131 / 360
第三章~お披露目~
百三十話【SIDE:陽平】
しおりを挟む
「じゃ、先に帰ってもいいから」
センターの看護師に案内され、ロビーを出て行く晶は、まるで可愛くないことを言う。俺はひらりと手を振って、ロビーのソファに腰を下ろした。
試験勉強でもして暇をつぶしていようと、バッグからタブレットを取り出す。
「……」
しかし――どうにも集中できない。俺はタブレットを仕舞うと、ソファから立ち上がった。
「……なんか飲むか」
とは言ったものの、喫茶室に向かう気にもなれず、ふらふらと鏡のように磨かれた廊下を歩く。
センターの内装は真っ白で、目にまぶしいほどに明るく、清潔だ。真っ白い制服を着た職員たちが、静かに業務を行っている以外、人はいない。
――あいかわらず、余所余所しい場所だな。
内心で独り言ち、足の向く先任せに歩いていると――少し雰囲気の違う区画に出る。
壁紙の色が、目にまぶしい白から、やわらかなクリーム色に変わっている。開放的な大きな窓からは、緑の鮮やかな庭が見えた。
「あ……!」
俺は、僅かに息を飲む。
――ここは……
この区画は――一度だけ、来たことがあった。華奢な手に引っ張られるようにして、歩んだ記憶が甦ってくる。
その記憶が確かなら、長い廊下はこの先でコの字に折れ、その奥に「居住区」があるはずだ。
『陽平、こっちやで』
振り返った成己の、わくわくした笑顔を思い出す。
婚約したばかりの頃――自分の住む部屋を見て欲しいと、連れてこられたんだった。成己は弾む鞠のような足取りで、出会う職員みなに、俺のことを紹介していた。
『ぼくの親友で、婚約者の城山陽平さん!』
いちいち面倒くさい奴だと思いつつ……はしゃいでいる成己を見るのは悪くなかった。
「……」
ぴた、と歩みを止める。
……この廊下の先には、成己の居住区がある。行くところのないあいつは、十中八九ここにいるはずで……あと一日で、ここが終の棲家になる。
あいつの夢は、潰える。
「……っ」
婚約できて、あれほど喜んでいた成己。逆に、今は……どんな気分でいるかは、考えなくてもわかることだった。
――自業自得だ。あいつは、晶を傷つけようとしていたんだからな。
それに、あいつは家族が欲しかっただけだ。
晶と違って、俺じゃなくても良かったはずだ。だから、俺には関係ない――そう思って、心の靄を払おうとするのに。
『陽平!』
成己の笑顔を思い出すと、俺の足は……勝手に、居住区に向かって歩みだしていた。――会わなければならない、そんな使命感が胸の奥に揺れている。
「――お待ちください!」
「!」
しかし、少しも進まないうちに呼び止められる。
振り返ると、白い制服を纏った職員と、警備員が立っていた。二人は揃って険しい顔をして、近づいてくる。
「城山様。それから先は、関係者以外は立ち入り禁止となっております。どうか、ご容赦くださいませ!」
職員の声は、警戒心をあらわに強張っていた。その目は、禁足地に足を踏み入れようとする、無知な暴漢を見るようだった。
――はあ? この俺を、変質者みたいに扱いやがって……!
無礼な態度に、頭に血が上った。――俺は、この先に行ったことがある。お前なんかに口出しされなくとも、居住区であることくらい、知ってるんだ。
そう言いかけて……すんでで口を噤む。確かに、今の俺は成己と関係はないのだと、思い出して。
だったら、こいつらを押しのけて行ったとして、この先のセキュリティゲートに阻まれる。
「……」
そう気づいて、俺はにわかに気力が萎えた。
――馬鹿馬鹿しい。なんで、俺が成己に会いに行かなきゃなんねーんだ。
無言で踵を返し、来た道を引き返す。
その間も、職員達の刺すような視線を背に感じていて、苛立ちが募る。
「チッ」
なにがセンター職員だ。甘い環境で、仕事しやがって。
うちを含む――数多の企業から高い上納金をせしめておいて、この接客レベルなんてな。
刺々しい気持ちでロビーに戻った俺は、唐突に聞こえてきた聞き覚えのある声に、目を見開いた。
「――皆さん、お仕事お疲れさまです。つまらないものですが」
「まあ、野江様! いつもお心遣い、ありがとうございます」
事務室のカウンターに座る職員に、にこやかに手土産を渡している男。
並外れて大柄なそいつは、しょぼい服装に身を包んでいても、かえって威風が漲っている。――そういうところも、気に食わなかった。
「いやいや。成のことで、お世話になりますからね」
あの男が、成己のことを口にした途端、項の毛がぞっと逆立つような不快に見舞われる。
――あの野郎。何の力もないくせに、また成己の周りをうろうろしてやがるのか。
野江家の次男――たいした経済力もない、チャランポランのくせに!
俺は怒りのままに歩みを進め、男の背に怒鳴りつけた。
「――おい!」
センターの看護師に案内され、ロビーを出て行く晶は、まるで可愛くないことを言う。俺はひらりと手を振って、ロビーのソファに腰を下ろした。
試験勉強でもして暇をつぶしていようと、バッグからタブレットを取り出す。
「……」
しかし――どうにも集中できない。俺はタブレットを仕舞うと、ソファから立ち上がった。
「……なんか飲むか」
とは言ったものの、喫茶室に向かう気にもなれず、ふらふらと鏡のように磨かれた廊下を歩く。
センターの内装は真っ白で、目にまぶしいほどに明るく、清潔だ。真っ白い制服を着た職員たちが、静かに業務を行っている以外、人はいない。
――あいかわらず、余所余所しい場所だな。
内心で独り言ち、足の向く先任せに歩いていると――少し雰囲気の違う区画に出る。
壁紙の色が、目にまぶしい白から、やわらかなクリーム色に変わっている。開放的な大きな窓からは、緑の鮮やかな庭が見えた。
「あ……!」
俺は、僅かに息を飲む。
――ここは……
この区画は――一度だけ、来たことがあった。華奢な手に引っ張られるようにして、歩んだ記憶が甦ってくる。
その記憶が確かなら、長い廊下はこの先でコの字に折れ、その奥に「居住区」があるはずだ。
『陽平、こっちやで』
振り返った成己の、わくわくした笑顔を思い出す。
婚約したばかりの頃――自分の住む部屋を見て欲しいと、連れてこられたんだった。成己は弾む鞠のような足取りで、出会う職員みなに、俺のことを紹介していた。
『ぼくの親友で、婚約者の城山陽平さん!』
いちいち面倒くさい奴だと思いつつ……はしゃいでいる成己を見るのは悪くなかった。
「……」
ぴた、と歩みを止める。
……この廊下の先には、成己の居住区がある。行くところのないあいつは、十中八九ここにいるはずで……あと一日で、ここが終の棲家になる。
あいつの夢は、潰える。
「……っ」
婚約できて、あれほど喜んでいた成己。逆に、今は……どんな気分でいるかは、考えなくてもわかることだった。
――自業自得だ。あいつは、晶を傷つけようとしていたんだからな。
それに、あいつは家族が欲しかっただけだ。
晶と違って、俺じゃなくても良かったはずだ。だから、俺には関係ない――そう思って、心の靄を払おうとするのに。
『陽平!』
成己の笑顔を思い出すと、俺の足は……勝手に、居住区に向かって歩みだしていた。――会わなければならない、そんな使命感が胸の奥に揺れている。
「――お待ちください!」
「!」
しかし、少しも進まないうちに呼び止められる。
振り返ると、白い制服を纏った職員と、警備員が立っていた。二人は揃って険しい顔をして、近づいてくる。
「城山様。それから先は、関係者以外は立ち入り禁止となっております。どうか、ご容赦くださいませ!」
職員の声は、警戒心をあらわに強張っていた。その目は、禁足地に足を踏み入れようとする、無知な暴漢を見るようだった。
――はあ? この俺を、変質者みたいに扱いやがって……!
無礼な態度に、頭に血が上った。――俺は、この先に行ったことがある。お前なんかに口出しされなくとも、居住区であることくらい、知ってるんだ。
そう言いかけて……すんでで口を噤む。確かに、今の俺は成己と関係はないのだと、思い出して。
だったら、こいつらを押しのけて行ったとして、この先のセキュリティゲートに阻まれる。
「……」
そう気づいて、俺はにわかに気力が萎えた。
――馬鹿馬鹿しい。なんで、俺が成己に会いに行かなきゃなんねーんだ。
無言で踵を返し、来た道を引き返す。
その間も、職員達の刺すような視線を背に感じていて、苛立ちが募る。
「チッ」
なにがセンター職員だ。甘い環境で、仕事しやがって。
うちを含む――数多の企業から高い上納金をせしめておいて、この接客レベルなんてな。
刺々しい気持ちでロビーに戻った俺は、唐突に聞こえてきた聞き覚えのある声に、目を見開いた。
「――皆さん、お仕事お疲れさまです。つまらないものですが」
「まあ、野江様! いつもお心遣い、ありがとうございます」
事務室のカウンターに座る職員に、にこやかに手土産を渡している男。
並外れて大柄なそいつは、しょぼい服装に身を包んでいても、かえって威風が漲っている。――そういうところも、気に食わなかった。
「いやいや。成のことで、お世話になりますからね」
あの男が、成己のことを口にした途端、項の毛がぞっと逆立つような不快に見舞われる。
――あの野郎。何の力もないくせに、また成己の周りをうろうろしてやがるのか。
野江家の次男――たいした経済力もない、チャランポランのくせに!
俺は怒りのままに歩みを進め、男の背に怒鳴りつけた。
「――おい!」
163
お気に入りに追加
1,428
あなたにおすすめの小説
もう人気者とは付き合っていられません
花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。
モテるのは当然だ。でも――。
『たまには二人だけで過ごしたい』
そう願うのは、贅沢なのだろうか。
いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。
「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。
ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。
生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。
※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中
妹を侮辱した馬鹿の兄を嫁に貰います
ひづき
BL
妹のべルティシアが馬鹿王子ラグナルに婚約破棄を言い渡された。
フェルベードが怒りを露わにすると、馬鹿王子の兄アンセルが命を持って償うと言う。
「よし。お前が俺に嫁げ」
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
【書籍化進行中】契約婚ですが可愛い継子を溺愛します
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
前世の記憶がうっすら残る私が転生したのは、貧乏伯爵家の長女。父親に頼まれ、公爵家の圧力と財力に負けた我が家は私を売った。
悲壮感漂う状況のようだが、契約婚は悪くない。実家の借金を返し、可愛い継子を愛でながら、旦那様は元気で留守が最高! と日常を謳歌する。旦那様に放置された妻ですが、息子や使用人と快適ライフを追求する。
逞しく生きる私に、旦那様が距離を詰めてきて? 本気の恋愛や溺愛はお断りです!!
ハッピーエンド確定
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2024/09/07……カクヨム、恋愛週間 4位
2024/09/02……小説家になろう、総合連載 2位
2024/09/02……小説家になろう、週間恋愛 2位
2024/08/28……小説家になろう、日間恋愛連載 1位
2024/08/24……アルファポリス 女性向けHOT 8位
2024/08/16……エブリスタ 恋愛ファンタジー 1位
2024/08/14……連載開始
モブらしいので目立たないよう逃げ続けます
餅粉
BL
ある日目覚めると見慣れた天井に違和感を覚えた。そしてどうやら僕ばモブという存存在らしい。多分僕には前世の記憶らしきものがあると思う。
まぁ、モブはモブらしく目立たないようにしよう。
モブというものはあまりわからないがでも目立っていい存在ではないということだけはわかる。そう、目立たぬよう……目立たぬよう………。
「アルウィン、君が好きだ」
「え、お断りします」
「……王子命令だ、私と付き合えアルウィン」
目立たぬように過ごすつもりが何故か第二王子に執着されています。
ざまぁ要素あるかも………しれませんね
言い逃げしたら5年後捕まった件について。
なるせ
BL
「ずっと、好きだよ。」
…長年ずっと一緒にいた幼馴染に告白をした。
もちろん、アイツがオレをそういう目で見てないのは百も承知だし、返事なんて求めてない。
ただ、これからはもう一緒にいないから…想いを伝えるぐらい、許してくれ。
そう思って告白したのが高校三年生の最後の登校日。……あれから5年経ったんだけど…
なんでアイツに馬乗りにされてるわけ!?
ーーーーー
美形×平凡っていいですよね、、、、
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
花婿候補は冴えないαでした
一
BL
バース性がわからないまま育った凪咲は、20歳の年に待ちに待った判定を受けた。会社を経営する父の一人息子として育てられるなか結果はΩ。 父親を困らせることになってしまう。このまま親に従って、政略結婚を進めて行こうとするが、それでいいのかと自分の今後を考え始める。そして、偶然同じ部署にいた25歳の秘書の孝景と出会った。
本番なしなのもたまにはと思って書いてみました!
※pixivに同様の作品を掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる