いつでも僕の帰る場所

高穂もか

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第二章~プロポーズ~

百七話 

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「いやー、どうも! お騒がせしてスイマセン!」
 
 テーブルの対面で、お兄さんの番の青年が「がはは」と笑った。
 宏兄が割って入って、やっと治まった喧嘩の後――ぼく達四人は、テーブルで顔をつき合わせてるんやけど。
 
「全くだ。急に訪ねてきて、人様の迷惑を考えろ」
「お前に言われたくねーよっ」
 
 つっけんどんなお兄さんの物言いに、青年が拳を振り上げる。また言い合いが始まりそうになって、ぼくは慌てた。
 
「いえいえ、そんなことないですっ」
「そうだぞ。兄貴だって、いきなり来ただろ」
「ひ、宏兄っ」
 
 宏兄の援護射撃も、ひやひやする……! ぼくは笑みを浮かべて、対面の青年に向き直った。
 
「あの、申し遅れました。ぼく、春日成己と申しますっ……ええと」
「あ。オレ、田島綾人たじま・あやとっていいます。一応、こっちの朝匡ともまさの婚約者でして」
 
 ともまさ? 
 首をかしげて――彼が笑顔で指を指した先には、仏頂面のお兄さんがいる。そう言えば、お兄さんの名前知らんかったんや。
 ぼくの様子に、宏兄が喉の奥で笑いながら言う。
 
「そろそろ、兄貴も名乗ったらどうだ?」
「お前が怒らすから、タイミングを逸したんだろうが。――改めまして、春日さん。野江朝匡のえ・ともまさと申します。弟が世話になってます」
「あ……いえ、こちらこそ。宏章さんには、いつもよくして頂いてますっ」
 
 うう。さっきのことがあるから、お兄さんと話すのは、少し緊張しちゃう。
 すると、宏兄がそっと手を握ってくれた。――あたたかい手を握りかえすと、勇気が湧いてくる。
 ぼくは、お二人の顔を見て、ぺこりと頭を下げた。
 
「お兄さん、田島さん。不束者ですが、一生懸命つとめます。よろしくお願いいたしますっ」
「いや――」 
「こちらこそ! オレのことは綾人でいいよ」
 
 お兄さんをどん! と押しのけて、綾人さんが笑顔で身を乗り出した。がし、と両手を取られる。
 近づいてきた笑顔に、何故か宏兄が声を上げた。
 
「ちょ、綾人君!?」
「へへ。弟が出来るって聞いたもんだから、居ても経ってもらんなくて……そうだっ、つまんないものですが」
 
 綾人さんは、大きなリュックから取り出した包みを、ずずいと差し出す。綺麗に包装された四角い箱に、『御祝』と熨斗がついていた。
 
「おめでとうございます! これ、オレの実家のほうにある店のどら焼きっすけど、めっちゃ美味いから」
 
 清々しいほどの笑顔に、めいっぱいの「歓迎」の気持ちが伝わってきた。ぱあ、と心が明るくなる。
 
「わあっ、お気遣いありがとうございます……! ぼく、どら焼き大好きですっ」
「マジ? 良かったあ!」
 
 明るさを増す笑顔に、ぼくも自然と頬がほころんだ。
 お菓子もやけど、お心遣いが嬉しくてじんとしちゃう……。そっと包みを撫でると、包装紙の甘い香りがする。
 宏兄も、嬉しそうに言う。
 
「綾人君、ありがとう。来てくれたうえに、お祝いまで貰っちまって」
「いやいや、当然すよ。お世話になってますから」
 
 照れたように頬をかく綾人さんの肩を、お兄さんが掴んだ。
 
「お前、いつの間に実家へ……まさか、一人で行ってないだろうな」
「へ? 昨日、一人で行ったけど」
「この馬鹿ったれ!」
「いっ!? 叩くことねーだろ!」
 
 綾人さんが、お兄さんに食ってかかる。
 
 ――わあ、またケンカが……!
 
 ぼくがおろおろしていると、宏兄に肩を叩かれる。
 
「気にするな、いつものことだから」
「そ、そうなん?」
「喧嘩するほど仲が良いってやつだ。――おい、二人とも、コーヒーのお替りいるか?」
 
 宏兄が尋ねると、掴み合っていた二人が同時に振り返った。
 
「――飲む!」
 
 二人は重なった返事にハッとして、つんとそっぽを向く。
 
 ――すごい、喧嘩してるのに息ぴったり。
 
 驚くぼくに、宏兄が「な?」って言うように、目配せをした。
 たしかに……お兄さん怒ってたけど。宏兄に怒鳴ってるより、楽しそうやったかもしれない。いや、怒るのに楽しいも楽しくないも、あるかわからへんけど。
 しみじみとしながら、宏兄のお手伝いに席を立とうとして――つん、と腕をつつかれる。
 
「なあなあ、成己さん」
「はい、何でしょう」
 
 手招きされ、耳を近づけると――ひそひそと囁かれた。
 
「ちょっと、二人で話したいんだけど、いい?」
 
 
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