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第二章~プロポーズ~
八十四話
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「中谷先生、大丈夫ですかっ?」
「あ、ああ……うん」
走ってきたせいか、顔が真っ赤や。慌てて、近づいて手を握ると、びっしょりと冷たい汗をかいてる。
少し遅れてやって来た涼子先生が、中谷先生の背中を支えて、怒鳴った。
「もう! センセ、お年考えてください。またアキレス腱やったら、面倒でしょ!」
「ご、ごめん、立花くん」
小さくなる中谷先生をよそに、涼子先生はくるりと振り返る。
「成ちゃん……よう来てくれたねえ!」
「涼子先生」
「かわいそうに。こんな痩せてしもて……」
ぎゅっと抱きしめられて、目が潤んだ。子どもの頃みたいに、小さな背中に腕を回すと、「よしよし」と頭を撫でられる。
「せんせい……ありがとう」
「何言うてるん」
ぐすっと鼻をすすると、大きな手がぽんと背中を叩く。振り返ると、宏兄の暖かな眼差しがあって――ぼくはほほ笑んだ。
「あの、ところで……野江さん、成己くん……今日は、その。お見合いの件、かな?」
中谷先生は、ちょっと荒い息を吐きながら、ぼく達の顔を見比べた。
「あっ……」
ぼくは、宏兄に力を借り、まっすぐ立つ。
「先生、じつは……そのことで、大切なお話があってきたんです」
「え?」
先生は、不安そうに首を傾げる。宏兄が、そっとぼくの手を握り、先生たちに頭を下げた。
「中谷先生、立花先生。本日は、成己さんとの婚姻の了承を頂きたくて、伺いました」
「……えっ」
「ぼく、のえ……宏章さんと、結婚したいんです」
目を丸くする二人に、ぼくも頭を下げる。
「……ええーっ!?」
先生たちの驚愕の叫びが、ロビーに響き渡った。
「いやあ、取り乱して申し訳ない」
中谷先生が、頬をかいて笑う。
「先生……驚かせちゃって、ごめんなさい」
「ええんよ、嬉しい驚きやから。ねえ、中谷先生」
立ち話もなんだということで――ぼくと中谷先生、涼子先生の三人は、喫茶室へ来ていた。
宏兄は、手続きのために事務室へ行ってくれてて、ここにはいない。――センターのオメガの婚姻は、国と引受人の間で契約が行われるんよ。
――自分のことやのに、ぼくだけのんびりしてて申し訳ないなあ……
ソワソワしていると、涼子先生が苦笑した。
「成ちゃん、大丈夫やで。宏章くんやったら、絶対に審査通るって」
「涼子先生。でも……」
笑顔でメニューを取って、開いて見せてくれる。
「ほら、中谷先生が、婚約祝いに奢ってくれるって。のんびり待ったらええよ」
「えっ!」
目を丸くするぼくに、やり玉にあがった中谷先生も、朗らかな笑い声を上げた。
「あはは……もちろんだとも。成己くん、好きなもの頼みなさい」
「な、中谷先生っ」
「ふふ。成己くんと、野江さんが結婚するなんて……嬉しいよ。思い返してみれば、君たちは昔から、たいそう仲が良かったものなあ。たしかに、彼なら安心だ」
先生の笑顔には、心からの安堵が滲んでいた。ぼくは、はっとして……先生たちに、頭を下げる。
「中谷先生、涼子先生……! 心配ばかりかけて、ごめんなさい。お見合いのことも……たくさんお力を尽くして頂いて。本当に、感謝してます」
宏兄と、先生たちの存在があったから――ぼくは、自分を諦めないでいれた。これからのこと、きちんと考えようって思えた。
「本当に、ありがとう……」
ぼくに、親兄姉があるなら……みんなのことやって心から思う。
泣きながら、にっこり笑う。すると、涼子先生も真っ赤な顔で鼻を啜っていた。
「何言うてんの。成ちゃんは、ほんまに水くさいんやから……」
「先生……」
「宏章くんに、うんと幸せにして貰うんやで」
テーブルの向かいから、伸びてきたハンカチに頬を拭われる。懐かしい仕草に、知らず笑みがこぼれた。
「私も。実は今朝なんか、地獄の気持ちだったんだよ。だけど、もう大丈夫。野江さんには、本当に感謝しても仕切れないくらいだ」
中谷先生はそう言って、目頭を押さえている。
「……」
二人とも、心からぼくと宏兄の結婚を祝福してくれた。
ぼくは、すごくホッとして――同時に、心苦しかった。宏兄と一緒にいることを、喜んでもらえて嬉しいって思ってしまったから……
「……いやー、良かった。成己くんが、宏章くんの想いに気づいてくれて」
「えっ、そうだったのかい?!」
物思いに沈んでいたぼくは、二人が話していたことを聞き逃していた。
そして……ぼくの知らない所で、波紋が起きていたことを。
――そのときは、知る由もなかったんよ。
「あ、ああ……うん」
走ってきたせいか、顔が真っ赤や。慌てて、近づいて手を握ると、びっしょりと冷たい汗をかいてる。
少し遅れてやって来た涼子先生が、中谷先生の背中を支えて、怒鳴った。
「もう! センセ、お年考えてください。またアキレス腱やったら、面倒でしょ!」
「ご、ごめん、立花くん」
小さくなる中谷先生をよそに、涼子先生はくるりと振り返る。
「成ちゃん……よう来てくれたねえ!」
「涼子先生」
「かわいそうに。こんな痩せてしもて……」
ぎゅっと抱きしめられて、目が潤んだ。子どもの頃みたいに、小さな背中に腕を回すと、「よしよし」と頭を撫でられる。
「せんせい……ありがとう」
「何言うてるん」
ぐすっと鼻をすすると、大きな手がぽんと背中を叩く。振り返ると、宏兄の暖かな眼差しがあって――ぼくはほほ笑んだ。
「あの、ところで……野江さん、成己くん……今日は、その。お見合いの件、かな?」
中谷先生は、ちょっと荒い息を吐きながら、ぼく達の顔を見比べた。
「あっ……」
ぼくは、宏兄に力を借り、まっすぐ立つ。
「先生、じつは……そのことで、大切なお話があってきたんです」
「え?」
先生は、不安そうに首を傾げる。宏兄が、そっとぼくの手を握り、先生たちに頭を下げた。
「中谷先生、立花先生。本日は、成己さんとの婚姻の了承を頂きたくて、伺いました」
「……えっ」
「ぼく、のえ……宏章さんと、結婚したいんです」
目を丸くする二人に、ぼくも頭を下げる。
「……ええーっ!?」
先生たちの驚愕の叫びが、ロビーに響き渡った。
「いやあ、取り乱して申し訳ない」
中谷先生が、頬をかいて笑う。
「先生……驚かせちゃって、ごめんなさい」
「ええんよ、嬉しい驚きやから。ねえ、中谷先生」
立ち話もなんだということで――ぼくと中谷先生、涼子先生の三人は、喫茶室へ来ていた。
宏兄は、手続きのために事務室へ行ってくれてて、ここにはいない。――センターのオメガの婚姻は、国と引受人の間で契約が行われるんよ。
――自分のことやのに、ぼくだけのんびりしてて申し訳ないなあ……
ソワソワしていると、涼子先生が苦笑した。
「成ちゃん、大丈夫やで。宏章くんやったら、絶対に審査通るって」
「涼子先生。でも……」
笑顔でメニューを取って、開いて見せてくれる。
「ほら、中谷先生が、婚約祝いに奢ってくれるって。のんびり待ったらええよ」
「えっ!」
目を丸くするぼくに、やり玉にあがった中谷先生も、朗らかな笑い声を上げた。
「あはは……もちろんだとも。成己くん、好きなもの頼みなさい」
「な、中谷先生っ」
「ふふ。成己くんと、野江さんが結婚するなんて……嬉しいよ。思い返してみれば、君たちは昔から、たいそう仲が良かったものなあ。たしかに、彼なら安心だ」
先生の笑顔には、心からの安堵が滲んでいた。ぼくは、はっとして……先生たちに、頭を下げる。
「中谷先生、涼子先生……! 心配ばかりかけて、ごめんなさい。お見合いのことも……たくさんお力を尽くして頂いて。本当に、感謝してます」
宏兄と、先生たちの存在があったから――ぼくは、自分を諦めないでいれた。これからのこと、きちんと考えようって思えた。
「本当に、ありがとう……」
ぼくに、親兄姉があるなら……みんなのことやって心から思う。
泣きながら、にっこり笑う。すると、涼子先生も真っ赤な顔で鼻を啜っていた。
「何言うてんの。成ちゃんは、ほんまに水くさいんやから……」
「先生……」
「宏章くんに、うんと幸せにして貰うんやで」
テーブルの向かいから、伸びてきたハンカチに頬を拭われる。懐かしい仕草に、知らず笑みがこぼれた。
「私も。実は今朝なんか、地獄の気持ちだったんだよ。だけど、もう大丈夫。野江さんには、本当に感謝しても仕切れないくらいだ」
中谷先生はそう言って、目頭を押さえている。
「……」
二人とも、心からぼくと宏兄の結婚を祝福してくれた。
ぼくは、すごくホッとして――同時に、心苦しかった。宏兄と一緒にいることを、喜んでもらえて嬉しいって思ってしまったから……
「……いやー、良かった。成己くんが、宏章くんの想いに気づいてくれて」
「えっ、そうだったのかい?!」
物思いに沈んでいたぼくは、二人が話していたことを聞き逃していた。
そして……ぼくの知らない所で、波紋が起きていたことを。
――そのときは、知る由もなかったんよ。
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