いつでも僕の帰る場所

高穂もか

文字の大きさ
上 下
128 / 346
第三章~お披露目~

百二十七話【SIDE:陽平】

しおりを挟む
 案の定、佐田の顔が屈辱に紅潮した。
 
「あんたが、どれだけ人の恋人に手を出したか。私達が、知らないと思ってるの!?」 
「もう行っていい? 俺、授業には出たいから」
「っ、待ちなさい……!」
 
 かっとなった佐田が、晶の背に掴みかかろうとした。――その手を、ぱしりと受け止める。
 
「佐田さん、やめてくれませんか?」
「……城山くん!」
 
 佐田が、はっと目を見開く。俺は、晶を背に庇い、彼女らを見下ろした。
 
「晶は潔白ですよ。それに――手を出したとか、誘ったとか……いい淑女が、往来で叫ぶことに思えないっすけどね」
「……!」
 
 冷静に指摘してやると、佐田の顔がさっと赤らんだ。ギャラリーの好奇の目に気づいたのか、悔し気に唇を引き結び、引き下がる。
 
「陽平……」
 
 呆然と俺を呼ぶ晶の肩を、ぱんと叩く。
 
「ばーか。お前、先に行ってんじゃねえよ」
「……うるさいな。お前が寝坊するからだろ」
「んだと」
 
 いつも通り、憎まれ口をたたく様子に、ホッとする。
 晶は、抑制剤の効かない体質のせいで誤解されやすく、さっきのような言いがかりは少なくない。
 だからといって、傷つかないわけじゃないのだ。
 
 ――俺以外は、なんでか気づいてやらねえけど……
 
 もどかしい思いを持て余し、舌打ちをする。女学生たちが、びくりと肩を跳ねさせたのを一瞥し――俺は晶の肩を押した。
 
「行こうぜ」
「あ、ああ」
 
 戸惑い気味に、歩を進める晶の肩を抱く。
 すると、背後から鋭い声が上がった。
 
「ちょっと、待ってください!」
「……芽実めいみ!?」
 
 佐田が、涙の浮かんだ目でこっちを睨んでいる。隣にいた女が、ぎょっとしている。――そのはずで、佐田の伯父は城山の下請けの社長だった。
 親戚の立場を慮って、口をつぐむと思ったのに意外だった。
 
「なんですか」
「城山くん、目を覚ましてください……! 婚約者のいる蓑崎に肩入れなさっても、得るものなんてありませんっ!」
「はぁ?」
 
 まるで、俺が晶に誑かされているかのような言い方が、癇に障る。
 
「あんたに口出しされる言われはない」
「……っ」
 
 睨み据えると、佐田が涙ながらに叫ぶ。
 
「そんなに、蓑崎が大切ですか……? 春日くんを、酷い目に遭わせるほど……!」
「――!」
 
 成己のことを引き合いに出され、目を見開く。
 佐田が泣き崩れ、女学生たちが慌てて肩を抱いている。言い返すことも、立ち去ることもできず――その場に釘付けになっていると、車輪の音が聞こえた。
 西野さんが自転車に乗って、こっちにやって来る。
 
「――芽実!? え。みんな、どうしたの?」
「友菜……!」
 
 異変に気付いた西野さんが、驚いた様子で自転車から飛び降りた。すぐに、泣いている佐田の肩を抱き、慰めはじめる。
 グループのリーダーである彼女が現れたことで、彼女らは元気を取り戻したらしい。口々に、事情を説明している。
 
「芽実ってば。あたしのために、無理しちゃって……」
「わかってるけど。とても、黙ってられなかったのよ」
「芽実……!」
 
 西野さんが佐田を抱きしめると、友人たちも泣き出した。
 
「ぅわ……」
 
 晶は、繰り広げられる感傷的なシーンに辟易した様子で、俺の腕を引く。
 
「行こうぜ、陽平。授業に遅れる」
「……ああ、そうだな」
 
 俺は疲れた気分で、頷く。……正直、この場を脱するタイミングを得て、助かった。
 踵を返そうとすると――「待って」と静かな声に引き留められる。
 西野さんだった。
 
「……」
 
 ばつの悪い思いに、口の中が苦くなる。
 近藤のことは好きじゃねえけど、西野さんには世話になっていたと思う。面倒見の良い彼女を、成己も良く慕っていた。
 
 ――でも、あんたがあいつを諫めないから、こんなことになるんだ。
 
 そう思うと、反抗心が湧いてきて……俺は西野さんを挑むように見た。すると、西野さんはただ悲し気に、俺を見かえす。
 
「城山くん。――後悔しないんだよね?」
「!」
 
 予想外の言葉に、虚をつかれる。
 
「成己くんのこと、後悔しない?」
「……っ」
「あたしが言いたいのは、それだけ――芽実、みんな。行こう」
 
 西野さんは、友人たちを促し去って行く。
 そのきっぱりとした背中を、俺はぼんやりと見送る。
 
「おい、陽平。どうしたんだよ?」
 
 晶に、焦れたように、肩を揺すられる。だけど俺は、動けない。
 
 ――成己くんのこと、後悔しない?
 
 その静かな声が、ずっと谺していた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

そばにいてほしい。

15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。 そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。 ──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。 幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け 安心してください、ハピエンです。

さよならの合図は、

15
BL
君の声。

王妃から夜伽を命じられたメイドのささやかな復讐

当麻月菜
恋愛
没落した貴族令嬢という過去を隠して、ロッタは王宮でメイドとして日々業務に勤しむ毎日。 でもある日、子宝に恵まれない王妃のマルガリータから国王との夜伽を命じられてしまう。 その理由は、ロッタとマルガリータの髪と目の色が同じという至極単純なもの。 ただし、夜伽を務めてもらうが側室として召し上げることは無い。所謂、使い捨ての世継ぎ製造機になれと言われたのだ。 馬鹿馬鹿しい話であるが、これは王命─── 断れば即、極刑。逃げても、極刑。 途方に暮れたロッタだけれど、そこに友人のアサギが現れて、この危機を切り抜けるとんでもない策を教えてくれるのだが……。

Tally marks

あこ
BL
五回目の浮気を目撃したら別れる。 カイトが巽に宣言をしたその五回目が、とうとうやってきた。 「関心が無くなりました。別れます。さよなら」 ✔︎ 攻めは体格良くて男前(コワモテ気味)の自己中浮気野郎。 ✔︎ 受けはのんびりした話し方の美人も裸足で逃げる(かもしれない)長身美人。 ✔︎ 本編中は『大学生×高校生』です。 ✔︎ 受けのお姉ちゃんは超イケメンで強い(物理)、そして姉と婚約している彼氏は爽やか好青年。 ✔︎ 『彼者誰時に溺れる』とリンクしています(あちらを読んでいなくても全く問題はありません) 🔺ATTENTION🔺 このお話は『浮気野郎を後悔させまくってボコボコにする予定』で書き始めたにも関わらず『どうしてか元サヤ』になってしまった連載です。 そして浮気野郎は元サヤ後、受け溺愛ヘタレ野郎に進化します。 そこだけ本当、ご留意ください。 また、タグにはない設定もあります。ごめんなさい。(10個しかタグが作れない…せめてあと2個作らせて欲しい) ➡︎ 作品や章タイトルの頭に『★』があるものは、個人サイトでリクエストしていただいたものです。こちらではリクエスト内容やお礼などの後書きを省略させていただいています。 ➡︎ 『番外編:本編完結後』に区分されている小説については、完結後設定の番外編が小説の『更新順』に入っています。『時系列順』になっていません。 ➡︎ ただし、『番外編:本編完結後』の中に入っている作品のうち、『カイトが巽に「愛してる」と言えるようになったころ』の作品に関してはタイトルの頭に『𝟞』がついています。 個人サイトでの連載開始は2016年7月です。 これを加筆修正しながら更新していきます。 ですので、作中に古いものが登場する事が多々あります。

婚約者の浮気相手が子を授かったので

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。 ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。 アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。 ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。 自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。 しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。 彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。 ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。 まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。 ※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。 ※完結しました

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

いっそあなたに憎まれたい

石河 翠
恋愛
主人公が愛した男には、すでに身分違いの平民の恋人がいた。 貴族の娘であり、正妻であるはずの彼女は、誰も来ない離れの窓から幸せそうな彼らを覗き見ることしかできない。 愛されることもなく、夫婦の営みすらない白い結婚。 三年が過ぎ、義両親からは石女(うまずめ)の烙印を押され、とうとう離縁されることになる。 そして彼女は結婚生活最後の日に、ひとりの神父と過ごすことを選ぶ。 誰にも言えなかった胸の内を、ひっそりと「彼」に明かすために。 これは婚約破棄もできず、悪役令嬢にもドアマットヒロインにもなれなかった、ひとりの愚かな女のお話。 この作品は小説家になろうにも投稿しております。 扉絵は、汐の音様に描いていただきました。ありがとうございます。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

処理中です...