70 / 406
第一章~婚約破棄~
六十九話
しおりを挟む
――……もしかして、このまま……するつもりなん……?
怖い。
でも……拒んだら……どうなるのか。
不安と緊張で、カタカタ震えていると、バサリと乱暴な音を立て、シャツが床に放り捨てられた。
「んむ……っ!」
伸し掛かってきた陽平に、唇を奪われる。
呼吸を奪うような、激しいキス。
こんなのは初めてで、動転する。うまく息が出来なくて、逃れようとすると、頭を抱え込まれてしまった。
――苦しい……っ
きつく閉じた目尻から、ぽろぽろと涙が頬に伝う。
陽平は、時折、ぼくの唇を噛んだ。尖った犬歯がやわらかく沈んでくるたび、ツキンと痺れるような痛みが、腰を走る。
「やぁ……っ」
「逃げんなよ、成己っ……」
身を捩ると、頬を噛まれる。そのまま顎を、肩を……陽平は、ぼくの体のあちこちに歯を立てた。
「やだ、痛いよっ……陽平……」
訴えても、聞いてもらえない。
首は、避けているのか、素通りされた。そのことに安堵するのに……切なくて仕方ない。
――陽平は、ぼくをどうしたいの? こんな風に触れるのは、気もちがあるからって、思っていいの……?
不安で、胸が張り裂けそうになる。怖さから逃れるために……ぼくは、陽平の肩に強く掴まった。
そうして床の上で、もつれ合っているうちに……お互いに、息が上がり始める。
「は……っ、う……」
「成己……っ」
熱い――
裸の胸を、汗がつるつると滑り落ち、身震いする。陽平も汗だくで、濡れた前髪をうるさそうに払っていた。
ぼんやりと涙に霞む視界に……ぼくの目は、あるものをとらえる。
「!」
陽平の胸に、首に……赤い痕がある。いくつも、いくつも、花びらのように陽平の肌に散っていた。
――あれって、唇の痕……?
性行為の際、肌を唇で吸うと、ああなるんやって……”進んでいる”同級生から、聞いたことがある。
じゃあ、あれは蓑崎さんの――?
「あ……っ」
のぼせた頭に、冷水を浴びせかけられた心地やった。
陽平の肌に、蓑崎さんは触れたんや。ずっと、目を背けていた事実を、まざまざと突きつけられる。陽平のからだに重なって、蓑崎さんがいる気さえして……気味の悪さに、胸がえづく。
「うぇ……っ」
「おい……成己?」
怪訝そうに、陽平が眉を顰めた。背に回った腕に、ぐい、と抱き寄せられる。
「どうしたよ?」
「……っ!」
裸の胸に、頬がくっついて、ひっと息を飲んだ。
陽平の汗が、ぼくの肌に落ちてきた。その瞬間――ぶわりと濃厚な薔薇の匂いが、迫ってくる。
「あっ――!?」
脳が、ぐわんと揺れた。
突然、視界が不明瞭になって、ダイニングの景色が消える。近くにいる陽平が遠ざかり……別の光景が頭に入り込んできた。
――『あっ、ああ……陽平っ……』
――『晶……!』
現れたのは――激しく抱き合う、陽平と蓑崎さんの姿。
暗い寝室に浮かびあがった、陽平の腰に絡む蓑崎さんの白い脚。……ギシギシと、壊れそうに軋むベッドの音。生々しい、強い薔薇の香りまで、鮮明に甦ってくる。
「ひっ……!?」
目の前で繰り広げられる、あの夜の光景に――喉から、引き攣った声が漏れた。
頭が、ガンガンと痛くなる。
――『……陽平、好き……もっときて……』
――『ああ……俺も好きだ、晶……』
「やめて……!」
こんなの、見たくない!
なのに――きつく目を閉じても、記憶は消えてくれない。どんどん強くなる薔薇の匂いに、頭がめちゃくちゃになる。
やがて、ぼくの目の前で、二人は愛おしげに唇を交わし、歓喜のときを迎え――
「いややぁっ……!」
ドンッ!
気が付くと――ぼくは、陽平を力いっぱい、突き飛ばしていた。
「……ッ!?」
「やあっ、やめて……!」
掴まれた腕を、めちゃめちゃに振り回す。必死に床を這い、陽平の下から逃れた。
やのに、薔薇の匂いが追いかけてきて――うぐ、と嗚咽が漏れる。
――……痛いっ……死んじゃう……!
陽平の肌に、匂いに……あのときのことが、甦ってきた。――自分のアルファが、別のオメガを抱きしめる。体を切り裂かれるような、あの痛みが、こんなに生々しく……
「ひっ……うええん……」
ぼくは体を丸めて、泣きじゃくった。
涙に詰まって、息が苦しい。背を震わせ、泣き続けていると……
「――そういうことかよ」
恐ろしく冷たい、陽平の声が――鼓膜を震わせた。
怖い。
でも……拒んだら……どうなるのか。
不安と緊張で、カタカタ震えていると、バサリと乱暴な音を立て、シャツが床に放り捨てられた。
「んむ……っ!」
伸し掛かってきた陽平に、唇を奪われる。
呼吸を奪うような、激しいキス。
こんなのは初めてで、動転する。うまく息が出来なくて、逃れようとすると、頭を抱え込まれてしまった。
――苦しい……っ
きつく閉じた目尻から、ぽろぽろと涙が頬に伝う。
陽平は、時折、ぼくの唇を噛んだ。尖った犬歯がやわらかく沈んでくるたび、ツキンと痺れるような痛みが、腰を走る。
「やぁ……っ」
「逃げんなよ、成己っ……」
身を捩ると、頬を噛まれる。そのまま顎を、肩を……陽平は、ぼくの体のあちこちに歯を立てた。
「やだ、痛いよっ……陽平……」
訴えても、聞いてもらえない。
首は、避けているのか、素通りされた。そのことに安堵するのに……切なくて仕方ない。
――陽平は、ぼくをどうしたいの? こんな風に触れるのは、気もちがあるからって、思っていいの……?
不安で、胸が張り裂けそうになる。怖さから逃れるために……ぼくは、陽平の肩に強く掴まった。
そうして床の上で、もつれ合っているうちに……お互いに、息が上がり始める。
「は……っ、う……」
「成己……っ」
熱い――
裸の胸を、汗がつるつると滑り落ち、身震いする。陽平も汗だくで、濡れた前髪をうるさそうに払っていた。
ぼんやりと涙に霞む視界に……ぼくの目は、あるものをとらえる。
「!」
陽平の胸に、首に……赤い痕がある。いくつも、いくつも、花びらのように陽平の肌に散っていた。
――あれって、唇の痕……?
性行為の際、肌を唇で吸うと、ああなるんやって……”進んでいる”同級生から、聞いたことがある。
じゃあ、あれは蓑崎さんの――?
「あ……っ」
のぼせた頭に、冷水を浴びせかけられた心地やった。
陽平の肌に、蓑崎さんは触れたんや。ずっと、目を背けていた事実を、まざまざと突きつけられる。陽平のからだに重なって、蓑崎さんがいる気さえして……気味の悪さに、胸がえづく。
「うぇ……っ」
「おい……成己?」
怪訝そうに、陽平が眉を顰めた。背に回った腕に、ぐい、と抱き寄せられる。
「どうしたよ?」
「……っ!」
裸の胸に、頬がくっついて、ひっと息を飲んだ。
陽平の汗が、ぼくの肌に落ちてきた。その瞬間――ぶわりと濃厚な薔薇の匂いが、迫ってくる。
「あっ――!?」
脳が、ぐわんと揺れた。
突然、視界が不明瞭になって、ダイニングの景色が消える。近くにいる陽平が遠ざかり……別の光景が頭に入り込んできた。
――『あっ、ああ……陽平っ……』
――『晶……!』
現れたのは――激しく抱き合う、陽平と蓑崎さんの姿。
暗い寝室に浮かびあがった、陽平の腰に絡む蓑崎さんの白い脚。……ギシギシと、壊れそうに軋むベッドの音。生々しい、強い薔薇の香りまで、鮮明に甦ってくる。
「ひっ……!?」
目の前で繰り広げられる、あの夜の光景に――喉から、引き攣った声が漏れた。
頭が、ガンガンと痛くなる。
――『……陽平、好き……もっときて……』
――『ああ……俺も好きだ、晶……』
「やめて……!」
こんなの、見たくない!
なのに――きつく目を閉じても、記憶は消えてくれない。どんどん強くなる薔薇の匂いに、頭がめちゃくちゃになる。
やがて、ぼくの目の前で、二人は愛おしげに唇を交わし、歓喜のときを迎え――
「いややぁっ……!」
ドンッ!
気が付くと――ぼくは、陽平を力いっぱい、突き飛ばしていた。
「……ッ!?」
「やあっ、やめて……!」
掴まれた腕を、めちゃめちゃに振り回す。必死に床を這い、陽平の下から逃れた。
やのに、薔薇の匂いが追いかけてきて――うぐ、と嗚咽が漏れる。
――……痛いっ……死んじゃう……!
陽平の肌に、匂いに……あのときのことが、甦ってきた。――自分のアルファが、別のオメガを抱きしめる。体を切り裂かれるような、あの痛みが、こんなに生々しく……
「ひっ……うええん……」
ぼくは体を丸めて、泣きじゃくった。
涙に詰まって、息が苦しい。背を震わせ、泣き続けていると……
「――そういうことかよ」
恐ろしく冷たい、陽平の声が――鼓膜を震わせた。
85
お気に入りに追加
1,505
あなたにおすすめの小説
オメガの復讐
riiko
BL
幸せな結婚式、二人のこれからを祝福するかのように参列者からは祝いの声。
しかしこの結婚式にはとてつもない野望が隠されていた。
とっても短いお話ですが、物語お楽しみいただけたら幸いです☆

王様の恥かきっ娘
青の雀
恋愛
恥かきっ子とは、親が年老いてから子供ができること。
本当は、元気でおめでたいことだけど、照れ隠しで、その年齢まで夫婦の営みがあったことを物語り世間様に向けての恥をいう。
孫と同い年の王女殿下が生まれたことで巻き起こる騒動を書きます
物語は、卒業記念パーティで婚約者から婚約破棄されたところから始まります
これもショートショートで書く予定です。

捨てられオメガの幸せは
ホロロン
BL
家族に愛されていると思っていたが実はそうではない事実を知ってもなお家族と仲良くしたいがためにずっと好きだった人と喧嘩別れしてしまった。
幸せになれると思ったのに…番になる前に捨てられて行き場をなくした時に会ったのは、あの大好きな彼だった。
わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない
鈴宮(すずみや)
恋愛
孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。
しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。
その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?

【完結】幼馴染と恋人は別だと言われました
迦陵 れん
恋愛
「幼馴染みは良いぞ。あんなに便利で使いやすいものはない」
大好きだった幼馴染の彼が、友人にそう言っているのを聞いてしまった。
毎日一緒に通学して、お弁当も欠かさず作ってあげていたのに。
幼馴染と恋人は別なのだとも言っていた。
そして、ある日突然、私は全てを奪われた。
幼馴染としての役割まで奪われたら、私はどうしたらいいの?
サクッと終わる短編を目指しました。
内容的に薄い部分があるかもしれませんが、短く纏めることを重視したので、物足りなかったらすみませんm(_ _)m

【完結】可愛いあの子は番にされて、もうオレの手は届かない
天田れおぽん
BL
劣性アルファであるオズワルドは、劣性オメガの幼馴染リアンを伴侶に娶りたいと考えていた。
ある日、仕えている王太子から名前も知らないオメガのうなじを噛んだと告白される。
運命の番と王太子の言う相手が落としていったという髪飾りに、オズワルドは見覚えがあった――――
※他サイトにも掲載中
★⌒*+*⌒★ ☆宣伝☆ ★⌒*+*⌒★
「婚約破棄された不遇令嬢ですが、イケオジ辺境伯と幸せになります!」
が、レジーナブックスさまより発売中です。
どうぞよろしくお願いいたします。m(_ _)m

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる