いつでも僕の帰る場所

高穂もか

文字の大きさ
上 下
94 / 360
第二章~プロポーズ~

九十三話 

しおりを挟む
「美味い!」
 
 夕飯の肉じゃがを口に運び、宏兄は顔を輝かせる。
 ぼくらは、朝と同じように向かい合って、食卓を囲んでいた。ぼくは、宏兄の賛辞に身を乗り出す。
 
「ほ、ほんと?」
「うん」
   
 宏兄は嬉しそうに、大きな口でぱくぱくごはんを食べている。作り手が、気持ちよくなるほどの食べっぷりやった。瞬く間に、空になっていくお皿に、胸の奥がじんと痛むほど安堵する。
 
 ――よかったぁ……ちゃんと美味しく出来たみたい……!
 
 いっぱい時間かけて、丁寧に作って良かった。知らず、入っていた肩の力が抜けて――ほう、と息を吐く。
 すると、宏兄が不思議そうに目を瞬かせる。
 
「どした、成?」
「あ……なんにもっ」
 
 ぼくは、慌ててお箸を握ると、肉じゃがに箸をつけた。お芋がほこほこで、甘めの味付けに煮上がっている。――何度も味見したときと、おんなじ味。「うん、大丈夫」と確認するように味わっていると……宏兄のお茶碗が空なことに気づく。
 
「宏兄、おかわりどうですか?」
「ありがとう。貰うよ」
 
 にこやかに差し出されたお茶碗に、ごはんをたくさん盛って返す。
 
「……」
 
 ぼくは、美味しそうに食べてくれる宏兄を、沁みる様な気持ちで見つめた。
 ただ、食べることを喜んでいるような――旺盛な食欲が嬉しい。見ていて、心が凪いでいくような気がする。
 
 ――宏兄は、優しい。陽平とは違う……
 
 無意識に、そう思ってハッとした。
 陽平のことなんて、今は関係ないのに。
 
 
「ああ、美味かった。ごちそうさま」
 
 すっかり食べ終わって、宏兄が満足そうに手を合わせた。ぼくは、ほっと息を吐く。
 
「おそまつ様です」
「片づけは俺に任せろ」
 
 宏兄が、片づけを買って出てくれる。素早く器をまとめて、シンクに運んでいく姿に、「優しいな」って胸が疼いた。
 ぼくも席を立って、スポンジに洗剤をふきかけている宏兄に、そっと近づく。
 
「宏兄、ぼくもお手伝いするっ」
 
 袖をまくって言うと、宏兄はきょと、と目を丸くする。
 
「ん。休んでていいんだぞ?」
「ううん。一緒に居たいから」
「!」
 
 一人で座ってると、なんだか不安になっちゃうから。それなら、宏兄の役に立つことをして、喜んで欲しいもん。
 
 ――そう。末永く家族であるためにも……!
 
 宏兄のエプロンのリボン結びを摘まんで、じっと見上げる。すると――宏兄は、ちょっとあっけにとられて、「あはは」と明るい笑い声を上げた。
 
「何だよ。甘えたさんだなー」
「む。だめ?」

 子供っぽいかな。しゅんと眉根を寄せると、宏兄は喉の奥で笑う。

「いや? かわいい」
「ひゃっ」

 大きな手に肩を引き寄せられて、胸に頬が当たる。――芳しい木々の香りに混ざって、洗剤の冷たい甘い香りの抱擁。
 頬が熱くなって、胸を押した。

「ひ、宏兄っ。手が泡泡なんですけどっ」
「おっと、悪い」

 宏兄は、ぱっと身を離す。見守るような目線がくすぐったい。

「そうだなあ。じゃあ、皿拭いてってくれるか?」
「うんっ」

 ぼく達は、隣り合って作業をした。
 手際よく洗い上がるお皿を、せっせと拭う。穏やかな時間が流れるなか――ぼくは、おずおずと切り出した。

「あの……宏兄。ぼくのごはん、美味しかった?」
「うん、美味かった」

 即答で頷かれ、ぱっと心に花が咲く。

「じゃあ、これからも作ってもいい? 晩ごはんとか、お弁当とかっ」
「え……! いいのか?」
「うんっ。良かったらやけど……」
 
 ぼくが頷くと、宏兄は、少し照れたような笑顔を浮かべた。

「嬉しいよ。ありがとうな」
「……!」

 洗剤の匂いを押しのけるほど、芳醇にフェロモンが香る。ぼくは、くらくらしそうになって、慌ててお皿をぎゅっと握りしめた。

――良かった……!

 ぼくは、ちらっと宏兄を窺う。宏兄は、上機嫌にお皿を洗っていて、思わず頬が緩んだ。
 嬉しそうにしてくれることが、とても嬉しい。

――もっと頑張ろう。宏兄に喜んで貰えるように……!

しおりを挟む
感想 203

あなたにおすすめの小説

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

妹を侮辱した馬鹿の兄を嫁に貰います

ひづき
BL
妹のべルティシアが馬鹿王子ラグナルに婚約破棄を言い渡された。 フェルベードが怒りを露わにすると、馬鹿王子の兄アンセルが命を持って償うと言う。 「よし。お前が俺に嫁げ」

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【書籍化進行中】契約婚ですが可愛い継子を溺愛します

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ  前世の記憶がうっすら残る私が転生したのは、貧乏伯爵家の長女。父親に頼まれ、公爵家の圧力と財力に負けた我が家は私を売った。  悲壮感漂う状況のようだが、契約婚は悪くない。実家の借金を返し、可愛い継子を愛でながら、旦那様は元気で留守が最高! と日常を謳歌する。旦那様に放置された妻ですが、息子や使用人と快適ライフを追求する。  逞しく生きる私に、旦那様が距離を詰めてきて? 本気の恋愛や溺愛はお断りです!!  ハッピーエンド確定 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2024/09/07……カクヨム、恋愛週間 4位 2024/09/02……小説家になろう、総合連載 2位 2024/09/02……小説家になろう、週間恋愛 2位 2024/08/28……小説家になろう、日間恋愛連載 1位 2024/08/24……アルファポリス 女性向けHOT 8位 2024/08/16……エブリスタ 恋愛ファンタジー 1位 2024/08/14……連載開始

モブらしいので目立たないよう逃げ続けます

餅粉
BL
ある日目覚めると見慣れた天井に違和感を覚えた。そしてどうやら僕ばモブという存存在らしい。多分僕には前世の記憶らしきものがあると思う。 まぁ、モブはモブらしく目立たないようにしよう。 モブというものはあまりわからないがでも目立っていい存在ではないということだけはわかる。そう、目立たぬよう……目立たぬよう………。 「アルウィン、君が好きだ」 「え、お断りします」 「……王子命令だ、私と付き合えアルウィン」 目立たぬように過ごすつもりが何故か第二王子に執着されています。 ざまぁ要素あるかも………しれませんね

言い逃げしたら5年後捕まった件について。

なるせ
BL
 「ずっと、好きだよ。」 …長年ずっと一緒にいた幼馴染に告白をした。 もちろん、アイツがオレをそういう目で見てないのは百も承知だし、返事なんて求めてない。 ただ、これからはもう一緒にいないから…想いを伝えるぐらい、許してくれ。  そう思って告白したのが高校三年生の最後の登校日。……あれから5年経ったんだけど…  なんでアイツに馬乗りにされてるわけ!? ーーーーー 美形×平凡っていいですよね、、、、

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

花婿候補は冴えないαでした

BL
バース性がわからないまま育った凪咲は、20歳の年に待ちに待った判定を受けた。会社を経営する父の一人息子として育てられるなか結果はΩ。 父親を困らせることになってしまう。このまま親に従って、政略結婚を進めて行こうとするが、それでいいのかと自分の今後を考え始める。そして、偶然同じ部署にいた25歳の秘書の孝景と出会った。 本番なしなのもたまにはと思って書いてみました! ※pixivに同様の作品を掲載しています

処理中です...