っていただけだって、信じたい。
 俺は、成己くんにも不幸になってほしいとは思わないから。

「よし。一肌脱ぎますか」

 そう、意気込んだけれど。
 向かったセンターで……俺は、あり得ない光景に遭遇することになる。 

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