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第二章~プロポーズ~
八十八話
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涙をこらえて、ふと下を見て……目を見開く。
「あ……! サボちゃんっ!」
おへやのすみっこに、ちょこんとしているのは……紛れもないサボちゃんやった。
ぼくは、滑り込むように近づいて、サボちゃんに顔を寄せる。近くで見ると、ますます見間違えようもない。
「どうして……?!」
あの日――陽平の家に、置き去りにしてきてしまったのに。どうして、サボちゃんが、宏兄の家にいるんやろ。
ぼうぜんとしていると、宏兄が言う。
「立花先生たちが、持ってきてくれたんだ」
「……!」
ぼくが、宏兄のお家に運び込まれて、二日くらい経ったころ。センターの職員さんが、訪ねて来てくれたみたいなん。みんなでマンションに行って、ぼくの荷物を引き取って来てくれたんやって。
「住人の都合もあって、必要最低限しか持ってこれなかったって。成にすまないって、伝えてくれってさ――」
言いながら、宏兄はチェストの引き出しを開けて、見せてくれる。
――そこには、ぼくの通帳や印鑑、身分証などの貴重品。スマホと充電器。小さいころから大切にしてるウサギの絵本。フォトアルバムが保管されてた。
それと、クローゼットの中にも……お気に入りのかばん。中身は最後に見たままで、財布とポメラ、小説が一冊。
「……ぁ」
胸がぎゅーって痛んだ。
先生たちへの、ありがたさと。大切なものが戻ってきた喜び。それに……大きな喪失感で。
――サボちゃんも、荷物もあるから……もう、あの家には行く理由がないんや。
陽平に、会える気はしない。でも……どこかで会う理由を欲しがってた。
そんな自分がいて、ショックや。
「……」
俯いていると、そっと肩に手を置かれた。
「ごめんな。……取り戻せるものは、取り戻す。この先、お前の欲しいものは、俺がなんでも手に入れるよ」
ぎゅっ、と抱きしめられる。親身な――優しすぎる言葉に、ぎょっとした。
「こんなこと、慰めにならないのはわかってるが――」
「あっ……ええの! 荷物のこと、どうしようって思ってたから、ほんまに嬉しくて。びっくりしただけでっ」
ぼくは慌てて弁明し、にっこりと笑う。
――ぼくの馬鹿。宏兄がこんなに思ってくれてるのに。暗い顔なんて、してちゃダメ……!
宏兄は、心配そうにぼくの目を覗き込んだ。こくこく、と頷いて見せる。
「……本当か?」
「うん。あ、でも……宏兄の本だけは、泣きべそかいちゃいそうかも。サイン本とか……」
ちょっとだけ本音を漏らすと、宏兄は僅かに表情を緩めた。
「それなら、俺のを全部やる」
「ぜ、全部もいいです……!」
押し問答の末――本は、夫婦の共同財産ということになった。
「あとで、書斎の鍵を渡すからな」
「ひええ」
宏兄の莫大な蔵書を預かることになり、ぼくはくらくらして、床にへたりこんだ。
つくてんと立つ、サボちゃんと目が合う。
「サボちゃん、ひさしぶり」
ちょんちょん、とやわらかい棘をつつく。
離ればなれやったけど、生き生きしてるのを見て、頬が緩んだ。
「ありがとう、宏兄。お水あげてくれて……」
「いやいや。可愛いな、サボテンも」
「うんっ」
センターからマンションへ、一緒に来てくれたサボちゃん。宏兄のお家でも、一緒に居られて嬉しい。
ぼくは、にっこりして立ち上がる。
――サボちゃんにも会えたし、しゃんとしよう。
みんなの気遣いを無駄にしない。ちゃんと前を向いて……新しい生活を始めなくちゃね。
ぼくは、頬をぱちんと叩く。
「そうと決めたら、お洗濯の続きっ」
「お。手伝おうか」
「大丈夫! 今日はふかふかのお布団やから、楽しみにしててね」
気合を入れて、腕まくりすると宏兄が目を丸くする。
「いいのか?」
「ん? なにが?」
きょとんとしていると、頭を大きい手にわしわしと撫でられる。
「わっ」
「サンキュ。じゃあ、俺は朝メシの支度でもするかー」
「あ……ありがとう、宏兄」
去って行く大きな背中を、ハテナを飛ばして見送った。なんやったんやろう……?
「よいしょ」
洗い終わったシーツと布団カバーを、物干し竿に干す。
他の洗濯物も、気持ちよさそうに風にそよいでいた。
――宏兄、すごいウキウキしてたなあ。
そういえば、ぼくがベッド占領してたから、宏兄は不便やったよね。
ぺちんとオデコをはじく。大事なお仕事もあるのに、しんどかったに違いない。
「よし……! 腕によりをかけて、良いお布団にしよっ。それで、今日はぐっすり眠ってもらうねん」
ハタキはどこかなー、と探しに行ったぼくは、忘れていた。
自分が、どこに寝るつもりかってことを、すっかり。
「あ……! サボちゃんっ!」
おへやのすみっこに、ちょこんとしているのは……紛れもないサボちゃんやった。
ぼくは、滑り込むように近づいて、サボちゃんに顔を寄せる。近くで見ると、ますます見間違えようもない。
「どうして……?!」
あの日――陽平の家に、置き去りにしてきてしまったのに。どうして、サボちゃんが、宏兄の家にいるんやろ。
ぼうぜんとしていると、宏兄が言う。
「立花先生たちが、持ってきてくれたんだ」
「……!」
ぼくが、宏兄のお家に運び込まれて、二日くらい経ったころ。センターの職員さんが、訪ねて来てくれたみたいなん。みんなでマンションに行って、ぼくの荷物を引き取って来てくれたんやって。
「住人の都合もあって、必要最低限しか持ってこれなかったって。成にすまないって、伝えてくれってさ――」
言いながら、宏兄はチェストの引き出しを開けて、見せてくれる。
――そこには、ぼくの通帳や印鑑、身分証などの貴重品。スマホと充電器。小さいころから大切にしてるウサギの絵本。フォトアルバムが保管されてた。
それと、クローゼットの中にも……お気に入りのかばん。中身は最後に見たままで、財布とポメラ、小説が一冊。
「……ぁ」
胸がぎゅーって痛んだ。
先生たちへの、ありがたさと。大切なものが戻ってきた喜び。それに……大きな喪失感で。
――サボちゃんも、荷物もあるから……もう、あの家には行く理由がないんや。
陽平に、会える気はしない。でも……どこかで会う理由を欲しがってた。
そんな自分がいて、ショックや。
「……」
俯いていると、そっと肩に手を置かれた。
「ごめんな。……取り戻せるものは、取り戻す。この先、お前の欲しいものは、俺がなんでも手に入れるよ」
ぎゅっ、と抱きしめられる。親身な――優しすぎる言葉に、ぎょっとした。
「こんなこと、慰めにならないのはわかってるが――」
「あっ……ええの! 荷物のこと、どうしようって思ってたから、ほんまに嬉しくて。びっくりしただけでっ」
ぼくは慌てて弁明し、にっこりと笑う。
――ぼくの馬鹿。宏兄がこんなに思ってくれてるのに。暗い顔なんて、してちゃダメ……!
宏兄は、心配そうにぼくの目を覗き込んだ。こくこく、と頷いて見せる。
「……本当か?」
「うん。あ、でも……宏兄の本だけは、泣きべそかいちゃいそうかも。サイン本とか……」
ちょっとだけ本音を漏らすと、宏兄は僅かに表情を緩めた。
「それなら、俺のを全部やる」
「ぜ、全部もいいです……!」
押し問答の末――本は、夫婦の共同財産ということになった。
「あとで、書斎の鍵を渡すからな」
「ひええ」
宏兄の莫大な蔵書を預かることになり、ぼくはくらくらして、床にへたりこんだ。
つくてんと立つ、サボちゃんと目が合う。
「サボちゃん、ひさしぶり」
ちょんちょん、とやわらかい棘をつつく。
離ればなれやったけど、生き生きしてるのを見て、頬が緩んだ。
「ありがとう、宏兄。お水あげてくれて……」
「いやいや。可愛いな、サボテンも」
「うんっ」
センターからマンションへ、一緒に来てくれたサボちゃん。宏兄のお家でも、一緒に居られて嬉しい。
ぼくは、にっこりして立ち上がる。
――サボちゃんにも会えたし、しゃんとしよう。
みんなの気遣いを無駄にしない。ちゃんと前を向いて……新しい生活を始めなくちゃね。
ぼくは、頬をぱちんと叩く。
「そうと決めたら、お洗濯の続きっ」
「お。手伝おうか」
「大丈夫! 今日はふかふかのお布団やから、楽しみにしててね」
気合を入れて、腕まくりすると宏兄が目を丸くする。
「いいのか?」
「ん? なにが?」
きょとんとしていると、頭を大きい手にわしわしと撫でられる。
「わっ」
「サンキュ。じゃあ、俺は朝メシの支度でもするかー」
「あ……ありがとう、宏兄」
去って行く大きな背中を、ハテナを飛ばして見送った。なんやったんやろう……?
「よいしょ」
洗い終わったシーツと布団カバーを、物干し竿に干す。
他の洗濯物も、気持ちよさそうに風にそよいでいた。
――宏兄、すごいウキウキしてたなあ。
そういえば、ぼくがベッド占領してたから、宏兄は不便やったよね。
ぺちんとオデコをはじく。大事なお仕事もあるのに、しんどかったに違いない。
「よし……! 腕によりをかけて、良いお布団にしよっ。それで、今日はぐっすり眠ってもらうねん」
ハタキはどこかなー、と探しに行ったぼくは、忘れていた。
自分が、どこに寝るつもりかってことを、すっかり。
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