59 / 360
第一章~婚約破棄~
五十八話
しおりを挟む
夕日の差し込む教室で、ぼくと陽平は抱き合っていた。
ああ、これは――親友だった陽平が婚約者になった日のことや。この日、初めて……ぼくは、陽平のフェロモンを知った。
「薔薇みたい……」
ふわ、と淡く香る――華やかで、高貴な香り。
陽平は、フェロモンのコントロールが得意で……ぼくの傍にいるとき、細心の注意を払ってくれていた。なのに、今の陽平からは良い匂いがする。
――もっと、近しくなれたからかな。嬉しい……
ちょっとドキドキしながら、厚い胸に頬をくっつけてると、陽平が恥ずかしそうに言う。
「な……アホ。そういうこと言うな」
「あ、ごめん。ついっ」
急に恥ずかしくなって、どちらからともなく、体を離す。見上げた陽平の頬は、夕日のせいだけやなくて赤い。……たぶん、ぼくも同じ。
――ずっと友達やったから……ちょっと照れくさいかも。
ほかほかと熱る頬を両手で押さえていると、陽平が咳払いする。
「まあ……婚約するってことで。近々、父さんにお前のことを話そうと思う」
「!」
「そしたら、もう後戻りは出来ねえけど……いいな?」
「あ……」
真剣な目で見据えられ、ぼくはどきっとした。
「お義父さんに話す」。その言葉に一気に現実が迫り、ぼくは大切なことを思いだしたんよ。
「陽平……ごめん!」
「……は!?」
がば、と頭をさげたぼくに、陽平が素っ頓狂な声を出す。
「あのね、その前に言わなあかんことがあんねん。――大事なことなんよ」
ぼくは、怪訝そうな陽平に、自分の体の事情を説明した。――子宮が未熟で、ヒートのコントロールをしていること。主治医の見立てでは、あと三年はヒートを起こせそうにないこと……
陽平は、僅かに目を見開き――静かに頷いた。
「そっか」
黙ってぼくを見ている陽平に、焦りが募る。
――『申し訳ない。やっぱり、後継ぎの望める人をと……』
――『すみません。今回のことは白紙にしてください』
今まで、からだの事情を話したら――順調やったお見合いも、ぜんぶ破談になってしもたもん。
……オメガとの婚姻は、アルファの方に負担が大きい。やから、仕方ないのはわかってるんやけど、怖くてたまらへん。
「で?」
「……え?」
顔を上げると、陽平は呆れ顔やった。
「他に、婚約ためらってる理由はねーんだな?」
「う、うん。無いよ」
「ならいいじゃん」
あっさり言われてしまい、ぼくは慌てた。
「ま、待って……ほんとにいいの? もしかしたら、なかなか赤ちゃん出来ひんかも……」
「別に、ガキと結婚するわけじゃねーから。いいよ、いくらでも待てるし」
「……陽平」
「てか俺は、お前とだから…………言わせんなよ、成己のアホ」
陽平は、照れくさそうに、悪態を吐く。荒っぽいくせに、あんまり優しい言葉に……ぼくはくしゃっと顔を歪めた。
熱い瞼を、両手で押さえると――ほろほろと涙がこぼれ落ちる。
――ほんとにいいの?
ぼくでいいんやって、言ってもらえて……胸の奥がほんわりと幸福に満たされる。
しゃくりあげるのを堪えると、そっと頭を引き寄せられた。
「……泣くなって」
「……だって、嬉しい。ありがとう、陽平……」
陽平のシャツをきゅっと握りしめると……また、ふわりと良い香りがする。
それに包まれていると、おなかの奥まで、あったかくなっていくみたい。――陽平の腕のなかで、ぼくはうっとりと目を閉じた。
――陽平、ぼく頑張るね……成己で良かったって、言ってもらえるように。
心のなかで、誓う。
ぼくを選んでくれた陽平に……オメガとして、パートナーとして報いたいから。
「陽平っ……」
涙を拭って、顔を上げる。
すると――目の前に、陽平はいなかった。
「え?」
教室には、ぼく一人。
夕日は、すっかり傾いて――窓の外は、真っ暗闇が広がっている。
「陽平? どこ?」
ぼくは、慌ててあたりを見まわした。
すると……突然、脳を刺し貫くような、香りが充満し始める。
「うっ……」
先までの、優しい香りじゃない。毒々しくて、むせかえるような香り……思わず、口を手で覆うと――目の前の景色が変化する。
「!」
そこは、大学の演習室。
ソファの上で、陽平が蓑崎さんと抱き合っていた。ギシギシと軋む音、熱っぽいかすれ声――そして、かわらず充満する香りに、全身の毛が逆立った。
「やめて!」
熱っぽい瞳で、陽平は蓑崎さんを見つめてる。二人は……愛おしくてたまらないように、体を擦りつけあっている。
どうして――ぼくは、泣きたくなった。
「やめて、陽平……! ぼくが、陽平のオメガやろ!」
必死に叫ぶ。すると――陽平は、ぼくに目を向けた。
そして……冷たい声で、言い捨てる。
「うるせえ、欠陥品」
ああ、これは――親友だった陽平が婚約者になった日のことや。この日、初めて……ぼくは、陽平のフェロモンを知った。
「薔薇みたい……」
ふわ、と淡く香る――華やかで、高貴な香り。
陽平は、フェロモンのコントロールが得意で……ぼくの傍にいるとき、細心の注意を払ってくれていた。なのに、今の陽平からは良い匂いがする。
――もっと、近しくなれたからかな。嬉しい……
ちょっとドキドキしながら、厚い胸に頬をくっつけてると、陽平が恥ずかしそうに言う。
「な……アホ。そういうこと言うな」
「あ、ごめん。ついっ」
急に恥ずかしくなって、どちらからともなく、体を離す。見上げた陽平の頬は、夕日のせいだけやなくて赤い。……たぶん、ぼくも同じ。
――ずっと友達やったから……ちょっと照れくさいかも。
ほかほかと熱る頬を両手で押さえていると、陽平が咳払いする。
「まあ……婚約するってことで。近々、父さんにお前のことを話そうと思う」
「!」
「そしたら、もう後戻りは出来ねえけど……いいな?」
「あ……」
真剣な目で見据えられ、ぼくはどきっとした。
「お義父さんに話す」。その言葉に一気に現実が迫り、ぼくは大切なことを思いだしたんよ。
「陽平……ごめん!」
「……は!?」
がば、と頭をさげたぼくに、陽平が素っ頓狂な声を出す。
「あのね、その前に言わなあかんことがあんねん。――大事なことなんよ」
ぼくは、怪訝そうな陽平に、自分の体の事情を説明した。――子宮が未熟で、ヒートのコントロールをしていること。主治医の見立てでは、あと三年はヒートを起こせそうにないこと……
陽平は、僅かに目を見開き――静かに頷いた。
「そっか」
黙ってぼくを見ている陽平に、焦りが募る。
――『申し訳ない。やっぱり、後継ぎの望める人をと……』
――『すみません。今回のことは白紙にしてください』
今まで、からだの事情を話したら――順調やったお見合いも、ぜんぶ破談になってしもたもん。
……オメガとの婚姻は、アルファの方に負担が大きい。やから、仕方ないのはわかってるんやけど、怖くてたまらへん。
「で?」
「……え?」
顔を上げると、陽平は呆れ顔やった。
「他に、婚約ためらってる理由はねーんだな?」
「う、うん。無いよ」
「ならいいじゃん」
あっさり言われてしまい、ぼくは慌てた。
「ま、待って……ほんとにいいの? もしかしたら、なかなか赤ちゃん出来ひんかも……」
「別に、ガキと結婚するわけじゃねーから。いいよ、いくらでも待てるし」
「……陽平」
「てか俺は、お前とだから…………言わせんなよ、成己のアホ」
陽平は、照れくさそうに、悪態を吐く。荒っぽいくせに、あんまり優しい言葉に……ぼくはくしゃっと顔を歪めた。
熱い瞼を、両手で押さえると――ほろほろと涙がこぼれ落ちる。
――ほんとにいいの?
ぼくでいいんやって、言ってもらえて……胸の奥がほんわりと幸福に満たされる。
しゃくりあげるのを堪えると、そっと頭を引き寄せられた。
「……泣くなって」
「……だって、嬉しい。ありがとう、陽平……」
陽平のシャツをきゅっと握りしめると……また、ふわりと良い香りがする。
それに包まれていると、おなかの奥まで、あったかくなっていくみたい。――陽平の腕のなかで、ぼくはうっとりと目を閉じた。
――陽平、ぼく頑張るね……成己で良かったって、言ってもらえるように。
心のなかで、誓う。
ぼくを選んでくれた陽平に……オメガとして、パートナーとして報いたいから。
「陽平っ……」
涙を拭って、顔を上げる。
すると――目の前に、陽平はいなかった。
「え?」
教室には、ぼく一人。
夕日は、すっかり傾いて――窓の外は、真っ暗闇が広がっている。
「陽平? どこ?」
ぼくは、慌ててあたりを見まわした。
すると……突然、脳を刺し貫くような、香りが充満し始める。
「うっ……」
先までの、優しい香りじゃない。毒々しくて、むせかえるような香り……思わず、口を手で覆うと――目の前の景色が変化する。
「!」
そこは、大学の演習室。
ソファの上で、陽平が蓑崎さんと抱き合っていた。ギシギシと軋む音、熱っぽいかすれ声――そして、かわらず充満する香りに、全身の毛が逆立った。
「やめて!」
熱っぽい瞳で、陽平は蓑崎さんを見つめてる。二人は……愛おしくてたまらないように、体を擦りつけあっている。
どうして――ぼくは、泣きたくなった。
「やめて、陽平……! ぼくが、陽平のオメガやろ!」
必死に叫ぶ。すると――陽平は、ぼくに目を向けた。
そして……冷たい声で、言い捨てる。
「うるせえ、欠陥品」
83
お気に入りに追加
1,428
あなたにおすすめの小説
もう人気者とは付き合っていられません
花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。
モテるのは当然だ。でも――。
『たまには二人だけで過ごしたい』
そう願うのは、贅沢なのだろうか。
いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。
「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。
ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。
生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。
※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中
妹を侮辱した馬鹿の兄を嫁に貰います
ひづき
BL
妹のべルティシアが馬鹿王子ラグナルに婚約破棄を言い渡された。
フェルベードが怒りを露わにすると、馬鹿王子の兄アンセルが命を持って償うと言う。
「よし。お前が俺に嫁げ」
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
【書籍化進行中】契約婚ですが可愛い継子を溺愛します
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
前世の記憶がうっすら残る私が転生したのは、貧乏伯爵家の長女。父親に頼まれ、公爵家の圧力と財力に負けた我が家は私を売った。
悲壮感漂う状況のようだが、契約婚は悪くない。実家の借金を返し、可愛い継子を愛でながら、旦那様は元気で留守が最高! と日常を謳歌する。旦那様に放置された妻ですが、息子や使用人と快適ライフを追求する。
逞しく生きる私に、旦那様が距離を詰めてきて? 本気の恋愛や溺愛はお断りです!!
ハッピーエンド確定
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2024/09/07……カクヨム、恋愛週間 4位
2024/09/02……小説家になろう、総合連載 2位
2024/09/02……小説家になろう、週間恋愛 2位
2024/08/28……小説家になろう、日間恋愛連載 1位
2024/08/24……アルファポリス 女性向けHOT 8位
2024/08/16……エブリスタ 恋愛ファンタジー 1位
2024/08/14……連載開始
モブらしいので目立たないよう逃げ続けます
餅粉
BL
ある日目覚めると見慣れた天井に違和感を覚えた。そしてどうやら僕ばモブという存存在らしい。多分僕には前世の記憶らしきものがあると思う。
まぁ、モブはモブらしく目立たないようにしよう。
モブというものはあまりわからないがでも目立っていい存在ではないということだけはわかる。そう、目立たぬよう……目立たぬよう………。
「アルウィン、君が好きだ」
「え、お断りします」
「……王子命令だ、私と付き合えアルウィン」
目立たぬように過ごすつもりが何故か第二王子に執着されています。
ざまぁ要素あるかも………しれませんね
言い逃げしたら5年後捕まった件について。
なるせ
BL
「ずっと、好きだよ。」
…長年ずっと一緒にいた幼馴染に告白をした。
もちろん、アイツがオレをそういう目で見てないのは百も承知だし、返事なんて求めてない。
ただ、これからはもう一緒にいないから…想いを伝えるぐらい、許してくれ。
そう思って告白したのが高校三年生の最後の登校日。……あれから5年経ったんだけど…
なんでアイツに馬乗りにされてるわけ!?
ーーーーー
美形×平凡っていいですよね、、、、
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
花婿候補は冴えないαでした
一
BL
バース性がわからないまま育った凪咲は、20歳の年に待ちに待った判定を受けた。会社を経営する父の一人息子として育てられるなか結果はΩ。 父親を困らせることになってしまう。このまま親に従って、政略結婚を進めて行こうとするが、それでいいのかと自分の今後を考え始める。そして、偶然同じ部署にいた25歳の秘書の孝景と出会った。
本番なしなのもたまにはと思って書いてみました!
※pixivに同様の作品を掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる