いつでも僕の帰る場所

高穂もか

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第三章~お披露目~

百三十三話【SIDE:晶】

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 ザァ……
 熱いシャワーの湯を、火照った肌に浴びせかける。

「んっ……」

 湯の当たる感覚にさえ、吐息が震えた。
 さんざん貪られて、体中が敏感になっているらしい。

「はぁ……陽平のやつ、無茶しやがって」

 小さく悪態をつく。
 若いアルファのセックスは、激しいなんてものじゃない。したあとは、精も根も尽き果てちまう。
 本当は、シャワーだって、一眠りしてからがいいけれど……俺は下肢に手を伸ばし、自らの後ろに指を触れさせた。

「んっ……」

 抱かれた後の、処理――普通の男なら考えもしないことを、俺はしなければならない。
 熱を持つ其処に指を差し入れ、中を洗い流す。
 自慰をするような、この仕草。この屈辱は、何度しても慣れることはない。

「あっ、ふ……」

 先にベッドで休む陽平は、あいつの兄貴がこんなことをしていると、知らないだろう。
 中に入れた指をゆっくりと開くと、水音が粘った。

「はっ……あぁ――」

 たっぷりと吐き出された、陽平の熱情が溢れ出す。とろとろと、ぬるいそれが内腿を伝う感触に、腰がわなないた。

「んん……っ、まだ出てくる……」

 湯気を押しのけるほどの、濃厚な雄のフェロモンが立ち昇る。――あてられて、体がまた熱くなりそうだ。

――はは、オメガの体って……ホント卑しいよな……

 自嘲しながら、必死に事務的に白濁を吐き出した。一滴残らず排出したそれが、水に混じり、排水口に流れ込んだのを確認し、ホッと息をつく。
 もう眠ってしまいたいが、ここからが肝心だ。
 俺はコックを捻り、湯を止めた。ボディソープを出して、タオルにたっぷりの泡を作る。
 
「ん……っ」

 首から、足のつま先まで。丹念に泡を塗り、洗い清めていく。
 このボディソープは、俺が常に持ち歩いているもので、身に沁み付くアルファの匂いを消すことが出来る。
 オメガが社会に馴染む為に、海外で開発されたのだが……日本では認可が下りていなかった。こういう事実に行き当たる度、絶望を感じる。

――この国じゃ……誰とセックスをした、と他人に知られてしまう屈辱を、誰もまともには考えてくれない。

 悔しい。
 男なのに、オメガというだけで……「誰に抱かれた」と嫌らしい目で見られることが。
 俺という存在自体、嫌らしいもののように見られることが!

「誰が、セックスなんかしたいかよ……くそっ!」

 肌がひりひりするほど体を磨いて、熱いシャワーを浴びた。
 そうして――陽平のフェロモンが消えていることに、ようやく安堵する。

「あー、疲れた……」

 湯気で曇った鏡を、手のひらで擦る。
 痩せ型の男の、白い体が映し出された。俺には、ただの男にしか見えない。
 なのに――この体に雄は欲情し、雌は憎悪する。
 本当にくだらねぇ、と嘲笑った。




 陽平の家に置いてある服から、ラフなシャツを選び身にまとう。
 バッグから、スマホを取り出し、確認すれば――通知が数件溜まっている。ゼミと、代返を頼んだ相手と……最後の差出人を見て、息を呑む。

「……っ」

 じく、と下腹が甘くざわめいたのを無視し、電源を落とした。

――明日。明日、返事しよう。

 今夜は、疲れた。
 寝室に入れば、ベッドの壁際に陽平が眠っている。

「……」

 こちらに背を向けている陽平は、身を守るように背を丸めて眠っている。幽霊に怯える子どものような寝格好は、ガキの頃から変わらないらしい。

「……はぁ、しょーがねぇな……」

 ここには、俺の体を貪ったアルファじゃなくて、甘えん坊の幼馴染しかいない。
 そう思うと、陽平への苛立ちが僅かにおさまる。
 ベッドに潜り込み、暗がりにかすかに上下する背を眺めた。

――『野江の奴が、「成己は俺のものだ」って言いやがったんだ……』

 悔しさと怒りに満ちた声で、陽平は言った。荒れている原因を尋ねて、出てきた答えがそれで。

「ホント、鈍い奴……」

 ――お前、嫉妬してるって言ってるようなもんじゃん。

 知らないだろう。
 乱暴に抱かれた体が、ひどく惨めになって……青褪めるのを必死に堪えてたって。
 陽平は坊っちゃん育ちのせいか、人の気持ちに鈍い。たまに殴ってやりたくなるほど――

「ん……」
「!」

 寝苦しそうに呻き、陽平が寝返りを打つ。こっちに向いた顔は、寝汗で濡れていた。

「……っ」

 陽平の唇が、かすかに動く。声は出ていなかったけれど、誰を呼んでいるかはわかる。俺は切なくなって、馬鹿な弟の頭を抱きしめた。

――馬鹿な奴。俺なんかのために、幸せをぼうに振って……

 俺を守るとか、なんとか。弟のくせに、生意気なことを言いやがって。

――まあ、それに甘えている俺も、俺だけれどさ。

 だから、罪滅ぼしの意味もあって……陽平の側にいてやらなきゃと思う。どれだけ、身をすり減らしたとしても――可愛い弟分だから。

「……」

 やわらかい猫っ毛を撫でてやる。
 瞼の裏に、儚げな面影を浮かべた。俺と違い、オメガらしいオメガの、陽平の婚約者。

――成己くん。君はどうして、わからないんだろう?

 陽平が、どれだけ君を想っているか。俺とのことは、自己犠牲にすぎないって……陽平のことを想っていれば、わかるはずなのに。

――やっぱり、愛されてるからかな……

 大切に愛されてきたから……簡単に人の想いも切り捨てられるのだろうか?

「それとも……"宏兄"、か?」

 考えて、胸がざわつく。
 陽平に話したことは、冗談のつもりだけれど。流石に、成己くんも――そこまで薄情じゃないはずだ。

――……また、成己くんに会いに行ってみようか。

 意地を張る弟分のためにも、俺が何とかしてやらなきゃな。
 寝苦しそうな陽平を、見守りながら思った。
 
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