40 / 410
第一章~婚約破棄~
三十九話
しおりを挟む
お昼過ぎ――ぼくは、とあるマンションの一室で、ある女性と向き合っていた。
「この度は、本当に申し訳ありませんでした……!」
正座のまま深く頭を下げると、頭上で軽やかな笑い声が響く。
「やだぁ、成己くん。そんな固くならないでよ」
笑い声は、くすくすからワハハに変わり、室内の静寂を吹き飛ばした。ぼくは頭を下げ続けながら、目を白黒させる。
「えっ。いえ、友菜さん。陽平が、近藤さんを殴ってしまって……」
「いーわよ、そんなの! レンジが馬鹿なことしたって、あいつの仲間から聞いてるよ」
ポンポンと肩を叩かれて、思わず顔を上げる。
勝気そうな雰囲気の女性――友菜さんが、にかっと快活な笑みを浮かべていた。
「たまに殴られるくらい、いい薬だってば!」
元気よく笑い飛ばされて、ふっとからだの強張りがほどけてまう。
友菜さんは――近藤さんの恋人さんやねん。
レンジって言うのは近藤さんのことで――彼を通して、恋人の友菜さんとも、ぼくは仲良くさせてもらってて。
『ありゃ、そう? 今日の午後なら、家にいるわよ』
謝罪に伺いたいと言ったら、快く応じてもらえて、ほっとした。
どう考えても、昨日の陽平のしたことを……そのままにはしておけへんから。まず、ぼくだけでも謝りに行こうと思って、お二人のお宅にお邪魔してるわけなんよ(近藤さん、友菜さん家に住んではるねん)。
友菜さんは、ぼくの頬をつつく。
「ほら、悲しい顔しない。レンジには、あたしが上手い事言っとくから。ねっ」
「友菜さん……」
快活な笑みを向けられ、じんと瞼が熱くなる。
友菜さんは、優しい。近藤さん主催のバーベキューで初めてお会いしたときから、ずっと優しくしてくれて。
右も左もわからんぼくを、いっぱい助けてくれた。ぼくに先輩があるなら、友菜さんやと思う。
「友菜さん、本当にごめんなさい……!」
もう一度、頭を下げると「こら!」と睨まれる。
「しつこい! そんなに謝るなら、あたしも土下座するわよ。あの馬鹿がいつも押しかけて、迷惑代として」
「わあ、やめてくださいっ! うちは賑やかなの好きやから、ええんですっ」
どん、と床に手を突かれて、ぼくは慌てて止めた。友菜さんは、不満そうにしぶしぶと身を起こす。
「いいのに、無理しなくて。あいつ、お調子者だし――まあ、今日は大人しいけど」
言いながら、友菜さんが顎で襖を指す。
続きの間の、寝室。そこには今、近藤さんが寝てるらしい。
「あ。やっぱり、お怪我がわるいんですね……」
「いや、ぜーんぜん。一応、病院で検査してもらったけど、なんともなかったわ。成己くんが来るから、起きとけって言ったんだけどね。大方、ばつが悪くなって、顔見せらんないのよ」
肩を竦める友菜さんに、ぼくは目を丸くした。
「ばつが悪い……ですか?」
「レンジねー、外じゃ超イキってるけど、マジで小心者だから。お酒が抜けて、「成己くんに失礼しちゃった、どうしよう」モードに入ったんだと思う」
「えっ」
「なら、出てきて謝れって感じよねーっ」
友菜さんは、あははと大きな口を開けて笑った。
すっかりあっけに取られていると、友菜さんが笑いを治める。
「成己くん、レンジがごめんね。ホントお調子者だし、お酒飲むとろくでも無いことばっかやるし。まあ、バカ丸出しなんだけど――根は、悪いやつじゃないの。どうか、嫌わないでやってくれる?」
「友菜さん……」
言葉では、けちょんけちょんに言うてるのに、近藤さんを「大好き」やて伝えられたみたい。それほど、あったかい声と眼差しを受け――ぼくは、じんわりしながら頷いた。
「とんでもないです。こちらこそ、よろしくお願いしますっ」
正直――本当に、当惑させられることも多い、近藤さんなんやけど。友菜さんみたいに優しい人が、大切に想ってる人やから。きっと、根から悪い人やないはず……そう思う。
「ありがとう!」
友菜さんは、ほっとしたように笑ってくれた。
そうして、ぼくは友菜さんの家を辞した。
「なんか、悪いわぁ。美味しそうなゼリーまで貰っちゃって」
「いえ、心ばかりのもので……! 今日は、本当にありがとうございました。近藤さんにも、よろしくお伝えください」
「あはは、こちらこそ。今度、たこパするから、遊びにおいでね」
「はいっ、ぜひ!」
ぺこり、と深く頭を下げて、手を振ってくれる友菜さんと別れる。マンションの階段を下りて、敷地を出たところで――ぼくは、目を丸くする。
「宏兄っ」
「よう、成」
マンションの塀に凭れていた宏兄が、ひょいと手を上げる。ぼくは、ぱたぱたと駆け寄った。
「宏兄、ずっと待っててくれたん? 遅くなるかもやから、そこのコーヒーチェーンで待っててって……」
「どうも、心配だったからさ。――話し合い、上手くいったか?」
穏やかな笑みを浮かべて、宏兄が問う。ぼくは、にっこりした。
「うんっ。ありがとう、宏兄……!」
「この度は、本当に申し訳ありませんでした……!」
正座のまま深く頭を下げると、頭上で軽やかな笑い声が響く。
「やだぁ、成己くん。そんな固くならないでよ」
笑い声は、くすくすからワハハに変わり、室内の静寂を吹き飛ばした。ぼくは頭を下げ続けながら、目を白黒させる。
「えっ。いえ、友菜さん。陽平が、近藤さんを殴ってしまって……」
「いーわよ、そんなの! レンジが馬鹿なことしたって、あいつの仲間から聞いてるよ」
ポンポンと肩を叩かれて、思わず顔を上げる。
勝気そうな雰囲気の女性――友菜さんが、にかっと快活な笑みを浮かべていた。
「たまに殴られるくらい、いい薬だってば!」
元気よく笑い飛ばされて、ふっとからだの強張りがほどけてまう。
友菜さんは――近藤さんの恋人さんやねん。
レンジって言うのは近藤さんのことで――彼を通して、恋人の友菜さんとも、ぼくは仲良くさせてもらってて。
『ありゃ、そう? 今日の午後なら、家にいるわよ』
謝罪に伺いたいと言ったら、快く応じてもらえて、ほっとした。
どう考えても、昨日の陽平のしたことを……そのままにはしておけへんから。まず、ぼくだけでも謝りに行こうと思って、お二人のお宅にお邪魔してるわけなんよ(近藤さん、友菜さん家に住んではるねん)。
友菜さんは、ぼくの頬をつつく。
「ほら、悲しい顔しない。レンジには、あたしが上手い事言っとくから。ねっ」
「友菜さん……」
快活な笑みを向けられ、じんと瞼が熱くなる。
友菜さんは、優しい。近藤さん主催のバーベキューで初めてお会いしたときから、ずっと優しくしてくれて。
右も左もわからんぼくを、いっぱい助けてくれた。ぼくに先輩があるなら、友菜さんやと思う。
「友菜さん、本当にごめんなさい……!」
もう一度、頭を下げると「こら!」と睨まれる。
「しつこい! そんなに謝るなら、あたしも土下座するわよ。あの馬鹿がいつも押しかけて、迷惑代として」
「わあ、やめてくださいっ! うちは賑やかなの好きやから、ええんですっ」
どん、と床に手を突かれて、ぼくは慌てて止めた。友菜さんは、不満そうにしぶしぶと身を起こす。
「いいのに、無理しなくて。あいつ、お調子者だし――まあ、今日は大人しいけど」
言いながら、友菜さんが顎で襖を指す。
続きの間の、寝室。そこには今、近藤さんが寝てるらしい。
「あ。やっぱり、お怪我がわるいんですね……」
「いや、ぜーんぜん。一応、病院で検査してもらったけど、なんともなかったわ。成己くんが来るから、起きとけって言ったんだけどね。大方、ばつが悪くなって、顔見せらんないのよ」
肩を竦める友菜さんに、ぼくは目を丸くした。
「ばつが悪い……ですか?」
「レンジねー、外じゃ超イキってるけど、マジで小心者だから。お酒が抜けて、「成己くんに失礼しちゃった、どうしよう」モードに入ったんだと思う」
「えっ」
「なら、出てきて謝れって感じよねーっ」
友菜さんは、あははと大きな口を開けて笑った。
すっかりあっけに取られていると、友菜さんが笑いを治める。
「成己くん、レンジがごめんね。ホントお調子者だし、お酒飲むとろくでも無いことばっかやるし。まあ、バカ丸出しなんだけど――根は、悪いやつじゃないの。どうか、嫌わないでやってくれる?」
「友菜さん……」
言葉では、けちょんけちょんに言うてるのに、近藤さんを「大好き」やて伝えられたみたい。それほど、あったかい声と眼差しを受け――ぼくは、じんわりしながら頷いた。
「とんでもないです。こちらこそ、よろしくお願いしますっ」
正直――本当に、当惑させられることも多い、近藤さんなんやけど。友菜さんみたいに優しい人が、大切に想ってる人やから。きっと、根から悪い人やないはず……そう思う。
「ありがとう!」
友菜さんは、ほっとしたように笑ってくれた。
そうして、ぼくは友菜さんの家を辞した。
「なんか、悪いわぁ。美味しそうなゼリーまで貰っちゃって」
「いえ、心ばかりのもので……! 今日は、本当にありがとうございました。近藤さんにも、よろしくお伝えください」
「あはは、こちらこそ。今度、たこパするから、遊びにおいでね」
「はいっ、ぜひ!」
ぺこり、と深く頭を下げて、手を振ってくれる友菜さんと別れる。マンションの階段を下りて、敷地を出たところで――ぼくは、目を丸くする。
「宏兄っ」
「よう、成」
マンションの塀に凭れていた宏兄が、ひょいと手を上げる。ぼくは、ぱたぱたと駆け寄った。
「宏兄、ずっと待っててくれたん? 遅くなるかもやから、そこのコーヒーチェーンで待っててって……」
「どうも、心配だったからさ。――話し合い、上手くいったか?」
穏やかな笑みを浮かべて、宏兄が問う。ぼくは、にっこりした。
「うんっ。ありがとう、宏兄……!」
84
お気に入りに追加
1,511
あなたにおすすめの小説

オメガの復讐
riiko
BL
幸せな結婚式、二人のこれからを祝福するかのように参列者からは祝いの声。
しかしこの結婚式にはとてつもない野望が隠されていた。
とっても短いお話ですが、物語お楽しみいただけたら幸いです☆

わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない
鈴宮(すずみや)
恋愛
孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。
しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。
その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?
私達、政略結婚ですから。
黎
恋愛
オルヒデーエは、来月ザイデルバスト王子との結婚を控えていた。しかし2年前に王宮に来て以来、王子とはろくに会わず話もしない。一方で1年前現れたレディ・トゥルペは、王子に指輪を贈られ、二人きりで会ってもいる。王子に自分達の関係性を問いただすも「政略結婚だが」と知らん顔、レディ・トゥルペも、オルヒデーエに向かって「政略結婚ですから」としたり顔。半年前からは、レディ・トゥルペに数々の嫌がらせをしたという噂まで流れていた。
それが罪状として読み上げられる中、オルヒデーエは王子との数少ない思い出を振り返り、その処断を待つ。
拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】
僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。
※他サイトでも投稿中

【完結】可愛いあの子は番にされて、もうオレの手は届かない
天田れおぽん
BL
劣性アルファであるオズワルドは、劣性オメガの幼馴染リアンを伴侶に娶りたいと考えていた。
ある日、仕えている王太子から名前も知らないオメガのうなじを噛んだと告白される。
運命の番と王太子の言う相手が落としていったという髪飾りに、オズワルドは見覚えがあった――――
※他サイトにも掲載中
★⌒*+*⌒★ ☆宣伝☆ ★⌒*+*⌒★
「婚約破棄された不遇令嬢ですが、イケオジ辺境伯と幸せになります!」
が、レジーナブックスさまより発売中です。
どうぞよろしくお願いいたします。m(_ _)m

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる