いつでも僕の帰る場所

高穂もか

文字の大きさ
上 下
117 / 401
第二章~プロポーズ~

百十六話 2023/12/22(00時55分)加筆完了しました!

しおりを挟む
「成己、そっち行ったぞ!」
「うんっ……えい!」
 
 壁を弾いて飛んできたボールを、追いかけた。
 ラケットを振りぬけば……ぽかっと軽い音を立てて、ボールが明後日に打ちだされる。
 
「あっ……ごめん!」
 
 しまった、大エラー……!
 青褪めるぼくに反し、綾人は動じない。
 
「ナイスキャッチ! ――ほいっ」
 
 風のように疾走し、コートの隅に弾かれたボールを打ち返してくれた。緩やかな放物線を描いて、ぼくのフォアサイドに戻って来たボールに驚嘆する。
 
「すごい、綾人!」
「わはは。どんと来いだぜ!」
 
 白い歯を見せて笑う綾人は、すごく楽しそう。
 初めてのスカッシュなのに、戸惑っているところも無くて、むしろわくわくしてるみたい。ぼくも、楽しくなる。
 
「えいっ!」

 しっかりとボールを見てラケットを振った。 
 今度は、ぽこんと音を立てて、真っすぐに飛んで行く。
 
「ナイショー!」
 
 綾人の笑顔が輝く。
 ぼく達は、わいわい言いながらコートを走り回った。
 


 
 
 ――ぼくと綾人は、県内にある複合アミューズメント施設に来ていた。
 カラオケやゲームセンター、色々なスポーツを楽しめるフロアがあってね。休日やからか、どこも大賑わいやった。
 で――ぼく達も、今はスポーツのフロアでひと汗かいているところです。
 
「はい、成己!」
 
 ヒンヤリと冷たいペットボトルを、手渡される。ぼくは笑顔で受け取った。
 
「綾人、ありがとう」
 
 話してるうちに、同い年やったことが判明してん。そういう気安さもあって、ぼく達は急速に親しくなっていた。
 
 ――久しぶり。名前の呼び捨てするのも、されるのも……
 
 唯一、ぼくを成己って呼んだ人が、頭に浮かびかけて……慌ててペットボトルに口をつける。
 
「美味しい」
 
 熱った体が、冷たいスポーツドリンクで潤う。ほうと息を吐いていると、一気に半分を飲み干した綾人が、ニコニコ笑う。
 
「楽しかったな! オレ、めっちゃ汗かいたっ」
「うんっ、ぼくも。綾人、すっごい上手やね」
「そう? でへへ」
 
 綾人は、照れくさそうに頬を緩めた。素直な反応に、胸が温かくなる。ちょっと強引やけど、明るくていい子やなあ。
 
「実はオレ、高校までテニス部で。結構ガチでやってたんだー」
「あっ、そうなんや! 道理で~」

 確かに、ラケットの構え方とか、フットワークが玄人さんやったもんね。ぼく、めっちゃ下手くそやのに、軽々カバーしてくれてたし……よっぽど上手やないと、あんなん出来ひんはず。

「綾人、強そう! 試合とか出た?」
「うん! 出てたぞ。インターハイも出た」
「すごーい!」

 スポーツは疎いぼくでも、インターハイはわかるよ。
 尊敬の眼差しで見つめると、綾人はちょっとはにかんだ。手の中のペットボトルを、ぽんぽんと放り投げる。

「いや、まあ。優勝とかは出来んかったけどな。めっちゃ強い奴がいてさー、最後くらい勝ちたかったんだけど」
「そうなん。ライバルやね?」
「うん、ライバル! アルファだけど、それ以上に努力のやつでな。今は海外にいる」
「……ん?」

 嬉しそうな綾人の言葉に、ぼくは首を傾げた。

――えっ。アルファ?

 オメガは、オメガだけのスポーツの大会にしか出られないはずやのに。どうして、アルファが一緒に試合に……?
 疑問に思うぼくをよそに、綾人はニコニコと話し続けてる。

「すげー強くなってるだろうけどさ。オレも、負けじと体作ってんの! 朝晩トレーニングしてさ。壁打ちも」
「……そうなんや! テニス、大好きなんやね」
「へへっ。そう!」

 ひゅんひゅんと、素振りのポーズをする綾人は楽しそうで。ウソのない綺麗な笑顔やった。

――きっと、なにか事情があるんやね。

 まだ知り合ったばかりやけど、綾人は真っ直ぐな子やもん。不躾になんでも聞いて、傷つけたくない。
 疑問を彼方に追いやって、ぼくもほほ笑んだ。

「朝、走りに出ると朝匡が煩くてさ。用心しろだのへちまだの」
「あはは。きっと、心配してはるんよ」
「ないない。成己ならわかるけど、オレみたいなデカいやつ」
「えっ。そんなことないよ!」

 からっと笑う綾人に、きっぱり断言する。
 だって、綾人は――蓑崎さんとはまた違うタイプの、とても美しいオメガやもん。日に焼けたなめらかな肌に、端正な顔立ち。敏捷そうな、引き締まった体躯。

「お兄さんが心配なのも、わかるけどなあ」

 そう言うと、綾人は不満そう。

「いやマジで。オレ、本当ごついし。ほら」
「わ……!?」

 なんと、綾人は突然、ぺらりとTシャツを捲って見せた。
 肋骨の辺りまでたくし上げられ、綺麗に割れた腹筋が丸見えになる。
 そして――そこに見えたものに、ぼくはぎょっと目を見開く。

「だ、だめ~!」
「うわお!?」

 Tシャツを引っ張り下ろすと、綾人は目を白黒させている。ぼくは、かっかと熱る頬をもて余し、Tシャツを引っ張ったまま俯いた。

「どうした?」
「な……なんでも。お腹冷えるから、脱いじゃだめっ」
「お、おう?」

 不思議そうな綾人に、ぼくはもごもご答える。
 こんな人の多いところで、体を見せちゃダメ。
 それに、さっき見えたのは――腹筋や胸元に散った、赤い花びら。

――あれ……つまり、その……行為の痕……

 頬がぼんと燃える。
「ひええ」と脳内で転がりまわった。
 素直な綾人が、そこまで進んでることも衝撃やし、その上で、この無防備さにも度肝を抜かれちゃう。

――綾人は、かなり天然さんやから、気をつけてあげなくちゃ!

 そう誓ったとき――声をかけられた。

「ねえ、君らさ。二人?」
「……!」

 横目に窺えば、派手な見た目の、若い男がふたり。
 ねばっこい猫なで声に、嫌な予感がする。

――さっきの、見られてた……?

 それでなくとも、綾人は魅力的やから気をつけなきゃ。気付かないフリで、その場を離れようとしたとき――

「あん? なんだアンタら」

 綾人が眉根を寄せて、振り返る。
 あ、あやと――!? 
 
しおりを挟む
感想 213

あなたにおすすめの小説

僕の太客が義兄弟になるとか聞いてない

コプラ@貧乏令嬢〜コミカライズ12/26
BL
 没落名士の長男ノアゼットは日々困窮していく家族を支えるべく上級学校への進学を断念して仕送りのために王都で働き出す。しかし賢くても後見の無いノアゼットが仕送り出来るほど稼げはしなかった。  そんな時に声を掛けてきた高級娼家のマダムの引き抜きで、男娼のノアとして働き出したノアゼット。研究肌のノアはたちまち人気の男娼に躍り出る。懇意にしてくれる太客がついて仕送りは十分過ぎるほどだ。  そんな中、母親の再婚で仕送りの要らなくなったノアは、一念発起して自分の人生を始めようと決意する。順風満帆に滑り出した自分の生活に満ち足りていた頃、ノアは再婚相手の元に居る家族の元に二度目の帰省をする事になった。 そこで巻き起こる自分の過去との引き合わせに動揺するノア。ノアと太客の男との秘密の関係がまた動き出すのか?

オメガの復讐

riiko
BL
幸せな結婚式、二人のこれからを祝福するかのように参列者からは祝いの声。 しかしこの結婚式にはとてつもない野望が隠されていた。 とっても短いお話ですが、物語お楽しみいただけたら幸いです☆

捨てられオメガの幸せは

ホロロン
BL
家族に愛されていると思っていたが実はそうではない事実を知ってもなお家族と仲良くしたいがためにずっと好きだった人と喧嘩別れしてしまった。 幸せになれると思ったのに…番になる前に捨てられて行き場をなくした時に会ったのは、あの大好きな彼だった。

僕の幸せは

春夏
BL
【完結しました】 恋人に捨てられた悠の心情。 話は別れから始まります。全編が悠の視点です。 1日2話ずつ投稿します。

わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない

鈴宮(すずみや)
恋愛
 孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。  しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。  その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?

私の誕生日パーティーを台無しにしてくれて、ありがとう。喜んで婚約破棄されますから、どうぞ勝手に破滅して

珠宮さくら
恋愛
公爵令嬢のペルマは、10年近くも、王子妃となるべく教育を受けつつ、聖女としての勉強も欠かさなかった。両立できる者は、少ない。ペルマには、やり続ける選択肢しか両親に与えられず、辞退することも許されなかった。 特別な誕生日のパーティーで婚約破棄されたということが、両親にとって恥でしかない娘として勘当されることになり、叔母夫婦の養女となることになることで、一変する。 大事な節目のパーティーを台無しにされ、それを引き換えにペルマは、ようやく自由を手にすることになる。 ※全3話。

付き合って一年マンネリ化してたから振られたと思っていたがどうやら違うようなので猛烈に引き止めた話

雨宮里玖
BL
恋人の神尾が突然連絡を経って二週間。神尾のことが諦められない樋口は神尾との思い出のカフェに行く。そこで神尾と一緒にいた山本から「神尾はお前と別れたって言ってたぞ」と言われ——。 樋口(27)サラリーマン。 神尾裕二(27)サラリーマン。 佐上果穂(26)社長令嬢。会社幹部。 山本(27)樋口と神尾の大学時代の同級生。

偽りの僕を愛したのは

ぽんた
BL
自分にはもったいないと思えるほどの人と恋人のレイ。 彼はこの国の騎士団長、しかも侯爵家の三男で。 対して自分は親がいない平民。そしてある事情があって彼に隠し事をしていた。 それがバレたら彼のそばには居られなくなってしまう。 隠し事をする自分が卑しくて憎くて仕方ないけれど、彼を愛したからそれを突き通さなければ。 騎士団長✕訳あり平民

処理中です...