いつでも僕の帰る場所

高穂もか

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第二章~プロポーズ~

七十六話 

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「成、それは……」
 
 宏兄は、僅かに目を見開いた。ぼくは、懇願する。
 
「おねがい。教えて」 
 
 向き合うためにも、ぼくの「現実」を知らなくちゃいけない。
 ぼくは、宏兄の答えを待った。宏兄は目を伏せて――小さく息を吐いた。
 
「――今日は、六月三十日だ」 
「……!」
「五日前、倒れてる成を見つけて、俺の家に連れて帰ってきた。お前は、酷い熱で……ずっと眠っていた」
 
 宏兄は、淡々と言う。努めて、そうしているのがわかる声音やった。 
 
 ――三十日ってことは……明日は、もう七月。
 
 ぼくは、覚悟していたとはいえ――かなりショックを受けた。陽平の家を出てから、そんなに経っていたなんて。
 言葉を失っていると、手を取られる。
 
「驚かせてごめん」
「あっ……大丈夫」
 
 ぼくはハッとして、宏兄の手を握りかえす。
 
「宏兄。助けてくれて、ありがとう」
「……成」
「えと……ぼくね、陽平と駄目になってん。それで、もういいやって。センターへ帰る途中やったんやけど、行き倒れちゃったんやねえ」
 
 ぺらぺらと、口が動く。なんていうか――深刻なことって、さらっと話した方がしんどくない気がして。
 すると、宏兄は黙って、頭を撫でてくれる。

「……宏兄?」 
「よく頑張ったな」
「……!」
 
 労りに満ちた声やった。思わず、言葉に詰まるほど……

「……そ、そうかなあ?」
「うん」

 宏兄は、力強く頷いてくれる。

「えへ……そうやといいな」

 今はまだ、その言葉を真っ直ぐ受け止められない。陽平とのこと……「どうして」って、問うてしまうから。

――でも……すごく温かい。

 穏やかな沈黙に、ぼくの鼻を啜る音が響く。……宏兄は、ずっと頭を撫でてくれていた。



「あっ。ねえ……宏兄。聞いてもいい?」
「うん?」

 ふいに気恥ずかしくなって、話を変える。

「どうして、ぼくを見つけてくれたん? あの日……」

 ぼくと宏兄の家は、遠いのに。もしかして、心配してきてくれたのかなって……気になってた。
 そう言うと、宏兄は顎をさする。

「ああ……あの日は、なんか胸騒ぎがしてな。お前のとこへ向かってる最中に、立花先生から連絡があったんだ」
「涼子先生?」
「城山くんが、センターに来て……それで、お前と連絡が取れないから、心配だって」
「えっ……!」

 ぼくは、息を飲む。
 でも、言われてみればそうや。婚約破棄の手続きは、センターでしか出来ひんのやもん。先生達は、ぼくより先に知ったはず。

――涼子先生……

 優しい笑顔を思い出し、胸が詰まる。
 先生は、ぼくの結婚を、誰より喜んでくれてた。きっと、とても心配してくれてる。

「立花先生には、成が俺の家にいるって伝えたよ。また、落ち着いたら……会いに来たいって」
「あっ……ありがとう。ぼくも、会いたい」

 ぼくは、何とか頷いた。 
 涼子先生のこと――また傷つけてしまった。そう思うと、気が塞いでしまう。

「ごめんね、宏兄。ぼく……」

 ひとりで大騒ぎして、皆に心配かけて。
 これじゃ、十年前の「あの日」と……ちっとも変わってへん。しんみりと落ち込んでいると――

「こら」

 大きな手のひらに、頬を撫でられる。はっと目を開ければ、宏兄に静かに諭された。

「大切なお前のことだろう。心配くらいするに決まってる」
「……宏兄……」
「もっと、甘えてくれ。……なっ?」

 宏兄の大らかな言葉が、胸に染みわたる。
 いまも昔も、ずっと変わらない……優しい目。ぼくを見守ってくれる。

「ありがとう……っ」

 ぼくは、きゅっと頬に力をいれて……にっこりと笑った。
 ぶさいくな笑顔でも、笑ってれば元気になれるもん。

――こんなに、言ってもらってるんや。めそめそしないで……頑張らなくちゃ!

 そうして、「立ち直ろう」と決めた日の午後――中谷先生が、宏兄の家を訪ねてきてくれた。

「成己くん……こんなときにごめんよ。けど……」

 その手には……大量の釣書を、携えていた。

 
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