125 / 360
第二章~プロポーズ~
百二十四話
しおりを挟む
「よしっ」
スカーフをまいて、姿見の前で服装のチェックをする。ホワイトのクラシックなコットンシャツに、同色のバミューダショーツ。真新しい服に身を包んだぼくは、はたから見ても浮かれてる……かもしれへん。
――書類を、頂きに行くだけなんやけど……つい気合がはいっちゃって。
めっちゃ張り切ってて、変かな。結婚、意識しすぎ?
鏡に身を乗り出して、前髪をチョコチョコいらっていたら、ドアがとんとんとノックされる。
「成。そろそろ行くぞー」
「はーい」
部屋を出ると、待ち構えていた宏兄が目じりを下げた。
「おっ。今日もまた、最高に可愛いなあ」
「えへへ……宏兄こそ、かっこいい」
スーツに身を包んだ宏兄は、バッチリ決まってる。普段着でもいいはずやのに、きちんとしてくれてるのが、くすぐったかった。ひょっとして、ぼくと同じに楽しみにしてくれてるのかなって。
宏兄はにっこりして、大きな手を差し出した。
「じゃあ、行こうか」
「うんっ」
ぼくも笑って、手を取った。
これからセンターへ行って、婚姻の認定書を受け取りに行くん。
「おはよう! 成己くん、野江さん!」
「中谷先生、おはようございますっ」
センターへ着くと、中谷先生がロビーで出迎えてくれた。目尻の笑いじわが深くなって、優しい笑顔がますます優しくなってる。
「ちょっと先生、成己くんも野江さんになるんですからねっ。ややこしいでしょ」
「ああ、そうだった!」
その後ろから、ひょいと顔を出したのは涼子先生。先生は、中谷先生にツッコミを入れて、ぼくと宏兄に悪戯っぽい笑みをむけた。
「今日は、ほんまにおめでとうさんやねえ!」
「涼子先生……!」
――先生たち……わざわざ、会いに来てくれたん?
ぼくは、じーんと胸が熱くなる。
嬉しそうに頬を緩めた宏兄が、ぺこりと頭を下げた。
「中谷先生、立花先生。今日のことを快諾して頂いて、誠にありがとうございます」
「何言ってるんだい。私達こそ、すばらしい機会をありがとう!」
「そうやで。うちらも、ちゃんとお祝いしたかったんよ」
宏兄の言葉に、先生たちはほほ笑んだ。それから、ぼくを振り返る。
「ほな、成ちゃん。さっそく行こうか」
「えっ?」
笑顔の涼子先生に、背をぐいぐい押されて戸惑う。宏兄を振り返ると、ニコニコと手を振られた。
「行っておいで、成」
「えっ、でも。今から、事務室へ行くんとちゃうの?」
「それは俺だけで行ってくるよ。準備があることだし、成は先生について行ってくれ」
「……じゅんび?」
って、なにかしら。
ぼんやりと鸚鵡返しにしていると、中谷先生が笑う。
「成己くん、君たちのお式の準備だよ」
「……お式ッ!?」
胸を張る二人は、よく見れば礼服に身を包んでる。ぼくは、ぎょっと目を見開いた。
「ええ~!?」
あれよあれよと、連れてこられたのは、センターの敷地内にある小さなチャペル。
庭園の緑に囲まれた、慎ましく真っ白の建物は――ぼくにとって思い出深い場所。職員のご夫婦が結婚式を挙げに来られたり、毎週お祈りが行われたりしてね。クリスマスに、ここで賛美歌を歌ったりもしたんよ。
「まさか、ぼくがお式をあげるなんて~……!」
ぼくは、熱る頬を両手に覆った。
チャペルに併設された、控室――壁に掛けられた大きな鏡も、たくさん置かれた椅子も。お掃除に入ったときに、見たことがあるだけで、新婦としてここに座ることになるとは……
「こら、成ちゃん。もだもだせんとき、つけづらいから」
「あっ、ごめんなさい」
涼子先生にたしなめられて、ピタリと動きを止めた。先生は微笑ましそうに目を細め、ぼくの髪にリーフの飾りを編み込んでくれる。着てきた服はそのままで――花嫁らしくなるように、髪をセットしてくれてるん。
「ふふ、そんな緊張せんでも。身内だけの、気楽なお式やで。急やったもんで、ヴェールとブーケしか用意できなくてごめんね」
「そ、そんなことないもん。ほんまに嬉しくて、ぼく……!」
先生たちのもとで、結婚式出来るなんて、夢みたい。
ぼくと先生たちは、どれだけ仲良しでも……公には、「センターの職員」と「入所者」としての続柄になる。公私の混同を避けるため――婚家の主催する結婚式や、披露宴には出席してもらえない決まりやから。
――こんな風に……ほんとの家族みたいに、送り出して貰えるなんて。……泣いちゃいそう。
「ほんまに、ありがとう」
鼻の奥がツンとなって、涙ぐんでいると……目を赤くした涼子先生がほほ笑む。
「成ちゃん。宏章くんがな、言うて来てくれたんよ。シンプルでもいいから、ここでお式ができひんか。成ちゃんの家族として、出席してほしいからって」
「え……!」
息を飲む。宏兄が……ぼくのために……?
「新郎の宏章くんの願いなら、叶えられたわ。……こんな幸せを貰えて、うちらがお礼を言いたいんよ」
「あ……っ!」
素知らぬ顔で、ほほ笑んでいた宏兄が浮かんで、胸がきゅうっとなる。
――宏兄……!
あつい感謝が胸をつきあげて、ひっくと喉が震える。
瞬きをした拍子に、ぽろりと涙が零れ落ちた。涼子先生が笑って、ハンカチでおさえてくれる。
「ほらあ、泣きやんで。お式の前やのに、目が赤くなってまうよ」
「……はい、涼子先生」
いつも通り、優しい涼子先生の言いつけを聞く。先生は、くすっと悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「成ちゃん。宏章くんなら、大丈夫。いっぱい幸せになるんやで」
「涼子先生……ありがとう……!」
ぼくも、心から笑い返した。
スカーフをまいて、姿見の前で服装のチェックをする。ホワイトのクラシックなコットンシャツに、同色のバミューダショーツ。真新しい服に身を包んだぼくは、はたから見ても浮かれてる……かもしれへん。
――書類を、頂きに行くだけなんやけど……つい気合がはいっちゃって。
めっちゃ張り切ってて、変かな。結婚、意識しすぎ?
鏡に身を乗り出して、前髪をチョコチョコいらっていたら、ドアがとんとんとノックされる。
「成。そろそろ行くぞー」
「はーい」
部屋を出ると、待ち構えていた宏兄が目じりを下げた。
「おっ。今日もまた、最高に可愛いなあ」
「えへへ……宏兄こそ、かっこいい」
スーツに身を包んだ宏兄は、バッチリ決まってる。普段着でもいいはずやのに、きちんとしてくれてるのが、くすぐったかった。ひょっとして、ぼくと同じに楽しみにしてくれてるのかなって。
宏兄はにっこりして、大きな手を差し出した。
「じゃあ、行こうか」
「うんっ」
ぼくも笑って、手を取った。
これからセンターへ行って、婚姻の認定書を受け取りに行くん。
「おはよう! 成己くん、野江さん!」
「中谷先生、おはようございますっ」
センターへ着くと、中谷先生がロビーで出迎えてくれた。目尻の笑いじわが深くなって、優しい笑顔がますます優しくなってる。
「ちょっと先生、成己くんも野江さんになるんですからねっ。ややこしいでしょ」
「ああ、そうだった!」
その後ろから、ひょいと顔を出したのは涼子先生。先生は、中谷先生にツッコミを入れて、ぼくと宏兄に悪戯っぽい笑みをむけた。
「今日は、ほんまにおめでとうさんやねえ!」
「涼子先生……!」
――先生たち……わざわざ、会いに来てくれたん?
ぼくは、じーんと胸が熱くなる。
嬉しそうに頬を緩めた宏兄が、ぺこりと頭を下げた。
「中谷先生、立花先生。今日のことを快諾して頂いて、誠にありがとうございます」
「何言ってるんだい。私達こそ、すばらしい機会をありがとう!」
「そうやで。うちらも、ちゃんとお祝いしたかったんよ」
宏兄の言葉に、先生たちはほほ笑んだ。それから、ぼくを振り返る。
「ほな、成ちゃん。さっそく行こうか」
「えっ?」
笑顔の涼子先生に、背をぐいぐい押されて戸惑う。宏兄を振り返ると、ニコニコと手を振られた。
「行っておいで、成」
「えっ、でも。今から、事務室へ行くんとちゃうの?」
「それは俺だけで行ってくるよ。準備があることだし、成は先生について行ってくれ」
「……じゅんび?」
って、なにかしら。
ぼんやりと鸚鵡返しにしていると、中谷先生が笑う。
「成己くん、君たちのお式の準備だよ」
「……お式ッ!?」
胸を張る二人は、よく見れば礼服に身を包んでる。ぼくは、ぎょっと目を見開いた。
「ええ~!?」
あれよあれよと、連れてこられたのは、センターの敷地内にある小さなチャペル。
庭園の緑に囲まれた、慎ましく真っ白の建物は――ぼくにとって思い出深い場所。職員のご夫婦が結婚式を挙げに来られたり、毎週お祈りが行われたりしてね。クリスマスに、ここで賛美歌を歌ったりもしたんよ。
「まさか、ぼくがお式をあげるなんて~……!」
ぼくは、熱る頬を両手に覆った。
チャペルに併設された、控室――壁に掛けられた大きな鏡も、たくさん置かれた椅子も。お掃除に入ったときに、見たことがあるだけで、新婦としてここに座ることになるとは……
「こら、成ちゃん。もだもだせんとき、つけづらいから」
「あっ、ごめんなさい」
涼子先生にたしなめられて、ピタリと動きを止めた。先生は微笑ましそうに目を細め、ぼくの髪にリーフの飾りを編み込んでくれる。着てきた服はそのままで――花嫁らしくなるように、髪をセットしてくれてるん。
「ふふ、そんな緊張せんでも。身内だけの、気楽なお式やで。急やったもんで、ヴェールとブーケしか用意できなくてごめんね」
「そ、そんなことないもん。ほんまに嬉しくて、ぼく……!」
先生たちのもとで、結婚式出来るなんて、夢みたい。
ぼくと先生たちは、どれだけ仲良しでも……公には、「センターの職員」と「入所者」としての続柄になる。公私の混同を避けるため――婚家の主催する結婚式や、披露宴には出席してもらえない決まりやから。
――こんな風に……ほんとの家族みたいに、送り出して貰えるなんて。……泣いちゃいそう。
「ほんまに、ありがとう」
鼻の奥がツンとなって、涙ぐんでいると……目を赤くした涼子先生がほほ笑む。
「成ちゃん。宏章くんがな、言うて来てくれたんよ。シンプルでもいいから、ここでお式ができひんか。成ちゃんの家族として、出席してほしいからって」
「え……!」
息を飲む。宏兄が……ぼくのために……?
「新郎の宏章くんの願いなら、叶えられたわ。……こんな幸せを貰えて、うちらがお礼を言いたいんよ」
「あ……っ!」
素知らぬ顔で、ほほ笑んでいた宏兄が浮かんで、胸がきゅうっとなる。
――宏兄……!
あつい感謝が胸をつきあげて、ひっくと喉が震える。
瞬きをした拍子に、ぽろりと涙が零れ落ちた。涼子先生が笑って、ハンカチでおさえてくれる。
「ほらあ、泣きやんで。お式の前やのに、目が赤くなってまうよ」
「……はい、涼子先生」
いつも通り、優しい涼子先生の言いつけを聞く。先生は、くすっと悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「成ちゃん。宏章くんなら、大丈夫。いっぱい幸せになるんやで」
「涼子先生……ありがとう……!」
ぼくも、心から笑い返した。
158
お気に入りに追加
1,428
あなたにおすすめの小説
悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
▼毎日18時投稿予定
もう人気者とは付き合っていられません
花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。
モテるのは当然だ。でも――。
『たまには二人だけで過ごしたい』
そう願うのは、贅沢なのだろうか。
いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。
「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。
ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。
生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。
※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
彼を追いかける事に疲れたので、諦める事にしました
Karamimi
恋愛
貴族学院2年、伯爵令嬢のアンリには、大好きな人がいる。それは1学年上の侯爵令息、エディソン様だ。そんな彼に振り向いて欲しくて、必死に努力してきたけれど、一向に振り向いてくれない。
どれどころか、最近では迷惑そうにあしらわれる始末。さらに同じ侯爵令嬢、ネリア様との婚約も、近々結ぶとの噂も…
これはもうダメね、ここらが潮時なのかもしれない…
そんな思いから彼を諦める事を決意したのだが…
5万文字ちょっとの短めのお話で、テンポも早めです。
よろしくお願いしますm(__)m
「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。
あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。
「君の為の時間は取れない」と。
それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。
そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。
旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。
あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。
そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。
※35〜37話くらいで終わります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる