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第一章~婚約破棄~
六十六話
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陽平に言われたことが、受け入れられない。
「なんで……?」
ぼくは、震える声で問う。もっと聞きたいことがあるのに、それしか言葉にならなかった。
「晶を、センター送りにしないためだ」
「!」
「お前に俺とのことを知られて、晶は酷く動揺してる。自分の体を呪って、「いっそ自分から婚約を破棄する」とまで、言ってるんだ。……あいつのせいじゃねえのに」
陽平が、悔し気に顔を顰めた。
ぼくは、蓑崎さんがそこまで追い詰められてることに、驚いた。けど……
「それで、どうして、ぼくと陽平が婚約をやめることになるん……」
「……あ?」
不機嫌に眉を跳ね上げた陽平に、負けじと言葉を続ける。
「蓑崎さんが、体のことで悩んではるのは、お気の毒やで。でも、それは……あの人が、婚約者さんと話し合いせな、あかんこととちゃう? 陽平に頼るのを悪いと思うんやったら、尚更、当事者ふたりで……」
「――あのなあ!」
陽平に、苛々と遮られた。
「世の中、お前が思うほど単純じゃねえんだよ。晶の婚約者は……あいつのこと、産む道具くらいにしか思ってねえ。そんな奴に、自分のデリケートな事情を話すのが辛いって、なんでわかんねえんだよ」
その声に、深い失望を聞き取って、ぼくはさあと青ざめた。
震える唇を叱咤して、弁明する。
「……でも、行き違いが、あるのかもしれへんよ? 蓑崎さんも、結婚したいとまで思った人なんやし……」
「あいつの親父が、勝手に決めたんだ。「お互いに気持ちなんてない」って、晶はいつも言ってる! お前のお気楽な尺度を、あいつに当てはめるのはやめてくれ!」
陽平は、バン! と手のひらをテーブルを叩きつける。
振動で湯飲みが揺れ、お茶を零した。陽平は気にも留めず、ぼくを睨みつける。
「晶には、なんの自由もない! オメガだったせいで人生を失って……ずっと、もがき苦しんでるんだ。それを……くだらない嫉妬で、ここまで追い詰めたのはお前だろ!」
「……っ!?」
陽平の怒声が、胸を刺した。
――くだらない、嫉妬……?
頭の中で、その言葉がわんわんとこだまする。
恋人に、他の人に触れて欲しくない。自分だけ見てて欲しいって言うのは、くだらないことなの?
なんでか、ぼくの存在ごと否定された気がして、ショックで呆然とする。
「俺は……あいつをずっと見てきたからわかる。あいつの不器用さも、高潔さも……」
陽平は、熱っぽい顔つきで、自分の拳を握りしめる。
「このままじゃ、あいつは壊れちまう。お前が、俺とのことを婚約者に吹きこむんじゃねえかって、追いつめられて……だから、婚約破棄するのも時間の問題だ。――俺は、あいつが一人になったとき、受けとめられる男でいたい」
だから、と陽平は続ける。
「俺は、お前との婚約を破棄する」
「いやや……」
しばらくの沈黙の後――ぼくは、なんとか声を絞り出す。
「ぼくは、そんなんいや……陽平と、別れたくないよ」
言い終わった途端、嗚咽が零れる。
しゃくりあげると、涙がテーブルにぽたぽた落ちた。
だって……四年間も、楽しくやってきたやんか。そりゃケンカもしたけど、いっぱい笑って……ぼく、幸せやった。あの日々は、嘘じゃないはずやろ。
――蓑崎さんが心配で、今はどうかしてるだけ……そうやんね?
なんとか思いなおして欲しくて、陽平を必死に見つめる。
「……」
「……陽平」
なのに、なんでやろう。目が合った瞬間、「届いてない」のがわかっちゃった。
「無理だ。もう、センターには受理されてる」
「陽平……! いやや。なんで? ぼく、何も聞いてないもん!」
必死に言い募ると、陽平は呆れ顔になる。
「あのな……婚姻に、オメガの意思は関係ない。あくまで、国と「買い手」だけで合意が済むんだ。破棄するのに、お前の許可はいらねえ」
「……うう」
たしかに、法律ではそう定められてる。
アルファとオメガとしてなら、それはまかり通るのもわかる。
けど……ぼく達は、恋人やったはずや。
「恋人として、ぜんぜん納得できひんよ……! ぼくは、陽平とずっと一緒にいたいんやもん……!」
陽平だって、「成己ならいい」って……そう言ってくれたもん。
そう、訴えると――陽平はふっと息を漏らした。笑ったみたいに。
「よく言うぜ……成己は、結婚出来れば誰でもいいんだろ?」
「なんで……?」
ぼくは、震える声で問う。もっと聞きたいことがあるのに、それしか言葉にならなかった。
「晶を、センター送りにしないためだ」
「!」
「お前に俺とのことを知られて、晶は酷く動揺してる。自分の体を呪って、「いっそ自分から婚約を破棄する」とまで、言ってるんだ。……あいつのせいじゃねえのに」
陽平が、悔し気に顔を顰めた。
ぼくは、蓑崎さんがそこまで追い詰められてることに、驚いた。けど……
「それで、どうして、ぼくと陽平が婚約をやめることになるん……」
「……あ?」
不機嫌に眉を跳ね上げた陽平に、負けじと言葉を続ける。
「蓑崎さんが、体のことで悩んではるのは、お気の毒やで。でも、それは……あの人が、婚約者さんと話し合いせな、あかんこととちゃう? 陽平に頼るのを悪いと思うんやったら、尚更、当事者ふたりで……」
「――あのなあ!」
陽平に、苛々と遮られた。
「世の中、お前が思うほど単純じゃねえんだよ。晶の婚約者は……あいつのこと、産む道具くらいにしか思ってねえ。そんな奴に、自分のデリケートな事情を話すのが辛いって、なんでわかんねえんだよ」
その声に、深い失望を聞き取って、ぼくはさあと青ざめた。
震える唇を叱咤して、弁明する。
「……でも、行き違いが、あるのかもしれへんよ? 蓑崎さんも、結婚したいとまで思った人なんやし……」
「あいつの親父が、勝手に決めたんだ。「お互いに気持ちなんてない」って、晶はいつも言ってる! お前のお気楽な尺度を、あいつに当てはめるのはやめてくれ!」
陽平は、バン! と手のひらをテーブルを叩きつける。
振動で湯飲みが揺れ、お茶を零した。陽平は気にも留めず、ぼくを睨みつける。
「晶には、なんの自由もない! オメガだったせいで人生を失って……ずっと、もがき苦しんでるんだ。それを……くだらない嫉妬で、ここまで追い詰めたのはお前だろ!」
「……っ!?」
陽平の怒声が、胸を刺した。
――くだらない、嫉妬……?
頭の中で、その言葉がわんわんとこだまする。
恋人に、他の人に触れて欲しくない。自分だけ見てて欲しいって言うのは、くだらないことなの?
なんでか、ぼくの存在ごと否定された気がして、ショックで呆然とする。
「俺は……あいつをずっと見てきたからわかる。あいつの不器用さも、高潔さも……」
陽平は、熱っぽい顔つきで、自分の拳を握りしめる。
「このままじゃ、あいつは壊れちまう。お前が、俺とのことを婚約者に吹きこむんじゃねえかって、追いつめられて……だから、婚約破棄するのも時間の問題だ。――俺は、あいつが一人になったとき、受けとめられる男でいたい」
だから、と陽平は続ける。
「俺は、お前との婚約を破棄する」
「いやや……」
しばらくの沈黙の後――ぼくは、なんとか声を絞り出す。
「ぼくは、そんなんいや……陽平と、別れたくないよ」
言い終わった途端、嗚咽が零れる。
しゃくりあげると、涙がテーブルにぽたぽた落ちた。
だって……四年間も、楽しくやってきたやんか。そりゃケンカもしたけど、いっぱい笑って……ぼく、幸せやった。あの日々は、嘘じゃないはずやろ。
――蓑崎さんが心配で、今はどうかしてるだけ……そうやんね?
なんとか思いなおして欲しくて、陽平を必死に見つめる。
「……」
「……陽平」
なのに、なんでやろう。目が合った瞬間、「届いてない」のがわかっちゃった。
「無理だ。もう、センターには受理されてる」
「陽平……! いやや。なんで? ぼく、何も聞いてないもん!」
必死に言い募ると、陽平は呆れ顔になる。
「あのな……婚姻に、オメガの意思は関係ない。あくまで、国と「買い手」だけで合意が済むんだ。破棄するのに、お前の許可はいらねえ」
「……うう」
たしかに、法律ではそう定められてる。
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けど……ぼく達は、恋人やったはずや。
「恋人として、ぜんぜん納得できひんよ……! ぼくは、陽平とずっと一緒にいたいんやもん……!」
陽平だって、「成己ならいい」って……そう言ってくれたもん。
そう、訴えると――陽平はふっと息を漏らした。笑ったみたいに。
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