いつでも僕の帰る場所

高穂もか

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第一章~婚約破棄~

三十三話

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 それから――二人がかりで一心不乱に、飲み会の準備をして。すべての料理が出来上がった頃、陽平たちが帰ってきた。
 ドアの開く音の後、にぎやかな声が聞こえてくる。
 
「――お、帰ってきた!」
「あっ」
 
 顔を明るくした蓑崎さんが、先んじて廊下へ飛び出していった。ぼくも、泡だらけのスポンジを置いて、慌てて出迎えに向かう。
 
「おかえりー! もう準備できてるよー」
「あれー、蓑崎! なんでエプロンつけてンの?」
「あ。今日は、晶が準備してくれて……」
 
 楽しそうな先輩たちの声に、陽平が答えている。そこで漸く追いついたぼくは、蓑崎さんの後ろから、ぺこりと頭を下げた。
 
「皆さん、いらっしゃいませっ。どうぞごゆっくりしてってくださいね」
「あ、成己さん。どうもー」
「お世話んなりまーす」
 
 口々に、賑やかなあいさつが返ってきた。――ほとんどがお馴染みの顔ぶれで、はじめましての人は二人くらい。ぼくは、大急ぎでスリッパを追加して、上がってもらった。
 
「さ、どうぞ中へ。散らかってますが」
「お前の家じゃねーだろ」
「あはは」
 
 おどけて先輩方を案内する蓑崎さんに、陽平が半眼で突っ込んだ。そのやりとりに、どっと笑い声が上がる。
 
「言われちゃったね、成己さん」
「まあ、新米のお嫁さんだもんなあ」
「あはは……お恥ずかしいですー」
 
 茶化してくる先輩方を、笑顔でかわしつつ――ぼくは内心、闘志が高まるのを感じてた。
 一番最後に靴を脱いだ陽平に、ニッコリ笑って手を差し出す。
 
「陽平、おかえり」
「……」
 
 むっと唇を尖らせた陽平が、リュックをぐいと押し付けてくる。ぼくは、行き過ぎて行こうとした陽平に、さっと耳打ちした。
 
「いい? あとで、話しあいやからねっ」
「……ちっ」
 
 陽平は不機嫌な顔を背け、どかどかと歩き去った。ぼくはムッとして、頬を膨らませる。
 
――もう、陽平め……! ぼくだって怒るんやからね!
 
 背中にしゅっしゅっとパンチを振ってから、ぱたぱたと追いかけた。
 
 


 
 そして、さっそく宴会がはじまったんやけど。
 
「うおっ、すげえ!」
「めっちゃお洒落じゃん!」
 
 テーブルに所狭しと並んだ料理に、先輩方の歓声が上がる。 
 蓑崎さんの指揮の元、作られた本日のメニューは――皮つき枝豆のガーリック炒め、色とりどりのピンチョス、ズッキーニのパスタ風サラダ、ローストビーフ、蛸とエビのアヒージョ。
 お洒落で美味しそうな品々に、みんな乾杯もそこそこに手を伸ばす。
 
「うまっ! これ、蓑崎が作ったん? やるなあ、お前」
「は? 馬鹿にしないで下さいよ。これくらい、出来て当然」

 驚きの声に、蓑崎さんはくすりと笑う。

「いやいやすげーよ。意外と良妻?」
「うわ、セクハラ!」
「わはは。まあ、飲めよ」
 
 みんな料理に舌鼓を打ち、くちぐちに賛辞を送っている。真ん中に迎え入れられた蓑崎さんは、ビールを一気に飲みほして席を盛り上げていた。
 ぼくは……追加の取り皿を持って、その光景に肩を落とす。
 
 ――うう。ぼく、いっぺんも褒められたことないのに。なんか、悔しいっ……
 
 ……でも。
 こればっかりは、羨んでも仕方ないよね。
 だって蓑崎さん、お料理上手すぎるもん……! 
 ぼくじゃ思いつきもせんくらい、盛り付けも洗練されてるし。手際も良くて、あれだけの料理がどんどん出来てって……意気軒高に乗り込んだぼくやったけど、蓑崎さんの指示のまま、右往左往してただけやったし。
 
「ありがとな、晶」
「いーよ、大したことじゃないし」
 
 嬉しそうな先輩たちに、陽平も満足そう。ぼくがおもてなしするときには、いつも困ってるのに。
 そっか。陽平は、こういう料理を作って欲しかったんや――自分の至らなさをつきつけられた気がして、ズーンと落ち込む。
 
――でも……それは、ぼくのおもてなしレベルが足りてなかったってことやから! 頑張れば、いずれ……!
 
 ぼくは、ぱんと頬を叩いて気合を入れなおす。
 
「お酒も、いっぱいありますから。どんどん言うてくださいね!」
 
 ぼくは笑顔で走り回り、おつまみをよそったり、お酒を追加して回った。


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