いつでも僕の帰る場所

高穂もか

文字の大きさ
上 下
135 / 346
第三章~お披露目~

百三十四話【SIDE:晶】

しおりを挟む
 翌朝、陽平を起こさないうちに、俺はマンションを出た。
 ……玄関が酷い有様だったけど、知らんふりをする。そもそも、あんなとこで盛ったあいつのせいだし。
 
「……ふあ」
 
 まだ、明け始めたばかりの空の下、あくびを噛み殺しながら歩く。
 連日の無茶のせいで、腰が死ぬほどだるい。ただでさえ、帰るのに気が重い家だってのもあって、ますます足取りは重くなる。
 
 ――まあ、帰らねえわけに、いかねえけどさ……
 
 ポケットの上から、スマホに触れる。
 昨夜のメッセージの差出人が「帰ってこい」と言ったのだから。
 
「返事……既読つかなかったけど、いるのかな」
 
 今から帰る――便宜上、”俺の家”と呼ぶべき場所の、主。
 俺の婚約者の顔を浮かべると、胸が重くふさがる。やっと、煩い実家を出られると思ったのに……とことん、俺には自由ってもんがないらしい。

『なら、せめて一緒に住みましょう』

 大学に進学する条件として、始まった同居だった。
 仕事で忙しい分、少しでもそばに居られるように――とか、なんとか言っていたけれど。本音は、俺がどこかのアルファと間違いを犯さないように、監視したいんだろう。
 
 ――あの人にとって、俺は血筋の良いオメガってだけなんだ。

 それでも、あの人のメンツのために婚家の送迎車を使う。彼が呼べば、すぐにあの家に帰る。
 それが、オメガとして俺に許された自由への「義務」って奴だから。
 
 
 
 あの人の家は、大学から二駅ほど離れた街に建っている。
 俺の進学と同時期に建ったその家には、最新のセキュリティシステムが備わっていた。外が見えないほどの高い塀や、堅固な門は牢屋みたいだ。実家のセキュリティに引けを取らないそれは――聞くところによると、俺の父がいくらか支援したらしい。
 それを知ったとき、俺は乾いた笑いが零れた。
 
 ――アホくさ。アルファって、オメガの「腹」を守らせることにばっか執心して。
 
 父って人は、ひと言目も五言めも、「体に気をつけろ」しか言わない。
 蓑崎家の為になる相手の子を、無事に産むことだけを心配しているから。
 俺は……どれだけ無理をさせられても、父の「息子」でいさせてくれるなら、それでよかったのに。
 
「ただいま、帰りました……」
 
 セキュリティを解除し家の中に入ると、しんと静まり返っていた。訝しく思いながら、磨き抜かれた廊下を進むと――空っぽのダイニングに行き当たる。

「……いないんですか?」

 あの人の姿は、ない。
 ただ、ダイニングのテーブルに、書き置きがある。手にとって見れば……「急な仕事が入った」とのことだった。

「……なんだよ。折角帰ってきたのに」

 少しでも顔を見たいから、とメッセージを送って来ておいて。結局、仕事優先なんじゃないか。

――俺の都合なんか、知ったこっちゃないんだ? アルファはこれだから……

 倦んだ気持で、冷蔵庫を開ける。すると……そこには、ラップの掛かった朝食が入っていた。

「……あ」

 思わず、目を見開く。
 冷えた皿を取り出せば、ハムエッグとトマトサラダらしかった。どっちも、家政婦が作ったにしては不格好で……恐らくあの人の手製だろう。

『朝食を用意したので、よければ食べて下さいね。体を労ってください』

 冷蔵庫の湿気でしんなりしたメモ用紙に、ひどい癖字が躍っている。

――忙しいのに、また俺のメシを作っていったんだ……

 少し焦げたハムと、不器用に千切られたレタスに、不慣れな手つきが感じられる。
 俺は、震える手でメモを握りつぶした。

「……っ」

 どうせ、あの人は自分の子供を産む体を、粗末にしたくは無いだけだ。父と同じで……
 そう、わかってるのに。

「……っ、馬鹿みてぇ」

 こんなことしないで欲しい。
 俺の体にしか、関心などないくせに……優しいフリをして、心を掻き乱すのは。

 ――一体、何様なんだよ……!

 我が身を抱き、キッチンの床にへたり込む。
 こんなことに簡単に騙されて、適当に熱くなる体が疎ましい。

「……はは……」

 じくじくと熱く潤む下腹に、笑いが漏れた。
 自分も、アルファの関心を求めるオメガなんだと思い知らされて。

――成己くんみたいなら、良かった。

 アルファを求め、素直に自分を肯定できるオメガ。
 あんな風に生まれていれば、どれだけ幸せだっただろう?

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

そばにいてほしい。

15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。 そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。 ──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。 幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け 安心してください、ハピエンです。

さよならの合図は、

15
BL
君の声。

王妃から夜伽を命じられたメイドのささやかな復讐

当麻月菜
恋愛
没落した貴族令嬢という過去を隠して、ロッタは王宮でメイドとして日々業務に勤しむ毎日。 でもある日、子宝に恵まれない王妃のマルガリータから国王との夜伽を命じられてしまう。 その理由は、ロッタとマルガリータの髪と目の色が同じという至極単純なもの。 ただし、夜伽を務めてもらうが側室として召し上げることは無い。所謂、使い捨ての世継ぎ製造機になれと言われたのだ。 馬鹿馬鹿しい話であるが、これは王命─── 断れば即、極刑。逃げても、極刑。 途方に暮れたロッタだけれど、そこに友人のアサギが現れて、この危機を切り抜けるとんでもない策を教えてくれるのだが……。

Tally marks

あこ
BL
五回目の浮気を目撃したら別れる。 カイトが巽に宣言をしたその五回目が、とうとうやってきた。 「関心が無くなりました。別れます。さよなら」 ✔︎ 攻めは体格良くて男前(コワモテ気味)の自己中浮気野郎。 ✔︎ 受けはのんびりした話し方の美人も裸足で逃げる(かもしれない)長身美人。 ✔︎ 本編中は『大学生×高校生』です。 ✔︎ 受けのお姉ちゃんは超イケメンで強い(物理)、そして姉と婚約している彼氏は爽やか好青年。 ✔︎ 『彼者誰時に溺れる』とリンクしています(あちらを読んでいなくても全く問題はありません) 🔺ATTENTION🔺 このお話は『浮気野郎を後悔させまくってボコボコにする予定』で書き始めたにも関わらず『どうしてか元サヤ』になってしまった連載です。 そして浮気野郎は元サヤ後、受け溺愛ヘタレ野郎に進化します。 そこだけ本当、ご留意ください。 また、タグにはない設定もあります。ごめんなさい。(10個しかタグが作れない…せめてあと2個作らせて欲しい) ➡︎ 作品や章タイトルの頭に『★』があるものは、個人サイトでリクエストしていただいたものです。こちらではリクエスト内容やお礼などの後書きを省略させていただいています。 ➡︎ 『番外編:本編完結後』に区分されている小説については、完結後設定の番外編が小説の『更新順』に入っています。『時系列順』になっていません。 ➡︎ ただし、『番外編:本編完結後』の中に入っている作品のうち、『カイトが巽に「愛してる」と言えるようになったころ』の作品に関してはタイトルの頭に『𝟞』がついています。 個人サイトでの連載開始は2016年7月です。 これを加筆修正しながら更新していきます。 ですので、作中に古いものが登場する事が多々あります。

婚約者の浮気相手が子を授かったので

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。 ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。 アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。 ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。 自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。 しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。 彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。 ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。 まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。 ※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。 ※完結しました

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

いっそあなたに憎まれたい

石河 翠
恋愛
主人公が愛した男には、すでに身分違いの平民の恋人がいた。 貴族の娘であり、正妻であるはずの彼女は、誰も来ない離れの窓から幸せそうな彼らを覗き見ることしかできない。 愛されることもなく、夫婦の営みすらない白い結婚。 三年が過ぎ、義両親からは石女(うまずめ)の烙印を押され、とうとう離縁されることになる。 そして彼女は結婚生活最後の日に、ひとりの神父と過ごすことを選ぶ。 誰にも言えなかった胸の内を、ひっそりと「彼」に明かすために。 これは婚約破棄もできず、悪役令嬢にもドアマットヒロインにもなれなかった、ひとりの愚かな女のお話。 この作品は小説家になろうにも投稿しております。 扉絵は、汐の音様に描いていただきました。ありがとうございます。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

処理中です...