いつでも僕の帰る場所

高穂もか

文字の大きさ
上 下
96 / 406
第二章~プロポーズ~

九十五話

しおりを挟む
 ――微かに、シャワーの音が聞こえてくる。

「うう……」

 ベッドの端っこに腰かけて、ぼくは胸を抑えた。ドキドキって、心臓が激しく鼓動してる。口から出ちゃいそう……
 ちら、と枕もとを見る。
 そこには、さっきまで無かった枕が、もうひとつ。宏兄が用意してくれたんやって、すぐにわかった。

「うぅ~。やっぱり、ここで寝るんやんねっ?」

 ベッドは別――そんなオチはないみたい。
 ばふ、と横倒しに倒れる。フカフカのお布団が、受け止めてくれるけど……緊張は余計に高まっちゃう。

――『俺も、すぐ行くからな』

 低い甘い声を思い返して、頬がぱっと熱くなった。ぼくは、もぞもぞと落ち着かない気持ちで、座りなおす。

「宏兄、は……どうするのかな」

 口に出してみて、胸がきゅう、と締めつけられる。
 宏兄は、大切なお兄ちゃん。
 でも、今は……ぼくの夫になる人でもあって。
 兄弟じゃないんだから……一緒に眠ることは、それ以上の意味を持ったりする、よね。

「昨夜は、疲れてすぐ眠っちゃったから。何も考えへんかったけど……」

――今日が、初夜……ってことになるのかな。じゃあ、なにかする、のかな……?

 夫婦といえば。
 抱き合って……キスしたりするんやろうか。
 ぼくと、宏兄が――

「……!!!」

 ひい、と小さく叫んで、ベッドを転げる。恥ずかしくて、居ても立っても居られない。

――あ、頭が煮えちゃう……!

 猛烈に照れてしまい、誰に弁明するでなく、ぼくは口走る。

「やぁ、ない。ないって! 発情期でもないし。宏兄は大人やし、ぼくなんか……」
 
 ぎゅ、と両腕でわが身を抱く。――やせっぽちの、子どもみたいな体。

「…………ないよね」

 なんか、急激に冷静になった。
 陽平と一年以上、同じベッドで眠って――なにもなかったんやで。
 ぼくに、魅力があるとは思えないし。宏兄は、大人のアルファとして……お付きあいした人は、今までにたくさん居るはず。

「よいしょ……」

 ぼくは、もそりと身を起こす。
 まじまじと、自分の体を見下ろした。パジャマの襟から、中を覗く――あばらの薄っすら浮かんだ胸に、ぺたんこのお腹。
 オメガの色香とは? と首を傾げたくなる有り様やった。

「はぁ~……」

 ため息をつく。しゅるしゅると、浮かれた気分が萎んでいくみたいやった。

「アホやなぁ……そもそも、宏兄の優しさなんやから……」

 同情じゃないって、言ってくれた。
 でも……愛情が、恋情とは違うくらい、ぼくだってわかってる。

――宏兄は、引く手数多のアルファなんやもん。ぼくなんか、子どもにしか見えないよ……

 慌てていたのが、馬鹿みたいに思えてきた。ぼくは、さっきまでと違う意味で、赤面してしまう。

「もうっ、自意識過剰っ」

 熱る頬を、両手で覆う。むぎむぎ、と戒めるように揉み込むと、痛みのせいか、涙が滲んだ。

――ぜっったい、普通にしてよう。

 強く、心に決める。
 ぼくが、意味深にオタオタしてたら、宏兄に気を遣わせるかもしれへん。そうしたら、宏兄は優しいから……ぼくに恥かかせたらあかんって、無理するかも……

「そんなんダメ……! そんな、宏兄に無理させて……嫌われちゃったらいややもんっ」

 考えただけで、ゾッとする。
 陽平に捨てられたみたいに……宏兄に嫌われたら、どうしていいかわからない。
 足元から地面が消えるような恐怖にさらされ、ぼくは身震いした。

「そうや……先に寝ちゃったらええんや!」

 ぼくが「寝ようとしてます」と意思表示しちゃえば、宏兄も気を使わへんはずや。
 位置の相談もせえへんのは心苦しいけど、背に腹は代えられない。

「えいっ」

 ぼくは勢いよく布団をはぐって、中に滑り込んだ。
 ふかふかのお布団を、鼻の上まで被ったとき――間一髪。
 寝室のドアが、開く音がした。

しおりを挟む
感想 213

あなたにおすすめの小説

偽物の僕は本物にはなれない。

15
BL
「僕は君を好きだけど、君は僕じゃない人が好きなんだね」 ネガティブ主人公。最後は分岐ルート有りのハピエン。

【完結】幼馴染と恋人は別だと言われました

迦陵 れん
恋愛
「幼馴染みは良いぞ。あんなに便利で使いやすいものはない」  大好きだった幼馴染の彼が、友人にそう言っているのを聞いてしまった。  毎日一緒に通学して、お弁当も欠かさず作ってあげていたのに。  幼馴染と恋人は別なのだとも言っていた。  そして、ある日突然、私は全てを奪われた。  幼馴染としての役割まで奪われたら、私はどうしたらいいの?    サクッと終わる短編を目指しました。  内容的に薄い部分があるかもしれませんが、短く纏めることを重視したので、物足りなかったらすみませんm(_ _)m    

拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】 僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。 ※他サイトでも投稿中

俺の彼氏は俺の親友の事が好きらしい

15
BL
「だから、もういいよ」 俺とお前の約束。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

愛してしまって、ごめんなさい

oro
恋愛
「貴様とは白い結婚を貫く。必要が無い限り、私の前に姿を現すな。」 初夜に言われたその言葉を、私は忠実に守っていました。 けれど私は赦されない人間です。 最期に貴方の視界に写ってしまうなんて。 ※全9話。 毎朝7時に更新致します。

運命の番なのに別れちゃったんですか?

雷尾
BL
いくら運命の番でも、相手に恋人やパートナーがいる人を奪うのは違うんじゃないですかね。と言う話。 途中美形の方がそうじゃなくなりますが、また美形に戻りますのでご容赦ください。 最後まで頑張って読んでもらえたら、それなりに救いはある話だと思います。

オメガの復讐

riiko
BL
幸せな結婚式、二人のこれからを祝福するかのように参列者からは祝いの声。 しかしこの結婚式にはとてつもない野望が隠されていた。 とっても短いお話ですが、物語お楽しみいただけたら幸いです☆

処理中です...