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第二章~プロポーズ~
七十四話
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それから――ぼくは、目が覚めたり、眠ったりを繰り返した。
体がとても重くて、何故だか目を開けてられなくて。部屋が明るくなったり、暗くなったりを、何度も繰り返し見た気がする。
宏兄は、どんな時も傍にいてくれた。
悪夢に魘されるたびに、揺り起こして。お兄ちゃんみたいに、ぼくを抱いていてくれたんよ。
「宏兄……?」
「ああ、ここにいるよ」
優しく、頭を撫でられると……安心して、眠りこんでしまった。
――チュン、チュン……
鳥のさえずりが、聞こえてくる。
まぶしい光につられて、意識がふわふわと浮かび上がる。
「んん……」
うとうとと、重いまぶたを開けると――すぐ近くに、宏兄の寝顔があって、驚いた。
「わっ……」
大きな声を出しそうになり、慌ててこらえる。
宏兄は、ぼくを布団ごと抱きしめて、ベッドに横になっていた。穏やかな寝顔を、朝日が照らしているのを見て……ほうと息を吐く。
「ずっと、そばにいてくれたん……」
胸の奥に、ほわりとあたたかな感謝が湧き起こる。
ぼくは、もぞもぞと体を動かして、宏兄の肩を揺り動かす。
「宏兄、ひろにい……」
布団を着てないから、風邪ひいちゃう。
「……ん」
とんとん、と肩に触れると、ぴくりと瞼が震える。スイッチをぱちんと切り替えるように、宏兄は目覚めた。
不思議な色の瞳が、ほほ笑む。
「おはよう、成」
「あ……おはよう、宏兄」
穏やかに微笑んだ宏兄が、顔を寄せてくる。額が触れ合って、深い森の香りが鼻を掠めた。
「ああ……熱が下がったな。よかった」
「熱……?」
「うん」
きょとんと目を瞬くと、宏兄は頷いた。それ以上は何も言わないで、体を起こす。朝日に、宏兄の輪郭が金色に光るのを、見上げると――大きな手に額を撫でられた。
「水、飲めるか」
「あ……」
そういえば、声がかすれてるかも。
ぼくが頷くと――そっと背に腕を入れ、抱き起される。口元にペットボトルの口を、そっと宛がわれた。乾いた喉を、やわらかい水が滑って行き、快さに目を閉じた。こくこくと喉を鳴らして、夢中で飲む。
「ん……」
もう充分、と思ったあたりで、飲み口が離れてった。
宏兄の肩に凭れて、はふと息を吐くと……穏やかな声が囁いた。
「……まだ、しんどいな」
「へいき……」
と、言ったものの――
からだが、芯を失ったみたいにふにゃふにゃで、まっすぐ起きていられない。
苦笑した宏兄に、ゆっくりとベッドに横たえられた。あれよあれよとお布団をかけられてしまう。
「もうちょっと寝とけ」
「でも……」
「いいから。体が休みたいんだよ」
ぽんぽん、とお布団を撫でられる。
子どもみたいにお世話されてるなあって、すこし気恥ずかしい。
でも――あったかかった。
「薬、飲まなきゃな。食べたいものないか?」
「えっ」
「なんでもいいぞ」
優しい眼差しにつられて、思わず口にする。
「えと……もものかんづめ、食べたい」
「よし。任せとけ」
宏兄は、嬉しそうにぼくの頭を撫でると、風のように部屋を出て行ってしまう。
階段を下りる音が、遠ざかって……お部屋がしんと静かになった。
「……」
――宏兄が居なくなっちゃうと、一気に心細くなる。
忘れるな、とでも言うように、胸がじくじくと痛みはじめた。
晴れた日に、急に雨が降り出したみたいに、唐突な落ち込みがやってきて……もう、一生笑えないような、悲しい気持ちになってしまう。
ぼくは、お布団の中でからだを丸めて、膝を抱え込んだ。
「……陽平……」
陽平に婚約破棄されたことも。なぜか、宏兄のお家で寝込んでいることも。――まだ、信じられない。
こうして目を閉じてしまうと、全部が夢なんやないかって、思えるくらい。
「……ぁ……」
身じろぐと――お布団から、ふわりと深い木々の香りがする。
その温かな香りが、どうしようもなく現実を伝えてきて……ぼくは、また少し泣いてしまった。
体がとても重くて、何故だか目を開けてられなくて。部屋が明るくなったり、暗くなったりを、何度も繰り返し見た気がする。
宏兄は、どんな時も傍にいてくれた。
悪夢に魘されるたびに、揺り起こして。お兄ちゃんみたいに、ぼくを抱いていてくれたんよ。
「宏兄……?」
「ああ、ここにいるよ」
優しく、頭を撫でられると……安心して、眠りこんでしまった。
――チュン、チュン……
鳥のさえずりが、聞こえてくる。
まぶしい光につられて、意識がふわふわと浮かび上がる。
「んん……」
うとうとと、重いまぶたを開けると――すぐ近くに、宏兄の寝顔があって、驚いた。
「わっ……」
大きな声を出しそうになり、慌ててこらえる。
宏兄は、ぼくを布団ごと抱きしめて、ベッドに横になっていた。穏やかな寝顔を、朝日が照らしているのを見て……ほうと息を吐く。
「ずっと、そばにいてくれたん……」
胸の奥に、ほわりとあたたかな感謝が湧き起こる。
ぼくは、もぞもぞと体を動かして、宏兄の肩を揺り動かす。
「宏兄、ひろにい……」
布団を着てないから、風邪ひいちゃう。
「……ん」
とんとん、と肩に触れると、ぴくりと瞼が震える。スイッチをぱちんと切り替えるように、宏兄は目覚めた。
不思議な色の瞳が、ほほ笑む。
「おはよう、成」
「あ……おはよう、宏兄」
穏やかに微笑んだ宏兄が、顔を寄せてくる。額が触れ合って、深い森の香りが鼻を掠めた。
「ああ……熱が下がったな。よかった」
「熱……?」
「うん」
きょとんと目を瞬くと、宏兄は頷いた。それ以上は何も言わないで、体を起こす。朝日に、宏兄の輪郭が金色に光るのを、見上げると――大きな手に額を撫でられた。
「水、飲めるか」
「あ……」
そういえば、声がかすれてるかも。
ぼくが頷くと――そっと背に腕を入れ、抱き起される。口元にペットボトルの口を、そっと宛がわれた。乾いた喉を、やわらかい水が滑って行き、快さに目を閉じた。こくこくと喉を鳴らして、夢中で飲む。
「ん……」
もう充分、と思ったあたりで、飲み口が離れてった。
宏兄の肩に凭れて、はふと息を吐くと……穏やかな声が囁いた。
「……まだ、しんどいな」
「へいき……」
と、言ったものの――
からだが、芯を失ったみたいにふにゃふにゃで、まっすぐ起きていられない。
苦笑した宏兄に、ゆっくりとベッドに横たえられた。あれよあれよとお布団をかけられてしまう。
「もうちょっと寝とけ」
「でも……」
「いいから。体が休みたいんだよ」
ぽんぽん、とお布団を撫でられる。
子どもみたいにお世話されてるなあって、すこし気恥ずかしい。
でも――あったかかった。
「薬、飲まなきゃな。食べたいものないか?」
「えっ」
「なんでもいいぞ」
優しい眼差しにつられて、思わず口にする。
「えと……もものかんづめ、食べたい」
「よし。任せとけ」
宏兄は、嬉しそうにぼくの頭を撫でると、風のように部屋を出て行ってしまう。
階段を下りる音が、遠ざかって……お部屋がしんと静かになった。
「……」
――宏兄が居なくなっちゃうと、一気に心細くなる。
忘れるな、とでも言うように、胸がじくじくと痛みはじめた。
晴れた日に、急に雨が降り出したみたいに、唐突な落ち込みがやってきて……もう、一生笑えないような、悲しい気持ちになってしまう。
ぼくは、お布団の中でからだを丸めて、膝を抱え込んだ。
「……陽平……」
陽平に婚約破棄されたことも。なぜか、宏兄のお家で寝込んでいることも。――まだ、信じられない。
こうして目を閉じてしまうと、全部が夢なんやないかって、思えるくらい。
「……ぁ……」
身じろぐと――お布団から、ふわりと深い木々の香りがする。
その温かな香りが、どうしようもなく現実を伝えてきて……ぼくは、また少し泣いてしまった。
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