109 / 403
第二章~プロポーズ~
百八話
しおりを挟む
「ふたりでお話、ですか?」
ぼくは、ぽかんと口を開いた。すると、綾人さんは無邪気な笑顔で言う。
「うん! 兄弟になるわけだし、親睦を深めたくて」
「駄目に決まってるだろうが」
ぼくが返事をする前に、仏頂面のお兄さんがぴしゃりと突っぱねた。
綾人さんが、がっと肩を怒らせた。
「なんで、朝匡が決めんだよ!」
「常識で考えろ。初対面の相手と二人きりになるオメガが居るか」
「なっ……! オレたち男同士なんだぞっ。仲良くしたいだけだっつーの!」
「それ以前の問題だ。もっと慎め」
「きーっ!」
腕をぐるぐる回して、綾人さんがお兄さんに殴りかかる。その額を片手で押さえながら、お兄さんがぼくを振り返った。
「不躾で申し訳ない。馬鹿なだけで他意はないんです」
「いえっ、気にしないでください……! ぼくも、綾人さんとお話したいですからっ」
「成己さん……!」
綾人さんが、ぱっと目を輝かせる。
怒りから一転、にこにこ笑顔の綾人さんに、ぼくもにっこりする。
――びっくりしたけど、仲良くなりたいって言ってくれて嬉しい……!
ぼくは、綾人さんとお兄さんに歩み寄った。
嬉しさと困惑――違う感情の乗った二対の目を、じっと見上げてお願いする。
「あの、ぼくのお部屋にあがって貰ってもいいですか? ぼくもオメガですし、大丈夫です」
「しかし……」
お兄さんは渋い顔で、ぼくと綾人さんの顔を見比べている。――ひょっとして、お兄さんはかなり保守的なアルファなんやろうか。もちろん、紳士とも呼べるのやけど……
「いーだろ、朝匡!」
しびれを切らした綾人さんが、お兄さんをがくがく揺すぶった。
「ええい、やめろ。考えが纏まらん!」
「落ちつけよ、兄貴。いいじゃないか」
またケンカが始まりそうになったとき――黙って成行きを見ていた宏兄が、口を開いた。
「綾人君の言う通り、兄弟になるわけだしさ。あんまり固いこと言うと、鬱陶しいぞ?」
「なっ……宏章、お前」
「やったぜ! さすが宏章さんっ」
絶句するお兄さんと、嬉し気に口笛を吹く綾人さん。宏兄を見上げると、穏やかな微笑みに迎えられる。
「宏兄、ありがとう……!」
「ははは、当たり前だろ。俺は、お前の笑顔に弱いんだ」
肩をポンと叩かれて、胸が喜びに膨らんだ。
綾人さんが、弾むような足取りでやって来る。
「じゃあ、そうと決まれば。成己さん、行こうぜ!」
「はいっ。ご案内しますっ」
「うんうん。兄貴は置いといて、三人でのんびり話そう」
笑顔の綾人さんと、宏兄に背を押される。
――あれ? 何かが引っかかるような。
首を傾げつつ、住宅スペースのドアを開いたとき……お兄さんが怒鳴った。
「待てコラァ、宏章! 何シレッとついて行ってんだ!」
「ふふ……」
「成、何笑ってるんだ?」
宏兄がスープを温めながら、不思議そうに言う。
ぼくはクスクス笑って、小さなメモを胸に押し当てた。――帰り際、綾人さんが渡してくれた連絡先。
「ううん。思いのほか、賑やかやったなぁって」
――あの後ね、すぐお別れになったんよ。
宏兄とお兄さんが言い合いしてたら、お兄さんのスマホが鳴ってしまって。
「おい、宏章! 今日はなあなあだったが、次こそは大事な話をする。いいな?!」
「成己さん、ゼッタイ連絡してくれなっ!」
お兄さんは、宏兄に釘を刺してね。綾人さんの腕を引っ張りながら、慌ただしく帰って行かはったん。
宏兄は肩越しに振り返って、笑った。
「案ずるより産むがやすし、だったか?」
「えへ……そうかも。お二人に会えてね、良かったなあって思う」
「そっか……ありがとうな、成」
「……宏兄」
嬉しそうな宏兄に、胸がきゅうっとなる。
ぼくは立ち上がって、宏兄の側によると……エプロンの結び目をそっと摘まんだ。広い背中に、額を押し当てる。
「どうしたんだ?」
子どもみたいって思ったのか、宏兄がやわらかい声で言う。
「ううん……ぼくも、ありがとうね」
宏兄は、不思議そうにしながらも……すぐに、コンロの火を消して、抱きしめてくれた。
――優しい。コーンスープの甘い匂いと、芳しい木の香りに包まれて、唇がほころんだ。
――『俺とお前は夫婦だ』
宏兄が一緒に居てくれるから、「ぼくは大丈夫」って思える。
……お兄さんの真意はわからない。まだ、自信はないけど――頑張るから。
ずっと、ここに置いてほしい。
「よしっ! 綾人さんに、お礼の連絡しよっ」
「なんだ、つれないな」
「だって、嬉しかったんやもんっ」
ぱっと身を翻し離れると、宏兄が苦笑する。ぼくも笑い返して、テーブルに戻り、スマホを取り出した。
頂いた連絡先は、電話番号と、メールアドレスと……メッセージのアプリの三つ。
順番に登録を済ませ、最後にアプリを開いて――目が丸くなった。
「……あれぇ?!」
久々に起動したアプリには、どっさりとメッセージが溜まってた。あまりの数に、心臓がヒュッと縦にバウンドする。
「ウソッ、通知は来てなかったのに……!」
確認してみると、通知が来ない設定になっていた。……そんな設定にした覚えはなくて、首を傾げちゃう。
――あれ……知らない間に、変わっちゃったのかな? 何かアップデートとかで?
でも、通知がないからって、無精してたぼくが悪いよね。
こんな風に管理を怠るなんて。いくら、陽平と別れたからって……
「えいっ、とにかく確認!」
ネガティブな思考を振り切って、スマホにかじりつく。
一番直近で来ていたメッセージの、差出人に――ぼくは、あっと息を飲んだ。
「友菜さん……!」
ぼくは、ぽかんと口を開いた。すると、綾人さんは無邪気な笑顔で言う。
「うん! 兄弟になるわけだし、親睦を深めたくて」
「駄目に決まってるだろうが」
ぼくが返事をする前に、仏頂面のお兄さんがぴしゃりと突っぱねた。
綾人さんが、がっと肩を怒らせた。
「なんで、朝匡が決めんだよ!」
「常識で考えろ。初対面の相手と二人きりになるオメガが居るか」
「なっ……! オレたち男同士なんだぞっ。仲良くしたいだけだっつーの!」
「それ以前の問題だ。もっと慎め」
「きーっ!」
腕をぐるぐる回して、綾人さんがお兄さんに殴りかかる。その額を片手で押さえながら、お兄さんがぼくを振り返った。
「不躾で申し訳ない。馬鹿なだけで他意はないんです」
「いえっ、気にしないでください……! ぼくも、綾人さんとお話したいですからっ」
「成己さん……!」
綾人さんが、ぱっと目を輝かせる。
怒りから一転、にこにこ笑顔の綾人さんに、ぼくもにっこりする。
――びっくりしたけど、仲良くなりたいって言ってくれて嬉しい……!
ぼくは、綾人さんとお兄さんに歩み寄った。
嬉しさと困惑――違う感情の乗った二対の目を、じっと見上げてお願いする。
「あの、ぼくのお部屋にあがって貰ってもいいですか? ぼくもオメガですし、大丈夫です」
「しかし……」
お兄さんは渋い顔で、ぼくと綾人さんの顔を見比べている。――ひょっとして、お兄さんはかなり保守的なアルファなんやろうか。もちろん、紳士とも呼べるのやけど……
「いーだろ、朝匡!」
しびれを切らした綾人さんが、お兄さんをがくがく揺すぶった。
「ええい、やめろ。考えが纏まらん!」
「落ちつけよ、兄貴。いいじゃないか」
またケンカが始まりそうになったとき――黙って成行きを見ていた宏兄が、口を開いた。
「綾人君の言う通り、兄弟になるわけだしさ。あんまり固いこと言うと、鬱陶しいぞ?」
「なっ……宏章、お前」
「やったぜ! さすが宏章さんっ」
絶句するお兄さんと、嬉し気に口笛を吹く綾人さん。宏兄を見上げると、穏やかな微笑みに迎えられる。
「宏兄、ありがとう……!」
「ははは、当たり前だろ。俺は、お前の笑顔に弱いんだ」
肩をポンと叩かれて、胸が喜びに膨らんだ。
綾人さんが、弾むような足取りでやって来る。
「じゃあ、そうと決まれば。成己さん、行こうぜ!」
「はいっ。ご案内しますっ」
「うんうん。兄貴は置いといて、三人でのんびり話そう」
笑顔の綾人さんと、宏兄に背を押される。
――あれ? 何かが引っかかるような。
首を傾げつつ、住宅スペースのドアを開いたとき……お兄さんが怒鳴った。
「待てコラァ、宏章! 何シレッとついて行ってんだ!」
「ふふ……」
「成、何笑ってるんだ?」
宏兄がスープを温めながら、不思議そうに言う。
ぼくはクスクス笑って、小さなメモを胸に押し当てた。――帰り際、綾人さんが渡してくれた連絡先。
「ううん。思いのほか、賑やかやったなぁって」
――あの後ね、すぐお別れになったんよ。
宏兄とお兄さんが言い合いしてたら、お兄さんのスマホが鳴ってしまって。
「おい、宏章! 今日はなあなあだったが、次こそは大事な話をする。いいな?!」
「成己さん、ゼッタイ連絡してくれなっ!」
お兄さんは、宏兄に釘を刺してね。綾人さんの腕を引っ張りながら、慌ただしく帰って行かはったん。
宏兄は肩越しに振り返って、笑った。
「案ずるより産むがやすし、だったか?」
「えへ……そうかも。お二人に会えてね、良かったなあって思う」
「そっか……ありがとうな、成」
「……宏兄」
嬉しそうな宏兄に、胸がきゅうっとなる。
ぼくは立ち上がって、宏兄の側によると……エプロンの結び目をそっと摘まんだ。広い背中に、額を押し当てる。
「どうしたんだ?」
子どもみたいって思ったのか、宏兄がやわらかい声で言う。
「ううん……ぼくも、ありがとうね」
宏兄は、不思議そうにしながらも……すぐに、コンロの火を消して、抱きしめてくれた。
――優しい。コーンスープの甘い匂いと、芳しい木の香りに包まれて、唇がほころんだ。
――『俺とお前は夫婦だ』
宏兄が一緒に居てくれるから、「ぼくは大丈夫」って思える。
……お兄さんの真意はわからない。まだ、自信はないけど――頑張るから。
ずっと、ここに置いてほしい。
「よしっ! 綾人さんに、お礼の連絡しよっ」
「なんだ、つれないな」
「だって、嬉しかったんやもんっ」
ぱっと身を翻し離れると、宏兄が苦笑する。ぼくも笑い返して、テーブルに戻り、スマホを取り出した。
頂いた連絡先は、電話番号と、メールアドレスと……メッセージのアプリの三つ。
順番に登録を済ませ、最後にアプリを開いて――目が丸くなった。
「……あれぇ?!」
久々に起動したアプリには、どっさりとメッセージが溜まってた。あまりの数に、心臓がヒュッと縦にバウンドする。
「ウソッ、通知は来てなかったのに……!」
確認してみると、通知が来ない設定になっていた。……そんな設定にした覚えはなくて、首を傾げちゃう。
――あれ……知らない間に、変わっちゃったのかな? 何かアップデートとかで?
でも、通知がないからって、無精してたぼくが悪いよね。
こんな風に管理を怠るなんて。いくら、陽平と別れたからって……
「えいっ、とにかく確認!」
ネガティブな思考を振り切って、スマホにかじりつく。
一番直近で来ていたメッセージの、差出人に――ぼくは、あっと息を飲んだ。
「友菜さん……!」
131
お気に入りに追加
1,504
あなたにおすすめの小説
君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】
ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る――
※他サイトでも投稿中
拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】
僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。
※他サイトでも投稿中
【完結】捨ててください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。
でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。
分かっている。
貴方は私の事を愛していない。
私は貴方の側にいるだけで良かったのに。
貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。
もういいの。
ありがとう貴方。
もう私の事は、、、
捨ててください。
続編投稿しました。
初回完結6月25日
第2回目完結7月18日

【完結】幼馴染と恋人は別だと言われました
迦陵 れん
恋愛
「幼馴染みは良いぞ。あんなに便利で使いやすいものはない」
大好きだった幼馴染の彼が、友人にそう言っているのを聞いてしまった。
毎日一緒に通学して、お弁当も欠かさず作ってあげていたのに。
幼馴染と恋人は別なのだとも言っていた。
そして、ある日突然、私は全てを奪われた。
幼馴染としての役割まで奪われたら、私はどうしたらいいの?
サクッと終わる短編を目指しました。
内容的に薄い部分があるかもしれませんが、短く纏めることを重視したので、物足りなかったらすみませんm(_ _)m
オメガの復讐
riiko
BL
幸せな結婚式、二人のこれからを祝福するかのように参列者からは祝いの声。
しかしこの結婚式にはとてつもない野望が隠されていた。
とっても短いお話ですが、物語お楽しみいただけたら幸いです☆

【完結】可愛いあの子は番にされて、もうオレの手は届かない
天田れおぽん
BL
劣性アルファであるオズワルドは、劣性オメガの幼馴染リアンを伴侶に娶りたいと考えていた。
ある日、仕えている王太子から名前も知らないオメガのうなじを噛んだと告白される。
運命の番と王太子の言う相手が落としていったという髪飾りに、オズワルドは見覚えがあった――――
※他サイトにも掲載中
★⌒*+*⌒★ ☆宣伝☆ ★⌒*+*⌒★
「婚約破棄された不遇令嬢ですが、イケオジ辺境伯と幸せになります!」
が、レジーナブックスさまより発売中です。
どうぞよろしくお願いいたします。m(_ _)m
大好きなあなたが「嫌い」と言うから「私もです」と微笑みました。
桗梛葉 (たなは)
恋愛
私はずっと、貴方のことが好きなのです。
でも貴方は私を嫌っています。
だから、私は命を懸けて今日も嘘を吐くのです。
貴方が心置きなく私を嫌っていられるように。
貴方を「嫌い」なのだと告げるのです。
わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない
鈴宮(すずみや)
恋愛
孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。
しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。
その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる