いつでも僕の帰る場所

高穂もか

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第二章~プロポーズ~

九十九話

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「おはよう、成」
「あ……! おはよう、宏兄っ」
 
 台所へ入ってきた宏兄に、早口に挨拶を返す。昨夜、抱きしめられて眠ったのを思い出して、頬が熱くなった。
  
 ――うわぁぁ。恥ずかしい……!
 
 宏兄の顔が見られなくて、すぐにフライパンに向き直る。
 ぼくはドキドキしてるのがバレないよう、明るい声で言った。
 
「えと。朝ごはん、もう出来るよ。シャワー浴びてきてね」
「おう、ありがとう。いい匂いだなー」
 
 上機嫌にお風呂場へ向かう背中は、汗に濡れていた。
 宏兄は、ジョギングに出てたみたいなん。目が覚めたら、ベッドが空っぽでね。朝ごはん作って待ってようって、うきうきしてたはずなんやけど。
 
 ――……やっぱり、顔見たら照れちゃうなあ……。 
 
 宏兄に抱っこされることなんて、今までもあったのに。
 妙に意識しちゃうのは――やっぱり、宏兄の「お嫁さん」になったからかなあ。
 
「はあ……」
 
 台所にフェロモンの残り香を感じ、ふうと深く息を吐く。
 
 ――宏兄は、平然としてるのに。ぼくって子ども……
 
 これが、人生経験値の差やろか。
 頬に手を当てて、うーんと唸っていたら……ジュー! と不穏な音が響いた。
 はっ、とフライパンを見れば――「香ばしい」を過ぎ去ったベーコンエッグが、煙を上げている。
 
「わ~っ!!」
 
 
 
 
 十数分後――
 
「うまいなー」
 
 シャワーを浴びてさっぱりした宏兄が、にこにことご飯を頬張っている。
 
「良かったぁ……お味噌汁とごはん、良かったらおかわりしてね」
「サンキュ……どうした? こそこそして」
「う、ううん。なんにもないよっ」
 
 ぼくは、ぶんぶんと首をふる。
「何も問題ありません」と言うふうに笑いつつ……お味噌汁のお椀の陰で、こんがりしたベーコンエッグを隠すのは忘れへん。
 
 ――これはぜーったい、見せられない……!
 
 米神を、たらーと冷や汗が流れる。
 あんまりお料理得意じゃないの、ばれたくないもんね。不思議そうな宏兄の気を逸らす為、話題を変える。
 
「そ、そう言えば……宏兄って、ジョギングしてるんやね」
「ああ」
 
 宏兄は、頷く。
 聞くところによると、執筆活動の一環でジョギングしてるみたい。運動すると頭がすっきりするから、物語の展開に困ると、走るかお風呂に入るかするんやって。
 
「深夜に走ると、職質されちまうんだよ。よっぽど、鬼気迫ってんのかなー」
「あはは。作家さんは大変やねえ」
 
 不可思議そうに頭をかく宏兄が、おかしい。
 くすくす笑って、冗談を言う。
 
「でも、そうやねえ。真夜中に宏兄が走ってたら、熊が出たー! って逃げるかも」
「お、言ったな。――地の果てまで追いまわしてやる!」
「やあ、怖すぎるよっ」
 
 宏兄は腕を獣のように構えて、にやりと物騒な笑みを浮かべた。やたら迫力のある演技に、ますます笑いがこみ上げてくる。ほんまにノリがいいというか、冗談が好きなんやから。
 
 ――宏兄ってば、森のくまさんみたい。
 
 笑ってるうちに、胸がすうっと軽くなってく。胸に凝っていた緊張がほどけて、心がふんわりとあったかくなった。
 涙の滲んだ目尻を拭って、にっこりする。
 
「ね。くまさん、おかわりはどうですか」
「ありがとう、成さん」
「ふふっ」

 
 
 ご飯を食べ終わって、宏兄の入れてくれたお茶を飲む。和やかに、談笑していると……宏兄が、ふと思い出したように「あっ」と声を上げた。
 
「そういえば……あのさ、成」
「なあに?」
 
 改まった様子に、ひょっとしてお仕事の話かな? と居住まいをただす。
 
 ――ふふ、こんなこともあろうかと、ポメラ充電してあるんよ!

 何百枚でも、どんと来いですよ。 
 わくわくしながら待ってたら、宏兄が真剣な顔で言う。
 
「近々、兄貴が会いに来たいらしいんだ。お前に」
 
 口に含んだお茶を、噴き出しそうになってしまった。
 
 
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