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第二章~プロポーズ~
百六話
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ピリリリ……!
突如響いた着信音に、緊張していた空気が、一気に解ける。
「悪い、宏章。俺だ」
「……ああ」
宏兄が促すと、お兄さんはスマホを取り出して、お店の外へ出て行った。――ばたん、とドアが閉まる音が響く。
「……ぁ……」
ぼくはその瞬間、からだの硬直が解けた。殆どいきおいでドアノブを捻って、お店に足を踏み入れる。
「成」
振り返った宏兄に、ぼくは咄嗟に笑顔を返す。手に持っていた冷えピタを、かざして見せた。
「あ……おまたせ! 冷やすもの持って来たよっ」
「おっ。ありがとうな」
「お兄さんは、どこに?」
ほんとは知ってるのに、白々しく尋ねる。そうと知らない宏兄は、穏やかにほほ笑んだ。
「兄貴は外だ。さっき電話があってな」
「そうなんや。じゃあ、戻って来はったら、手当てせなね」
「それは、俺がやる。お前の手がもったいないからな」
「もう」
……宏兄の笑顔は、いつもと変わらなく優しい。まるで、さっきの話なんか、なかったみたいやった。
ぼくも、笑顔で話しながら……すごく動揺していた。
――どうしよう、宏兄……
つい、知らないふりをしてしまったけれど――本当は、宏兄とお兄さんの会話が、頭から離れない。
ぼくは、そっとお腹に手を当てた。
――『咲いていないオメガ』。
このままだと発情期が来ないかもしれないって、中谷先生に言われたこと。伝えたら……お兄さんは反対するかな。そうしたら、ぼくはどうしたらいいんやろう。
――また、宏兄とも離ればなれになっちゃうのかな。
きゅっと痛んだお腹の上で、手を握りしめる。
「成?」
すると、宏兄が不思議そうに、ぼくを覗き込んでいた。
「宏兄?」
「どうしたんだ。不安そうな目をして」
「……!」
そっと腕を引かれ、宏兄のシャツに頬がくっついた。穏やかな木々の香りに包まれて、慌てて高くにある顔を見上げる。
「宏兄っ、お兄さんが戻ってきたら……」
「だめだ。離さない」
「あっ……」
腰に回った長い腕に、ぎゅっと力がこもる。つま先立ちになったぼくは、宏兄のシャツにしがみつくほかなくて。
「大丈夫だ。兄貴のことは、なにも気にするな」
「で、でも……」
「俺とお前は夫婦なんだから」
こつんと額がくっついた。切れ長の目がやわらかく細まるのを、ぼくは呆然と見つめる。
「宏兄……」
「成」
抱えあげられたまま、見つめ合っていると――表で、騒がしい物音がした。
「――馬鹿か、お前は! まさか、一人でここに来たのか!?」
「馬鹿とはなんだ! あんたが、黙って行くからだろ!」
鋭い怒鳴り声は、お兄さんのもの。その後に、澄んだ怒鳴り声が続いた。――こっちは、聞き覚えがない。
ぼくと宏兄は、顔を見合わせる。
「……どうしたんやろう?」
「ああ……嵐かもな」
宏兄は、少し遠い目で言う。嵐って、お天気は悪くなさそうやけど…?
その間も、激しい言い合いはやまらず、ヒートアップしていた。
「お前には関係ない。何にでも首を突っ込んでくるな!」
「何だよ? 未来の家族に、会ってみたくて悪いかよ!」
すりガラスのドアの向こう、二つの人影がとっ組み合っているみたいやった。
お兄さん、あんなに怒鳴ってどうしたんやろう? それに、もう一人もとても怒ってるみたい。
すわ大喧嘩になりそうな様子に、ぼくは慌てた。
「ひ、宏兄っ。どうしよう」
「ああ、まあ大丈夫だよ。いつもの事だから、心配いらない」
「えっ?」
なぜか、宏兄はすっかり落ち着いていて、訳知りの様子で。ぼくを抱えたまま、三歩くらい後ろに下がった。
次の瞬間、バン! とお店のドアが開いた。
「お邪魔しまーす!」
「あッ、この馬鹿!」
お兄さんともつれ込むように入ってきたのは、細身の青年だった。
敏捷そうな体つきに、よく日に焼けた肌。精悍さが際立った、整った顔立ち……
――このこ、オメガや。
花の紋様はどこにも見当たらへんし、首輪もしてないけど――勘が訴える。
見知らぬ青年と、ぱちりと目が合った。彼はにかっと笑顔になって、大股にこちらに近づいてくる。
「初めまして! オレ――」
「待て、馬鹿!」
「ぐえっ」
距離が一メートルまでに近づいたとき、お兄さんが彼の首根っこを掴んだ。
「何すんだよ!」
「初対面の相手に無闇に近づくな。オメガとしての自覚を持て!」
「うるせー、そればっか。関係ねーだろ!」
また言い合いが始まり、ぼくはポカンとしてしまう。
すると――ぽん、と肩を抱かれる。
「……ごめんな、成。驚いたろ」
「宏兄。あの方は、いったい……?」
呆れ顔の宏兄が、やれやれと言った調子で言った。
「ああ、あの人は……兄貴の番なんだ」
……番。お兄さんの……っていうことは、彼もぼくのお兄さん!?
「ええっ!?」
突如響いた着信音に、緊張していた空気が、一気に解ける。
「悪い、宏章。俺だ」
「……ああ」
宏兄が促すと、お兄さんはスマホを取り出して、お店の外へ出て行った。――ばたん、とドアが閉まる音が響く。
「……ぁ……」
ぼくはその瞬間、からだの硬直が解けた。殆どいきおいでドアノブを捻って、お店に足を踏み入れる。
「成」
振り返った宏兄に、ぼくは咄嗟に笑顔を返す。手に持っていた冷えピタを、かざして見せた。
「あ……おまたせ! 冷やすもの持って来たよっ」
「おっ。ありがとうな」
「お兄さんは、どこに?」
ほんとは知ってるのに、白々しく尋ねる。そうと知らない宏兄は、穏やかにほほ笑んだ。
「兄貴は外だ。さっき電話があってな」
「そうなんや。じゃあ、戻って来はったら、手当てせなね」
「それは、俺がやる。お前の手がもったいないからな」
「もう」
……宏兄の笑顔は、いつもと変わらなく優しい。まるで、さっきの話なんか、なかったみたいやった。
ぼくも、笑顔で話しながら……すごく動揺していた。
――どうしよう、宏兄……
つい、知らないふりをしてしまったけれど――本当は、宏兄とお兄さんの会話が、頭から離れない。
ぼくは、そっとお腹に手を当てた。
――『咲いていないオメガ』。
このままだと発情期が来ないかもしれないって、中谷先生に言われたこと。伝えたら……お兄さんは反対するかな。そうしたら、ぼくはどうしたらいいんやろう。
――また、宏兄とも離ればなれになっちゃうのかな。
きゅっと痛んだお腹の上で、手を握りしめる。
「成?」
すると、宏兄が不思議そうに、ぼくを覗き込んでいた。
「宏兄?」
「どうしたんだ。不安そうな目をして」
「……!」
そっと腕を引かれ、宏兄のシャツに頬がくっついた。穏やかな木々の香りに包まれて、慌てて高くにある顔を見上げる。
「宏兄っ、お兄さんが戻ってきたら……」
「だめだ。離さない」
「あっ……」
腰に回った長い腕に、ぎゅっと力がこもる。つま先立ちになったぼくは、宏兄のシャツにしがみつくほかなくて。
「大丈夫だ。兄貴のことは、なにも気にするな」
「で、でも……」
「俺とお前は夫婦なんだから」
こつんと額がくっついた。切れ長の目がやわらかく細まるのを、ぼくは呆然と見つめる。
「宏兄……」
「成」
抱えあげられたまま、見つめ合っていると――表で、騒がしい物音がした。
「――馬鹿か、お前は! まさか、一人でここに来たのか!?」
「馬鹿とはなんだ! あんたが、黙って行くからだろ!」
鋭い怒鳴り声は、お兄さんのもの。その後に、澄んだ怒鳴り声が続いた。――こっちは、聞き覚えがない。
ぼくと宏兄は、顔を見合わせる。
「……どうしたんやろう?」
「ああ……嵐かもな」
宏兄は、少し遠い目で言う。嵐って、お天気は悪くなさそうやけど…?
その間も、激しい言い合いはやまらず、ヒートアップしていた。
「お前には関係ない。何にでも首を突っ込んでくるな!」
「何だよ? 未来の家族に、会ってみたくて悪いかよ!」
すりガラスのドアの向こう、二つの人影がとっ組み合っているみたいやった。
お兄さん、あんなに怒鳴ってどうしたんやろう? それに、もう一人もとても怒ってるみたい。
すわ大喧嘩になりそうな様子に、ぼくは慌てた。
「ひ、宏兄っ。どうしよう」
「ああ、まあ大丈夫だよ。いつもの事だから、心配いらない」
「えっ?」
なぜか、宏兄はすっかり落ち着いていて、訳知りの様子で。ぼくを抱えたまま、三歩くらい後ろに下がった。
次の瞬間、バン! とお店のドアが開いた。
「お邪魔しまーす!」
「あッ、この馬鹿!」
お兄さんともつれ込むように入ってきたのは、細身の青年だった。
敏捷そうな体つきに、よく日に焼けた肌。精悍さが際立った、整った顔立ち……
――このこ、オメガや。
花の紋様はどこにも見当たらへんし、首輪もしてないけど――勘が訴える。
見知らぬ青年と、ぱちりと目が合った。彼はにかっと笑顔になって、大股にこちらに近づいてくる。
「初めまして! オレ――」
「待て、馬鹿!」
「ぐえっ」
距離が一メートルまでに近づいたとき、お兄さんが彼の首根っこを掴んだ。
「何すんだよ!」
「初対面の相手に無闇に近づくな。オメガとしての自覚を持て!」
「うるせー、そればっか。関係ねーだろ!」
また言い合いが始まり、ぼくはポカンとしてしまう。
すると――ぽん、と肩を抱かれる。
「……ごめんな、成。驚いたろ」
「宏兄。あの方は、いったい……?」
呆れ顔の宏兄が、やれやれと言った調子で言った。
「ああ、あの人は……兄貴の番なんだ」
……番。お兄さんの……っていうことは、彼もぼくのお兄さん!?
「ええっ!?」
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