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第一章~婚約破棄~
六十五話
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「すみません、よろしくお願いします」
「はい、ありがとうございましたー」
業者さんに、深く頭を下げた。彼らはてきぱきと、依頼した粗大ごみ――ベッドの枠や、ベッドマット、布団をかつぎ去っていった。
「……ふう」
ぼくは玄関を閉めると、寝室に向かう。
開け放されたままのドアから、がらんとした室内が、よく見えた。
「ベッド無くなると、お部屋って広くなるんやなあ……」
カーテンの無い窓から、さんさんと差し込む光で、フローリングが光ってる。
昨日、一日かけて家中を掃除したんよ。蓑崎さんの痕跡を、消したくて……もちろん、ここは徹底的に頑張った。
おかげで、荒れ果てた部屋も、息を吹き返してきたと思う。
――綺麗にしても、あの事がなくなるわけやないけど……
見えなくなれば、忘れられるかもしれへん。
やから、ベッドも捨てた。
シーツも布団も枕もマットも、全部。汚れ以前に――二人が抱き合ったところに、眠れる気はしなかったから。
「痛い出費やけど、陽平のせいやもんね」
いつから、ふたりが……ああなったのかは、わからへん。だからって、「今さら」なんて絶対に思えないし、我慢したくない。
「ぼくは、陽平と生きてきたい。でも……蓑崎さんと、分けっ子なんてせえへんから」
再度、胸に誓う。
友達やった時間も含め……ぼくらの四年間は、嘘じゃないはずや。やから、ぼくは戦うと決めた。
ここで逃げちゃダメ。ぼくが、陽平のオメガなんやもん。
ぼくは、壁にそっと触れた。
「ふふ。壁、きれいになって良かった」
そう、独り言ちたとき――玄関で、ガチャッと鍵の回る音がした。
「え?」
寝室から出て、目を丸くする。
「陽平……!」
「……」
陽平が、不機嫌そうな顔で廊下を歩んでくる。
ぼく――陽平の顔見たら、どう思うんかなって思ってた。裏切って憎いとか、許せないとか……許すと決めたものの、やっぱり無理なんちゃうかって。
「う……っ」
唇を噛んで、こみ上げてくる涙をこらえる。
アホみたい。すっごい腹立つのに……ひとりで戻って来てくれて、嬉しいって思ってる。ぼくは、陽平に駆け寄った。
「陽平、おかえり。あのね……」
「成己、話がある」
藪から棒に、陽平は静かな声で切り出した。言葉を遮られ、ぼくは息を飲みこむ。
――陽平……?
紅茶色の目には、怒りや気まずさじゃなく――なにか、強い決意があった。見ていると、どうしようもなく不安になるような。胸の内を不穏なものがかき回し、ぼくは両手を握りしめる。
「成己」
促すように名前を呼ばれ、ハッとする。
弱気になったら、あかん。心の中で喝を入れて、陽平の目を見返した。
「わかった。ぼくも話したいことあるねん」
「お茶でいいよね」
「ああ」
ダイニングのテーブルに、二人で向き合う。陽平は、お茶には手をつけず――なにか物珍しそうにキョロキョロしてる。
「どうしたん?」
「……いや。なんか、消毒液みてえな匂いするから」
「!」
思わぬ指摘に、ちょっと気まずい。
たぶん、掃除した後、あっちこっちアルコールで拭いたから、その名残や。だって、二人はお風呂場でも、あんな……そう考えたら、居ても経ってもおられんくて。
正直に言ってやろうかな、とも思ったけど……ぐっと堪えて、苦笑する。
「ううん、なにも無いよ。……話って、なに?」
「ああ」
陽平は、鞄からクリアファイルを取り出して、テーブルの上に置いた。
何かの書類みたい。――覗き込んで、ひゅっと息を飲んだ。
「……!?」
頭が真っ白になる。
白い紙に書かれていたのは――『婚約破棄証書』という文字。
――どういうこと……?
陽平を見ると、怖いくらい真剣な顔してる。
「さっき、センターで手続きを済ませてきた」
「え……っ」
「お前との婚約は解消された。――俺は、お前が何をしようと晶を守る」
「はい、ありがとうございましたー」
業者さんに、深く頭を下げた。彼らはてきぱきと、依頼した粗大ごみ――ベッドの枠や、ベッドマット、布団をかつぎ去っていった。
「……ふう」
ぼくは玄関を閉めると、寝室に向かう。
開け放されたままのドアから、がらんとした室内が、よく見えた。
「ベッド無くなると、お部屋って広くなるんやなあ……」
カーテンの無い窓から、さんさんと差し込む光で、フローリングが光ってる。
昨日、一日かけて家中を掃除したんよ。蓑崎さんの痕跡を、消したくて……もちろん、ここは徹底的に頑張った。
おかげで、荒れ果てた部屋も、息を吹き返してきたと思う。
――綺麗にしても、あの事がなくなるわけやないけど……
見えなくなれば、忘れられるかもしれへん。
やから、ベッドも捨てた。
シーツも布団も枕もマットも、全部。汚れ以前に――二人が抱き合ったところに、眠れる気はしなかったから。
「痛い出費やけど、陽平のせいやもんね」
いつから、ふたりが……ああなったのかは、わからへん。だからって、「今さら」なんて絶対に思えないし、我慢したくない。
「ぼくは、陽平と生きてきたい。でも……蓑崎さんと、分けっ子なんてせえへんから」
再度、胸に誓う。
友達やった時間も含め……ぼくらの四年間は、嘘じゃないはずや。やから、ぼくは戦うと決めた。
ここで逃げちゃダメ。ぼくが、陽平のオメガなんやもん。
ぼくは、壁にそっと触れた。
「ふふ。壁、きれいになって良かった」
そう、独り言ちたとき――玄関で、ガチャッと鍵の回る音がした。
「え?」
寝室から出て、目を丸くする。
「陽平……!」
「……」
陽平が、不機嫌そうな顔で廊下を歩んでくる。
ぼく――陽平の顔見たら、どう思うんかなって思ってた。裏切って憎いとか、許せないとか……許すと決めたものの、やっぱり無理なんちゃうかって。
「う……っ」
唇を噛んで、こみ上げてくる涙をこらえる。
アホみたい。すっごい腹立つのに……ひとりで戻って来てくれて、嬉しいって思ってる。ぼくは、陽平に駆け寄った。
「陽平、おかえり。あのね……」
「成己、話がある」
藪から棒に、陽平は静かな声で切り出した。言葉を遮られ、ぼくは息を飲みこむ。
――陽平……?
紅茶色の目には、怒りや気まずさじゃなく――なにか、強い決意があった。見ていると、どうしようもなく不安になるような。胸の内を不穏なものがかき回し、ぼくは両手を握りしめる。
「成己」
促すように名前を呼ばれ、ハッとする。
弱気になったら、あかん。心の中で喝を入れて、陽平の目を見返した。
「わかった。ぼくも話したいことあるねん」
「お茶でいいよね」
「ああ」
ダイニングのテーブルに、二人で向き合う。陽平は、お茶には手をつけず――なにか物珍しそうにキョロキョロしてる。
「どうしたん?」
「……いや。なんか、消毒液みてえな匂いするから」
「!」
思わぬ指摘に、ちょっと気まずい。
たぶん、掃除した後、あっちこっちアルコールで拭いたから、その名残や。だって、二人はお風呂場でも、あんな……そう考えたら、居ても経ってもおられんくて。
正直に言ってやろうかな、とも思ったけど……ぐっと堪えて、苦笑する。
「ううん、なにも無いよ。……話って、なに?」
「ああ」
陽平は、鞄からクリアファイルを取り出して、テーブルの上に置いた。
何かの書類みたい。――覗き込んで、ひゅっと息を飲んだ。
「……!?」
頭が真っ白になる。
白い紙に書かれていたのは――『婚約破棄証書』という文字。
――どういうこと……?
陽平を見ると、怖いくらい真剣な顔してる。
「さっき、センターで手続きを済ませてきた」
「え……っ」
「お前との婚約は解消された。――俺は、お前が何をしようと晶を守る」
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