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第一章~婚約破棄~
五十九話
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「ぁ……!」
はっ、と目が覚めた。ぼんやりとした視界に、白い天井がうつる。
――え……陽平は……?
まだ、夢の感覚に引きずられていて、ぼくは混乱する。体を起こそうとするのやけど……重くって、たまらない。自分が、たっぷりと水を含んだ綿になった気がした。
頭がぼうっとする。
「成……?」
ふと、枕元で馴染んだ声が聞こえた。
なんとか顔を向けると――宏兄が目をみはって、ぼくを覗き込んでいた。
「ひろにぃ……」
「目が覚めたのか? 良かった……!」
宏兄は、安堵に頬を緩ませている。ぼくの手を包む大きな手が、震えていた。
「ぼく、どうして……ここは?」
「センターだよ。――成、大学で具合が悪くなったの、覚えてるか?」
「あ……!」
ぼくは、息を飲む。
そうやった。陽平と言い合いになった後、具合が悪くなってしもたんや。宏兄が言うには、岩瀬さんがセンターに連絡してくれて。そして、宏兄には涼子先生から知らせが来たらしい。
「……そやったん……ごめんね、心配かけて……」
「何言ってるんだ」
情けなさに顔を歪めると、大きな手が伸びてきて、そっと頬を撫でられた。
「成……怖かったろう? もう大丈夫だからな」
「……っ」
「ちょっと待っててくれ。先生を呼ぶ」
温もりがしみて、瞼が熱くなった。息を詰まらせるぼくに、宏兄は優しく微笑むと、手早く枕元の機器を操作する。
ぼくは――宏兄の横顔を下から眺めながら、しゃくりあげるのを堪えていた。
布団を掴んで、ぐいと鼻まで引っ張り上げる。
――……やっぱり、夢やないんや。陽平……
『欠陥品』
陽平に言われたことが、じくじくと胸を苛んだ。
全部が、夢みたいに消えてくれたらよかったのに――
「成己くん。気が付いたんだね……ごめんね、辛かったねえ」
駆けつけた中谷先生は、あたたかな眼差しでぼくを覗き込んだ。
先生が言わはるには――ぼくは、二日間、熱で寝込んでいたんやって。そんなに寝てたなんて思わんくて、びっくりした。
「うん……もう、大丈夫そうだね」
先生は、ぼくの額に触れたり、口の中を見て頷く。
もう、体温計で熱を測っても、微熱くらい。ホルモンの乱れで起きた体調不良やから……あとは何より、ゆっくり養生するのが一番なんやって。
「先生、ありがとうございます」
「いいや……詳しい話は、また後でね。もう少し、寝ておきなさい」
穏やかにほほ笑む先生に、ぼくは頷く。
それから――意を決して。どうしても、気になっていた事を尋ねた。
「あの……先生、お聞きしていいですか?」
「もちろんだよ。何だい?」
「ぼくが、眠ってるときに……陽平……城山から、何か連絡はありましたか……?」
「!」
ぼくの質問に、中谷先生は目を見開いた。そして、申し訳なさそうに眉を下げる……その様子に、なんとなく答えはわかってしまうけれど。
「……」
じっと見つめていると、先生は悲し気に首を振った。
「……そうですか」
心が、しゅるしゅると萎んで行く。
――入院するときは、婚家に連絡が行くはずやのに。やっぱり、それだけ……ぼくに怒ってるんやろうか。
怒った顔が浮かんで、胸がずきんと痛む。
「ごめんよ、ぼくも詳しいことはわからなくて……」
「いいえっ。ありがとうございました」
申し訳なさそうな中谷先生に、ぼくは慌てて笑った。
はっ、と目が覚めた。ぼんやりとした視界に、白い天井がうつる。
――え……陽平は……?
まだ、夢の感覚に引きずられていて、ぼくは混乱する。体を起こそうとするのやけど……重くって、たまらない。自分が、たっぷりと水を含んだ綿になった気がした。
頭がぼうっとする。
「成……?」
ふと、枕元で馴染んだ声が聞こえた。
なんとか顔を向けると――宏兄が目をみはって、ぼくを覗き込んでいた。
「ひろにぃ……」
「目が覚めたのか? 良かった……!」
宏兄は、安堵に頬を緩ませている。ぼくの手を包む大きな手が、震えていた。
「ぼく、どうして……ここは?」
「センターだよ。――成、大学で具合が悪くなったの、覚えてるか?」
「あ……!」
ぼくは、息を飲む。
そうやった。陽平と言い合いになった後、具合が悪くなってしもたんや。宏兄が言うには、岩瀬さんがセンターに連絡してくれて。そして、宏兄には涼子先生から知らせが来たらしい。
「……そやったん……ごめんね、心配かけて……」
「何言ってるんだ」
情けなさに顔を歪めると、大きな手が伸びてきて、そっと頬を撫でられた。
「成……怖かったろう? もう大丈夫だからな」
「……っ」
「ちょっと待っててくれ。先生を呼ぶ」
温もりがしみて、瞼が熱くなった。息を詰まらせるぼくに、宏兄は優しく微笑むと、手早く枕元の機器を操作する。
ぼくは――宏兄の横顔を下から眺めながら、しゃくりあげるのを堪えていた。
布団を掴んで、ぐいと鼻まで引っ張り上げる。
――……やっぱり、夢やないんや。陽平……
『欠陥品』
陽平に言われたことが、じくじくと胸を苛んだ。
全部が、夢みたいに消えてくれたらよかったのに――
「成己くん。気が付いたんだね……ごめんね、辛かったねえ」
駆けつけた中谷先生は、あたたかな眼差しでぼくを覗き込んだ。
先生が言わはるには――ぼくは、二日間、熱で寝込んでいたんやって。そんなに寝てたなんて思わんくて、びっくりした。
「うん……もう、大丈夫そうだね」
先生は、ぼくの額に触れたり、口の中を見て頷く。
もう、体温計で熱を測っても、微熱くらい。ホルモンの乱れで起きた体調不良やから……あとは何より、ゆっくり養生するのが一番なんやって。
「先生、ありがとうございます」
「いいや……詳しい話は、また後でね。もう少し、寝ておきなさい」
穏やかにほほ笑む先生に、ぼくは頷く。
それから――意を決して。どうしても、気になっていた事を尋ねた。
「あの……先生、お聞きしていいですか?」
「もちろんだよ。何だい?」
「ぼくが、眠ってるときに……陽平……城山から、何か連絡はありましたか……?」
「!」
ぼくの質問に、中谷先生は目を見開いた。そして、申し訳なさそうに眉を下げる……その様子に、なんとなく答えはわかってしまうけれど。
「……」
じっと見つめていると、先生は悲し気に首を振った。
「……そうですか」
心が、しゅるしゅると萎んで行く。
――入院するときは、婚家に連絡が行くはずやのに。やっぱり、それだけ……ぼくに怒ってるんやろうか。
怒った顔が浮かんで、胸がずきんと痛む。
「ごめんよ、ぼくも詳しいことはわからなくて……」
「いいえっ。ありがとうございました」
申し訳なさそうな中谷先生に、ぼくは慌てて笑った。
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