いつでも僕の帰る場所

高穂もか

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第二章~プロポーズ~

七十五話 

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 しばらくして――とんとん、と階段を上ってくる音が聞こえた。
 
「……!」
 
 お布団にくるまっていたぼくは、宏兄が戻ってくる気配に、はっとした。
 慌てて濡れた頬を拭い、顔を出したところで……小さなお椀を持った宏兄が、部屋に入ってくる。
 
「成ー、起きてるか?」
「あ……うんっ」
 
 布団を鼻まで引き上げて、熱を持った頬を隠す。
 宏兄は枕元にやってきて、お椀をサイドチェストに置いた。そこには、小さくカットされた桃が、たっぷり入ってる。
 
「わぁ……」
 
 シロップ漬けの桃の、甘い匂いがふわりと漂ってくる。
 
「ちょっと待ってな」
 
 宏兄はぼくを抱き起すと、背中に丸めたお布団を挟んで、凭れさせてくれた。
 桃を乗せたスプーンが、口元に差し出される。
 
「あーんして、成」
「あ……」
 
 おずおずと口を開くと、桃がそっとすべりこんでくる。――やわらかくて、とても甘い。よく冷えた桃は、涙の余韻で熱った胸のうちを、するすると癒すみたいやった。
 もくもくと噛んでいると、優しく尋ねられる。
 
「……食えそうか?」
「うん」
「良かった」
 
 こくりと頷けば、宏兄は嬉しそうに目を細めた。
 かいがいしくぼくに桃を食べさせて、シロップで濡れた唇を拭いてくれる。ぼくは、まるでひな鳥になったように、何もしなくて良かった。 
 
「……っ」
 
 桃を飲み下すと、鼻の奥がツンと痛くなる。
 
 優しくされると、痛い。
 
 宏兄は昔から、ずっと優しくて。でも、目覚めてからは特に……本当のお兄ちゃんみたいに、振舞ってくれてる気がする。
 
 ――宏兄、やっぱり……知ってるよね……?
 
 見ないふりしていたことが、突きつけられる。ぼくが、陽平にふられたこと……宏兄は、絶対に知ってる。
 それで、たぶん……とても気遣ってくれてるんやって。
 
 ――どうしよう……また、涙が……
 
 いい加減、めそめそしたくないのに。こんなに優しくされておいて、罰当たりやわ。
 そう思って、堪えても……涙がぽろぽろ零れて、顎を伝う。
 
「ふぇ……」
「成……」
 
 大きな手に、抱き寄せられる。しゃくりあげていると、優しく背を、肩を擦られた。
 
「ゆっくりでいいよ」
「……ひっく……うっ……」
「急がなくていい。俺は、ずっと側にいる」
 
 低い声が、穏やかに鼓膜を震わせる。ぼくは、ぎゅっとシャツの胸を握りしめる。
 
 ――ひろにいちゃん……
 
 ぼくはもう、子どもじゃないから……「ずっと」なんて無理やって、わかってる。
 でも、今だけは――縋らせてほしかった。
 
 
 
 
 
 
 
 ぼくは、本当にゆっくりと桃を食べ終わって、お薬を飲んだ。そっとお布団に身を横たえられる。
 
「よし、薬も飲んだし……頑張ったな」
「宏にい……」
 
 熱を持った頬を、大きな手に包まれる。
 たくさん泣いて、少しだけ気恥ずかしかった。――そういう気持ちが、戻ってきてることに、ほっとする。
 
 ――しっかりしなきゃ。
 
 ぼくは、気合をいれて……聞かなきゃいけないことを、聞いた。
 
「あのね、宏兄……いま、何日?」
 
 
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