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第二章~プロポーズ~
百十九話
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「――いやや、放してっ!」
「大人しくしろッ。きいきい叫ぶんじゃねえよ」
「うぐっ」
刈り上げの男に、腕に抱えられてしまう。ジタバタ暴れると、ごつい手に口を塞がれて、爪先の浮いた状態で引きずられる。
「てめぇ、成己に触んじゃねー!」
綾人が叫ぶ。
ピアスの男に後ろ手に拘束されていて、必死にもがいていた。
「オメガのくせに、恥をかかせやがって! いやってほど、痛い目を見せてやる」
「うるせえ、関係あるかよタコ! とっ捕まえてやるからな!」
綾人が睨みつけると、ピアスの男はふんと鼻で笑う。
「叫んでも無駄だっつーの。バイトで、ここを知り尽くしてっからな。ここは、早朝に食料品を運ぶ以外使わねぇ。誰も来やしねーんだよ」
「……!」
言われて見ると――確かに、不気味なほどに人の気配が無い。コンクリートの床には、ペンキで「授業員専用通路」と書かれている。
――やばい、なんとか逃げなくちゃ……!
こんな場所を通って、どこに連れていかれるのか。連れていかれたら、どうなるのか……恐怖で竦みそうな体を、必死に捩る。
しかし、抵抗空しく――ぼく達は、裏手に停められたキャブオーバーの乗用車に連れ込まれた。
運転席にもう一人、帽子をかぶった男がいて、楽しそうに声を上げた。
「お、きたきた」
「放せ、ボケ! ぶっ殺す!」
「うるせえな。大人しくしろ!」
背後から羽交い絞めにされた綾人が、後部座席に押し込まれる。ぼくも、刈り上げ男に背を押され、無理矢理に乗り込まされる。
長い脚に倒れ込んだぼくに、綾人が心配そうに声を上げた。
「成己、大丈夫か!」
「あや――うあ……!」
「ほら、こっち来い」
背後から強引に乗り込んできた男が、抱きついてくる。耳にタバコ臭い息をふきかけられ、怖気が走った。
「いややっ!」
「イヤ~だってよ。可愛いねえ」
「あぐっ!」
「成己!」
鳩尾を強く締められて、痛みに呻き声が漏れる。綾人がぼくを助けようと、ピアス男にパンチを食らわそうとする。けれど、不自由な体勢だったせいか、逆に押さえ込まれてしまう。
「お。こいつは、番がいるみてえだぞ」
「マジか。じゃあ、何しようが構わねえな」
項を覗き込んだ男たちが、下衆なことを言う。綾人は、日に焼けた肌が白く見える程青ざめて、怒鳴った。
「ふざけんな! 気持ち悪いんだよ、豚野郎が!」
男たちは、可愛い囀りを聞いたように、ニヤニヤ笑いを止めない。
――こいつら……番のいるオメガに、最大限の侮辱をしたのが、わからへんの?
ぼくは、死にそうなほどむかっ腹が立って、背後の男の顎に頭突きをした。
「がふっ!」
「犯罪者! 綾人に何かしたら、許さへんから!」
「このガキ!」
鼻血を噴き出した刈り上げ男に、髪を掴まれて凄まれる。でも、アルファの威圧に比べたら、屁でもなかった。
――負けるもんか!
睨み返すと、男がますます気色ばむ。唸り声を上げながら、馬乗りになって来た。
「成己! やめろー!」
綾人が悲痛に叫び、激しく暴れた。車体ががたがた軋み、運転席の男が、焦ったように言った。
「おいおい、先に出ようぜ。流石にここだとまずい!」
男がエンジンをかけ、ハンドルを握った瞬間――ピリリリ! と鋭い電子音が鳴り響く。
「なんだ?」
一瞬、全員が動きを止めた。そのとき、ぼくはあっと気づいた。――男から隠すようにねじられた綾人の手に、スマホが握られている。音は、そこから鳴っていた。
「いいから、出せ!」
ピアスの男が怒鳴り、運転席の男が、再びハンドルを握ろうとする。
しかし。
――ガシャン!
凄まじい欧打音が響き、運転席の窓が粉砕する。金属の棒が、窓から突き出していた。
「なん――ぎゃっ!」
運転席の男が、潰れる様な悲鳴を上げる。
拳が窓の穴を突き抜け、運転席の男をも殴り潰していた。衝撃で、車体がぐわんと揺れる。
「何だテメぇ!!」
泡を食った男たちが怒鳴る。ロックを外し、運転席のドアを破ったその人は、姿を見せる。
「――綾人ッ!」
「……朝匡!」
それは――お兄さんやった。手にハンマーのような物を持って、周囲を睨み据えている。
車内の状況を見て、お兄さんの体から凄まじい怒気が溢れた。
「てめえら――!」
周囲の空気の色さえ変わりそうな濃密な、威嚇のフェロモン。男たちは窒息寸前のように目をむき出し、ばたりばたりと倒れ込んだ。――ぼくも、喉が締められるように苦しくなる。
「朝匡、ダメだ! 成己が……!」
綾人が、悲痛な声で叫んだ。
その時、後部座席のドアが、勢いよく開かれる。
「無事か、成……!!」
血相を変えた宏兄が、ぼくに圧し掛かる男の襟を掴み、車外にぶんと投げ捨てる。――気づいたときには、掬うように、温かな腕に抱きしめられていた。
「ひろに……げほっ、こほ」
「成、可哀そうに……怖かったな。遅くなってすまない」
咳込むぼくの背を、宏兄は擦ってくれた。
あたたかい森の匂いに包まれていると……窒息しそうな感覚が、薄れていく。
ぎゅっと抱きつくと、守るように抱きしめられる。
「宏兄っ……」
ぼくは……ようやく助かったんやと実感し、涙が溢れた。
「朝匡、もう大丈夫だって……!」
そのとき、泣きそうな綾人の声が聞こえて、ハッとわれに返る。
振り返ると、綾人がお兄さんに抱きついて、必死に何か訴えていた。お兄さんは、尋常じゃない様子で、綾人を見下ろしている。
「宏兄……お兄さんは」
「ったく……兄貴は駄目だな」
ぼくの目尻を拭いながら、気のない声で宏兄が言った。
「兄貴、その辺にしとけ。そいつら死んじまうぞ」
「……チッ」
激しく舌打ちし、お兄さんが息を吐く。
周囲の空気が、どっと弛緩する。綾人が、お兄さんを揺さぶった。
「朝匡……!」
「……綾人」
お兄さんは、綾人を片腕で抱きしめた。
「大人しくしろッ。きいきい叫ぶんじゃねえよ」
「うぐっ」
刈り上げの男に、腕に抱えられてしまう。ジタバタ暴れると、ごつい手に口を塞がれて、爪先の浮いた状態で引きずられる。
「てめぇ、成己に触んじゃねー!」
綾人が叫ぶ。
ピアスの男に後ろ手に拘束されていて、必死にもがいていた。
「オメガのくせに、恥をかかせやがって! いやってほど、痛い目を見せてやる」
「うるせえ、関係あるかよタコ! とっ捕まえてやるからな!」
綾人が睨みつけると、ピアスの男はふんと鼻で笑う。
「叫んでも無駄だっつーの。バイトで、ここを知り尽くしてっからな。ここは、早朝に食料品を運ぶ以外使わねぇ。誰も来やしねーんだよ」
「……!」
言われて見ると――確かに、不気味なほどに人の気配が無い。コンクリートの床には、ペンキで「授業員専用通路」と書かれている。
――やばい、なんとか逃げなくちゃ……!
こんな場所を通って、どこに連れていかれるのか。連れていかれたら、どうなるのか……恐怖で竦みそうな体を、必死に捩る。
しかし、抵抗空しく――ぼく達は、裏手に停められたキャブオーバーの乗用車に連れ込まれた。
運転席にもう一人、帽子をかぶった男がいて、楽しそうに声を上げた。
「お、きたきた」
「放せ、ボケ! ぶっ殺す!」
「うるせえな。大人しくしろ!」
背後から羽交い絞めにされた綾人が、後部座席に押し込まれる。ぼくも、刈り上げ男に背を押され、無理矢理に乗り込まされる。
長い脚に倒れ込んだぼくに、綾人が心配そうに声を上げた。
「成己、大丈夫か!」
「あや――うあ……!」
「ほら、こっち来い」
背後から強引に乗り込んできた男が、抱きついてくる。耳にタバコ臭い息をふきかけられ、怖気が走った。
「いややっ!」
「イヤ~だってよ。可愛いねえ」
「あぐっ!」
「成己!」
鳩尾を強く締められて、痛みに呻き声が漏れる。綾人がぼくを助けようと、ピアス男にパンチを食らわそうとする。けれど、不自由な体勢だったせいか、逆に押さえ込まれてしまう。
「お。こいつは、番がいるみてえだぞ」
「マジか。じゃあ、何しようが構わねえな」
項を覗き込んだ男たちが、下衆なことを言う。綾人は、日に焼けた肌が白く見える程青ざめて、怒鳴った。
「ふざけんな! 気持ち悪いんだよ、豚野郎が!」
男たちは、可愛い囀りを聞いたように、ニヤニヤ笑いを止めない。
――こいつら……番のいるオメガに、最大限の侮辱をしたのが、わからへんの?
ぼくは、死にそうなほどむかっ腹が立って、背後の男の顎に頭突きをした。
「がふっ!」
「犯罪者! 綾人に何かしたら、許さへんから!」
「このガキ!」
鼻血を噴き出した刈り上げ男に、髪を掴まれて凄まれる。でも、アルファの威圧に比べたら、屁でもなかった。
――負けるもんか!
睨み返すと、男がますます気色ばむ。唸り声を上げながら、馬乗りになって来た。
「成己! やめろー!」
綾人が悲痛に叫び、激しく暴れた。車体ががたがた軋み、運転席の男が、焦ったように言った。
「おいおい、先に出ようぜ。流石にここだとまずい!」
男がエンジンをかけ、ハンドルを握った瞬間――ピリリリ! と鋭い電子音が鳴り響く。
「なんだ?」
一瞬、全員が動きを止めた。そのとき、ぼくはあっと気づいた。――男から隠すようにねじられた綾人の手に、スマホが握られている。音は、そこから鳴っていた。
「いいから、出せ!」
ピアスの男が怒鳴り、運転席の男が、再びハンドルを握ろうとする。
しかし。
――ガシャン!
凄まじい欧打音が響き、運転席の窓が粉砕する。金属の棒が、窓から突き出していた。
「なん――ぎゃっ!」
運転席の男が、潰れる様な悲鳴を上げる。
拳が窓の穴を突き抜け、運転席の男をも殴り潰していた。衝撃で、車体がぐわんと揺れる。
「何だテメぇ!!」
泡を食った男たちが怒鳴る。ロックを外し、運転席のドアを破ったその人は、姿を見せる。
「――綾人ッ!」
「……朝匡!」
それは――お兄さんやった。手にハンマーのような物を持って、周囲を睨み据えている。
車内の状況を見て、お兄さんの体から凄まじい怒気が溢れた。
「てめえら――!」
周囲の空気の色さえ変わりそうな濃密な、威嚇のフェロモン。男たちは窒息寸前のように目をむき出し、ばたりばたりと倒れ込んだ。――ぼくも、喉が締められるように苦しくなる。
「朝匡、ダメだ! 成己が……!」
綾人が、悲痛な声で叫んだ。
その時、後部座席のドアが、勢いよく開かれる。
「無事か、成……!!」
血相を変えた宏兄が、ぼくに圧し掛かる男の襟を掴み、車外にぶんと投げ捨てる。――気づいたときには、掬うように、温かな腕に抱きしめられていた。
「ひろに……げほっ、こほ」
「成、可哀そうに……怖かったな。遅くなってすまない」
咳込むぼくの背を、宏兄は擦ってくれた。
あたたかい森の匂いに包まれていると……窒息しそうな感覚が、薄れていく。
ぎゅっと抱きつくと、守るように抱きしめられる。
「宏兄っ……」
ぼくは……ようやく助かったんやと実感し、涙が溢れた。
「朝匡、もう大丈夫だって……!」
そのとき、泣きそうな綾人の声が聞こえて、ハッとわれに返る。
振り返ると、綾人がお兄さんに抱きついて、必死に何か訴えていた。お兄さんは、尋常じゃない様子で、綾人を見下ろしている。
「宏兄……お兄さんは」
「ったく……兄貴は駄目だな」
ぼくの目尻を拭いながら、気のない声で宏兄が言った。
「兄貴、その辺にしとけ。そいつら死んじまうぞ」
「……チッ」
激しく舌打ちし、お兄さんが息を吐く。
周囲の空気が、どっと弛緩する。綾人が、お兄さんを揺さぶった。
「朝匡……!」
「……綾人」
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