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第一章~婚約破棄~
六十九話
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――……もしかして、このまま……するつもりなん……?
怖い。
でも……拒んだら……どうなるのか。
不安と緊張で、カタカタ震えていると、バサリと乱暴な音を立て、シャツが床に放り捨てられた。
「んむ……っ!」
伸し掛かってきた陽平に、唇を奪われる。
呼吸を奪うような、激しいキス。
こんなのは初めてで、動転する。うまく息が出来なくて、逃れようとすると、頭を抱え込まれてしまった。
――苦しい……っ
きつく閉じた目尻から、ぽろぽろと涙が頬に伝う。
陽平は、時折、ぼくの唇を噛んだ。尖った犬歯がやわらかく沈んでくるたび、ツキンと痺れるような痛みが、腰を走る。
「やぁ……っ」
「逃げんなよ、成己っ……」
身を捩ると、頬を噛まれる。そのまま顎を、肩を……陽平は、ぼくの体のあちこちに歯を立てた。
「やだ、痛いよっ……陽平……」
訴えても、聞いてもらえない。
首は、避けているのか、素通りされた。そのことに安堵するのに……切なくて仕方ない。
――陽平は、ぼくをどうしたいの? こんな風に触れるのは、気もちがあるからって、思っていいの……?
不安で、胸が張り裂けそうになる。怖さから逃れるために……ぼくは、陽平の肩に強く掴まった。
そうして床の上で、もつれ合っているうちに……お互いに、息が上がり始める。
「は……っ、う……」
「成己……っ」
熱い――
裸の胸を、汗がつるつると滑り落ち、身震いする。陽平も汗だくで、濡れた前髪をうるさそうに払っていた。
ぼんやりと涙に霞む視界に……ぼくの目は、あるものをとらえる。
「!」
陽平の胸に、首に……赤い痕がある。いくつも、いくつも、花びらのように陽平の肌に散っていた。
――あれって、唇の痕……?
性行為の際、肌を唇で吸うと、ああなるんやって……”進んでいる”同級生から、聞いたことがある。
じゃあ、あれは蓑崎さんの――?
「あ……っ」
のぼせた頭に、冷水を浴びせかけられた心地やった。
陽平の肌に、蓑崎さんは触れたんや。ずっと、目を背けていた事実を、まざまざと突きつけられる。陽平のからだに重なって、蓑崎さんがいる気さえして……気味の悪さに、胸がえづく。
「うぇ……っ」
「おい……成己?」
怪訝そうに、陽平が眉を顰めた。背に回った腕に、ぐい、と抱き寄せられる。
「どうしたよ?」
「……っ!」
裸の胸に、頬がくっついて、ひっと息を飲んだ。
陽平の汗が、ぼくの肌に落ちてきた。その瞬間――ぶわりと濃厚な薔薇の匂いが、迫ってくる。
「あっ――!?」
脳が、ぐわんと揺れた。
突然、視界が不明瞭になって、ダイニングの景色が消える。近くにいる陽平が遠ざかり……別の光景が頭に入り込んできた。
――『あっ、ああ……陽平っ……』
――『晶……!』
現れたのは――激しく抱き合う、陽平と蓑崎さんの姿。
暗い寝室に浮かびあがった、陽平の腰に絡む蓑崎さんの白い脚。……ギシギシと、壊れそうに軋むベッドの音。生々しい、強い薔薇の香りまで、鮮明に甦ってくる。
「ひっ……!?」
目の前で繰り広げられる、あの夜の光景に――喉から、引き攣った声が漏れた。
頭が、ガンガンと痛くなる。
――『……陽平、好き……もっときて……』
――『ああ……俺も好きだ、晶……』
「やめて……!」
こんなの、見たくない!
なのに――きつく目を閉じても、記憶は消えてくれない。どんどん強くなる薔薇の匂いに、頭がめちゃくちゃになる。
やがて、ぼくの目の前で、二人は愛おしげに唇を交わし、歓喜のときを迎え――
「いややぁっ……!」
ドンッ!
気が付くと――ぼくは、陽平を力いっぱい、突き飛ばしていた。
「……ッ!?」
「やあっ、やめて……!」
掴まれた腕を、めちゃめちゃに振り回す。必死に床を這い、陽平の下から逃れた。
やのに、薔薇の匂いが追いかけてきて――うぐ、と嗚咽が漏れる。
――……痛いっ……死んじゃう……!
陽平の肌に、匂いに……あのときのことが、甦ってきた。――自分のアルファが、別のオメガを抱きしめる。体を切り裂かれるような、あの痛みが、こんなに生々しく……
「ひっ……うええん……」
ぼくは体を丸めて、泣きじゃくった。
涙に詰まって、息が苦しい。背を震わせ、泣き続けていると……
「――そういうことかよ」
恐ろしく冷たい、陽平の声が――鼓膜を震わせた。
怖い。
でも……拒んだら……どうなるのか。
不安と緊張で、カタカタ震えていると、バサリと乱暴な音を立て、シャツが床に放り捨てられた。
「んむ……っ!」
伸し掛かってきた陽平に、唇を奪われる。
呼吸を奪うような、激しいキス。
こんなのは初めてで、動転する。うまく息が出来なくて、逃れようとすると、頭を抱え込まれてしまった。
――苦しい……っ
きつく閉じた目尻から、ぽろぽろと涙が頬に伝う。
陽平は、時折、ぼくの唇を噛んだ。尖った犬歯がやわらかく沈んでくるたび、ツキンと痺れるような痛みが、腰を走る。
「やぁ……っ」
「逃げんなよ、成己っ……」
身を捩ると、頬を噛まれる。そのまま顎を、肩を……陽平は、ぼくの体のあちこちに歯を立てた。
「やだ、痛いよっ……陽平……」
訴えても、聞いてもらえない。
首は、避けているのか、素通りされた。そのことに安堵するのに……切なくて仕方ない。
――陽平は、ぼくをどうしたいの? こんな風に触れるのは、気もちがあるからって、思っていいの……?
不安で、胸が張り裂けそうになる。怖さから逃れるために……ぼくは、陽平の肩に強く掴まった。
そうして床の上で、もつれ合っているうちに……お互いに、息が上がり始める。
「は……っ、う……」
「成己……っ」
熱い――
裸の胸を、汗がつるつると滑り落ち、身震いする。陽平も汗だくで、濡れた前髪をうるさそうに払っていた。
ぼんやりと涙に霞む視界に……ぼくの目は、あるものをとらえる。
「!」
陽平の胸に、首に……赤い痕がある。いくつも、いくつも、花びらのように陽平の肌に散っていた。
――あれって、唇の痕……?
性行為の際、肌を唇で吸うと、ああなるんやって……”進んでいる”同級生から、聞いたことがある。
じゃあ、あれは蓑崎さんの――?
「あ……っ」
のぼせた頭に、冷水を浴びせかけられた心地やった。
陽平の肌に、蓑崎さんは触れたんや。ずっと、目を背けていた事実を、まざまざと突きつけられる。陽平のからだに重なって、蓑崎さんがいる気さえして……気味の悪さに、胸がえづく。
「うぇ……っ」
「おい……成己?」
怪訝そうに、陽平が眉を顰めた。背に回った腕に、ぐい、と抱き寄せられる。
「どうしたよ?」
「……っ!」
裸の胸に、頬がくっついて、ひっと息を飲んだ。
陽平の汗が、ぼくの肌に落ちてきた。その瞬間――ぶわりと濃厚な薔薇の匂いが、迫ってくる。
「あっ――!?」
脳が、ぐわんと揺れた。
突然、視界が不明瞭になって、ダイニングの景色が消える。近くにいる陽平が遠ざかり……別の光景が頭に入り込んできた。
――『あっ、ああ……陽平っ……』
――『晶……!』
現れたのは――激しく抱き合う、陽平と蓑崎さんの姿。
暗い寝室に浮かびあがった、陽平の腰に絡む蓑崎さんの白い脚。……ギシギシと、壊れそうに軋むベッドの音。生々しい、強い薔薇の香りまで、鮮明に甦ってくる。
「ひっ……!?」
目の前で繰り広げられる、あの夜の光景に――喉から、引き攣った声が漏れた。
頭が、ガンガンと痛くなる。
――『……陽平、好き……もっときて……』
――『ああ……俺も好きだ、晶……』
「やめて……!」
こんなの、見たくない!
なのに――きつく目を閉じても、記憶は消えてくれない。どんどん強くなる薔薇の匂いに、頭がめちゃくちゃになる。
やがて、ぼくの目の前で、二人は愛おしげに唇を交わし、歓喜のときを迎え――
「いややぁっ……!」
ドンッ!
気が付くと――ぼくは、陽平を力いっぱい、突き飛ばしていた。
「……ッ!?」
「やあっ、やめて……!」
掴まれた腕を、めちゃめちゃに振り回す。必死に床を這い、陽平の下から逃れた。
やのに、薔薇の匂いが追いかけてきて――うぐ、と嗚咽が漏れる。
――……痛いっ……死んじゃう……!
陽平の肌に、匂いに……あのときのことが、甦ってきた。――自分のアルファが、別のオメガを抱きしめる。体を切り裂かれるような、あの痛みが、こんなに生々しく……
「ひっ……うええん……」
ぼくは体を丸めて、泣きじゃくった。
涙に詰まって、息が苦しい。背を震わせ、泣き続けていると……
「――そういうことかよ」
恐ろしく冷たい、陽平の声が――鼓膜を震わせた。
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